34話 浮遊自動車オルマリン号
救出された後、私は、外まで迎えに来てくれていた浮遊自動車——通称オルマリン号にベルンハルトと乗った。
数年前、世に初めて浮遊自動車というものが現れた時、父親がすぐに購入したのが、このオルマリン号である。
数十センチほど浮いて走行するため、従来の自動車より震動がかなり少ない。そんな謳い文句で登場した浮遊自動車だったが、乗り心地がいまいちとの意見が多く、人気を博すことはなかった。
その結果、浮遊自動車は世から消えてしまうこととなる。
恐らく、いまだにこれを使っているのは、星王家の人間くらいしかいないだろう。
それにしても、このオルマリン号。実に何とも言えない乗り心地である。
「相変わらず狭いわね……ねぇ、ベルンハルト」
隣に座っているベルンハルトへ視線を向ける。
彼は何やら本を読んでいた。
「本?」
すると、ベルンハルトは本を閉じ、こちらへ目を向けてくる。
「何か言ったか」
「本を読んでいるの?」
「そうだ」
正直、意外だ。
ベルンハルトは本なんて読まないものと思っていた。
「何の本?」
「あ、いや。たいしたものではない」
「小説か何か? 見せて!」
「な、止め——」
ベルンハルトが持っている本を見ようと、彼の方へ身を乗り出す。が、勢いがつきすぎたせいで、ベルンハルトの太もも辺りに倒れ込んでしまった。
浮遊自動車が大きく左右に揺れる。
「何事ですか!?」
運転手の男性は驚きに満ちた顔で振り返り、後部座席を確認してきた。そして、狭い座席内でとんでもない体勢になっている私たちを目にし、ますます驚いた表情になる。
「……一体、何を?」
振り返った彼は、ベルンハルトへ訝しむような視線を注ぐ。
「従者とはいえ……王女様に手を出したりしたら、とんでもないことになりますよ」
「僕は何もしていないが?」
疑うような目を向けられても、ベルンハルトは冷静だった。この状況でも落ち着いた口調であれるその度胸は、見上げたものだ。
「……本当ですか?」
「僕は本を読んでいた。そこにイーダ王女が突っ込んできた。それだけだ」
「……事実で?」
「そ、そうなの! 私がうっかりしてしまっただけよ!」
怪訝な顔をする運転手に向け、私は慌てて言った。このままではベルンハルトが悪者になってしまいかねない、と感じたからである。
「それなら仕方ありませんよね」
「揺らしてしまって、ごめんなさい」
「そこの従者に原因があったなら、上へ申し上げるところでしたよ」
私が迂闊な行動をとったせいで、ベルンハルトらに迷惑がかかることもあるのだと、改めて気づいた。
これからは気をつけなくては。
「そういえばベルンハルト」
「何だ」
「リンディアは大丈夫かしら」
元の体勢に戻ってから、私は彼に話を振ってみた。
「怪我とかしていないと良いのだけれど……」
するとベルンハルトは、眉を寄せつつ返してくる。
「あの女なら、そう易々と負けはしないと思うが」
仲は良くなくとも信頼してはいる、ということなのだろうか。
何にせよ、ベルンハルトに「易々と負けはしない」と言わせるリンディアは凄いと思う。彼が認めざるを得ないくらい有能だということだから。
「それにリンディアは、貴女を誘拐した男と知り合いだ。向こうも本気で手は出せないだろう。そこを考慮すれば、リンディアが不利ということはないはず」
できればそうであってほしい。
アスターは躊躇いなどないと言っていたけれど、その言葉が偽りであってほしいと、今は心から思う。
「そう……そうよね」
「まだ納得できないのか?」
「いえ、そんなことはないわ。ベルンハルト、貴方は正しい」
可愛い弟子を手にかけることのできる人間など、存在しない。
きっと……そのはずなの。
「ご無事で何よりです、王女様」
帰還した私を迎えてくれたのはシュヴァルだった。
あんなことがあった後だというのに、彼はいつもと変わらない微笑みを浮かべている。私の身をさほど心配していなかったことが、まるばれだ。
星王の側近である彼からすれば、その娘である私のことなど、正直どうでもいいのかもしれない。
「お迎えありがとう、シュヴァル」
「星王様がお待ちです」
シュヴァルは私の従者ではない。だから、こんな風にあっさりとした対応なのも、当然といえば当然なのだろう。ただ、やはり少し寂しい気もする。
それから私は、シュヴァルについていった。
すぐ後ろにはベルンハルトが控えてくれている。そのため、安心感はかなりある。
もちろん、ベルンハルトが裏切らない保証なんてものはない。だが、これまで何度か私を救ってくれた彼のことは、純粋に信じられる。
「それにしても、王女様を誘拐するような不届き者がいるとは、驚きました」
父親のところまで案内してくれている途中、シュヴァルが唐突に口を開いた。
「私も驚いたわ。扉の外には見張りがいたはずなのに、気づかれず部屋へ入ってくるなんて……予想外よ」
「仰る通りです。このシュヴァルも、話を伺い驚きました」
私とシュヴァルが、ある程度の距離を保ちつつ言葉を交わしていると、後ろにいたベルンハルトが口を挟んでくる。
「ここは警備がいい加減すぎる」
ばっさりと言ったベルンハルトを、シュヴァルはさりげなく睨みつける。ナイフの先みたいに鋭い、ゾッとするような目つきで。
「ベルンハルト。無駄口を叩くのはお止めなさい」
しかし、当のベルンハルトは表情を崩さない。
睨まれたわけでもない私すら、気味の悪い悪寒に見舞われたというのに。
「僕は事実を言ったまでだ」
「今ここで言うべきことではないでしょう」
「なるほど。言われては困ることだった、ということか」
「そうではありません。ただ、不安を煽るような発言を慎んでいただきたい、というだけのことです」
シュヴァルとベルンハルトの間に漂う空気は、とにかく冷たい。話に参加していない、近くにいるだけの私ですら身震いするほどの、冷たすぎる空気である。




