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ここに来てはじめて自分の荷物と言えるものができた。別に喜ばしいことでも何でもないけど。
グルーカス氏が送ると言ってから更に二日経った。元の場所を探すのに手間取ったんだって。
ほら、地名とか公爵の名前とかわかればすぐに転移できたっていうんだけどさ、知らなかったから……。国名もメロンパンだかデカメロンだかって名前なのはわかってたけど、リグリードの方が強すぎて覚えてなかった。怒られた、っていうか小言を言われた。独り立ちしてから親の小姑化が激しいです。
時間ができたから、追加で人の赤子の世話の仕方を教えておいた。万が一、一年以上ここを離れても大丈夫なように色々と。多分、話し始めたら自分で色々と要求するだろうからそうなったら放っておいても良いんだけど。それまではね。
あと魔王様に授乳だけは絶対するなと言い含めておいた。別に吸うのは個人の趣味の範疇でどうとでもしてくれて良いが、魔物の体液が人体にどういう影響を与えるかわかったもんじゃない。人間として育てるというのであれば、摂取量は最少であるに越したことはない。
だからミルクの原料は人間界で取れるものに限定させてもらいました。人造人間作れるんだもの、粉ミルク程度簡単よ。技術はあったから知識は出した。
そういえばディナさんの末路ですけども。
そもそも、勇者は盗賊からの捧げ物だったらしい。私達が屋敷から去って数日後、食い物を探しに外に出て盗賊に出くわしたんだと。そいつらを食おうとしたら、子供を抱いた女を差し出されたと。
女を食ったら子供が泣き始めて驚いて、とりあえず自身の腹に入れたらしい。そこで赤子を食い物と思わなかった辺り、人としての意識が残っていたのかもしれない。
結局、こっちの国に来てから解体されて、研究資料になった。庭の片隅にこっそり墓を作っておいた。遺骨もなにもないけど。
ということで出立の時がやっとやってきた。
時間が取れたらしい魔王様もいる。ここ数日で随分と仲良くなりました。巨乳のサバサバした仕事のできるお姉さんって良いよね。しかも世話好きで子供好きとか鑑賞対象よね。自分じゃなれないから憧れますわ。
「準備は良いか、ルノ」
「はい」
魔道具も持ったし、服も着てる。マスリオさんの家で拝借したヤツだ。所々破けたりなんだりしていたので繕ってある。
魔物の国は基本的にモロだしなんだけど針と糸は存在していた。趣味で作るヤツはいるらしい。趣味て。
「では、幸運を祈る。貴殿の働きがこの国、ひいてはこの世界を、未来を、よりよきものに変えてくれる、そんな気がするのだ。失敗したと思ったら引き返してくるといい、別の案を考えよう。なに、時間だけはあるのだ」
にこりと聖母様の笑みを浮かべる魔王様。
この人が魔王として君臨できるのは先数百年は保証されているらしい。何でかは知らんけど。その間に人との講和を色々と試すんだと。長寿種はおっそろしく気長であることよ。
「では、行って参ります」
「ふむ、命大事にな」
グルーカス氏、それ若干アウトや。
そんな思いを抱くうちに、科学者の手が額に触れる。ほんのりとした暖かみが伝わってきて、なんだか無性に安心した。自身が雛鳥にでもなったようだ。親鳥がそばにいてくれる、そんな安心感。
まあ、すぐに旅立たなきゃいけないんですけど。
瞬きを数回、次の瞬間に私は土くれの道の上に立っていた。おそらくはかの国の街道付近だと思うんだけど、似たような景色が多いから確信はない。
っていうかここからどうすれば!? 確かに元も場所には戻ったかもしれないけど、人が居ないし方位もわからんしどうすれば良いのよ!!
「……ルノか?」
「ひょっ?!」
突然声をかけられて驚き振り向けば、見たことある顔の青年が立っていた。
あれだ、ロバートさんが面倒を見ていた三人組のうちの一人だ。名前は知らん。基本的にここの奴らは名乗らないからね。
「あ、えっと、お久し振りです!」
どうしたら良いかわからず笑顔で挨拶をしたら、真顔で近付いてきた青年にがっしと肩を掴まれた。そして長いため息をつかれた。どうした。
「ようやっと見付けた。一度屋敷に行くぞ」
「え、はい」
なに、探されていたの?
ロバートさん、というかガラリア婦人のことだからいなくなった者は捨て置くと思ってたんだけど。
「あの化け物がどうなったか知っているな? ロバート様が知りたがっている」
あ、そっちね。了解です。
ともかく街までの伝手ができたからこっちとしては文句なし。自分からやるって言った仕事が初手で詰むとこだったわ、あっぶね!
自身で行動選択した途端に行き詰まるとか幸先が悪いにも程がある。というかぶっちゃけ、幸運スキルがあると安心しすぎていた感もある。だったらあんなに欠損しないしね、これからはもうちょっと計画性を持つようにしよう、そうしよう。
「ルノは馬は……乗れないんだったな。僕の前に乗るといい」
はいはいタンデムですね。
いろんな人と一緒に同乗してるから大人しくする術はしっています。私は荷物よ!
促されるままに乗馬し、揺れることしばし、見たことのある壁が見えてきた。街の名前もよく知らないが、公爵婦人の屋敷がある街だろう。こっからの景色を見た記憶がある。
そのまま何事もなく目的地まで到達、裏口から屋敷内に入れば、詰め所みたいな所でロバート青年が仁王立ちして待っていた。暇かよ。
「奥様は戻られていない。聞きたいこともあるが、そちらも何かあるだろう? 場所を用意するから洗いざらい吐いてもらおう」
「罪人じゃないんですが……確かに要求もあります。話し合いで解決しましょう」
一応、マスリオさんはこの国で賢者と呼ばれている人材だ。黙って持って行ったら誘拐犯になる。毒蛇婦人をできるだけ敵にしたくはないし、できれば移住は穏便に済ませたい。
ここ数日、ずっと頭を悩ませている問題はこれだ。
連れて行く人選をどうしようかなって。マスリオ氏は賢者だから当然として、他のメンバーは誰が良いだろう。ロバート氏はこの屋敷に必要だろうから無理だと思うけど、引き込めるなら持って行きたい。
「こっちだ。ついてこい」
そのまま背中を向けて歩き出す青年。
ここで私がこっそり刃物を持っていて襲いかかったらどうすうってんだ。背後ががら空きだぞ。しないけど。っていうなできる度胸もないけど。
後をついて暗い廊下を行けば、ロバートさんは途中の部屋の扉を開けた。中を覗けば、対面するようにソファが置かれているだけの部屋で、なんて言ったらいいか、マンツーマン対話室って名付けたくなった。基調の色が赤っていうのがまた怖い。ここで殺人があったとしてもうやむやになりそうな気配がする。
「座れ」
入室を促され、命令される。
威圧感半端ないなと思ってロバート青年の表情を伺えば、いましも舌打ちをしそうなほど苦々しい顔をしていた。
二人きりになりたくなかったみたいです。ならやらんでいいのに。あの詰め所で他の人に聞かれながら雑談を交わせば良かったんだよ。
「この部屋には防音結界が施されている。他所に声が漏れる心配はほとんど存在しないから、遠慮なく何でも言ってくれ」
防音結界は内からも外からも騒音を遮るものと教わった。ソースは単純で、外からの音と同じ波長を反射する術式が組み込まれているだけだ。身近でいったら高速道路の壁ね。あれを魔術的に再現して汎用性を広めた感じ。
これは婦人の馬車にも張られているって事だった。だからね、怖かったんよ。ロバートさんの叫びが聞こえていたにしろ、それだけのヒントであれだけの会話したんだぞ、あの女。勘が良いとかいうレベルじゃない。
ちなみにキャラを作ってまで必要な情報のみ端的に伝える青年も敵にすると恐ろしい相手なんですけどね。
ソファに腰掛ければ、もう一方にロバート氏が座る。
合図とばかりに目を向けられたので、一つ咳払いをしてから口を開いた。
「まず、ディナさんの事を確認されたいかと思います。結論から言えば、亡くなりました」
「俺達の目には、お前が化け物と消えたように見えた。何をした」
「私の故郷の方から呼び出しがありました。何かしたわけではなく、偶然一緒に呼び戻されたようです」
「……そんな技術があるとはな。転移技術が完成したということか」
「そのようです。なのでもう一度、こちらに来ました。礼を言うために」
帰るだけが目的ならもう一回こっちに来る必要はない。
なので、簡単な理由をつけた。本当のことを話す必要性はないと思う。話したらパニックでしょ絶対。
「それで、化け物が死んだというのは本当か」
「はい。元々弱っていましたし、私の故郷でとどめを刺されたようです。気絶していたので詳しいことはわかりませんが……元人間とお聞きしていたので、異国の地では失礼と存じましたが小さなお墓も作りました」
あ、でも遺骨もないんだからどこに作ろうと一緒か。
こっちでも空の墓作るかな。印としての墓標はあって問題なしでしょう。
「ふむ……まあ、脅威がなくなったというのならばそれで良い。ところで、ルノ」
「はい」
「お前の話を鵜呑みにする理由はないが、その与太話が信じられると思っているのか」
「は?」
え?
いや疑うのは自由だけども……あえて口にする事か?
「どう思おうがご勝手ですが、これ以上の真実はございませんので、別の話が聞きたいのであれば別の方からお聞きください」
「うむ、まあいいだろう。化け物の末路がわかった、そういうことにしておく」
ロバートさんの立場に立てて考えれば、可能性としてディナさんが生きていると想定してしかるべしだよな。
自身の目で朽ちるところを見たわけでもなし、最後を語るのが出自不明の少年、しかもいきなり消えたときている。疑う証拠はあれども信じる理由はない。
「次だ。お前はマスリオ手伝いのためにいた、そこは間違いないな?」
「え、ああ、そうですね。転移魔法の開発をしてもらうために色々とお世話をすることにしてました」
「なら、帰れる今は滞在する理由はないな」
あ! そういうことになるね!
でも大丈夫、だからってすぐに帰らなきゃいけない事にはならないはずだから。
「はい、それで、故郷の者と話しをしたのですが、マスリオ様に来ていただいたらどうかということになりました」
「……どういうことだ?」
「故郷の技術は、はっきり言ってこの国より優れています。マスリオ様のように優れた方にはよい刺激になるだろうと」
「マスリオにはいい話だろうが、そちらにメリットはあるのか?」
そりゃそうだよね。うまい話には裏がある。裏のない話は詐欺に等しい。
デメリットの説明がない儲け話は疑ってかかるべし、でしょ。
「故郷は閉鎖的なところです。このまま外との交流がなくて良いのかと議論されていました。外の方が来てくださる、それは多分に良いことです」
「胡散臭いな。まあ、それが本当だとしてもマスリオはここにいない」
「え?」
え、いないの?
あれ、屋敷に帰った?
「バゼル伯爵の所へ行った。彼の領地は真っ直ぐ向かって馬で七日の場所だ」
う、嘘だろ!?
ちょっと目を離した隙に何してんの自由なの?!
「マスリオを追うのであればバゼル卿の所へ行くことだ」
「そ、そうですね……」
うっわー……徒歩だとどんなもんよ……馬に乗る訓練すれば良かった!
移動しているなんて想定外だわ。
「ところでルノ」
「へあっ!?」
「この屋敷でも働いてもらったわけだが、その対価を支払ってなかったな。ほら」
「うわっと!?」
小さな麻袋を放り投げられる。
中には硬貨がはいっていたのか、チャリンと音を立てた。
「バゼル卿の所にはクライン殿を筆頭に何名かの傭兵がついている。おそらく、王都までの護衛として雇ったのだろう」
「王都……ですか」
「ああ。そこまでは四日だな。経由して行けば、伯爵の土地までは十日はかかるはずだ。なお、奥様から王妃に卿が王都に来たら引き留めるように話が行っているはずだ」
「……は?」
「自身の言葉に説得力をつけるには、信頼を得るしかない。それは実績に基づくものだ。そう思わないか?」
え、ええと……つまり一働きしろって事ですかね?
いや待って、あの毒蛇婦人、王都にはいないって事よね? なのに引き留めろと依頼してるって……いつからこの事態を想定してたんだ!?
あっ、七日か! 知らせが飛んでからふかし芋のおっちゃんがこの土地に来るまで早すぎるんだ。何かがあって近くにいたでもないと、動きが迅速すぎる。
「あの方、この土地に何か知り合いでもいたのでしょうか」
「そもそも街の近くに賊徒が居座り続けるんなんておかしな話だろう?」
国力低いのかと。
でもそうか、バゼルさんがどれだけ偉いかは知らないが、仕込んでいたならやりやすいか。その割に下っ端は痩せ細っていましたけれど。
要はツメが甘かったのね。そんなんじゃ婦人を出し抜けませんわ。
「王都の向こう奥様に伝令を出す予定だ。荷物が一つ増えたところで問題ない。どうする」
どうするたって選択肢ないでしょ。
まあ、できることが提示されているだけマシなんだけど。
「今後、化け物による被害が出ないのであれば、マスリオは居なくても良いとは奥様の判断だ。彼が好きな研究を続けられるのならば、それはどこでも良いと仰っていた。お前の話が本当なら、報酬代わりにアイツをくれてやってもいい」
人をもの扱いとはさすが婦人ですわ。
「ありがとうございます。マスリオ様を迎えに行ってきますね」
「ああ。……幸せにしてやれよ」
うん? あれ、なんで良い笑顔?
もしかして勘違いしてるんだろうか。いや本当、そういう意味じゃないんですけど。でもまあ、それでやりやすくなるならそれでいいか。
んじゃまあ、ちゃちゃっと行って誘拐してきますかね。




