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ロバート青年が主人に場を譲る。
それとほぼ同時に、周囲の警護団の足が止まり、こちらも停止せざるをえなくなる。
そして、こちらを見たわけでもないのに婦人がタイミング良くしゃべり出す。
「先生、お久し振りでございます。こちら、手土産でございますわ」
「ああ、いつもありがとう。助かるよ」
「二人は死罪確定者、一人は迷子ですわ。以前に魔法研究の助手をしていたと申しておりますの、お役に立つかと存じますわ」
ちょっと猫なで声が過ぎますかね。
この女性が愛人の元を訪れたかと勘ぐりたくなるような態度だ。
「それに、こちらの治安もよろしくないと聞いております。警護の者も連れて参りました」
「うん、それはどうも」
「では、お約束のものをいただきたいのですけれど」
「はいはい……んじゃ、ガラリアさんとリクト君はこっちへ。ロバート、他のものはいつも通り頼むよ」
「はいよ」
先生と呼ばれた背の高い男を先頭に、建物の中に消えていく毒蛇とショタっ子。
それをなんとはなしに見送っていたら、近付いてきた銀鎧の青年に注意された。
「お前達はこっちだ。これからあの先生……賢者マスリオ様の元で過ごすことになる」
へー、賢者……って賢者かよ!
託児所を先に見付けられたのは幸運だな。強運のパッシブスキルスゲー!
「細かいことは後で聞くと良い。宿舎に案内してやる、着いてこい」
ということで、囲まれてるから強制連行ですわ。
残りの建物のうちの手前にある方へ連れて行かれる。
ロバート青年が扉を開き、顎をしゃくって中に入れと合図する。
「あの、ちょっと良いですか」
「なんだ?」
「先に聞いておきたいことがあって……良いですよね?」
「……ああ、まあ構わない。お前達、先に入れ」
せっつかれ建物の中に放り込まれそうな雰囲気からどうにか脱出できた。
いやほら、両手が塞がってるからうまく抵抗できないし、ね。自業自得なんだけどこのミノムシ状態から早く脱したい。
私以外の人達が建物に入ったのを確認すると、ロバート青年は扉を閉めて閂をかけた。
そりゃもうこれでもかって言うくらいの手際の良さで。朝日が昇るくらいの当たり前とでもいった動作に、誰も反応できなかった。
一瞬呆けた後に、扉が壊れる勢いで叩かれるが、一拍後になり止んだ。中で何かが起こったんだろうが怖いから詳細は知りたくない。
「それで、聞きたいこととはなんだ」
「いえ……今目の前で起こったのでもう良いです……」
「そうか」
なんというか、やっぱりというか。
盗賊が手土産って時点で危険だとは思ってた。死罪確定者がなんで土産だよ。それに、警護をつけるってことは、それだけの人数を養わなければならないって事だ。しかし、この周辺に畑は見当たらないし、つまり自給自足にしてもたかがしれてると推察できる。
さらに、使用人の一人も出てこない。ならばあの血色不良の男性が一人暮らしだろうとは想像に難くないし、あまり食べてもいないと確定できる。
魔法研究者って事だけど、人体実験用に犯罪者と不要な護衛の足きりって事かな。つくづく怖いだろ、あの婦人……私も手土産って言われたんだぜ。
「なるほど、ガラリア様が直接検分されただけのことはある」
言いながら頷く青年。
人を殺そうとしながらその態度はいかがなものかと思うのよ。
「お前、料理は得意か?」
「材料がなければ無駄になる特技ですけれど」
「違いない。しばらく分はある、意味は分かるな?」
えーと、多分。
有用性がないのに滞在はできないって事だろう。わざわざ料理を指定してきたってことは、あの賢者さんにできないことをやって価値を示せって事だ。
この兄ちゃんは婦人よりも優しい。そして二人ともニュータイプ張りの会話してきやがってこっちは大変だ。
二人して主屋に戻れば、丁度良く婦人とショタが出てくるところだった。
ショタっ子が手に荷物を抱えていることから用事は済んだと思われる。頭と同じぐらいの大きさの立方体シルエットだ。布にくるまれているから詳細不明だが、恐らく箱にでも入っているんだろう。
じっと観察していたからか毒蛇と目が合った。日に照らされた婦人の服は業深い色合いをしておるな……警戒色ですかそれ。蛾の羽根についている目玉模様みたいな威嚇ですかそれ。それとも何人か始末してきたんですか。
「あら、戻ってきたの」
特段意外でもないんだろう。もしくはどちらでもよかったか。
害にも薬にもならないのであれば、それ以上の興味はないんだろう。
むしろ、生き残るのであれば多少は使える程度の感慨か。なんにせよこの人とはもう関わり合いになりたくないんだけど。
「お陰様で良い場所を教えていただきました」
「そう、良かったわね。ロバート、ご苦労様」
「はい。……じゃあな、うまくやれよ」
それだけ言い残し、既に馬車に向かって進み始めていた主人に追いつく青年。このまま帰るのだろう。
開いたままの玄関。
それを家主が閉めに来たタイミングを見計らい、体をガッと滑り込ませる。というか体当たりする勢いで乗り込む。
驚いたらしい血色不良男性は目を丸くしてこちらを見下ろしてきた。
「初めまして、ルノです」
「ああ、はい……」
「ガラリア様より紹介された通り、こちらに助手としてきました。よろしくお願いします」
有無を言わさず。相手に考える隙を与えず。
そんな風に名乗ってにっこりと笑いかける。
「……ガラリアさんもなぁ、こんな生物寄越すなんて……」
「こんな?」
生物? うん?
「だって君、人間じゃないでしょ。魔力の循環の仕方が、今まで見たことないもの」
お、おお……。
魔力の流れが見えるとかファンタジーっぽい。
そういえば魔力のある土地でなら強運スキルが活きるんだっけか。魔法万々歳ですがな。
「いえ、どこからどう見ても人間でしょう」
「あー……そう思い込まされてるのかな? まあいいや、何の用?」
なんにせよ、害意はないと理解してくれたらしい。
同じ人間でも盗賊とかいるもんな、必要なのは種別差ではなく、意思疎通が可能かどうかだよ。
「ですから、助手です。僕、元の村から飛ばされてきて、帰り方もわからないんです」
「うん? うん……? それで、なんで助手なの?」
うん?
あれ、必然性がない!
家に帰りたいこととここで助手をする理由が結びつかない!
「ええと、転移の魔法を研究していらっしゃると聞いて!」
「うーん、主たる研究じゃないし……まあでも、いいよ。部屋は好きなところ使って」
「あ、ありがとうございます!」
ようこそというように体をどけた賢者の脇を縫って室内へ入る。
石造りの床に木製の机、棚。玄関先から既に物置と化している。
「奥のほうに部屋はいくつもあるから。荷物置き場がほとんどだから、片付けてね」
「はい」
「んじゃ」
それきりふらりと、近くの部屋にこもってしまう家主。
名前……確かマスリオさんだっけか。押しかけてるから当たり前なんだけど、名乗ってくれなかったなぁ。
それはさておき、やりますか。
自身の居場所は自分で作らねばならない。仕事は自分で見つけなくてはならない。そして都合のいいことに、ここにいるのは潔癖な賢人ではない。
雑多に散らかったこの場所を整理整頓する事、そして家主に有用性を見せつける事、それが第一の使命であろう。今すぐ勇者を探しに出たところで野垂死ぬだけだわ。戦闘技術ないんですよ。ふつーの女子には。
周囲に誰もいなくなったので、体を包み込んでいる布を引っぺがす。
上手くいかなかったから柱を使ったが、見る人が見たら、なぜ壁に求愛行動をしているかと思ったことだろう。
ともあれ無事に裸体に。うむ、この雑多なモノたちの中に服があったら拝借しよう。
そう思いながら布を再度巻き付けようとして気が付いた。
左の手首の内側に、決済印のような焼き入れがある。
時代が時代なら奴隷の文様として扱われるやつなんじゃないかこれ。不味いな、これじゃ迂闊に人のいるところに行けない。
ううむ、うまくごまかす方法を考えなければ。形状はどうなっているのだろう。
まじまじと変色部分を確認する。
そこには、「支給品」の文字が四角い枠の中に書かれていた。
……ああ、そういや支給品もらえるとか言ってたっけ。
「って、これが支給品かよ!」