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1話 星王より、提案 ★

挿絵(By みてみん)

※星月なの様・画

「イーダ様、いらっしゃいます?」


 ある日の昼過ぎ。私が自室で過ごしていると、扉の向こう側から、そんな言葉が聞こえてきた。


 昼食は先ほど終えたため、食事の時間ではないはず。

 それだけに、こんな時間に声をかけられるのは不思議だ。


 ただ、よく聞く声であったため、私は仕方なく、部屋の扉の方へと向かった。きっと何かの用事なのだろうから。


「……何?」


 気は進まないが無視するのも問題なので、嫌々、ゆっくりと扉を開ける。


 するとそこには、女性が立っていた。


 白いショートヘアに、冷ややかな雰囲気をまとう顔立ち。着ている黒いワンピースは体にぴったりと密着しており、太ももの真ん中辺りまでの丈のスカート部分はかなりタイト。そして、すらりと伸びた脚には、ワンピースと同じ色のロングブーツが吸い付いている。


 彼女は、この前の春の襲撃で唯一生き残った私の従者——ヘレナだ。


「今後貴女にお仕えする従者に関する件について、お話に参りました」

「従者はもう要らない。私のために人が死ぬのは嫌だから。前にそう言ったはずだけど」

「いいえ、そういうわけには参りません。本日お話させていただくのは、星王様が自らご提案なさった件についてですので」


 私は彼女が苦手だ。

 感情のないような冷たい顔つきも、淡々とした遠慮のない物言いも、そのすべてが好きになれない。


 何人もいた従者の中で、なぜ彼女だけが生き残ってしまったのか——今でも時折、そんなことを思ったりする。そんなことを考えるのは失礼だと、分かってはいるのだけれど。


「……入って」

「ありがとうございます。失礼します」


 本当は従者の話なんてしたくはない。


 ただ、ヘレナが断っても帰ってくれないことは目に見えているので、取り敢えず部屋へ招き入れることにした。


 話を聞いてから断るでも、遅くはないだろう。


「それで、何のお話?」


 向かい合わせに置かれたソファに腰を掛けてから、私はヘレナに尋ねた。

 なるべくスムーズに話を進め、早く帰ってほしいからだ。


「イーダ様。貴女が従者をお付けにならないのは、人が傷つくのが嫌だから、という理由でしたね」

「えぇ」

「ならば、従者となるのが人でなければそれでいい」


 ヘレナは、相変わらずの淡々とした調子で、そんなことを言った。

 だが、私にはその意味がよく分からない。


「そうお考えになった星王様が、貴女の従者に相応しいものを用意なさっています」

「父が?」


 従者はもう必要ないと言っているのに……。


「はい」

「人でない従者を用意した、ということ?」

「そうです」


 話せば話すほど、よく分からなくなってくる。

 人でない生き物に従者が務まるとは思えない。従者の仕事は、人でなくともできるような単純なものではないからだ。


「ヘレナ、まったく意味が分からないわ。まず、その『人でない従者』というのは、何なの?」


 最初は適当に聞いて断ればいいと思っていたのだが、別の意味で興味が出てきてしまいつつある。


「収容所より、従者の才を認められた者を連れて参るのです」

「まさか!」


 このオルマリンの各地に、罪人などを入れておく収容所なるものが存在していることは、以前から知っていた。


 だが、そこから私の従者を選ぶだなんて。

 収容所出身の者が王女の従者となった話など、一度も聞いたことがない。


 ……それに。


 収容所から連れてくるのなら、結局、人ではないか。


「それならば、もし仮にその者に何かがあったとしても、貴女が罪悪感をお持ちになることはないでしょうから」

「人でないという話だったのに。結局は人じゃない」

「いえ、彼らは人ではありません」


 ヘレナは微かに俯いたまま、赤い瞳だけをこちらへ向けてくる。胸を貫かれたかと勘違いしてしまうような、冷たく鋭い視線だった。


「我々は、あそこで暮らす彼らを、『人』とは呼ばないのです」


 私には、ヘレナの言葉が、いまいち理解できなかった。


 ただ、人とは呼ばない——その言葉だけが、妙に耳に残る。


 この星の王女ゆえ、ほぼすべてを知っているものと思っていた。けど、もしかしたら、それは違うのかもしれない。


 ふと、そんな風に思ったりした。


 その時、ヘレナが唐突にソファから立ち上がる。


「そういうことですので、イーダ様。よろしくお願いしますね」

「え?」


 話についていけず首を傾げていると、ヘレナは無表情のまま続ける。


「明日、ここへ候補となる者を連れて参ります。その中より、イーダ様がお選び下さい」

「選ぶって……何なの?」

「イーダ様の従者はイーダ様が選ぶべき、と、星王様が」


 従者の多くを失ったあの襲撃以来、私はあまり部屋の外へ出なくなった。そして、新しい従者を取ることもしなかった。そんな私を心配して、星王はこのような提案をしてくれたのだろう。


 娘の私が言うのも何だが、星王は優しい人だ。だから、私のことを気にかけてくれているのだと思う。

 それを考えると、少し申し訳ない気もした。


「それでは、失礼します」


 ヘレナは淡々とそう述べると、丁寧にお辞儀する。

 真面目な彼女らしい、きっちりとした振る舞いだ。


 ……常に無表情なところだけは、少し妙な感じだけれど。


「明日の朝、また伺います」

「いいえ、それは結構よ。従者は要らないと、もう一度、父に伝えておいて」

「いえ、既に準備は進んでいますので。では失礼します」


 一応断ろうとしてみたのだが、ヘレナはそれだけ言って出ていってしまった。彼女は、私の意思を聞く気など、さらさらないようである。


 ヘレナは今日も、相変わらずの優しくなさであった。


 ……やはり、彼女は苦手だ。

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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