11話 待ち望むは、救世主
目の前で父親が撃たれる光景を見る日が来るなんて、思いもしなかった。
いつも笑っていて、明るくて、騒がしくて。本当に鬱陶しい人。
けれど、正直に言うなら、その優しさは嫌いではなかった。
そんな彼を失うかもしれないと思った時、これまでの記憶が、脳裏に鮮明に蘇る。
それは、大切な人を失う記憶。
当たり前に存在していたものを奪われる、恐怖に塗り潰された悪夢。
「父さん!」
私は無意識に駆け寄っていた。
右肩を撃ち抜かれた衝撃で床に倒れ込んだ、父親のもとへ。
「大丈夫!?」
「……も、もちろ、ん」
父親はそんなことを言いながら、笑みを浮かべようとする。けれど、その顔は引きつって、まともに動いていない。
助けを求められないものかとベルンハルトの方へ視線を向けたが、彼はまだ交戦中。到底呼べるような状態ではない。なので、ベルンハルトに助けを求めるという選択肢は消滅した。
「し、死なないで。お願いよ」
「星王だから、なぁ……こんなくらいでくたばってちゃ、いけないだろぉ……」
撃たれたのが肩であったことが、唯一の救いだ。
もし少しでもずれて背中に命中していたら、即死した可能性だってある。いや、それならまだしも、出血多量によって、赤に染まりながら死んでいくことになっていた可能性だってゼロではない。
「だが、これは少し……まずいなぁ……」
「父さん?」
「ベルンハルトに任せっきりになってしまうしなぁ……」
「そんなことはいいわ。そんなことよりも、父さんの命の方が重要よ」
すると父親は、倒れ込んだ体勢のまま、首をゆっくりと左右に動かす。
「イーダ……それは違う……」
「え?」
「一対多になったらなぁ……今度は、ベルンハルトが、こんな風になるかもしれな……」
「言わないで!」
私は思わず遮った。
言われたら、聞いてしまったら、最悪を想像してしまう。また私のために命が失われるという最悪を、考えてしまう。
「お願い! それ以上、言わないで!」
らしくなく、鋭く叫んでしまった。
そんな私に対し父親は、そっと片手を伸ばし、私の頬を触る。
「……分かっている、から」
父親の瞳は私をじっと見つめていた。
温かみのある視線だ。これが、親が子を見る目、というものなのだろうか。
「イーダは……外へ逃げるんだぁ……ここにいたら巻き込まれる……」
「でも、父さんやベルンハルトを残して逃げるなんてできないわ」
「いいから……この部屋から出ていってくれ……」
「無理よ。そんなこと、できるわけがない」
怪我して倒れている父親。嫌なのに戦ってくれている人。彼らを放って逃げ出すなんて、私にはできない。できるわけがない。
そんなことをして私だけが生き延びたって、その先には何の喜びも存在しないではないか。
「イーダはなぁ、この星の……オルマリンの未来なんだ……だから、こんなところで死ぬなんてぇ……許されたことじゃない……」
自分は死んでもいい、とでも言いたげだ。
まるですべてを諦めたかのような言い方は、気に食わない。
「それを言うなら、父さんだってそうじゃない! 父さんが今いなくなったら、この星を誰がどうやって治めるのよ!」
「……イーダが、いるだろ」
「な……何なの。止めてよ、そんな言い方」
「可愛いイーダなら……星一つくらい、ちゃんと治めて……いける」
父親の言葉は、まるで自身の死を悟っているかのような、穏やかなものだった。
けれども、いきなりそんなことを言われても、「これからは私に任せて!」なんて返せるわけがない。私はまだ王女にすぎないのだから。私にこの星を治めてゆくほどの能力が備わっていないことは、誰だって知っているだろう。
けど……もしかしたら、本当に駄目なのかもしれない。
そんな風に諦めかけた、ちょうどその時だった。
「何の騒ぎですか」
先ほど私がロックを解除した扉から、シュヴァルが姿を現したのだ。
「シュヴァル、戻って参りました」
彼は、襲撃が始まる直前に部屋から出ていっていた。しかし、この素晴らしいタイミングで帰ってきてくれた。今だけは、彼が救世主に思える。いつもと変わらない格好にもかかわらず、輝いて見える。
「シュヴァル! 助けてちょうだい!」
私は彼にそう訴えた。
彼のことは、個人的には、あまり好ましく思っていなかった。どうも仲良くなれそうな気がしなかったのである。
だが、この状況下においては、個人的な好き嫌いなど無関係。
どんな相手にでも助けを求めたい——今の私の心は、そう叫んでいる。
「またしても襲撃ですか?」
「そうよ! それで、父さんが撃たれたの!」
シュヴァルは私へ視線を向けたままコクリと頷くと、声は発さずに、片手をすっと掲げた。すると、彼の背後から警備の者が二三名現れ、入室してくる。
「捕らえなさい」
警備の者に命じるシュヴァル。
その姿は、私が今まで目にしたどんな彼よりも、凛々しく勇ましく、かっこよかった。
星王の間へと入ってきた警備の者たちは、透明な素材で作られた薄い盾を持ち、侵入者の男たちがいる方向へ突き進んでいく。その足取りは、さすが警備の職に就いているだけある、と思えるほどに安定している。
「星王様。すぐに救護班を呼びますので、もう少し辛抱なさって下さい」
その後、シュヴァルは床にしゃがみ込み、倒れている父親へ声をかけた。だが、その時には既に、父親は意識を失っていたため、返事はなかった。
「王女様の方は、お怪我は?」
「私は無傷よ」
「それは何より。では、負傷者は星王様のみですね」
シュヴァルがそう確認した時、私はふと、少し前の会話を思い出した。
「待って。ベルンハルトもよ。多分、ベルンハルトも怪我しているわ」
するとシュヴァルは、まったく感情のこもっていない目で、呆れたように私を見る。
「彼のことは知りません」




