表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
4.気ままな狙撃手

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/157

29話 人影

 その晩は自室へ戻った。


 正直なところを言うなら、まだ不安があるので、父親のいる部屋にいたかった。

 大勢でいれば、怖くないし寂しくもないから。


 けれど、怪我しているわけでもない私がいつまでもそこにいたら、迷惑でしかないだろう——そう思ったから、自室へ戻ることに決めたのである。


 数日前までずっと閉じ籠もっていた自室だが、久々に戻ると、何だか寂しい気がした。


 ……なぜだろう。


 ついこの前までは、ここが唯一の安息の地だった。自室で過ごす時間だけが穏やかで、外へは極力行きたくないと思っていた。


 それは揺るぎないものだったのだ。


 それなのに今は、自室内にて一人で過ごす時間を、妙に寂しく感じる。


 ベッドに入っても、頭には、ベルンハルトやリンディアばかりが浮かんできた。夜分にもかかわらず、会いたい、なんて思ってしまう。


「明日になれば会える」


 私は自分に言い聞かせるように、そんなことを呟く。

 そうして横になっているうちに、いつの間にか、眠ってしまっていたのだった。



 ……。



 …………。



 風が頬を撫でる感覚に、私はふと意識を取り戻した。うっすらと目を開くが、灯りの消えた部屋ゆえ、あまり何も見えない。ただ、視界の端にぼんやりと、白いものがひらめいている様子が入った。色と動きから察するに、カーテンだろう。


 その直後、私の瞳は人影を捉えた。


 ベルンハルトかリンディアか、あるいは侍女か。きっと何か用事で入ってきたのだろう。

 最初はそんな風に思ったが、どうやら違うらしい、と気づく。


 刹那、人影と目が合った。


「——おや」


 目が合うや否や、信じられないほどの恐怖感が私の全身を駆け巡る。訳が分からないが、首が粟立つのを感じた。


「起きてしまったようだね」


 私が目覚めたことに気づいたらしく、男性の影が近づいてくる。足音をたてない歩き方だが、接近してきていることは、影の動きと気配で十分に分かる。


「助け——っ!?」


 咄嗟に助けを呼ぼうとしたが、それより早く、男性の手が私の口元を塞いだ。


 黒い手袋をつけた大きな手は、呼吸すらも十分には許してくれない。口だけではなく、鼻までも押さえられているため、息苦しい。


「おっと。騒ぐのは止めていただこうかね」

「……んんっ!」


 何か発するよう試みるが、声はやはり出なかった。


 その頃になり、ようやく、男性の姿がはっきりと見えてきた。


 白い髪はきっちりとセットされていて、極めて紳士的。また、若干柔らかさのある目つきをしている。しかし、単に優しい人といった雰囲気とは異なり、その瞳からは力を感じる。鋭く研がれた刃を瞳の奥に隠し持っているような、そんな目だ。


 ちなみに、服装は黒い布をまとっているため見えない。


「何も心配することはない。私はべつに、不潔なことをしにやって来たわけではないのだよ」


 夜に勝手に他人の部屋へ侵入している時点で、そこそこ不潔だと思うのだが。


「だから、そんなに警戒しないでくれたまえ」

「んんんんっ!」


 するわよ、と言ったつもりだったのだが、やはりまともに発することはできなかった。口元を押さえられているせいだ。


「では、少し失礼」


 次の瞬間、私の体はふわりと持ち上がった。


 どうやら男性に抱えられたようだ。見知らぬ男性に体を持ち上げられるというのは、どうもしっくりこない。


「おぉ、案外軽い」


 今はあまり嬉しくない。


「ガラスのように繊細な腕に、陶器のように滑らかな顔。私もできるなら、君みたいな娘が欲しかった」

「……離して!」


 口元を押さえていた手が離れた隙を逃さず、私は叫んだ。そして、手足を動かし抵抗する。こんな怪しい男性に誘拐されるなんて、恐ろしすぎるから。


「おっと。あまり暴れないでくれるかね? 落としてしまいかねないのだが」

「暴れるわよ!」


 むしろ、落としてくれた方がありがたいのである。


 何としても男性から逃れ、部屋の外まで出なくてはならない。そうしなければ、どんな目に遭うか。だが逆に、扉の向こう側へ行けさえすれば、私の勝ちだ。


 四肢をばたつかせ、身をよじる。けれども、男性は離してくれない。


「さて。では行くとしよう」

「ちょっと!」

「大丈夫、動かなければ、危険なし」

「…………」


 こうして私は、またしても、渦に巻き込まれていく。


 平穏はまだ戻りそうにない。



 あれから、どのくらいの時間が経過したのだろう。よく分からない。ただ、男性に抱えられたまま、長い時間が過ぎた。


 父親、ベルンハルト、リンディア——みんなは心配するだろうか。私の身を案じてくれるのだろうか。


 そんなことを考えながら、夜を駆け抜けていった。



「さぁ、着いた」


 男性が足を止めたのは、いつも私たちが暮らしている星都から少々離れた場所。周囲に建物はあまりなく、木々が生い茂っている。都会、という感じではないところだ。


「私を……どうするつもりなの」

「ひとまず中へ。自己紹介はその後にしようではないか」

「まさか殺すつもりで……?」


 そう問うと、男性は首を左右に動かす。


「今のところその予定はないよ。状況が変わらない限りは、だがね」


 男性が私へ向ける眼差しは、柔らかく優しげなものだった。


 ……どこまでも不思議な人。


 彼は、わざわざ私の部屋へ侵入し、この身を捕らえ、連れ去った。本来なら、そこには悪意しかないはずだ。身代金を要求するにせよ、自身の好奇心を満たすために使うにせよ、である。


 しかし、彼の視線から悪の色が伝わってくることはない。それどころか、優しいのだ。


「そう……」


 私はそれだけ返すと、口を閉ざした。まったく知らないところなので逃げ出すには適さないが、だからといって彼と何かを話す気にもなれなかったから。


 その後、私が連れていかれたのは地下室。

 だが、牢屋のような部屋ではない。本やらビニール袋やらが散らかった、生活感たっぷりの部屋だ。


「君にはしばらく、ここで過ごしていただこうかね」

「……暗いわ。それに、凄く散らかっている」


 すると男性は口角を上げる。


「ははは。それは失礼」


 笑っているようなことを言っているが、心は笑っていないことがまるばれだ。ぎこちなさが凄まじい。


「さて。では自己紹介といこうか」

「…………」

「私の名は、アスター・ヴァレンタイン。呼び方は——ヴァレンなどはどうかね。ま、そこは指定しないが」


 アスター。


 彼はヴァレンタインの方に重きをおいて名乗ったが、私としては、アスターの方が気になった。というのも、以前リンディアの口から聞いたことのある単語だったから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ