129話 そういう人だからなのだろう
リンディアの下半身はまだ動かない。だがそれでも、彼女は恐怖心を抱いてはいない様子だ。
「貴女の射撃、非効率的です」
「……何とでも言ってればいーわよ」
ミストはステッキの先端をリンディアへ向ける。
先ほどベルンハルトや私がやられたような攻撃を、今度はリンディアにやるつもりなのだろう。
しかし、リンディアの方が早い。
リンディアが放った緑色の光が、ミストの手からステッキを吹き飛ばす。
「……っ!」
ミストの手から離れたステッキは、私の頭上を越え、カランと音をたてて床に落ちた。
こんなに飛ぶのか、という感じだ。
「……まーったく、非効率的よねー」
武器を失い、一瞬表情を揺らしたミスト。そんな彼女に、リンディアは挑発的な言葉を投げかける。
「躊躇できないなんて、非効率的ー」
リンディアの口角が僅かに持ち上がる。
——そして。
構えている赤い拳銃の引き金を、リンディアは、一切躊躇わずに引いた。
細い緑色の光が飛ぶ。
一発目、ミストは右へ飛び退いて避ける。着地したところへ、迫る二発目。今度は逆に左へ飛び、転がるように着地。ミストは軽々と二発目もかわした。が、ほっとする間もなく三発目が襲いかかる。
「くっ……!」
ミストは素早く立ち上がり、リンディアが放った三発目から、すれすれのところで逃れる。三発目は、ミストの一つに束ねている髪の先を、ジュッと焦がした。
「これもかわすなんて……なかなかやるじゃなーい」
クスッと笑いつつ述べるリンディア。
彼女が挑発しようと敢えて言っていることは、誰の目にも明らかだ。
「……これはどーかしらねー」
余裕のある笑みを唇に浮かべつつ、リンディアはまた引き金を引く。
一撃目は、ミストの頭の数センチ右を通過。
ミストが動けば当たっていたかもしれない。そういう意味では、じっとしているというミストの判断が功を奏したと言えるだろう。
だが、その二三秒後。
リンディアが放った二撃目が、ミストの右肩を捉えた。
「……くっ!」
飛び散るは、赤き飛沫。
ミストは、右肩を抱え、数歩下がる。
「あらー、ごめんなさーい」
「この程度で止められると思わないで下さい」
「あたし非効率的な射撃だからー……外しちゃった」
「ふざけたことを……!」
「ごめんなさいねー。ほんとーは一撃で仕留めるつもりだったのにー」
テヘッという感じで、立てた人差し指を唇に当てる。
……分かる、わざとだ。
リンディアは、ミストを怒らせるために言っているのだ。
それ以外は考えられない。
「あたしー……しょーじき、近距離戦は苦手なのよねー。だ、か、ら」
片側の口角をくいと持ち上げるリンディア。
「苦しめちゃって、ごめんなさーい」
リンディアの放った光が、ミストの眉間を貫いた。
ミストは何も言わず、床に倒れる。力なく崩れ落ちた彼女は、滑らかな肌が妙に映えて、陶器人形のようだった。
「……終わったか」
ベッド付近に座り込んでいたベルンハルトが、立ち上がりながら言う。
「はーい、おしまーい」
リンディアは体の前で片手をひらひらさせていた。
そんな彼女に対し、ベルンハルトは述べる。
「なかなかのものだな」
珍しく、ベルンハルトがリンディアを褒めた。私にとっては、そこがかなり衝撃だった。
いや、ベルンハルトは正直者だ。良い意味でも悪い意味でも、嘘はつけないタイプである。だから、良いと思えば褒めるものかもしれない。
ただ、それでも、ベルンハルトがリンディアを褒めたことは大きな驚きであった。
「……なーによ、気持ち悪いわねー」
「気持ち悪いだと?」
「アンタが他人を褒めるなんて……不気味すぎよー」
リンディアにはっきりと言われてしまったベルンハルトだったが、怒りはしなかった。少し失礼なことを言われたにもかかわらず、短く「確かに、そうだな」と返すだけ。
それから彼は、私の方へ視線を向けてくる。
「イーダ王女」
「何?」
「これで一人片付いたな」
「えぇ……」
ベルンハルトはさらりと「片付いた」なんて言う。
彼にとっては自然なことなのかもしれないが、そういったことに馴染んでいない私からすれば不思議で仕方ない。
——なぜそんなさっぱりしているの?
今私の胸を満たすのは、そんな思い。
「ところでイーダ王女、一つ不気味に思うところがあるのだが」
「何?」
「この女が来ているのに、なぜラナは来ていないのか」
ベルンハルトは眉間にしわを寄せていた。
そう、彼は知らないのだ。
ラナは私たちを見逃してくれた、ということを。
「見逃してくれたのよ」
私がそう言うと、ベルンハルトは怪訝な顔になる。理解不能、というような表情だ。
「ラナも来ていたの。でも、話をしたら、帰ってくれたわ」
「……帰って?」
話を掴めない、というような顔つきのベルンハルトに向けて、ベッドの上のリンディアが言葉を放つ。
「王女様が撃退したーってわけよー」
「馬鹿な。そんなこと、あり得るわけがない」
「それが、嘘じゃないのよねー」
「まさか! あり得るわけがない!」
驚きすぎたせいか、ベルンハルトは口調を強める。
「僕でも倒すには至らなかったやつだ! か弱いイーダ王女が撃退なんて、できるわけがない!」
なんてこと。
驚くべき、信頼のなさね。
「ま、アンタがそーあってほしいと思うのは、分からないでもないわー。か弱い王女様ってのもー、悪くはないわよねー」
ベルンハルトはしばらくリンディアを見つめていた。その後、私へと視線を移してくる。
「本当なのだな」
「撃退と言うほどのことはないけれど……話せば見逃してもらえたわ」
「なるほど。平和的解決、というやつか」
ベルンハルトはもう落ち着いていた。
「イーダ王女らしいな」
「戦うことはできないけれど……何かできればと思って」
「貴女らしい」
それは、良い意味なのだろうか。
悪い意味ではないだろうか。
「そんな貴女だから、皆に大事にされるんだ」
「……えっ」
否定されるのだと思った。しかし違った。ベルンハルトの言葉は、私のあり方を否定する言葉ではなかったのだ。
「オルマリンに仕える気のなかった僕が貴女の従者になったのも、敵だったアスターがこちらへついたのも、貴女がそういう人だからなのだろうな」




