Ⅲ
ヒヤリ
首筋に何か冷たいものがあたった。
「お前は、誰だ。」
低くドスの聞いた声が聞こえる。地を這うようなその声に背筋が凍った。
「もう一度聞く、お前は誰だ。」
首に当たっているものの正体に気がつく。ヤバイ。これ、剣だ。切れるわけないだろうと思いたいが、、、ここは得体の知れない世界なのだ。なんでもありな気がする。本能が危険だと私に知らせる。
人はピンチになると案外冷静になるのかもしれない。(頭の中だけは)
「あっ、、、あのっ!!」
ピタッ
振り向こうとしたとき、剣がさらに首に密着させられた。
「動くな。変な動きをしてみろ、この場で切り殺してやる。」
「おやめください。ここは神聖な湖ですよ?そんな物騒なことは言わないでくださいよ。殺すんだったら城で拷問してからにしてください。」
別の声が聞こえる。フォローしてくれるのかと思ったらよけい悪化させられた。拷問だと?
んん?物騒な事を言っているのはどこのどいつですか?
「さて、おまえはだれだ?」
剣を突きつけた男は催促するようにたずねてくる。
仕方あるまい。ここで名乗らなければ殺される。(もう死んでるかもしれないけれど)
「は、い、、、ひな、ぎくです。」
「ひなぎく?性はないのか。と、なると平民だな?」
ほう。この世界では性がなければ平民なのか。無難にそういうことにしとこ。
なんかファンタジー小説とかでよく、本名がバレると魔法をかけられたりするって言うよね。ここは、本名を、隠すべきだと思う。よしよし、今日の私の脳みそは活発だぞ。
「はい、、、ひなぎく、です。」
もう一度名前を繰り返す。
剣が首から外された。拘束されつつ男の方をむかされる。そこで初めて男の顔を見たのだけれど。
出会い頭に女の子に刃を向けるんだものきっとすごく、こう、クマみたいな山賊みたいな野蛮な人を想像してたのだけど、、、
あら、イケメン。
男の顔は恐ろしいほど整っていた。男として完成された色気を持ち、がっしりしていて、それなのにアーモンド型の涼しげな青い瞳はどんな女性よりも美しい。耳にかかるくらいの銀色の髪がサラサラと揺れていた。自身溢れるその態度に、思わずひれ伏しそうになる。何というカリスマ性だ。味方だったらどんな時でもついて行きたくなるタイプである。
何と美しい人なのだろう。何と雄々しい人なのだろう。
思わず見とれていた。うん、不覚。ポーッとしていると男の声が聞こえた。
「ふむ。黒髪黒目で象牙色の肌を持つ少女か、、、おい!アルバ!お前、こんな不思議な色の種族にあったことあるか?」
「申し訳ありません。執務のため世界中のことを学んだはずですが、、、勉強不足でした。初めて見ます。このようなものは。」
ふーん。拷問を推奨した血も涙もない男はアルバという名前なのか。忘れないぞ!!おまえの名前は。
「おい、娘!お前、どこからきた?」
名前を聞いてきたくせに娘呼びかよ。
「あ、あの、、、私もよくわからないんです。」
いいや、めんどくさいから記憶喪失ってことにしちゃえ。そしたら全部わかんないで済ませられるし。名前だけは覚えてたってことにしよう。
「ほう。わからないと?」
「はい。気がついたらここにいて、、、」
嘘ではない。事実だからありだ!!
「記憶喪失ですかね?」
アルバが男に語りかけた。ナイス!アルバ!!おまえ、いい仕事もするな。そのままいけ!
「怪しいな。だがしかし、こんなちんちくりんに嘘がつけるとも思えん。名はなぜ覚えている?」
「名前だけは言えるんです。何故だか。」
「ふむ。そうか。ここは立入禁止区域だ。こんな怪しい場所にいたのではな。お前はしばらく城に軟禁させてもらおう。」
、、、なんですと?軟禁?城?
えっと、殺されはしなかったけども。ハッピーーな結果ではないのかもしれないぞ。
「よし。アルバ、こいつを城に閉じ込めておけ。」
「どちらに?」
「どこでもいい。」
勝手に話が進んでいる。え?軟禁は困る。これからどうするか詳しくは決まってないけど、光貴を探したいし。
「あの、、、軟禁はちょっと、、、」
とびきりの愛想笑いをして言ってみたけれど。
「お前に拒否権はあると思うのか?城で拷問して素性を問いただしてもいいのだぞ?だが、いくら私でもこの様ないたいけな子どもを拷問する趣味はない。みたところお前は無害そうだしな。」
はい。そうですか、なんて納得できるか!!
ところで引っかかる点がある。いたいけな子どもとは私のことなのだろうか。19歳はこども?成人してないから子どもなのか?
「でも、、、「でもではないだろう?お前ごとき、本来この私と会うことすらできないのだぞ。私の命令を断ることができると思っているのか?」」
この時私は何を血迷ったのだろう。いくら奴が剣をおろしていたからって、この世界での立場的には圧倒的に向こうが上である。なのに、何を思ったのだろう。
こちらはこちらで気が動転していたのだ。知らない世界に来たかと思ったら剣を突きつけられるし、片割れといっても過言ではない光貴が、もしかしたら死んでしまったかもしれないし。
そう。動転していた。だから、些細なことにも敏感になっていた。
「お前ごときってなに?ごときってなんですか?生きてるものに序列はないわ!ええ、世の中にはいろんな考えの人が多いわね。でもね!もしそう思っていても、口には出さないのが常識じゃない!!それに、命令ですって?今後の私の人生が変わってしまうかもしれない事を命令だから聞けと?無理があるわ。私は城とやらにはいかない!!」
男は少し目を見開いた。アルバに関しては口がポカーンとあいている。
あ、やべっ。こんな事言うはずじゃなかったのに、、、殺される。
「、、、お前。いま、この俺に口答えをしたのか?小動物。俺が命令だと言ったら絶対なんだ。そんな事もわからないのはその脳みそが小さいからだな?小動物。」
男の一人称が私から俺に変わってるし。なんか、余計怖くなったし。娘呼びから小動物呼びになってるし。
「そうか、歯向かうか。だが、お前の思い通りにはならない。こんな面白い物とは滅多に会えない。お前は力ずくでも城に連れ帰る。」
男は楽しそうに口を歪ませた。
ええー。私は物扱いなの?しかも、無理やり連れ帰るって、、、
反論しようとしたけど、男の眼球の鋭さに怯んだ私はあえなく捕獲され馬車に押し込まれた。これは誘拐である。後で警察に駆け込んでやる。(存在するかわからないけど。)
「アルバ、この生き物は面白い。後宮の奥の間に入れておけ。」
「ですが、それはまだ子供ですよ?それに、そんな得体の知れない存在を、、、」
「こいつの正体を調べるのはおまえの仕事だろう。それに、ガキなのは今だけだ。いつかは大人になる。」
男に面白い物認定された私は、この後男に反論したことが悪かったと気がつくのだが、、、気がついた時には時すでに遅しであった。