約束の男と待ち続ける令嬢
ディアンヌとアルバートの話。
時間軸は、フロンとライアが屋敷を出てから少し経ったあたり
「ごめんなさい。折角のダンスのお誘いですが、わたくし今夜一番最初に踊る約束をしている方がいますの。もうすぐその方も踊りに誘って下さる頃だと思いますし……」
舞踏会場の壁側に設置されたソファに静かに座っていると、ディアンヌは男に「お相手して頂けませんか」と踊りの誘いを受けた。特別断る理由もないならば、女性は応じるものだがディアンヌは相手に失礼にならないように、笑顔を見せ少しだけ寂しそうに断った。
これで断ったのは何回目だろうか。何人の男が無念にも散っていっただろうか。
しかし、逆に気になるのは今この時間にも、次の曲が演奏家たちによって奏でられているのに、未だにディアンヌがソファに座っていることだ。一向に彼女の待ち人は来る気配がない。それでいて、心配したそぶりも見せずに静かに約束の男を信じて待ち続ける彼女を、周りの人達は健気な女性だと思いながら見ていた。
そしてさらに思う。彼女が待ち続ける約束の男は誰なのかと。これ以上待たせては、彼女が可哀想だから早く、迎えに行ってあげればいいのにと。待たせれば待たせるほど、周囲は自然と期待してしまうものだ。
「待たれてるとは思わなかったな」
ため息をこぼしながらディアンヌの前に現れたのは例のアルバートだった。まさかこの人が、と会場の参加者たちは内心呟いた。
"彼らの結婚は破談になったんじゃなかったのか"
"アルバート様が躊躇っていたって話よ?"
"貴族でもない人をお好きになるなんて、正直お気持ちがわからないわ"
"ディアンヌ様は怒ってらっしゃらないのかしら? 険悪かと思ったけど、仲良く見えるわ"
"しっ! 静かに。聞こえるわ"
興味無さそうに振る舞いながらも、様子を伺う彼らを尻目に、ディアンヌは堂々とソファから立ち上がり、アルバートの横に着いた。
「わたくしはアルバート様のご都合が良い時まで、ずっとお待ちしてますわ」
「君と踊る約束などした覚えは無いと思うが」
「あら、良くお考えになって? 婚約者のアルバート様を差し置いて他の男性と一番に踊るなんて、変だわ。まだ本当にお相手のいない淑女ならともかく、はしたないでしょ」
にっこり笑うディアンヌは、男が約束通り誘いに来てくれたことを喜ぶ淑女のように、見える。
「ーーそれに。アルバート様が踊りに誘って下さるとわたくしは信じてました」
「周りの目を利用して良く言えるな、君は」
とは言え、ディアンヌの前に現れた以上は何かしらポーズは取らなければ不自然になることを、アルバートも理解しいた。彼女の思惑通りに運んでることに、ため息をもらし覚悟を決める。
「では、ディアンヌ嬢。俺と一曲踊って頂けますね」
「まぁ! 光栄ですわ」
とんだ茶番だ。彼らに見せつけるように、差し出されたディアンヌの手の甲に、アルバートはキスを落とし2人はダンスの中心部へと入っていった。
外野の声を潜める声は、演奏のメロディに紛れながら聞こえてきた。それに対して、ディアンヌは微かに笑う。
「君はいつでも余裕だな」
「あら、どうして?」
「知ってるだろに。社交で囁かれている噂を」
「だからこそです。皆さんの動揺振りを見ていたら、つい可笑しくて」
ふふと声に出たディアンヌの笑い声も、それもまた可憐にアルバートの耳に届く。
「例の歌姫に取られたと、わたくしも散々言われたものね。……でも周りには好きに言わせておけば言いわ。こうしてアルバート様が戻って来て下さったんですもの」
「俺じゃなくても君には他にも、相手くらいすぐにできるだろ。現に何人もの男からダンスに誘われてたな」
「あら、見ていたなら間に入って助けて下さったら良かったのに」
「……」
「それに、あの方達はわたくしじゃなくて、わたくしのお父様のお金が目当てで、お近づきになろうとしてるの」
「それを言うなら俺の父も、君の父も似たようなものだろ」
そうだったわね、とディアンヌは思い出したかのように微笑んだ。息が切れない程度のスピードで緩やかに2人は曲に合わせ踊りながら会話をしていた。
「ーーところで、居らしてたのになかなか来てくださらなかったのは、まだライアさんをお好きで、忘れられないからかしら?」
「……っっ」
「時間もそんなに経ってませんし、仕方ないと言って差し上げるべきなんでしょうけど」
言い当てられ、気まずくなったアルバートが目を逸らす。ディアンヌはどことなく怒ってるようにも見えた。
「…………わたくし、ダンスはあまり得意ではないの。それでもよろしかったかしら」
今も会話をしながらも卒なく踊れているのに、急に何を言ってるんだと不審に思った直後。アルバートは意味を考える間も無く、リズムを変えたディアンヌに足を踏まれた。わざと踏むとは逆に器用なんだろう。言いたいことはあったが、落ち度は彼にある。割と強めに踏まれたのか、痛みに耐えながらも彼はスマートに笑って見せた。
「す、素晴らしい足をお持ちのようで」




