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そんなところで、家主の腹が鳴った。
こいつ……腹が減るという感覚を持っているのか。
「食事にしようか?」
なんで疑問形なんだろう。
「そうですね。なにがあるんですか?」
「こっち」
一度台所に出て、三つある扉のうち家の中に繋がるものに手をかけるマスリオ氏。
躊躇いなく開いていることから、常から使用しており、危険性がないと思っていることが見て取れる。なるほど、この先までは安全なのか。
ほら、初めて行く場所ってまずは安全確認するでしょ。非常口の確認とか。
後に続いて出た場所は恐らく居間と思わしき広さの場所ではあるが、半分以上がよくわからない荷物によって埋まっていた。残りのスペースに袋や樽や木箱がそれなりに整頓されて並べてある。
「保存食ね。ここから好きなのを持っていけばいいから」
言いつつ、近くの袋から何か固形物を取り出して口に放り込む賢者様。
見た感じでは穀物のようではあるが、丸かじりして大丈夫なものなのだろうか。
「じゃ」
ふらふらしながら部屋を出ていくマスリオ氏。このまま私が放火しないとは限らないじゃないか、不用心な。しないけど。
ともかく、家事能力一切なしっていうのは分かった。前の部屋を掃除したことについても咎められていないことから、この部屋を綺麗にしたところで文句も出てくるまい。
あとは食糧事情だな。現世と同じ種類の材料であれば、多少のアレンジはできるはず。それに調味料。塩くらいあるだろ、普通。いや、昔は塩が高価なんだっけ?
あー、輸送費かな? でも必需品だから売れるわけだし、人体構造が間違ってなければその認識にも相違はないはず。ならばある、確実に。……いくら食に興味がなくとも。
ここにも照明はついていたので、遠慮なく物資を漁らせてもらう。
まぁ、想像通りというか、こんな保管の仕方で物が腐らないはずがなく、奥のほうに置いてあったものはあかんやつやった。液体化してるとか本当勘弁してください。
それにしても匂いに気が付かなかった。ということは、何かしらの処置は施してあるんだろう。臭い物に蓋をするといった手法で。
腐敗物は後で捨てに行くとして、手前の食糧か。あるのは芋やら麦やらある程度は見たことのあるものばかり。これならなんとかやっていけそうだ。
まずは無難なところで麦粥だろうか。マスリオさんは胃も弱っていそうだし、消化に良いものからがいいだろう。栄養関連はその次だ。
水だけなら豊富にある。先ほどの部屋に鍋もあった。
作ることは難しくないし、さてはて、この家の家事当番として少しばかり頑張りますか。行く行くは子育てもすることになるんだし、今のうちからここの設備に慣れておかないとね。
あくびを一つして、さて一人分を取り出すかと思ったところで容器がないことに気が付いた。
台所に戻れば、広くなった空間の真ん中に置いたダイニングセットの椅子に家主が腰掛けている。
なんやらボケーッとしているが、どうしたんだろう。
「マスリオ様?」
呼びかければ胡乱な目を向けられる。彼だけに見える乳白色の靄が視界を遮っているのだろうか。焦点が合っていなくて、こちらの背後を見ているようだ。
不気味だが近付いてみる。さすがに室内で攻撃魔法を使うこともあるまい。
「マスリオ様?」
「……ああ、君か。少しボンヤリしてた。最近多いんだ」
不摂生が祟ってるだけでは?
「おなかも痛いし、治まるまでは少しこうしているよ。薬は飲んだからね」
「そうですか」
さっきのやつ食ったら駄目だったんじゃね?
ううん、天才だが生活能力が無いとかテンプレですな。
「ところで、これ、どうやって火をつけるんでしょう」
かまどを指さして尋ねる。
この形状はアレで見たぞ。映画やアニメで土間にあるやつだ。石で作ったかまくらの形状、上に釜の蓋が置いてある。本来ならその脇に火打ち石なりが置いてあり、傍らには木屑があるはずだ。あ、だとしたらどこかに薪もある。
いやまて、ここの家主のことだ、そんなものは用意されていないだろう。
あれ、調理ができない?
「火? 魔法を使えば良いじゃない」
「……!」
ああ! 忘れてた!
不便な所に来た感覚だったけど、照明も煌々としているし、現代基準で考えてた!
そうじゃないですか、ここは異世界、それも魔法のある世界。こういうときに使わなくてどうするっていうの!
くぅー、単に着火するだけとはいえ、なんだか興奮してきた。
あ、でも燃焼物ないや。
「燃やして良いものはありますか?」
「うん? うーん裏手の小屋に切った木がたくさん置いてあったと思うけど、もう何年も放置してるからなぁ」
乾燥してたらたぶん問題ないよ。
「じゃあ、取りに行ってきます」
「外暗いし止めた方が良いんじゃない? ここら辺、魔物いるし」
これまたうっかり忘れてた。
姿も見ないし、魔物以上に怖そうな婦人いたし。
「そうですか……」
今晩の料理は諦めた方が良いかな。
生食可能な新鮮食材もないし。
明日にしよう、うん。
「え、それって屋敷の中に入ってきたりしないんですか」
「んー? 光ってるから大丈夫。昼間は魔物が出ないでしょ? あんまり明るいと、活動できないんだって」
へぇー。
ってことは満月の夜も出歩いたりしないのか。新月とか出奔や放浪にうってつけの時期しか見ないってことかな。夜なのに明るさ違うからな、月の出方によっては。
ああ、あとは洞窟とか人口建造物とか森の奥のほうとかか。開墾していけば追いやれるわけね。
いや、単に夜行性なだけかもしれないけど。
ともかく、この中なら安全ってことかな。
「それで、取りに行くの?」
「行きませんよ」
「なんだ」
何を期待しているんだこの人は。
「じゃ、おなかも収まってきたし戻るよ。あ、君は好きなところで寝ればいいから」
放置ですね。そのほうが助かる。
家主を見送り、ため息を一つ。手近にあった鍋を手に取る。
こちらに来てからだいぶ時間が経っているし、普段しない体力仕事、つまり掃除もこなした。しかし、これといって腹が減っている感覚がない。生命維持のためには多分必要なんだろうけれど、なんだかな、あまり食べたいとも思わない。
それに睡眠欲もない。あのよくわからん培養液に入っていたことから、いわゆる人造人間とか人工生命体になってしまったんだろうことは容易に想像できるが、人間に似ているからって生態が同じとは限らないわけだ。下手に何か食ってみろ、マスリオ氏どころじゃない腹痛に見舞われる可能性があるぞ。
というわけで、とりあえず捕食はなし。ぶっ倒れる前に生みの親にそこら辺の生命の神秘を聞きに行きたいところではあるが、彼の居場所どころか現在位置すらわからない現状ではまず無理だろう。
ならばできることをするのみ。携帯食を持ち歩くようにすれば万が一にも対応できるはず。自分を信じよう。
一人頷き、食料庫へと戻る。食べられるもののより分けと掃除ね。
しばらく世話になるし、将来的にここで子供を育てる。準備は早めにするに越したことはないでしょ。そうでしょ。




