Ⅰ
今、私は困惑している。とてもね。
見渡す限りの木々、、、だと!?目の前に美しい湖が広がってしまってるんですけどー。いや、待って待って。さっきまで私は都心にいたはずなんだけど。
……
「雛菊、また行くの?」
「うん!私ね、光貴の歌が好きなの。彼の演技が好きだから。」
「あんまり入り浸ってると迷惑じゃない?」
「あー、そう思うんだけどね。光貴がね、雛がいてくれた方が頑張れるって言ってくれたの。」
光貴が私の目を見てそう言ってくれたのだから。自慢げに友人に顔を向ける。
「あー、はいはい。相変わらず仲良し夫婦ですねー。」
「だから、ただの幼馴染だって言ってるでしょ。」
クスクス笑いながらからかわれる。私と光貴はただの幼馴染。けれど、私にとっても光貴にとっても互いの存在は欠かせないものなのだ。
昔から、なんでも見せ合える仲であり、一番の理解者である私たちは暇な時はいつも一緒にいた。彼は私の片割れなのだと思えるほどに。
「光貴くんによろしく言っといて。劇、頑張ってって。」
「りょーかい。」
友人の言葉を背に、私は光貴が練習している劇場に向かった。
彼は、役者である。今度の劇では見事主役を抜擢されたのだ。その劇の内容が、なかなか私の好みだった。
『湖の国と呼ばれる大国がその昔存在した。彼の国には裏切り者が存在している。その者は火の国の密偵であった。しかし、密偵は恋をする。湖の国の王女に。叶わない恋でありながらも密偵は王女に真実を隠しながら付き合いはじめるのだ。けれども、密偵であることがバレてしまう。挙句、殺されそうになる密偵をかばって王女は命を落としてしまう。後悔と悲しさで我を失った密偵は王女を抱えながら自殺をしてしまう。』
そんなバッドエンドの切ない話。密偵を演じるのは光貴なのだけど、、、また彼の演技が上手くて。密偵と王女の悲恋に胸を打たれてしまう。
何より切ないのが劇中歌なのだ。密偵が想いを歌った歌詞は聞いているだけで泣けてくる。
ガチャ
重たい扉を開けると、舞台の上でリハーサルをしている光貴が目に入った。
♪〜♪…〜…♪…〜
密偵の辛い想いを歌い上げる彼はとても素敵だった。私の目を見つめて歌うのだからタチが悪い。そんな目でそんな歌を歌われるとどうしたらいいかわからなくなる。
完璧に歌い上げ、光貴は私のことをじっと見る。いつもそう。光貴はいつも私の目を見て歌う。まるで劇場に私と光貴の、二人しかいないかのように。けれど、私にとっても、都合がいい。光貴の歌は切なかろうが辛かろうが私を元気にしてくれるんだから。光貴の演技を、歌を聴くといつも元気になれる。
立ち上がって大きな拍手をした。すごかった。これできっと成功すると思った。光貴が遠くに行ってしまうのではないかと、、、思ってしまうくらいすごかった。
「雛!!どうだった?」
光貴が子犬のような笑顔で私の方にかけてくる。
「よかったよ!とっても。切なかった。」
「ほんと?ありがとう!!雛がいてくれたら僕はどんな役にでもなれる。」
「またそんなこと言う。実力よ!光貴の実力。へんなこと言うのね。」
光貴はいつもそう言う。私がいるから役になりきれるのだと。私の存在が彼を現実に止まらせているらしい。
そう言ってくれる光貴が愛おしくて。光貴に抱きつこうとした時だった。
ガラガラガラッッ
ガシャンッ
大きな音がして劇場が崩れ始めたのだ。
「ヒナッ!!」
光貴が私の上にのしかかる。
「光貴!!危ないよ!逃げて。」
そう言う私を無視して彼は私に瓦礫が当たらないようにと覆いかぶさった。
やだ!やだよ!!私のことなんて庇ったら光貴が死んじゃうかもしれない。私なんかより、ずっと未来が明るい光貴が死んでしまう!!
目の前が白くなる。いしきが、、、とおのいて、
……