20話 葬儀、そして食事会
「リンディアって、銃の扱いが得意なのよね? 誰かに習ったの?」
ヘレナの葬儀へ向かう途中、リンディアと二人だったので、ずっと黙っているのもどうかと思い、話を振ってみた。
「そーよ」
「師匠的な人がいるの?」
「えぇ」
行き先は第二ホール。
いつも私が暮らしているこの建物とは、二階から渡り廊下で繋がっている。
「その……どんな人?」
あまり色々聞くと、詮索していると勘違いされるかもしれない。だから、気になることすべてを尋ねることはできない。が、少しくらいなら尋ねても問題ないだろう。
それに、これから共に過ごすであろう人のことだ。少しは知っておかなくては。
「馬鹿なジジイよ」
リンディアははっきりとそう答えた。
予想外の答えに、私は、まともな言葉を返すことができなかった。
「え……」
「以上でも以下でもないわー。あたしの師匠は、馬鹿なジジイだったの」
「は、はぁ……」
何と返せと。
「狙撃手のねー」
「狙撃手?」
「そ。馬鹿だけど、腕だけはいいのよー。ま、馬鹿だけどね」
自分の師匠をそんなに馬鹿馬鹿と言うこともないと思うのだが。
そんなことを思いながら、私は歩いた。
第二ホールへは、あっという間に着いた。
渡り廊下を渡り終えたところが、第二ホールが入っている建物の、一階ロビーになっている。そこにある扉から、第二ホール内へ入るのだ。
第二ホールは、私が思っていたより、ずっと立派だった。
天井は高く、二階席や三階席まであり、コンサートでもできそうな感じのホールだ。
こんな立派なところでヘレナを見送ることができるというのは、とても嬉しいことである。
「結構綺麗なところねー」
「素敵なところ。リンディアは……初めて?」
「そーよ。あたし、そもそもこの辺で暮らしてなかったから」
「良かった。実は、私も初めてなの」
自分だけが初めてではなかったことに、私は安堵した。リンディアも初めて来たというのなら、安心だ。
その後、第二ホール内にて、ヘレナの葬儀が執り行われたのだった。
一時間後。
しめやかに執り行われた葬儀は終了し、ホールの外で食事会の開始を待つ。
「何もなかったか」
「えぇ! 大丈夫だったわ、ベルンハルト」
「それなら良かった」
私たちは、葬儀には参加しなかったベルンハルトと合流した。
彼は黒いスーツ姿。漆黒のジャケットとネクタイのせいか、いつもより引き締まって見える。
もちろん、日頃は情けなく見える、というわけではない。ただ、黒いスーツ姿だと、より一層凛々しく感じられるのである。
「服、似合っているわ」
黒スーツを着てかっこよくなったベルンハルトに、私はそう声をかけた。
すると彼は、眉を寄せる。
「そうか? ……少し違和感がある」
「いつもとは違うものね」
「動きにくい」
ベルンハルトはスーツを気に入ってはいないようだ。
「スーツだもの、動きづらいでしょうね。仕方ないわ」
「不便だ」
「けれど、凄くかっこいいわよ」
「実用性に欠ける」
私が肯定的な言葉をかけても、彼は不満を漏らすばかり。どうやら彼は、スーツの動きづらさに、かなりの不満を抱いているようだ。
「まったく、文句が多いわねー」
「お前は黙っていろ」
「はいはい。黙ってるわよ」
そんな話をしながら、壁にかけられた時計へ目をやる。時計の針は、食事会の開始時間の、十分前を示していた。扉の隙間からホールの中を覗くと、だいぶ準備が進んでいることが分かる。
「食事会、楽しみねー」
「…………」
「ちょっと、イーダ王女。いきなり黙ってどうしたのー?」
「あ。ごめんなさい。ついぼんやり……」
扉の隙間からホール内の様子を窺うことに、夢中になりすぎていた。
「しっかりしてちょーだいよ?」
リンディアは呆れたような顔で言ってくる。
「そんな様子じゃ、また暗殺を企まれるわよー」
「縁起でもないことを言うな」
「アンタは関係なーい」
彼女の言うことは正しい、と私は思った。
こんな風にぼんやりしていてはいけない。
恐らく何も起こりはしないだろうが——いつ何が起きるか分からないのだから。
数分後、一階ロビーから第二ホールへ続く扉が、再度開かれた。いよいよ食事会が始まるのだ。私は周囲に警戒しつつも、食事会を楽しむことに決めた。
「オ・ウ・ジョ・サ・マ!」
唐突に声をかけられ、振り向く。するとそこには、低身長で痩身の男性がいた。見覚えのない顔だ。
「えっと……失礼ですが、どちら様でしたっけ」
「お話するのは初めてよねーん! アタシ、クネル・ジョシーっていうの。よろしくーん!」
妙なテンションの男性だ。
くねくねした動きをしていて、名前がクネル。奇妙だが、覚えやすいところは良い。
「オウジョサマ、元気そうで安心したわぁーん」
「あ、ありがとうございます」
クネル自身に非があるわけではないが、どうも親しみを持てない。その奇妙な言動を、不気味だと感じてしまうのだ。
隣にいるベルンハルトを一瞥すると、彼も、訝しむような顔つきをしていた。
「オウジョサマは少食なのーん? それとも、遠慮して? 良ければ、アタシが取ってくるわよん」
クネルはなぜか積極的に関わってくる。
「い、いえ……結構です。お気遣いありがとうございます」
「あらぁん、そう?」
「はい。私はその、あまりたくさんは食べないので」
初対面の相手に取りに行かせるなんて、申し訳なくてできない。だから私は、理由をつけて、丁重に断った。
「なら仕方ないわよねぇーん。ドリンクを取ってきて差し上げるわぁー」
クネルはそんなことを言いながら、私たちのもとを離れていく。
ドリンク置場へと歩いていっている。
食べ物を取ってきてもらうことは何とか断れたが、飲み物を取ってきてもらうことは断りきれなかったのだった。