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まず強い印象を与えてきたのは赤胴色。肩から胸の谷間あたりにかかってる艶めく髪が嫌でも目を引く。女性にしては短めだ。
顔立ちはやや控えめ。目じりが下がっているからか、おっとりして優しい人と思えそうであるが、眉間の皺はよく厳めしい表情作ることを物語っている。砂漠にオアシスを見つけたと思ったら毒蛇が住んでいました、みたいな感じか。
ボディラインはすっきりしたものだ。服飾も派手さがないからだろうか。レースの少ないドレス、ということは外出着。まあ、こんな場所を馬車で移動している時点で遠出であることは明らかである。
「お招きいただきまして光栄です。ルノと申します」
「あら、なかなか辛辣ね。紋章は見まして?」
「残念ながら」
「あらあら」
こちらの含みに気が付いたようだ。
そうだわな、紋章ってことは爵位でも持ってるんだろう。妙齢の貴族の女性が社交界に出ずに引きこもっているなんてことなかろう。
腹の探り合いの会話を続けていたら馬鹿でも察しが良くなろうってもんだ。
「そうね、転移と言っていたし、この国の方ではないのでしょう。どうぞ、そちらにお掛けになって」
「あ、はい。失礼します」
対面に座るように促される。
こっちにはあんまり緩和材がない。たぶん、こちら側に置いてあったものも目の前の女性が使うために移動させたのだろう。
「出してちょうだい」
向かって右手の窓から外に声をかける。
お小姓の少年が伝令役も兼任するらしい。飛び跳ねるような揺れと共に、馬車は動き出した。
うむ、結構うるさいかと思ったけれど、思ったほどではないな。これなら会話程度はできそうだ。
ただしむっちゃ揺れる。舌噛まないようにしないと。
「そうね、まずは貴方の出身について聞かせてちょうだい」
「そうですね、僕のいた村はキヨサトと呼ばれていました」
適当な里名を述べてみる。
こっちの人間に日本の地名言ったところでわかりゃしないだろ。
「……聞いたことないわね」
「そうなんですか? じゃあ、よほど遠いんですね」
「それか、未開地に近いか、でしょうね。勝手に住み着いている人々の事はわかっていないことが多いもの」
「村にはそれなりに人がいました。外からの旅人も多かったので、そんな端にあったわけではないと思います」
こっちのミスリードを避けて核心に近付こうと質問してくる。
ううむ、厄介なことに頭が回るお姉さんだ。
まあ、いくら質問されても場所の特定なんてできませんけども。
「そうなの。じゃあ次に、貴女がどうやってここまで来たのか、具体的に教えてちょうだい」
「ですから、転移で……」
気が付いたらここにいた、という言葉は女性が片手を上げたため防がれた。
そういうことを聞きたいんじゃないってことか。
言いたいことがわからないというように首を傾げる。女性は一瞬だけ眉間にしわを寄せ、すぐに真表情に戻った。
「転移はロストマジックだわ」
「なんです?」
「失われた魔法、だわ。かの賢者様でも転移魔法は使えません」
なんで?
え、だってあの妖怪もどきは普通に使ってたぞ。
「かつての大戦で、魔族が人間から奪っていった魔法の一つよ。そのほかいくつかの技術や歴史と共に。……それくらいは知っているでしょう?」
知らんし。
そうか、それで転移って言った時点であの青年たちも驚いていたのか。
……んん?
ということは、私は魔族の仲間かと疑われているのか!
いや、侮れない頭の良さですわ、この人。
「存じませんでした。僕の村は主に酪農や畑をしていましたが、寒冷地にあるので避暑に来る人も多くて……その中の一人が転移の魔法の研究をしていて、僕はその手伝いのために雇われたんです」
「そうなの……じゃあ、本当に転移かどうかはわからないわね」
「いえ、転移だと……」
「転送、までならできなくはないのよ。貴女はそれも知らされていなかったみたいだけど」
なんだその区別。同じやん。
「わかったわ。ともかく、貴女はただの村人。そういうことね」
「そうですね」
ともかく、魔族の線は消えたらしい。
それだけでも十分だ。いきなり現れた時点で非常に怪しいわけだし、人間だと認識を持ってもらえただけ良しとする。
視線を合わせ、圧力をかけてくるような眼をぼんやりと見返す。
納得したように、女性は小さく頷いた。
「貴女は嘘をついている。でもそれは、自身を守るための矮小な嘘ね。その程度なら誰でも行っている事だわ」
どんな解析能力があったらそこまで見抜けるんですか。
いや、占いと同じか? 誰にでも起こりえる出来事を押し並べて予言しては信じ込ませるとかいう手練手管があったはずだ。
人は誰しも嘘つきなわけだし、答えに困るような会話をした後ならば十二分に当てはまる状況といえる。
見透かしたような目をしてくるあたり手慣れているな、このおば、お姉さん。
ばつが悪そうに俯いて視線を逸らす。
ちょっと悔しそうな顔を作っておけば良いだろう。これで勝手に、自尊心が傷つけられたとでも思ってくれるはず。
「でも、そうね。手伝いをしていたって事は、読み書き計算くらいはできるのかしら」
「まぁ、はい。一応は」
「そう。なら、私達についてきなさい。今から、知り合いの魔法研究者のところへ行きますから」
「へ?」
思いがけない提案に間の抜けた声が出る。
顔を上げた私に、女主人はにこりと笑いかけてきた。
「手伝いをしていたのなら、少しは知識を持っているでしょう? 彼の所でそれを役立てれば良いわ」
「は……はい! ありがとうございます」
実はいい人……なのか?
見ず知らずの人間をこんな密室空間に迎え入れるだけあって、実はおおらかなのかもしれない。
「それにしても貴女、運が良いわね」
「え、なんでしょう?」
当面の生活はなんとかなりそうだ、と思っていたら不思議なことを言われた。
運が良い……のか? 目が覚めたと思ったら、いきなり生まれたままの姿を白日の下にさらされたんですけど。
「この辺りは街にも近いのに賊が出るのよ。女の子が一人で出歩くなんて絶好の獲物よ」
おおう……街が近いのに治安が悪いって国力弱いじゃねーか。
浮浪者が食うに困って賊やってるか、警備か兵力が弱くて付けいられてるか。
なんにせよ、そんなところに放り込まれるとかたまったもんじゃないんだけど。
「それは……運が良かったです」
そういえば強運のパッシブスキルあるんだっけか。
それだけは感謝……。
などと思っていた矢先。
ガックンと車体が揺れて頭を打った。
目を白黒させていると。
「何者だ!!」
外で誰かが怒鳴っている声が聞こえた。
あの銀鎧のお兄さんかな、馬車の駆動音もよー聞こえないのに、よくぞここまで声が……ん?
おかしい、と思って対面にいる女性の顔を見る。
彼女は泰然自若と構えていた。
いやいやいや……この人、肝が据わりすぎでしょ……。
「どうしたのかしら」
「いえ、何があったのかと……」
「おそらく、さっき言っていた賊でも出たのでしょうね。外の者に任せておきなさい」
「でも」
「戦えるの?」
氷の線を引くような声。思わず背筋が伸びる。
ドスがきいてるわけじゃないんだけど……なんだろう。迫力が違いすぎる。
縮み上がったまま首を横に振る。戦えるわけがない。
「なら、待つしかないわ」
そうか、信頼しているからか。
あのお兄さん、言動と違って頼りになるようだ。
それにしても、話をした直後に出現するって……この人、フラグメーカーってスキルとかもってないよね?