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外壁塗装ってボディペインティングになんのかなー、とかどうでも良いことを考えながら神官さんの動きを追っている。
うん、この人、ほぼ一人で転職作業進めてるわ。巫女さん達は基本的に掃除と炊き出ししかしてない。まあ、神殿が広いから掃除は大変なんだろうけど。三人かぁ。
暴力系のトラブルは長らく留まっている戦士やらによって鎮圧されている。常駐の衛兵居ないんだろうか。居ないんだろうな。
しかし、私でもわかるくらいに問題点がはっきりしたなぁ。
まず完全に人手不足。役割分担の見直しも必要だ。
物資の仕入れがどこにあるかも分からないが、ここの人達に給料が支払われているかも不明、収入は転職にかかる手数料があるようだけど、それをどういう風に消費しているかもわからん。収支報告書なんてねーんだろうな。簿記やったことないからやり方わからないんだけど……なんとかするしかなかんめぇ。
うーん、後はベルトコンベア風に仕事が順次流れていく仕組みを入れて、風通しをよくして、勤務時間も明確化するしかないかな。
なんかもう、神官さんは仕事の虫というか、仕事が趣味であり生活であるというか、プライベートが仕事そのものみたいだわ。おっそろしい事しやがる。
さてはて、お昼が過ぎたので、本日の業務は切り上げにしてもらう。
まずは労働環境の改善をしなければ、神官さんが倒れてしまいかねない。そうなったら、今の比じゃないほどに現場が混乱するだろう。
神官さんが部屋に戻ったのを見計らって声を掛ける。
「労いの言葉、ありがとうございます。それで、午後からはいかが致しましょうか。……はい? 最も信頼できる部下ですか? いえ、我々はこの神殿に仕える者、上下はございません」
リーダー不在でした。
いや、対外的な組織図は存在せず、各自の中で暗黙の了解があるのだろう。
まずはそこからから。組織の構築。文書化が難しいのであれば、各自の認識のすりあわせだけでも良い。この規模感、宗教観であれば十分だろう。
「ええと、全員を集めるのでしょうか。それで、何を……朝礼、ですか? 情報の共有……ですが、何もかもというのは」
懸念してるのは邪神復活の話が漏れて混乱が引き起こされるって事だろうか。
いや、いずれは公表する事だし、事前に心構えを持ってもらうのは良いことだと思うよ。
まあ、それもどこまで信頼できるかにかかってるかもしれないんだけど。
ああ、そういえば。
「私が神官になった経緯ですか? その、元々は旅人だったのですが、行き倒れているところ、先代の神官様に助けられまして……それ以来、ここに住み、転職業務の手伝いをしておりました。彼が亡くなるときに、地位を引き継いだのです」
ほうほう。
神官になれるのは一人なのか。
では、そこに至るまでのルートを狭めなきゃならないな。現状だと、神殿広場に入って列に並べば、早い者順で話を聞いて貰えるもんな。
そっから審査が入るから、出遅れたらその分だけ時間がかかるし、話もできずに翌日持ち越しになる。
しかも一発合格できる人ばかりじゃない。こうなるとその人達にかける時間が無駄にしか思えない。
やっぱり選別の工程をはさんだ方が良い。
「増員、ですか? 衛兵と事務員……希望してくださる方がいるかどうかは、分かりませんが……そうですか、あなたがそう仰るのなら従いましょう」
うんうん、従ってくれ。
衛兵は、とりあえず五人くらいで良いかな? 巡回をしてトラブルに対処して貰いたい。
事務員は兼巫女さんでも良いし、兼衛兵でも良い。これもとりあえず五人くらい。人数が少なければ追加採用すれば良いし、多ければ適当な理由で追い出せば良い。どうせ雇用に関する法律なんてないのだ。好き勝手してしまえ。
では、彼らに対する雇用条件はどうするか。
住み込みって事で、衣食住の提供、それから転職支援。合否は審査後になるけど、受かるために必要な事を教えることにする。
それとは別に、多少の金銭の支給。神殿周辺の店で買い物でもするがいいさ。リフレッシュ用に休暇も用意するべきか。
っていうか、そう考えたら神官さん休みはないな。代わりがいないから休日が設定できない。法定休日があるわけじゃないから、つまり自営サービス業と同じだ。
んー、こればっかりはどうしようもないか。勤務時間縮小の方向で検討するしかない。
一応の方針を授け、まずはミーティング。
いきなり招集をかけられ、巫女さん達はおどおどしている。
見た目は二十代一人、残りは五、六十ってところか。前の神官さんの時代から勤め上げていると思われる。
広場の神官席の近くで集まっているわけだけど、空間の利用の仕方が勿体ないと思ってしまうのは貧乏性だからだろうか。
「あのぅ、それで、何があったのでしょうか……」
一番年配らしい、背の低い女性が震えながら声を上げる。
眉間へ深い皺が刻まれていることから、しかめ面がデフォルトだったんだろう。少しふっくらした印象であるが、頬肉が落ちているからそう感じるのだろうか。髪は青のサテンで隠れてよく見えないが、ほつれを見るに白髪交じりの緑。腕が細いことから、服で隠れてるけど体はガリガリと推測できる。
うーむ、神官さんはそこまで酷くなかったけど、これは思った以上にヤバいかもしれん。金がない!
「うむ、それなんだが……」
そう言って、神官さんは事のあらましをかいつまんで説明していく。
私が来た後くらいからね。それから、今後の展望も。
さすがに三人とも驚いていたけれど、すぐに不安そうな顔になった。それぞれ視線をかわしあう。
そして、言いづらそうにしながら、さっきのとは別のおばさんが口を開いた。
こちらもだいぶ痩せ細っている。背が高い分、それが顕著だ。さらに言うなら骸骨に近い。筋肉と皮、それに内臓があるから、骨格標本とは見分けがつくんだろうな、って感じだ。
「恐れながら……この神殿には蓄えはございませぬ。人を雇う余裕など、とても」
「なに? ……食事も用意できないのか?」
「逗留している者の中で、路銀が尽きた者には施しをしております。それだけでも出費が……」
「そう、だったのか」
知らんかったんか。
いや、それぞれ忙しくて情報共有ができてなかったのかもしれないけど。なんかもう目も当てられない。
「それに、神殿のあちこちが補修が必要な状態です」
あ、それは後回しでいいや。
まずはあんたらが食えるようじゃなきゃなにもできない。
人の活力は美味い飯、そうでしょ? 粗食で節約してるんだろうけどさ、一日の楽しみがないと鬱屈するだけだ。
幸いにして安い食材での調理方法はそれなりに知っている。こっちでの食材に不安があるけれど、今までもなんとかなったしどうにかなるだろう。
「ふむ、どうしたものか」
当初の方針は変えなくて良いと思うよ。
それよりも出納の把握からだな。
手元に入ってくるもの、金銭でも物品でも良いけど、何がどれくらいか知りたい。それと、出て行くもの。炊き出しやめたら良いんじゃない?
在庫も見とかないとなぁ。貯蓄も全くないんだろうか。
あれ、そういえば、物置あったっけ? 蓄財されてる様子はなかった気がするんだが。
「物品を管理している場所ですか? はい、ございます」
天井と通信をしている神父を見て目を白黒させている巫女さん達。さっき説明されたでしょ。
まあ、実際に見たらついに入院案件かと思うわな。
「ミーリャ、食物庫の担当は貴女だったね」
「え、あ、はい。その、今は殆ど空ですが」
ああ、それで気付かなかったのかね。
在庫ゼロと仮定しよう。それで、今日の飯はどうするつもりなんだ?
聞くところ、四人だけじゃなくて他の人にも施しているんだろう?
「空? どういうことだ」
「今までなんとかやり繰りしていたのですが……丁度、備蓄が尽きまして……どうしようと、リリーナとハイナと話していたところなのです」
「金貨もございません。我等では奉公に出ることも叶わず……なれば、私が身を切るほかなかろう、と」
青ざめながらそう告げたのは一番若い巫女さん。
ふむ、他の二人よりかは肉付きが良いが、栄養は足りていなさそうだ。いくらぶかぶかした服だとしても、体のラインがまったく分からないわけじゃない。
言い方は悪いが二束三文にもならんだろう。そんなの、一食分にもなりゃしない。
つーか、そんな事態に陥る前に神官さんに相談しろよ! 今日を乗り切っても明日はどうするつもりなんだ? ばあさん達も売りに出すのか? 嘲笑されて終わりだろうよ。
「なんてことを……! ハイナ、貴女がそんなことをする必要はない」
「しかし、ではどうすれば良いのです! 私達には手立てがないのです!」
原因を追及したいところではあるが、まずは地盤を固めなくちゃなあ。
それ私の仕事なのか?
疑問はあるけど、やらなきゃいけないんだろうなぁ。神官さん達に餓死されたら目的達成が不可能になる。
「え? 金持ちを優先的に転職させる?」
「それは神託ですか? ……どういうことでしょうか」
「順番をお待ちの方は他にもいらっしゃいます!」
公平性を重んじるのは悪くない。
だが、そうも言ってられんだろう。
それに転職神殿がなくなって困るのは誰だ。目の前の欲にしか飛びつけないやつなら、転職審査に受からんだろうし。
「え、はい、はい……みなさん、転職を急がれるお金を持っている方を連れて来るように。優先料、いや布施として金貨をお支払い頂き、特別対応を行うことにする」
「ですが……っ!」
「信心で腹が膨れる人ばかりではない、元手がなければなにもできない。我々は信徒ではあるが、同時に人だ。時に欲望を優先せねば、目的は果たせない」
行き倒れていたっていうから、腹が減る苦しみは知っているんだろう。
「なにも無目的に搾取するわけじゃない。これから、この神殿を生まれ変わらせる。その為の準備資金をご用意いただくだけだ。その見返り、お礼として、転職の手助けをする。なにもおかしいことはない」
などと言いくるめたわけです、はい。
このおっさん、この歳でこれだけ騙されやすいってマジで大丈夫なんかね。
巫女さん達は躊躇いがちに視線を交わしていたが、合意にこぎ着けたようだ。
全員が頭を下げる。
「それがご神託であるならば」
「適当な者を連れて参ります」
「このままお待ちください」
「頼む」
神官さんの一言で散っていく巫女さん達。
もはや名前も忘れたが、なんだかな、管理能力はイマイチなのかな。信心や仕事ぶり自体は疑わなくて良さそうだけど。神官さん含めて人が良いんだろう。
これを調教もとい教育かぁ。私だってそんなにやり知らんぞ。まあ、思い付くことをやっていって、詰まったり駄目だったら改良していくしかないか。
先行き不安すぎる。
まあ、とりあえず、体を匠するのは一番後回しだな。
書き始めより一年経ちました。
主人公の世界でも一年経過させたかったんですが…ちょっと無理でした。ぬう。
いつもお読みくださりありがとうございます。
今後も何卒よろしくお願いいたします。
主人公なんであんな性格になったかなぁ…




