25話 初めから強い人間など、いない
ベルンハルトと二人きり。そこに会話はない。
彼はもう、私に話すような話題を持っていないのだろう。微かに俯き黙っているところから、それを察した。
「ねぇ、ベルンハルト」
なので、今度はこちらから話しかけてみることにした。
「無事に戻ってきてくれて、ありがとう」
すると彼は、ほんの一瞬戸惑ったような顔をしたが、わりとすぐに淡々とした声で返してくる。
「感謝されるようなことはしていない」
「いいえ。無事に戻ってきてくれただけで、ありがとう、だわ」
「だが、捕らえられなかった」
ベルンハルトは納得できていないような顔をしている。
「これではまだ、優秀とは言えない」
ベルンハルトは凄く不思議な人だと思う。
オルマリン人のことも、私のことも、決して好きではないはず。にもかかわらず、従者になることを選び、真面目に働こうとしてくれている。
私にはまだ、彼のすべてを理解することはできそうにない。
「凄く真面目ね」
「……僕のことか?」
「えぇ」
「いや、僕は真面目ではない」
それから彼は、私を真っ直ぐに見つめて述べる。
「多少融通が利かないだけだ」
確かにそうかも……。
「ベルンハルトのそういうところ、嫌いじゃないわよ」
時折不思議に思うことはあるけれど、嫌な感じはしない。むしろ、私は彼に対して好感を抱いている。
「これからも傍にいてくれる?」
「……今のところは、そのつもりだ」
ベルンハルトの発した言葉を聞き、私はホッとした。
しかし、それも束の間。
はっきりと言われてしまう。
「だが、僕への情を持つのは止めた方がいい」
「……どういう意味?」
「人はいずれ死ぬ。悲しみたくないのなら、他人に情を抱かない方が賢明だ」
なぜ、敢えて今こんなことを言うのか、私にはよく分からなかった。これまでも、ベルンハルトを理解できないことはたまにあったが、今回は特に理解不能である。
「……どうしてそんなことを言うの」
「真実を述べたまでだ」
「そんなこと、言わないでちょうだい!」
私はつい大きな声を出してしまう。
「本当は今も怖いの! でも、少しでも前を向こうとしているのよ! なのに、なのに……そんなことを言わないで!!」
ベルンハルトの言うことも、間違いではない。それは分かっている。
けれども私は、その真実を告げられることに耐えられるほど強い人間ではなくて。
常々最も恐れていることを、改めて他人の口から聞くというのは、私には厳しすぎることだったのである。
「……イーダ王女」
「想像したくないの。傍にいた大切な人を奪われるところなんて」
私がらしくなく大声を出したからか、ベルンハルトは困惑したような顔をしていた。
「ごめんなさい、こんなこと。貴方に言ったって、何の意味もないのに……」
瞳から涙が溢れる。
真実を述べただけの者に食ってかかってしまった、自分を制することさえままならない私が、あまりに恥ずかしくて。
顔をなかなか上げられない私に対し、ベルンハルトは言う。
「大切な人を失わずに済む方法がある」
「……え?」
予想外の言葉に、私は思わず顔を上げる。そして、ベルンハルトへ視線を向けた。
「失わずに済む……方法?」
「そうだ」
「……教えて!」
世の中には、そう都合のいい話などない。それゆえ、きっと楽ではない方法なのだろう。だがそれでも、大切な人を失わずに済む方法があるのならば、知っておきたい。
「それは、貴女自身が強くなることだ」
ベルンハルトはそう答えた。
「貴女自身が強くなり、貴女の命を狙う者を消し去る。そうすれば、もう何も失わずに済む」
「……無理よ、そんなの」
「できる保証のある方法、とは言っていない」
「……分かっているわ。そうよね、そんな都合のいい話があるわけない……」
私が強くなる。
そんなこと、できるわけがない。
生まれて今日まで、私は、『強さ』なんてものとは無縁に生きてきた。いや、それ以前の問題だ。戦いに無縁どころか、普通の人々と同じような生活さえ経験せずに今日まで生きてきた私が強くなるなんて、夢のまた夢。
そんなことが可能なら、宇宙の果ての異星まで歩いていくことだって可能だろう。
「私ももっと……強い人間に生まれられたら良かったのだけれど。ベルンハルトやリンディアみたいに、勇気のある人間に生まれたら……」
うっかり弱音を吐いてしまった私に、ベルンハルトは静かな声で言ってくる。
「初めから強い人間など、いない」
「……そうかしら」
「そうだ。僕も、昔は今より情けなかった」
「えっ、そうなの?」
思わず驚きの声を漏らしてしまった。失礼なことをしてしまったかと一瞬不安になったが、ベルンハルトは何事もなかったかのように続ける。
「幼い頃は、同年代の者たちにいつも馬鹿にされてばかりだった。体力はない、運動神経もよくない、すぐ泣く、と」
ベルンハルトが放つ言葉に、私は戸惑うしかなかった。
「……本当?」
「そうだ。僕は嘘はつかない」
「ベルンハルト、よく泣いていたの?」
「幼い頃は、だがな」
それを聞き、私は彼に親近感を抱いた。
今は勇敢で凛々しいベルンハルト。だが、そんな彼にも弱々しい時代があったのだということを知ることができ、嬉しい。
彼もまた、一人の人間——そんな風に考えられるようになった。
「なら、私も頑張らなくちゃ駄目ね」
「頑張らなくてはならない義務があるわけではないが」
「いろんなところへ行って、いろんなことを知る。そうやって、少しずつでも賢くなっていかなくちゃならないわよね」
「貴女がそれを望むのなら、それが貴女に必要なものなのだろう」
私はベルンハルトへ視線を向ける。するとちょうど、彼も私の顔を見ていた。
「これからはもっと頑張るわ!」
「無理はしなくていい」
「じゃあ、無理のない範囲で頑張るわね!」
「いや、力みすぎだ」
「べつに力んでなんてないわ!」
「明らかにいつもより力んでいるように見えるが……」




