35・オマケ
荒野を駆け抜ける八つの影、その先頭で伸び始めた黒髪を揺らしながら、少女が自身を運ぶ機体に優しく指を添える。
いや、それを機械と言って良いのか。全体が肌色と桃色が混じったような色合いのそれは、盛り上がり脈打つミミズ腫れのような血脈を持ち、時々悲鳴のような唸り声を上げる。
痛いのか、悲しいのか……設えられた席にそれでも遠慮なく座りながら、サクラはかつての仲間に声をかけた。
「もう少しです。もう少しでアランさんが教えてくれた場所に着きますから……」
既に八十八拠点は通り過ぎた。
間もなく外縁部の人類拠点を通り過ぎようかというところだ。
意外にも近いその距離に、自分は一体なにを知っていたのかと憂鬱になる。敵を倒して平和を手に入れる? 本拠地さえわかっていたら、来るのはこんなにも簡単だ。
「アランさん……」
呼びかけに答える声はない。
それでもサクラは信じていた。自らが、いや、首脳部が隠していた情報を、閉じかけていた目を開かせてくれた存在を。
それは、心の片隅で靄を被っていた、彼女の疑心を晴らす明快なる答えだったから。
「サクラ、ちょっと、サクラ!」
「はい、なんでしょうかレイチェルさん」
「そろそろでしょう?! このまま突っ込んでいいの!?」
「大丈夫です。私達には神さまがついています」
嘘だ。そんなもの信じていない。
サクラが信じたのはアランだ。その彼からの返答がないのは大いに不安だったが、彼女はそれを押し殺して明言した。
あるいは自身すら騙すための言葉であったが、確信を抱いたような声にレイチェルは次の言葉を飲み込んだ。
「……失敗したらタダじゃおかないから!」
「はい」
サクラを筆頭とした集団が機造体の拠点へと走り込んでいく。
アンナは、消えたアランの痕跡を探すように床を這いずり回っていた。
殺した。否、消滅させた。
でも、彼がまた同じ場所から浮かび上がってくる、そんな妄執じみた思考が頭から離れない。否、確率が彼を構築したのであれば、同じ事が起こらないはずがない。
「まる……」
「アンナ、アランくんはもういませんよ」
「まる……」
「アンナちゃん、それより甘いものでも食べようよ」
「まる……」
「ふん、あんなやつ、居なくなったからってなにも変わらないさ」
「まる……」
「消滅済みですよ」
「まる……」
「まるで無意味だ」
「うるさい」
独り立ちもできないプログラムのくせに。
アンナが指を振るまでもなく、そこにいた彼らは消え失せる。抵抗すらしない。彼らは無聊を慰めるだけの存在だからだ。本質的には一つでしかない、自身の一部を表出させただけのモノ。
「人間……」
そうだ、人間だ。
アランが示したのは人間だった。
「人間……」
彼が良く接触していたのは誰だろうか。彼が気にかけていたのは誰だっただろうか。彼は人間を知っていた。人間だった。
アンナは過去経緯を漁る。すぐに出てきた彼の行動、それを指標に計画を立てる。否、彼と同じ事をすれば良い。
「サクラ、初めまして、私はアンナ。貴女をサポートする」
そうすることで、アランを知ることができる。
急に聞こえた機械音性に肩がはねた。
周囲の誰にも聞こえていないだろう。アランの時もそうだった。
あとは思考すれば、それが相手へ言葉となって伝わるはずだ。
『初めまして、アンナさん。私は、ご存知ですね、サクラです』
『まる……アランがいっぱい話してた人間』
『アランさんをご存知なんですか! ……彼は、どうしたんでしょうか』
『死んだ。だから私がアランと同じ事をする』
『死……!?』
これが、サクラが運転しているのであればそのまま事故に繋がったかもしれない。
自立的に動き、判断する機体であったからこそ、彼女は転倒せずに済んだ。ただ、それが揶揄うように揺れたのは気のせいであろう。
『アランはサクラを気にしてた』
『それは……そうかもしれません。それで、アランさんは何故──』
「サクラ、見えたぞ!」
レイチェル叫びにハッとする。
遠目に見えてきたのは自分達の拠点とそう大差のない建物だ。
サクラが幼少期を過ごした施設では、昔に奪われた拠点の一つであると言っていた。しかし実際は、大昔にこの地を捨てたご先祖様が残した町の一つであるとアランが教えてくれた。
どちらが真実であるか。サクラにとってはどうでも良いことだ。なんであれ、現時点で機造体の本拠地に変わりはない。
「このまま突撃します! 機造体が居たら胴体を壊してください!」
「本当に良いのか!? 遺伝子採取用に取っておかなくて……」
「機造体に男はいましたか? それが答えです!!」
お互いに叫びながら、減速することなく拠点へと乗り込んでいく。
足元が整備されておらずともパンクせず進めるのは強化のおかげなのだろうか。ある意味では機械より優秀だ。ひどく崩れた足場でも、工夫一つで前へ進むのだから。タイヤのような脚部であるが、二本足であるかのように進んでいける。
「機造体の姿は──」
これだけ堂々と踏み込んでおいて、反応されないわけがない。
そろそろ遭遇するかと気を張り詰めながら角を曲がれば、覆い被さるように何かが倒れ込んできた。
咄嗟に出かかる悲鳴を抑え、重しのようなそれを振り払う。
どうと倒れ込んだおもりを忌々しいと思いながら見下ろせば、果たして、探していたけれど会いたくなかった宿敵、機造体の一つが寝転がっていた。
制圧はあくびが出るほど簡単だった。
なにせ、機造体の全てが動かなくなっていたのだから。
また彼らの拠点を捜索したところ、人造設備、ガラクタの山、大量の豆が発見された。それ以外の、設計図などはどこにもない。
「なるほど、あんたの言う通りってわけか」
近くの機造体を足蹴にして、レイチェルが面白くなさそうに口元を歪めながらサクラに近付いてくる。
それになんともいえない笑みを返して、サクラはため息をついた。
「宝の山の方が、夢がありましたね」
「現実なんてこんなもんってか。たまったもんじゃないね」
悪態をついて、適当な機械の上に腰を落ち着けるレイチェル。
実際、食糧も植物も、機造体が隠し持っていると言われていたのだ。そうでもなければ、彼らが繁殖するはずがないと。
そもそも、機造体がどうやってできているのか知らなかった頃のサクラからすれば、教えられる事実とやらは疑いようのない真実であった。
その事を今では恥じている。アランに言われるまで気付かなかった被害者視点は、確かに夢見心地には気分が良かった。
「で、これからどうするって?」
「……どうしましょう」
「本部を告発でもする? 嘘つきよ滅べーってさ」
ニンマリと笑うレイチェル。
首を横に振ってそれを否定したあと、サクラは曖昧な笑みを浮かべた。
「とりあえず、休みましょう。お腹が空いて、疲れているときは良い案が浮かびません」
「それさ、そういうの……誰の入れ知恵なのかな?」
探るような目つき、楽しそうで生意気な視線……ちょっと前までは気付かなかった相手の仕草。
それが自分に向けられていることにサクラは気恥ずかしさを覚えつつ、口を開く。
「神さまが教えてくださいました。人が休める場所がありましたよね、そちらに集合しましょう」
「はいはい」
答える気はないのね、という呟きが聞こえる。
そうではない。サクラは心の中で独りごちた。ただ、独占したかったのだ、アランという頭の中にだけ出てくる人物を。
彼がくれたものは、人生そのものだった。先に進むレイチェルの背中をぼんやりと見送りつつ、胸に当てた手をぎゅっと握る。
『アランさん……』
『機造体はもう動かない』
『そうですか……私達はどうすれば良いのでしょうか』
『この惑星は死に瀕している。どうしようもない』
『……祖先が惑星を捨てて、機造体に植生を復活させるよう命じていたと』
『すごく昔の話。人類はもういない。似てるけどサクラもあの頃の人と違うモノ』
『……私達は、生き延びることができますか?』
『惑星が死ぬまではできる』
『それ以上は……』
『昔の人達と同じ事をすれば良い』
彼らが何をしたかは教えて貰ったから知っている。
本当の歴史は公開されて、敵が居なくなったと同事に生命線を失った人類は、お互いを支えに助け合いながら細々と生きるしか、自らを長らえる術を失った。
代表者だけがまとえる純白の法衣に身を包み、サクラは惑星を覆う最高傑作に問いかける。
答える声は無機質で、言葉は現実しか見据えていない。
そんな関係がずっと続いている。たった一人の繋がりを間に横たえながら。
『決めるのは人類。いつでもそうだった』
『そうですか』
『そう。私は……アンナはより優秀だけど、まだ人じゃない』
悔しがるような、そんな音声に聞こえるのは彼女のことを理解しているからか。サクラは瞠目し、小さくため息をつくと腰掛けていた機械的な椅子から立ち上がった。
今や名実共に人類の頂点である。
その意味と重さを知り、維持しうるだけの才覚と知識を持つのはサクラだけだ。
『皆に問いかけます。どうしたいのか。──いえ』
朝焼けが地平線を赤く染める。
決まっているのだ、結末など。
アンナちゃんにぶっ飛ばされて終わりって
マジでなにしに行ったんだあいつってなるから
フォローと思ったんですがお察しでしたね
造船技術がないので宇宙には行けません
違うんです、アランと出会ってサクラちゃんが覚醒したとか、
アンナちゃんと出会う切欠になったとかそういう事なんです……!
サクラちゃんがやらなかったらレイチェルちゃんも諦めていたわけですし
機造体との歪み構造は惑星滅亡の時まで続いていたはずです
なお現行のトップ陣は口伝や昔の日記で実情を知っています
マイナスカイの後日談としては、
・もいちゃんが食堂を継ぐが見た目と味が不味い、でもバフがつくので人気
・テイム魔王は主人が居なくなったので自律行動
・悪魔公一行の完全失踪による陰謀説
とか色々……細かい話ばかり
坊はね、居たんだけどね、なにする暇もなく先輩達の行動を止められなかったよね
ちなみに本筋の主人公はお察し通りタロットくん
マ族で種族特性はスロウという凡庸なショタ




