35話 表裏一体
その後、私は父親と会った。
私の顔を見た彼は、星王らしくなく涙ぐんだ。しかも、近くにシュヴァルやベルンハルトがいるにもかかわらず、躊躇うことなく抱き締めてきた。
「無事で良かったぁっ!」
「え。え、ちょ……」
父親の凄まじく高いテンションに、私は上手くついていくことができなかった。
「心配したぞぉっ!」
「あ、ありがとう……」
それしか言えない。
「イーダは可愛いから、狙われるのは仕方ないのかもしれない! だがしかし! わざわざ自室に忍び込んでというのは、怪しからん!」
私たち二人以外もいるところでこんなことを叫ぶのは、勘弁してほしい。親馬鹿も大概にしてくれ、と言いたい気分だ。
「で、誘拐犯はどんな男だったんだぁ!?」
「普通におじさんだったわ」
「おじさん!?」
私が発した答えに、父親は目を大きく見開く。彼の予想とは違っていたようだ。
「お、おじさんだって!? こんなくらいのおじさんか!?」
父親は自分を指差しながら質問してきた。
だが、いきなりそんな質問をされても、よく分からない。
「多分もっと上だと思うわ」
「そうなのか……はっ! まさか!」
「え?」
「そいつの狙いは、父親の座かっ!?」
えぇぇ……。
そんなこと言われても。
アスターは確かに怪しげな人ではあった。服装もあまり見かけないようなものだったし。けれどさすがに、「父親になりたい」なんて思ってはいないだろう。
「まさか、それはないと思いますよ」
私が返答に困っていたところ、シュヴァルが入ってきてくれた。
「王女様の父親になろうなどと企むような身の程知らずは、この星にはいないでしょう」
「そうかぁ? イーダは可愛いから、起こりえると思うんだが?」
「王女様がお可愛い、ということは間違ってはいないでしょう。星王様の仰る通りです。ただ、父親になりたいと思うかどうかは、また別の話ですよ」
シュヴァルのことは、正直、あまり好きでない。だが、こういった場面で口を挟んでくれるのは、ありがたいと思う。
「普通の人間は、そんな恐れ多いことを考えたりはできません」
冷静なシュヴァルの言葉を聞き、父親はぱあっと明るい顔つきになる。その切り替えの様は、まるで小さな子どものようだ。
「そうか! それもそうだな!」
父親は何やら嬉しそうである。
「イーダの父親は譲るものか!」
……いや、だから、誰も父親の座を狙ってなんかいないってば。
内心そんな風に呟いてしまった。が、それは私だけの秘密にしておこう。
「それでシュヴァル。犯人の犯行動機の調査は?」
父親は急に真顔になった。
「確保が完了し次第、速やかに調査に移ります」
「頼りにしているからな」
「このシュヴァルにお任せを」
シュヴァルは軽く頭を下げると、口元に微笑みを浮かべたまま退室していく。足音もたてない、滑らかな足取りで。
「……何が面白いのよ」
部屋から出ていくシュヴァルを背を眺めながら、私は半ば無意識に漏らしてしまった。その言葉を聞いて驚いたのか、父親とベルンハルトが、同時に私へ視線を向けてくる。
「イーダ?」
「イーダ王女?」
私へ視線を向けた二人が私の名を発したのは、ほぼ同時。
「シュヴァルがどうかしたのかぁ?」
個人的にはあまり好きでないが、父親はシュヴァルを信頼している。だから、シュヴァルを悪く言うことはしづらい。
「あ……べつに。何でもないわ」
どう答えるべきか暫し考えた後、私はそう発した。
するとベルンハルトが言う。
「何か思うことがあるなら、はっきり言った方がいい」
そこへ、父親も乗っていく。
「そうだぞ! 遠慮は要らない!」
私は真実を告げるべきかどうか迷った。
シュヴァルを信用できない。
ベルンハルトはともかく、父親にそんなことを言っていいものか。
父親はシュヴァルを信頼し、側近として重用している。もし仮に、私がこの心をはっきりと言えば、父親の考えを真っ向から否定することになってしまう。
「いえ。本当に……何でもないの」
父親の考えをあからさまに否定することは、今の私にはできなかった。
そんな勇気はない——それが真実だ。
「イーダ王女。さっきは何を言おうとしていた?」
父親が星王の仕事とか何とかで部屋を出ていき、殺風景な部屋に二人だけになってから、ベルンハルトはそんなことを尋ねてきた。二人だけになったタイミングを見計らい、質問してくれたのだろう。
「本当に何でもないわ」
「シュヴァルか?」
ベルンハルトの言葉に、私はドキリとした。
まるで、心を見透かされているみたい。
「……気づいていたの」
「当然だ。シュヴァルの背を見ながら呟いていたからな」
「……そうだったのね」
どうやら、ばれていないと思っていたのは私だけだったようだ。隠せているつもりでいただけに、少し恥ずかしい。
「よく見ているのね、ベルンハルト」
「それが僕の役目だ」
確かに、そうかもしれない。従者が主の様子をしっかり見ているのは、何も珍しいことではないのだから。
「……ありがとう」
「え」
「オルマリン人なんて好きではないでしょう。なのに貴方は、私の傍にいてくれている」
そんな彼に対し、「ありがとう」以上に言わねばならない言葉など、存在するだろうか。少なくとも、私には思いつかない。
「本当にありがとう」
ベルンハルトは、目を見開き、眉を寄せた。彼の凛々しい戦士のような顔に、今は、戸惑いの色だけが滲んでいる。
「これからもまた迷惑をかけてしまうかもしれない。でも、貴方を不幸にはしないように頑張るわ。だから、ずっと傍にいてね」
周囲に誰もいないからこそ言えた言葉だ。父親、シュヴァル、リンディア——その誰か一人でもここにいたなら、こんなことは言えなかったと思う。
しかし、ベルンハルトはきっぱりと返してくる。
「いや、ずっとはない」
彼が何を言おうとしているのか分からず、私は混乱する。
「そうなの……!?」
「健康体でなくなった場合や、貴女が結婚した場合など、僕が貴女の従者でなくなる可能性はいくつも存在する」
「え、え……」
「そもそも、人間には『ずっと』などない。人間は有限の生き物だ」
もはやオロオロすることしかできなかった。彼の言葉は、私に、一番信じたくないことを突きつけていたから。
「頷くことは簡単。だが、簡単に頷くことは、裏切りにもなりかねない」
ベルンハルトの黒い瞳は鋭い。私の、見ないふりをしている深部を、いとも容易く突いてくる。
だから苦手。だから怖い。
けれど——それが少し嬉しくもあるの。




