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翌日、準備を終えた私達は拠点に向かって出立した。
小さな村だから旅立つって話は一時間もせずに広まって、朝飯はお別れパーティーと兼任になった。作った飯は全員分はなかったので追加で幾ばくかの肉を捌いた。その手順を見守る男衆の視線が怖かったです。何で怖いのか解析してみたら、アイツら瞬きしてなかった。
それからミハル君は便利というか当然というかアイテムボックス持ちでした。時間経過がないっていう素晴らしいヤツね。そこに食糧やら水やら大量に確保してた。遭難してもこのメンバーであれば三ヶ月は余裕で暮らせるらしい。意外と備えている。
なんと彼もそこそこ料理ができるらしい。ボックスの中身をこっそり教えて貰ったけど、なんでか元の世界の調味料や香辛料を持っていた。こっちで売れば生活費くらいにはなると思って定期的に仕入れられるよう神様に交渉したんだってさ。結果、貯まる一方らしい。
普段の生活で馴染んだもの以外は使い方が分からんっていうのと、仕事があるから収入があるってんで、さばく必要がないんだと。ボックス容量は無制限だとかで、とりあえず放置してるらしい。勿体ない。
それより、能力を貰えるって羨ましい。
聞けば魔力無限に魔法全属性付与、魔法耐性に物理防御の加護まであるんだって。対してこっちはスライムの体に笛。しかも火矢一発で溶ける。泣きたい。
森の中は迷いやすいというので、近くの街道が見えるところまでアリオーさんが送ってくれるとのことだ。
ミハル君を毛嫌いしているこの男、アホっぽいんだが狩人としての腕前は村でも一、二を争うほどに優秀らしい。
なんていうか、村の人達と違って筋骨たくましいというか、髪も一人だけ短髪で異様ではあるんだけど。エルフの特徴を引き継いでいるのか美形だし、ハーフとかかな。それを聞くほど不躾ではないけれど、初見では二度見くらいするかもしれない。
「リタ様、このようなお早い出立など……まだまだ村に滞在していただいても良かったのですよ」
「心遣いありがたく存じます。ですが、我等も使命のある身、神のお導きに従うのであれば、いつまでもご厄介になる事もできますまい」
「さすがリタ様、ご高潔であられます」
何でコイツはそんなにリタさんに心酔してるんだろう。
他の人達も信頼はしているようだったけど、ここまで露骨にミハル君を嫌ったりはしていなかった。まあ、二人だけのドラマでもあったんだろう。
「ミハル様、疲れたら仰ってくださいましね。私が運んで差し上げますわ」
「い、いりません」
「ねーねー、アミちゃん疲れてきたからおんぶしてー?」
「お、じゃあお兄さんがやってあげ」
「ミハル様? 他の女人触れないでくださいとなんど伝えれば良いのですか?」
「ひっ!?」
ミナさんから目に見える形で黒いオーラがあふれ出してくる。
心なしか瞳も光っているんだけど。
「アミ、私が運ぼう。おいで」
「わーい! リタちゃんあありがとぉー!」
私としても、転けるたびに周辺に被害を振りまかれるより良いと思います。
この人達はほとんど気にしてなかったけど、木の根に躓くたびにミハル君に魔法が炸裂してたからね。彼は虫が目の前を飛んでるくらいの感じで鬱陶しがってはいたけど特に注意とかしてなかった。
一つ言うけど、山神様の顔面で白煙を上げさせた魔法だぞ? 不可視でいきなり破裂音がして煙が上がるって魔法だぞ? 何で慣れてんだよ。それとも音と見た目だけで痛くないのか?
「わぁっ!」
リタさんに駆け寄る途中で転ける魔女っ娘。炸裂した魔法が私の体の一部を消し飛ばした。
お……おお……直撃した……。
「おいアミ、ラスが震えてんぞ」
「あー、ラスちゃんごめんねぇー!」
ミハル君の腕の中でぶるぶる震える私。
これが日常になるとかどういうことですか!
だからラブコメになんねぇんだよ! のほほんとした雰囲気なのに死が隣り合わせなんだもん!
ともかく、アミちゃんが背負われたことで炸裂の心配はなくなった。
ただし、前衛の両腕が塞がったので魔物の奇襲に対応できない確率が増えた。アミちゃんを歩かせるわけにはいかないなら、幌馬車必須なんじゃないだろうか、このメンバー。
そのまま黙々と進み、昼を少し過ぎた辺りで森から脱出できた。
小川が流れている脇に砂利道ができている。それなりの幅があることから、人の行き来は多そうだ。
「わぁい、出た出たぁー!」
「アリオー殿、案内感謝します」
「ふー、あとは道なりに行けば村か町があるだろ」
「ミハル様、お疲れではありませんこと?」
自由だな君達。
昼飯時を少し過ぎているし、危険がないなら休んでいった方が良いんじゃないかな。ぽんと跳ねてミハル君の肩に乗る。察した少年がステータスを確認し、頷いた。
「少し休憩しようか。リタも疲れただろ」
「このくらいなんともない」
「まあ、正直、俺が休みたいんだよな。馬車でも通れば乗せてもらおうぜ、この時間帯なら通る確率も低かないだろ」
「……そうか、ミハルがそう言うなら休むか」
「準備できましたわ」
「早っ!?」
「良妻たるもの、いつでも夫の要望を素早く叶えるものですわ!」
吹っ切れているからこそ優秀なのかもしれないな、イェルミナさんって。ティーセットまで設置してるし。
リタさんがアミちゃんを座らせ、自らは少し離れたところに立つ。街道沿いに目を走らせていることから、辻馬車を探しているのかもしれない。
「リタも休もうぜ」
「リタちゃんも休も?」
「ミハル様がこう仰ってますわ。リタさん、こちらにいらっしゃいな」
「……リタ様、見張りなら私が」
全員に言われては仕方なかったんだろう。リタさんがピクニックしている三人の所に加わった。
それと入れ違いになるように、私がアリオーさんの方へ移動する。
「ラスちゃんどこいくのー?」
「ラスが見張りしてくるのか?」
肯定するようにばよばよ伸び縮みすれば、クッキーらしきものを投げつけられた。
「それ食ってけ」
扱いが雑なんだよなぁ!
でもありがと。キャッチしてからぴょんと跳ねて、それからアリオー氏の隣まで。
こちらの存在に気が付いたお兄さんが、屈んで頭を撫でてきた。多分頭と思われるところを撫でてきた。
「ラス様は山神様の遣いですよね。貴方であれば、リタ様達に同道しても誰からも文句は言われないでしょうね」
そしていきなり語り始めた。小声で。
なんだって君はスライムなんかに話し掛けようと思ったんだい? 更に言うなら遣いと思っているんだったらそれなりの扱いをしてくれないか。頭なでなでしてくるってどういうことだ。それこの世界の最敬礼とかじゃないよね?
「ご覧の通り、私はエルフと人のハーフです。なのに魔法は使えず、なんとか狩りはできるものの足は遅く木々を伝うのも下手くそで……面倒な門番をかって出ることでやっと自身に存在価値をつけることができたと思っています」
引け目を感じているってことか。
でも見ていた限り、誰かがアリオーさんを馬鹿にしていたとか無下に扱っていたってことはなかった。むしろアリオー氏が一歩引いているから、その考え方を尊重してかどうでも良いからか、存在を気にしていないようにしているように思えたけどな。
たぶん、アリオーさんが思っている以上に村人には受け入れられてると思う。というか、普通にスライムの作った料理を食うような人達だぞ。差別って概念すら持ってないと思うわ。
あるものはあるしいるものはいる。それが自然であって、それ以上でも以下でもないって感じだと思う。
「リタ様、アミ様、ミナ様、それにミハルでさえ、私のことを異様とは思わなかった。彼等は私の救いでした。このまま、彼等についていきたい。ですが、足手纏いにしかなりません」
私からすればだいぶ屈強なんですけども。
火矢のワンパンじゃ死なないでしょ? ジューブンジューブン。
「私はどうすれば良いのでしょうか」
知らんが。好きにしろよ。
どこ行っても同じ悩みにはつきまとわれるだろうし、アリオーさん自身が気にするんだったらそれは死ぬまで引っ付いてくる。
来たければ来れば良いし、遠慮するなら残れば良い。決めるのは私じゃないし、悩みを人に打ち明けるってことは腹は決まってるはずだから。
ただ、最後の一押しがほしいだけなんだろう。
そんでもって、それをするのは私じゃない。ウジウジした性格だからしゃべれない私に愚痴っただけで、話を聞いてほしい相手は別に居る。
全く以て、がたいが良いのに気の小さい兄さんだ。
「その、眉間に皺を寄せた表情は一体……」
そのまんまの意味ですよ。
さっき貰ったクッキーを顔面に向かって投げつける。ぺしっと音がして、それをつまんだアリオー青年が目を白黒させた。
「これは……リタ様の手作りの……」
え、そうなの?
それは知らんかったわ。食べれば良かった、と思っていたら、見る間に首まで真っ赤になるお兄さん。
おま……いや、君。そういう事だったのか。いやぁ、どんなドラマがあったんだろうね。
「さすが、ラス様……お見通しだったんですね」
偶然なんだけど。
なんだかんだと御託を並べていたけど、結局はリタさんが好きだった、と。
んで、結局の所、あんな性格なのにリタさんに信頼されているミハル君が羨ましかったと。それでいてミハル君は他の女の子にも囲まれているんだもんなぁ。そりゃ嫌いにもなるわ。
……って、ちょっと待てよ。
このメンバーにコイツが加わったらラブコメ指数が上がるんじゃないのか!?
よし、わかった、君の同道を認めようじゃないか!
「やはり、このような気持ちだけで共にいようとするのはご迷惑でしかないですよね。リタ様は黒鉄の乙女の一員ですし」
あ、ん?
ため息ついてどうしたの?
「分かっていたことでした。でも、聞いてくださりありがとうございます。しばらくは寂しいでしょうが……私も森の守護者の一人、この出会いを思い出に、強く、生きていきます」
ん、んん??
えーとつまり。帰るのかお前!
いやいやいや、加入してくれて良いんだけどね!?
「おっと、丁度良く馬車も来ました。商隊なら更に良い。リタ様、アミ様、ミナ様!」
休憩している面々に手を振り、名前を呼ぶアリオー青年。
立ち上がられたら顔面アタックができん! くそぅ!
「では私はこれにて。皆様に神のご加護を」
こちらからの別れの挨拶を受け取る前に、森の中へと消えていく案内人。
「早っ! あいつ、いっつもせっかちだよな」
「うむ、きちんと礼も言えなかった」
「ばいばーい!」
「ミハル様、商隊ですわ。交渉して参りますわね」
対してこちらよ。
アリオー氏はもうこちらのことなんて見ていないだろうけれど、別れの挨拶代わりにばよばよとホバリングしておいた。
若いかどうかは知らないけど、彼の前途が多幸であることを祈っておこう。ラブコメ要員になってくれなかったことはゆるさんけど。




