27話 ただ、時には
「リンディア、まだ帰ってこないわね」
「そうだな」
「電話でもしているのかしら。それにしては長い気がするけど」
「確かに。もう一時間ほどになるな」
私とベルンハルトは、リンディアが戻ってくるのを待っている。だが、彼女は一向に戻ってこない。時間がかかるとは言われていないだけに、「大丈夫だろうか」と心配になってしまう。
彼女は負傷している。だから、もし事件か何かに巻き込まれたら、上手く逃れられないかもしれない。
つい癖で、そんなことばかりを考えてしまい、憂鬱になる。
もっとも、誰かが悪いわけではなく、完全に自業自得なのだが。
「イーダ王女」
「……何?」
「あまり暗い顔をしない方がいい」
ベルンハルトの忠告に、私は驚いた。
というのも、彼がそういうことを言うとは思っていなかったからである。今の忠告は、私の中にある彼のイメージとかけ離れていた。
ただ、言っていること自体は間違いではない。
「その通りだわ。これからは気をつけるわね」
「そうするといい」
ちょうど話が一区切りついたその時、扉が開いた。
扉の向こう側から現れたのはリンディア。
一つに束ねた赤い髪が非常に特徴的なので、パッと見ただけで、彼女だということが分かる。
「リンディア! お帰りなさい!」
彼女が帰ってきたことが嬉しくて、半ば無意識に、いつもより大きな声を発してしまった。
「ただいまー」
「会いたかったわ!」
私はリンディアに駆け寄り、その手を握る。そしてそれから、彼女の顔を見上げた。リンディアの顔は、いつもと変わらず大人の魅力に満ちていたが、どこか曇っているようにも感じられる。
「……何かあったの?」
「なかったわよ。なーんにも、ね」
何だろう、と思い尋ねてみたのだが、リンディアは何一つとして話してはくれなかった。
本当なら、もっと突っ込んでいっても良かったのかもしれない。ただ、彼女が胸に秘めているのは言いたくないことなのかもしれないので、それ以上聞くことはしないでおいた。
——しかし。
「嘘だな、それは」
ベルンハルトがばっさりと言った。
せっかく私が突っ込まないことにしたのに、彼は平気でそんなことを述べたのである。
「イーダ王女、その女は嘘をついている。信じすぎない方がいい」
「ベルンハルト……?」
彼が予想外のことを言い出したため、私は戸惑いを隠せない。
「真実をはっきりと言え」
ベルンハルトはリンディアを鋭く睨みながら、冷ややかな声でそう言い放った。今の彼は、この世のありとあらゆるものを貫けそうな、そんな目つきをしている。
私は、ベルンハルトからリンディアへと視線を移す。
するとリンディアは、ふっ、と口元を緩めた。
「……ま、そーね」
「リンディア?」
何なのだろう。彼女は一体、何を秘めているのだろう。
そんな風に一人不安に揺れていると、そんな私を安心させるように、リンディアは笑顔を向けてくれた。
「申告するにはまだ早いかもと思っていたのだけれど」
「一体何が……?」
「あたし、明後日休みを取るわ!」
リンディアはあっけらかんと言った。
え、そんなこと? という感じだ。
「休み?」
「会いに行かなきゃーな人がいるのよねー」
「なんだ、そんなことだったの。良かった」
私は思わず安堵の溜め息を漏らしてしまった。
何か重大なことだったらどうしよう、という不安が、一気に払拭されたからである。
その後、父親が目を覚ましたという連絡を受け、私たち三人は彼の寝ている部屋まで急行した。
部屋に入るや否や、大きな声が耳に飛び込んでくる。
「イーダぁ!」
周囲の目などまったく気にしない大きな声が、空気を豪快に揺らす。
室内には私たち以外の人もいるというのに。ここまでくると、もはや呆れる外ない。子どもか、と突っ込みたい気分だ。
「目が覚めたのね。良かったわ」
父親が座っているベッドへ歩み寄ると、控えめに声をかける。すると父親は、その瞳をキラキラと輝かせた。
「イーダぁ! 本当に優しい娘だなぁっ!!」
「そんなことないわ。普通よ」
「いや! 最高の娘だぁ!」
まさかの抱き着きがきた。
警戒を怠っていた私も悪いのかもしれないが、他人がいるところで迷いなく娘に抱き着くのは止めていただきたいものだ。
「お願いだから、そういうのは止めてちょうだい」
「無事で良かったぁ」
「心配してくれるのは嬉しいわ。でも、抱き締めるのは勘弁して。恥ずかしいわ」
「異性だとは思わなくていいんだぞぉ! なんせ、父娘だからなぁー!」
抱き着かれたまま、少し離れたところに立っているリンディアを一瞥する。予想通り、彼女は戸惑った顔をしていた。私と父親の関係は、やはり普通ではないようだ。
離してほしい——私の心はそんな思いに満ちている。ただ、怪我しながらも無事生き延びてくれたことは嬉しい。それだけに、雑に扱うのもどうかという思いもある。
そんな心境ゆえ、私は父親にはっきりした態度を取りきれなかった。
そのせいで、父親はやりたい放題。
周囲から向けられる、困惑したような視線が痛い。
「まぁ、相変わらず仲良しで素晴らしいですね」
「あとはお二人でお楽しみ下さいませー」
室内で父親の世話をしてくれていた女性らは、当たり障りのない言葉を残して部屋から出ていってしまう。気を遣ってくれたのだろうが、その気遣いが逆に痛い。
「いやぁ、これで気兼ねなく可愛がれるなぁ!」
「気兼ねないのは最初からじゃない」
「やっぱ、他人がいると全力で可愛がるのは無理だからなぁ!」
「今も二人ほどいるわよ」
「星王の威厳を守るのは、大事なことだからなぁ!」
いや、星王の威厳なんてものは初めからなかったと思うが。
一言一言に突っ込みたいところがあるのだが、多すぎて、逆に突っ込みづらい。いちいち違和感を指摘するほどの気力は、私にはないのだ。そもそも、騒がしい父親と一緒にいるだけで、疲労感に襲われてしまう。
ただ、時にはこんな風に過ごすことも悪くはないのかもしれない。




