Ⅵ
ご飯を食べ終わり、一息つく。もう一度机に戻ってさっきまで書いていた日記を眺めた。そう、私は気がついてしまったのだ。
「そういえば、あの男の名前知らない、、、」
アルバとターナさんを従えていたあいつは誰だ?
「偉い人ではあるんだろうけど、伯爵とか?そんな感じ?」
適当に推測をつける。まあ、生活していくうちにもしかしたら知る機会が来るのかもしれない。
日記をパタンと閉じて本棚に向かった。今日からはこれらの本を読覇する日々が続くのだろう。本を手にとってソファーに座る。
うーん、なんか違うな。
日本で、いつも窓際の席に座って風に当たりながら本を読んでいた私は、ソファーで落ち着いて読むことを不思議に思った。
キョロキョロ部屋を見回して、窓のふちに座りながら本を読むことにする。
「んーー!いい風。少し危険かな?まあ、いっか。滅多なことでは落ちないでしょ。」
窓を開いて、窓辺に腰掛ける。外の景色を眺めて、美しい庭にホゥっとため息をついた。
美しく手入れされた広い庭には花々が咲き誇り、アーチやら噴水やらベンチやらが見える。行ってみたい。まあ、部屋に軟禁されている私には行くことはできないんだけど、、、
バラをはじめとするその庭に咲く花々の中に、私の好きな花を見つける。美しい色とりどりのルピナスの花。
………
17歳の誕生日の日
『誕生日おめでとう!雛。これ、プレゼントと花束。気に入ってくれるといいけど。』
光貴が色とりどりの花束をくれる。初めてみる花が主役のその花束はとても可愛らしかった。
『わぁー、ありがとう!!この花とっても可愛いね。初めて見るな花だ、なんていうお花なの?』
『ルピナスだよ。』
『なんでルピナス?いや、とっても素敵な花束だけど。』
疑問が口からこぼれでる。だって、こんな珍しい花をわざわざ花束にいなくても。いや、素敵だけども。
『なんでだと思う?、、、家でルピナス花言葉について調べてみてよ。僕の君への気持ち。』
そう言って光貴は照れたように笑う。
『花言葉?ロマンチックー!家に帰ってすぐ調べるね。』
【あなたは私の幸せ】
ルピナスの花言葉はそうだった。こんな風に私のことを思っていてくれたなんてと心が温かくなる。
それから、ルピナスの花は私の一番好きな花になった。
………
その年の誕生日はルピナスの花束とペンダントをもらった。ルピナスの花の可愛らしいペンダントは私のお気に入りで、いつも身につけている。こんな珍しい花のペンダントをよく見つけだしたものだ。
光貴の行方が分からない今、このペンダントは私と光貴をつなぐ最後の物のような気がして、、、ペンダントを肌身離さず持っていて良かったと思う。お陰でこのわけのわからない世界に持ってくることができた。
懐中時計とペンダント。これが私がこの世界にもってこれたもの。
この2つがあるから、なんとかやっていけるような気がする。ペンダントは光貴の代わり。わたしはこれからこのペンダントに依存していくのだろう。
光貴とわたしの関係は本当に特殊で、わたし自身彼をどう思っていたのかわからない。人は私たちをカップルのようだというけれど、私と光貴はもっと確かなもので繋がっていた。そして、、、依存し合っていた。互いに互いを必要としていたのだ。
光貴がいない世界は味気なく、早く光貴を見つけ出そうと再び決心する。
風が私の頬を撫でる。我に帰った。そうだ、私は光貴を見つけ出すためにもこの世界の勉強をするのだ。本を読まなければ。
「ルピナス、、、あの年はお返しにガザニアの花束を送ったんだ。光貴は【あなたを誇りに思う】という花言葉に気がついたのかな?」
ふふっと笑って本のページをめくった。
昼食をとってからも読書に没頭した。気がつくと窓から日は差し込まなくなり、あたりはすっかり薄暗くなっている。
コンコン
扉のノックの音が聞こえた。
「ターナです。夕食をお持ちしました。」
「はーい。」
扉に駆け寄ってドアを開ける。私の奇行になれたターナさんはもう驚かなかった。
「今日は何をされていたんですか?一日中部屋に閉じ込められて、おかわいそうに。」
食事を並べながら可愛そうにと私に話しかけた。
「いえ。私は何も覚えていないので、色々思い出すことに専念できていいのです。」
人の良いターナさんに嘘をつくことは辛かったけど、自分の身を守るためだ。仕方ない。
「そういえば、記憶喪失であられましたね。何か思い出されました?」
「いいえ、何も。」
目を伏せて悲しげにいう私を気の毒に思ったのだろう、
「大丈夫ですよ。記憶が戻るまでここにいればいいのです。きっとあなたのことを気にいるはずですもの。こんなに可愛らしくて良いお嬢さんなのだから。」
「ありがとうございます。」
、、、だれに?だれに気に入られるというのだ。
私の疑問を残してターナさんは部屋を出て行ってしまった。
とりあえず今日は読書によってここがハルーシア王国という国であることがわかった。案の定、中世ヨーロッパのような世界で、貴族制度がある。
この国の王は大変すごい人らしい。
「なんせ、二つ名が氷の鬼神だものね。中二病チックな名前。」
恥ずかしい二つ名に思わず笑ってしまう。
今日の収穫はまずまずだろう。この調子で読書をして、さっさと光貴を探しに行こう。まあ、この世界にいるかすらわからない。生きていると願っているけれど、、、
食事を終える。ワゴンにお皿を乗せて扉の外側に出した。
時計を見ると、時刻は午後11時を回っている。
私、どんだけちんたらご飯を食べてたのよ。
慌ててお風呂に入って寝る準備を整える。
開きっぱなしだった窓を閉じようと近寄ると、星が美しい空が目に入った。都会に住んでいた私はこんなに素晴らしい星たちを初めて見る。
「きれい。」
窓辺に腰掛けて星空を眺める。口がムズムズする。
光貴が歌っていた密偵の歌がこぼれでた。光貴との思い出を忘れてしまわないように、心にいつも最後に聞いたあの歌を思い浮かべていた。けれど、忘れてしまう気がして不安だった。そうか、歌ってしまえば良かったのだ。
これから毎日光貴を思いながら歌ってしまえば、忘れることはないだろう。
『恋は夢、人の世も夢、光る湖のほとりに僕は誓うことができない。世界のどこかに罪を消してくれる魔法があるらしい。この嘘もこの罪も、消え去ってしまえばいい。輝く湖の光にこの嘘もこの罪も消え去ってしまえばいいのに。ああ、だれか僕を止めてくれ。僕は君との思い出を胸に抱いてたたずもう。ああ、だれか僕を助けてくれ。叶わぬ想いは僕を殺すのだろうか。』
最後に聞いた曲は切ない恋の歌。
一通り歌い終わって、時計を見る。午前2時に突入しそうな時間。
今日も寝落ちは嫌なので慌てて窓の扉を閉める。
さて、ここで問題が発覚した。電気の代わりにといろんなところにランプが点灯しているけれど、、、消し方がわからない。
「どうしよう、、、」
あれこれいじり回した私だったが、灯りを消すことはできない。
部屋を出て最初に見つけた人に聞くか。脱走ではないのだ、質問をするだけだからセーフだよね?
扉を開ける。薄暗い廊下が広がっていた。はたして人と会えるのだろうか。
こつこつと私の足音が響く。廊下をただひたすらに歩いていく。たくさんの扉があり、中はきっと豪華な部屋がたくさんあるのだろうと推測できた。
「ここから先をお通しすることはできません。」
声が聞こえた。
振り返ると警備員の、ような、、、騎士?(服が騎士が着てそうな服なんだけど)がいた。
「申し訳ありません。奥の間の姫君とお見受けします。外に出すなとの命令で。」
申し訳なさそうに彼が謝る。
「いえ、あの、外に出ようとしたわけではないんです。少し、わからないことがあったものだから。」
「わからないこと?メイドに聞けばよろしいのでは?」
え?メイドなんて存在すんの?まぁ、私は軟禁されている身でして、メイドが存在したとしても私についてくれるわけないんだけどね。
「メイドはいないんです。気が楽で良いんですけどね。」
そう言って笑うと騎士さんはびっくりした顔をする。ここにきてから人をびっくりさせてばっかりのような気がするけど、きっと気のせいだ。
「それはひどい。奥の間に入れられて、メイドもつけていただけなかったのですか?」
なんで気の毒がられているのだろうか。
「私はこの生活に満足しているんですよ。とても良い思いをしています。」
そういうと、騎士さんはまた、悲しげな顔をした。
「ところで、質問はなんでしょうか?」
「ああ、ランプを消す方法がわからなくて。部屋が明るいままなのです。」
はいでました。びっくり顔ー!騎士さんは再びびっくりする。
「ランプの消し方ですか?知らないのですか?」
「はい。」
少し待っていてください。騎士さんはそう言ってどこかに消えて行った。しばらくしてターナさんを連れて戻ってくる。
「ランプの消し方ですね。今からお教えいたします。」
ターナさんはそう言って私を奥の間に連れて行った。
ランプの消し方はなんとも不思議で、ランプを3回叩くと灯りが消えた。
そんな方法だったの。わかるか!
ターナさんはランプの消し方を教えると部屋を出て行った。夜中に起こしてしまったのだ、申し訳ないことをしたと思う。
まあ、無事に灯りが消えたのだし?これでやっと寝られる。こうして、わたしはふかふかなベットに潜り込んで眠りについた。