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周囲がシンと静まりかえる。
分かっている、言い争いをしていた所に笑い声が聞こえてきたんだから、私だってその声の主を探そうとする。
「今の誰よ!! この私を侮辱したの? 良い度胸ですわね!!」
いやいや、そういう意図じゃないってば!
しかし大体の位置が分かるのかこちらを睨み付けてくる。さっと左右に分かれる人垣。それに合わせて、私も視線を流しながら移動する。自分じゃないんだぜアピールだけど果たして上手くいくか。
退いた場所には誰もおらず、奇妙な空白地帯ができた。その外縁部にいる生徒達が互いに目線で誰だよって語り合っている。
「ああもう! 興が冷めましたわ! どきなさい!!」
誰もいないと悟ったのか、顔を真っ赤にした女生徒が取り巻きを引き連れてこの場から去って行く。
自然と野次馬達も解散して、いつもの流れに戻っていった。そこに紛れながら、倒れている女の子の様子をうかがえば、パパーン男子に手を引かれて立ち上がるところだった。
うーん、マッマ候補が何人かいる、って事だったけど、このままだとあの子と結ばれるんじゃないだろうか。それじゃ駄目なの?
最適解がどういう意味なのかは分からないけれど、人様の恋愛ごとに首を突っ込んで、馬に蹴られるのも本意じゃない。
どうしたもんかと思うけど、しばらくは様子を見るしかないだろう。自身が貴族って事を考えれば、自然と王制と結びつくし、そうなれば貴族社会の権力の話が出てくるし、つまりは宗教による統制も政治的側面を抱えているって事だし、面倒くさいなコレ。
あれ、学園内の権力構造を抑えるだけじゃ駄目じゃない? 社会的要因を考慮しとかないと……。
それにしても、思い出すだに不思議なのは、いじめられっ子がそこまでいうほどの美人でもなかったって事か。
身なりを鑑みても身分があるようにも思えない。制服なので生徒にはある程度の統一感があるけれどそれこそ実家の権勢を誇るかのように、ヒス女の制服はヒラヒラに改造されていた。レースの縫い取りや裾の金糸の刺繍なんかは金がなきゃできないだろう。
比較して、逆ハー女はほぼノーマル仕様。私と大差なかった。そんな女の子が男子生徒を侍らせる? 特殊能力の持ち主としか考えられんわな。
考えながら歩いていたら、教室に到着したらしい。
扉が開放されているから中を窺い見る事ができるが、窓の一つもないので締め切られたら入室して良いかもわからなくなる。むーん、この学校というのも元は貴族の屋敷だったりするのだろうか。やたらと天井が高い。開放感はあるけれど、庶民暮らしが長い私にとっては落ち着かない造りだ。
室内に入れば、他より少しだけ豪奢な椅子にさっきのヒス女。周りを取り巻きに囲まれているが、出入り口の監視はしたいのか、この方向だけ人が居ない。
入室した瞬間に思わず肩が跳ねた。なんでもない風を装って顔を伏せたが、ちょっとそこの、と声を掛けられてしまった。ちくしょう。
「カルディアさん、どうなさいましたの」
カルディア……リシア=カルディア。自分の名前を思い出す。
二代前に分家したカルディアの末裔だ。本家筋は別にあり、商売での権益分散、つまり減税目的で家を分けたのだが、父に才覚はなく、身を持ち崩して金がなくなった。学園へは本家筋が外聞を気にして出資してくれている。つまり借金だ。
うわあ、嫌なこと思い出しちゃったじゃないか!
そして私に声を掛けてきたのは、公爵家の娘のメルディナ様。
え、なんでそんな身分の人がこんな所に居るんだろう。イズイナート公爵の一人娘なんだから、もっと社交に気を遣うべきなんじゃないだろうか。
ともかく、取り巻きの一人に小突かれてメルディナ嬢の前まで連行される。勘弁してほしい。
「貴女、さっきの人混みの中にいたわよね」
主人の側近といわんばかりの位置に立つのは、ハスティフォ伯の次女、ミケリア様。長めの金髪は緩やかなウェーブがかかっていて、高めの鼻は筋が通って少し硬質な雰囲気がある。うっすらとそばかすが浮いているが、切れ長の目元は涼しげで、可愛いよりは美しいという言葉の方が似合う。
赤髪で幼げなメルディナ嬢との対比でより大人っぽく見える事も、実家の権力が強いこともあり、取り巻き連中のリーダー格を自負しているようだ。そんな彼女が主人の代わりに問いただしてくる。
「はい、おりました」
否定せずに事実を認める。
鬼の首を取るではないが、一言でも肯定をすれば言葉尻を取り上げて一気呵成に捲し立てられることもあるだろう。だから、声を上げないこと正しい態度の場合もあるが、そういう駆け引きは頭が良くないとできないので開き直ることした。
貴族同士のやり取りは、それこそ上流社会でやってりゃいい。貧乏貴族にはなくすものなどありはしない。
それに、この身体は借り物なので、例え死ぬような目に遭わせると脅されたところでなんの脅威でもないわけだ。
そんな私の態度に、ミケリア嬢は少し戸惑ったようだった。
「ならなぜすぐに挨拶に来なかったの。メルディナ様を侮辱しているの」
「いいえ、お取り込み中のようでしたから。お声をおかけして、貴重なお時間をいただくなどよろしくないと思いましたので」
「それを判断するのは貴女じゃないわ」
「それは失礼を致しました。お手を煩わせ申し訳ございません」
「いいわ」
答えたのはメルディナ嬢だ。
その短い返答にミケリア嬢が瞠目する。
彼女が直接答えるだなんて思いも寄らなかったのだろう。
「メルディナ様」
「カルディアさん、話があるわ」
「え」
これから授業じゃないの?
そんな思いなど通じることなく、メルディナ嬢が私の手を取る。
立ち上がった彼女は小柄で、目には強い光が点っているものの、いかにも幼く世情に疎そうに見えた。
煌めく赤髪は手入れがキチンとされているからだろう、ライトを反射して天使の輪を描き、化粧を施された顔はそれでも年相応の柔らかさを隠しきれていない。少し太めの眉に、くりりと丸い目、まぶたを彩る長いまつげに大きめの厚い唇。
公爵が溺愛しているという噂も頷ける、人形のように愛らしい少女だ。
「こっちよ」
手を引かれたたらを踏む。
そんな様子を見たミケリア嬢達が慌てて後を追ってこようとした。
「メルディナ様! そのような者と何を」
「貴方達はついてこないでいいわ」
「しかし」
「カルディアさんと話があるといっているのですわ。これ以上私に口にさせる気」
そこまで言うと黙り込んでしまうミケリア嬢。
こっわ! 権力こっわ!
ついでに睨み付けてくるミケリア嬢の顔もこっわ!
「メルディナ様、その」
「黙ってついてきなさい」
はい、すみません。
言われるがまま幼女に手を引かれ、通ったことが一度もない通路の奥へと連れ込まれることになった。
え、ええー……。




