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イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
4.気ままな狙撃手

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35話 表裏一体

 その後、私は父親と会った。


 私の顔を見た彼は、星王らしくなく涙ぐんだ。しかも、近くにシュヴァルやベルンハルトがいるにもかかわらず、躊躇うことなく抱き締めてきた。


「無事で良かったぁっ!」

「え。え、ちょ……」


 父親の凄まじく高いテンションに、私は上手くついていくことができなかった。


「心配したぞぉっ!」

「あ、ありがとう……」


 それしか言えない。


「イーダは可愛いから、狙われるのは仕方ないのかもしれない! だがしかし! わざわざ自室に忍び込んでというのは、怪しからん!」


 私たち二人以外もいるところでこんなことを叫ぶのは、勘弁してほしい。親馬鹿も大概にしてくれ、と言いたい気分だ。


「で、誘拐犯はどんな男だったんだぁ!?」

「普通におじさんだったわ」

「おじさん!?」


 私が発した答えに、父親は目を大きく見開く。彼の予想とは違っていたようだ。


「お、おじさんだって!? こんなくらいのおじさんか!?」


 父親は自分を指差しながら質問してきた。

 だが、いきなりそんな質問をされても、よく分からない。


「多分もっと上だと思うわ」

「そうなのか……はっ! まさか!」

「え?」

「そいつの狙いは、父親の座かっ!?」


 えぇぇ……。

 そんなこと言われても。


 アスターは確かに怪しげな人ではあった。服装もあまり見かけないようなものだったし。けれどさすがに、「父親になりたい」なんて思ってはいないだろう。


「まさか、それはないと思いますよ」


 私が返答に困っていたところ、シュヴァルが入ってきてくれた。


「王女様の父親になろうなどと企むような身の程知らずは、この星にはいないでしょう」

「そうかぁ? イーダは可愛いから、起こりえると思うんだが?」

「王女様がお可愛い、ということは間違ってはいないでしょう。星王様の仰る通りです。ただ、父親になりたいと思うかどうかは、また別の話ですよ」


 シュヴァルのことは、正直、あまり好きでない。だが、こういった場面で口を挟んでくれるのは、ありがたいと思う。


「普通の人間は、そんな恐れ多いことを考えたりはできません」


 冷静なシュヴァルの言葉を聞き、父親はぱあっと明るい顔つきになる。その切り替えの様は、まるで小さな子どものようだ。


「そうか! それもそうだな!」


 父親は何やら嬉しそうである。


「イーダの父親は譲るものか!」


 ……いや、だから、誰も父親の座を狙ってなんかいないってば。


 内心そんな風に呟いてしまった。が、それは私だけの秘密にしておこう。


「それでシュヴァル。犯人の犯行動機の調査は?」


 父親は急に真顔になった。


「確保が完了し次第、速やかに調査に移ります」

「頼りにしているからな」

「このシュヴァルにお任せを」


 シュヴァルは軽く頭を下げると、口元に微笑みを浮かべたまま退室していく。足音もたてない、滑らかな足取りで。


「……何が面白いのよ」


 部屋から出ていくシュヴァルを背を眺めながら、私は半ば無意識に漏らしてしまった。その言葉を聞いて驚いたのか、父親とベルンハルトが、同時に私へ視線を向けてくる。


「イーダ?」

「イーダ王女?」


 私へ視線を向けた二人が私の名を発したのは、ほぼ同時。


「シュヴァルがどうかしたのかぁ?」


 個人的にはあまり好きでないが、父親はシュヴァルを信頼している。だから、シュヴァルを悪く言うことはしづらい。


「あ……べつに。何でもないわ」


 どう答えるべきか暫し考えた後、私はそう発した。

 するとベルンハルトが言う。


「何か思うことがあるなら、はっきり言った方がいい」


 そこへ、父親も乗っていく。


「そうだぞ! 遠慮は要らない!」


 私は真実を告げるべきかどうか迷った。


 シュヴァルを信用できない。

 ベルンハルトはともかく、父親にそんなことを言っていいものか。


 父親はシュヴァルを信頼し、側近として重用している。もし仮に、私がこの心をはっきりと言えば、父親の考えを真っ向から否定することになってしまう。


「いえ。本当に……何でもないの」


 父親の考えをあからさまに否定することは、今の私にはできなかった。


 そんな勇気はない——それが真実だ。



「イーダ王女。さっきは何を言おうとしていた?」


 父親が星王の仕事とか何とかで部屋を出ていき、殺風景な部屋に二人だけになってから、ベルンハルトはそんなことを尋ねてきた。二人だけになったタイミングを見計らい、質問してくれたのだろう。


「本当に何でもないわ」

「シュヴァルか?」


 ベルンハルトの言葉に、私はドキリとした。

 まるで、心を見透かされているみたい。


「……気づいていたの」

「当然だ。シュヴァルの背を見ながら呟いていたからな」

「……そうだったのね」


 どうやら、ばれていないと思っていたのは私だけだったようだ。隠せているつもりでいただけに、少し恥ずかしい。


「よく見ているのね、ベルンハルト」

「それが僕の役目だ」


 確かに、そうかもしれない。従者が主の様子をしっかり見ているのは、何も珍しいことではないのだから。


「……ありがとう」

「え」

「オルマリン人なんて好きではないでしょう。なのに貴方は、私の傍にいてくれている」


 そんな彼に対し、「ありがとう」以上に言わねばならない言葉など、存在するだろうか。少なくとも、私には思いつかない。


「本当にありがとう」


 ベルンハルトは、目を見開き、眉を寄せた。彼の凛々しい戦士のような顔に、今は、戸惑いの色だけが滲んでいる。


「これからもまた迷惑をかけてしまうかもしれない。でも、貴方を不幸にはしないように頑張るわ。だから、ずっと傍にいてね」


 周囲に誰もいないからこそ言えた言葉だ。父親、シュヴァル、リンディア——その誰か一人でもここにいたなら、こんなことは言えなかったと思う。


 しかし、ベルンハルトはきっぱりと返してくる。


「いや、ずっとはない」


 彼が何を言おうとしているのか分からず、私は混乱する。


「そうなの……!?」

「健康体でなくなった場合や、貴女が結婚した場合など、僕が貴女の従者でなくなる可能性はいくつも存在する」

「え、え……」

「そもそも、人間には『ずっと』などない。人間は有限の生き物だ」


 もはやオロオロすることしかできなかった。彼の言葉は、私に、一番信じたくないことを突きつけていたから。


「頷くことは簡単。だが、簡単に頷くことは、裏切りにもなりかねない」


 ベルンハルトの黒い瞳は鋭い。私の、見ないふりをしている深部を、いとも容易く突いてくる。


 だから苦手。だから怖い。


 けれど——それが少し嬉しくもあるの。

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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