影を演じる青年の日と触れられなかった少年の日
フロンとライアが主人公だったのに、誰がメインの話か分からなくなりましたw
ーー孤児院にいた時、ディナとニーナが「あの人たちみたいに踊りたい!」と羨ましそうに言っていた。そして僕に「フロンお兄ちゃんは踊れるの?」と聞かれ。
「少しなら……」
その言葉が2人を喜ばせてしまったみたいで手を叩くと、教えて!! 叫ばれた。この達に期待の眼差しで見つめられたら、出来ることは何でも叶えてあげたくなってしまうのは、どうしてだろう。
演奏家もレコードも無いし、ドレスの華やかさもない。女性側の踊り方を教えられるかも分からない拙いものだったけど、孤児院が小さな小さな舞踏会になった。
そんな昔の事を思い出したのは、両親のダンスを見てからだーー
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父さんと母さんが僕らの住んでいる農村まで会いに来て、そのまま何日か滞在した。ライアにもレティシアにも会うのを楽しみにしていたらしい。予定していた最後の日になり、すっかり気に入ったのか母さんが「此処で暮らしたい」と呟いた。何でもやってくれていたメイドは此処には居ないし、都会と違って不便なことも多いから、やっていけるのかつい不安に思えた。
だけど自由の身になった今、社交の場から離れたくて言ってるなら、僕に止める権利も無い。
決めると行動は早いもので、母さんはもう必要なくなったドレスや宝石を売ると、そのお金で僕らの隣に大工を呼び寄せ家を建てた。大きさは周りの家とさほど変わらないくらい。僕は慣れてるけど、ついこの間までの貴族からすればこの家はかなり小さいと言えるだろう。
持ってくるにしても、全ては入らない。できるだけ少なめに荷物をまとめなければ。この農村で本当に必要なのは、ごくわずかだ。
母さんが置いていけずに持ってきたものの中にレコードがあった。荷物整理の合間にセットすると、流れる曲に両親は懐かしそうに微笑んだ。だけど、少しだけ感傷的に見えた。
「昔、ダンスの練習をよくしたものね」
「あぁ、メリッサには何度も付き合わされたものだよ」
「そうだったかしら? 私の記憶だと、従僕と踊りの練習をしていたら、シンが急に私の相手をするって言ったのが最初でしょ」
「経緯なんてもう忘れてしまったよ」
「もうー」
女王に挨拶をして、晴れて社交界デビューを果たす若い淑女たち。それまでに立ち振る舞いやダンスをしっかり身につけてその日を迎える。舞踏会では父さんも母さんも2人で踊ったことは無かったのかもしれないと、見ていて思った。公では踊れない。踊れるのは、"練習"の時のみ。練習するほどに舞踏会で、より美しく踊れるのは少し皮肉に思えた。
「久しぶりに踊る?」
「あら、誘ってくれるの?」
「そのつもりだったんだろ?」
父さんが母さんの手を取り、慣れた手つきでエスコートする。2人とも今の今まで貴族だったから軽やかに踊ってみせる。ドレスでもない味気ない服でも2人にかかれば、地味さを感じさせす様になる。今まで貴族のダンスを見たことが無かったライアには、充分過ぎたみたいで、言葉を忘れるほどに魅入っていた。
レコードから流れる曲が一つ終わり、2人が足を止めたところでやっとライアは声を出した。
「とても、素敵でした! !」
「そうだね。踊ってみるかい? と、言っても僕がライアさんの手を取った誰かに怒られそうだから遠慮するよ。なぁ?フロン。一緒に踊ってあげな。覚えてるだろう?」
「いえ、僕は……」
両親とは違いずいぶん前から社交の場から離れ、ダンスなんてする機会は無かったから、踊れるかも怪しい。その上、"妻と踊る方が良いだろ"って父さんに見透かされてるのが、なんだかやりづらい。もちろん僕も父さんとライアが踊ってるところを見るのは面白いものじゃないと思っていたけど。
気恥ずかしくなって断わりかけた時、ライアは僕の裾を躊躇いがちに掴んだ。
「私、フロンと踊りたいです……」
上手く踊れるのは父さんの方だろう。気持ちよく踊るなら上手くリードしてくれる男の方が良い。それでも、誰構わず相手をしてもらうのではなく、ライアが選んだのは僕だった。他でもなく僕を。
「……っ」
ちらりと横を見ると、一部始終を見ていた父さんと母さんが微笑ましそうな目とからかいを交えたものを僕らに向けてくる。
あー、だから嫌だったんだよ。
「女性に言わせてはダメだろ、フロン」
「……わ、分かってますよ」
「誘えないなんて、誰に似たのかしらね?」
僕は父さんと違うし、状況だって違う。少なくても、両親に横で見られてなきゃもう少しはましにライアを誘えたよと思い、心の中で毒づいた。ライアの腕の中で、眠そうにうとうとしていたレティシアを母さんに預ける。僕と父さんには泣くくせに、不思議と女性が抱っこをするとくずらずに安心して寝るのはやっぱり母親には勝てないと言わざるを得ない。
息を吐き、向き直る。
「ライア、踊ってくれますか」
手を取り、もう片方の手はライアの背中に触れる、昔のことをふと思い出した。
弟や妹が覚えたてのダンスをしている時に、広場で歌っていたライアが帰ってきた。踊り方を教える時も、相手をする時も当たり前にできたのに、ライアとは手に触れることすらまともにできない。ライア相手だと、とても踊れそうにない。
「ごめん」と断ると、ライアは理由を察して「そうだったね」と身をすぐに引いた。少しだけ重くなった空気の中、声をあげたのはウィルで、「それなら俺と踊ろぜ!」と手を引かれたライアはまた笑顔に戻ったのを見て、ほっとしたのを覚えてる。ウィルフレッドに睨まれるのも当たり前だ。
結局ライアとは踊らないまま終わったっけ。
……つくづく思う。何度も拒んでいたのによくライアは、僕のことを好きでいてくれたなと。愛想つかされても無理はないのに。
レコードから流れる曲が耳に馴染み、久しく踊ってなかったのに身体は覚えてる。僕の足の動きに、ライアも不慣れながらも着いてくる。周りも気にならなくなって、気分が良いついでに、ライアを腕で持ち上げてターンをすると、ライアは頬を染めるから、つい僕はもっと何かしてやりたくなる。
だから、まぁ。
"練習"という口実でしか2人が踊れなかったとしても、本人達さえ楽しく踊れたなら。そこが華やかな舞踏会でなくも、誰も認めることのない裏舞台だとしても、あの日の彼らはそれでも構わなかったんだろう。