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イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
4.気ままな狙撃手

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31話 地下室にて

 依頼を受けて私を誘拐したのなら、それは彼自身の意思によるものではないということ。それならば、説得して私の味方になってもらうことも夢ではないはずだ。そう考えて、私は口を開く。


「依頼するには、何が必要なの? お金なら、家に帰ればいくらでもあるわ。私の貯金だけでも、それなりの金額は出せると思うし……」


 今は一応、敵同士という感じではある。だが、これといった何かがあって対立しているわけではない。

 だから、きっと——そう思っていたのだけれど。


「いや、君に雇われることはできない」


 きっぱりと断られてしまった。


「……なぜ?」

「私みたいなのは、気安く雇わない方がいいのだよ」

「そ、そうなの?」

「王女が人殺しを雇っていたなど、大問題になると思うがね」


 アスターはきっぱりと言い放つ。ただ、嫌そうな顔をしてはいない。


 ……大丈夫、まだいける。


「貴方、本当は今の仕事に納得していないのでしょう? 私のところへ来てくれれば、もう無意味な殺しなんてしなくて済むわ」


 私がそこまで言った瞬間。

 アスターは突如立ち上がり、金属のような冷たい視線を向けてきた。


「無駄だよ」


 つい先ほどまでのアスターは、穏やかな紳士といった雰囲気だった。しかし今の彼の瞳には、穏やかさなんてものはない。


「たとえ何と言われようとも、私が仕事を放棄することはない」

「仕事?」

「そう……王女を連れ去り、助けに来た従者を殺害するという仕事だよ」


 アスターの唇から放たれた言葉に、私は思わず声を荒らげてしまう。


「それは止めて!」


 私が傷つくだけならまだ諦められる。が、ベルンハルトやリンディアまでもが巻き込まれたら、ということは考えたくない。


「従者を殺すのは止めて!」

「おっと、どうしたのかね? いきなり取り乱すなど、君らしくない」

「約束してちょうだい! 従者は殺さないと!」


 こんなことを言っても無駄かもしれない。遺される者の痛みなど、彼はきっと分かってくれないだろう。いくら訴えようと、何の意味も為さず終わる可能性が高い。


 だがそれでも、言葉を口から出さずにいることはできなかった。


「まずは落ち着きたまえ」

「落ち着いていられるものですか! こんな状況で!」

「いやいや。先ほどまでは落ち着いていたではないか」


 確かにそうだ。

 けれども、従者に手を出すつもりだと知ってしまった以上は、黙ってなどいられない。


 ——だが結局、私の訴えが聞き入れられることはなかった。


 聞き入れられるどころか、逆に、手首を掴まれてしまう。アスターの握力は、予想を遥かに超える強さだ。年老いても男、といったところか。


「黙っていただけるかね?」


 氷のように冷たく、刃のように鋭い——そんな瞳で凝視されると、得体の知れない悪寒に見舞われて、言葉を失ってしまう。


「物分かりが良くて助かるよ」


 いやいや、物分かりなんて関係ないわ。


 そう言いたい気分だ。


 こうもあからさまに圧をかけられては、誰だって黙る外ないだろう。物分かりが良いか悪いかなんてことは、ほとんど関係ないはずだ。こんなにも冷ややかな視線を向けられ、それでもなお大人しくならない人間がいるとすれば、よほど勇敢な者に違いない。


「では、もうしばらくはここで辛抱していてくれたまえ」


 私は、地下室の突き当たりの壁にぴったりと合わせて置かれたベッドに、半ば強制的に座らされた。簡単に木材を組み、タオルを敷いただけのようなベッドなので、座り心地もあまり良くない。


「そこは日頃私のベッドだが、今日は特別に、君に貸して差し上げよう」

「……貴方のベッドなの」

「なに、心配することはない。敷いてあるタオルは、毎日きちんと洗っているからね」


 そんな風に話すアスターは、元の穏やかな雰囲気に戻っていた。


「何なら嗅いでみても構わないのだが」

「嫌よ!」


 思わず叫んでしまった。


「おぉ、そんなに鋭く拒否されるとは」

「……いきなり叫んだことは謝るわ。けれど、私にはそんな趣味はないの」

「それはそうだろうね」


 分かっているなら、言わないでほしかった。


「では失礼するとしよう。もうすぐ朝が来るが——しばらく休んでいるといい」


 アスターはそう述べると、まとっていた黒い布を脱ぎ、テーブルの上に置く。そして、紫のスーツ姿になり、地下室から出ていった。


 ……アスター、綿菓子、紫のスーツ。


 すべてが上手くはまっていく。まるで、パズルのピースが綺麗にはまっていくかのように。

 やはり彼が、アスター・ヴァレンタインが、あのホールで私の命を狙った男性なのだろうか。



 アスターが地下室から出ていった後、私はその場に留まったまま、ぼんやりと辺りを見回していた。理由などない。ただ、今はあまり動く気にはなれなかったのである。


 それにしても——ここは物騒な部屋だ。


 壁には銃が立て掛けられているし、テーブルの上には何やら怪しげな部品のようなものが散らかっている。そちら方面に関する知識が乏しい私でも、物騒さを感じるほどである。


「……ベルンハルト」


 ごろりとベッドに転がると、半ば無意識で、彼の名を漏らした。頭の中に、ふと、彼の顔が蘇ったから。


 助けてほしい。助けに来てほしい。

 そう思いはするけれど、私はすぐに首を横に振った。


 もし戦いになれば、アスターはベルンハルトを潰しにかかるだろう。仕事だから——その言葉が存在する限り、アスターは手加減などしてくれないはずだ。アスターとベルンハルトがぶつかった時、どちらが勝利を掴むのかなんて、実際にやってみないと分からない。


「はぁ」


 仰向けに寝たまま溜め息を漏らした、その時。視界の端に、不意に、何か四角いものが入った。


「あれ?」


 私は上体を起こし、四角いものを手に取る。よく見ると、厚みのある本のような形をしていた。


「これって……」


 紫色のハードカバーを開く。中は白いノートになっており、黒い文字がずらりと並んでいた。印刷ではなく、手書きの文字が。恐らく、日記帳か何かなのだろう。


 私は最初のページから、軽く目を通すことに決めた。

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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