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避難場所に移動する道すがら、歩きつつセイコちゃんがアカリちゃんの治療をしている。
どこで何にぶつけたのか腹にデカい痣ができていた。見たわけじゃないです。見えたんです。
「ほら、あそこよ」
ヨーコちゃんが示したビルは製薬会社のものっぽい。
お歳を召された芸術家兼タレントさんであろう人がろくろで壺を作っているポスターが貼られている。別世界でも同じ構図のものを見たことあるから、たぶん間違ってないと思う。
会社のマークもついてるけどそれはさすがに分からん……。
「一階部分も無事みたいですね」
ビルの前が階段になっているからか、車が乗り入れてくることもなかったようだ。
周辺は茂みもあり隠れる場所も豊富、新しめに見えるので地下に防空壕のような機能を備えた部屋もあるだろうし、備蓄もあるだろう。
同じような建物が林立している地区で、ここだけ無事なのが違和感あるけれど、現状で一番安心できる場所なので立ち寄るほかに選択肢はないだろう。
ましてこちらには子供もお年寄りもいる。非戦闘員を安全地帯へ届けなければ、こちらの行動に縛りが出る。
「出入口はあっちよ。ほら、自動ドアの所には人がいるでしょ」
「ああ、そうだな。……うーん、しかし全員で行ってすんなりと入れてもらえるとは思えん」
「なら、アタシ達が行ってくるわ。一度は居たんだし、顔くらい覚えてるでしょ」
「でもアンタ、変に啖呵切ったじゃない。入れてもらえる?」
「そっ、それは……なんとかするわよ!」
なんとかなるかなぁ?
ポコタンが目で合図をしてきた。意味が分からなかったが、とりあえず女子高生二人をおっさんの包み込む部分でモフッとしておく。
「ヒトミちゃんとヨーコちゃん、それから俺で行ってこよう。交渉は俺がする。二人は顔見知りだろうから、相手の警戒心は薄れるだろう」
なるほど、それがよろしかろう。
「じゃあナカノ、ここは任せたからな」
あっ、そういう合図でしたか!
二人を撫でぽんしたことで了承と捉えられたらしい。言葉にしなきゃわかんない事ってあるよね。言葉自体が出ないんだけどさ。
女子二人を連れてポコタンが足早にネゴしにいく。
こちらのやり取りが聞こえていただろう他のメンバーも大人しくしてくれている。こういう時に無駄に騒ぎ出さないでくれて本当に助かる。
とくに老夫婦が率先して子供の面倒を見てくれており、恐怖と好奇心を抑えてくれているのが非常にありがたい。
目が合ったからか、おじいさんが双眸を細めた。
「困ったことがあったら、助け合わにゃあな。俺らは足手纏いだから、静かにしてる方が良いだろう」
「私もねぇ、怖いんだけど、この人がこうだから」
子供達も不安そうに目を彷徨わせているが、ぎゅっと二人にしがみついて泣かないように堪えている。
モブとか思っててすみませんでした。そういえばこのおじいちゃんは移動の作戦会議でも余計な口出しせずに事実を淡々と述べていたっけ。元の職業はなんだったのだろうか。
そのあとはただひたすらに待つ。周囲を警戒しているが、これといった敵性生物は確認できない。やはりこのビルだけ特殊な立ち位置なのだろう。
そうこうしている間にポコタンとヒトミちゃんが戻ってきた。
「受け入れてもらえるそうだ。まずはじいさん達と子供達を移動させる。畔取さんと本橋くん、篠山さんは後になるが問題ないか」
「うちの子は先にしてくれ」
「や。ナカノと一緒が良い」
ね。
装備品をくれた幼女が折に触れておっさんの下心のない部分に触れてくると思ったら懐かれていたらしい。
そんなに手触りが良いのだろうか。私も触ってみたんだけど、どうにもわからんのよなぁ。
「な、ななみっ! そんな変態に近付くんじゃないって言ってるだろ!」
「篠山さん抑えて! ともかく、移動を開始します」
お父さんにめっちゃ睨まれてる。
体で幼女をガードしながらめっちゃ睨んでくる。
違うんです、幼女には身体を狙われているだけなんです。
居心地が悪いが、今はなにもできない。
建物内に入るときに一悶着あった。
それを見越していたわけじゃないだろうけど、幼女が一緒で良かったわ。バケモノなんて入れられないとか、生意気を言って輪を乱す子は受け入れられないとか言われたけど、幼女が怖いと涙目になりつつ父親に縋り付いて、その父親が門番に殴りかからんばかりの勢いで詰め寄って突破した。
建物内に入れば幼女はけろっとしていたし、ご褒美を寄越せとばかりに両手にすり寄ってきたので、麒麟児っているんだなぁって思うことにした。偶然にせよ計算づくにせよ、助けられたことには変わりない。
いやまあ私単体なら外で過ごしてても問題ないんだけども。
私達が案内されたのはエントランスゲートの奥にあるスペース。エレベーターホールの手前部分であるが、少し広くなっている。端にソファとカウンターもあるので、ここで軽い打ち合わせをしたりするのだろうか。ゲートの外にあるもんじゃないのかそういうの。
避難民達はエレベーター脇の階段から行ける地下にいるらしい。広めの部屋が一つあり、そこにまとまっているとのことだ。
新しくやってきた私達は、まずここである程度の身体検査と事情聴取を受けるらしい。ビル管理だろうか、警備の制服を着た男性が、代表として説明してくれた男性の後ろに控えている。
「女性と子供を優先させてもらう」
「そうだな、こちらは文句はない。子供達は疲弊しているし、早めに頼む」
ということで、子供達とその保護者が先にチェックを受け、問題なしとして避難先に誘導されていく。
が、私達がここに入るときも一騒動あったので、待っていてくれるようだ。ありがたい、私が避難民達の所に行ったらパニック必須だかんね。
一緒に行動していて、危険がないと理解してくれている彼らは近くにいるのは心強い。
ということで、子供をいつまでも立たせるわけにはいかないのでさっさと通過しよう。
「君のその、それは着ぐるみなのかい? 脱いでもらえるか?」
「中の人などいない」
………。
空気が凍り付いた。
だよなぁ!
「君! ふざけているのか!」
「ナカノ、君のプロ根性は評価するが、今は非常時なんだ、抑えてくれ」
「中の人などいない」
「……」
「ち、違うんです! 鳴き声なんです!」
「ふざけているんだな!」
ふざけてるわけでもプロ根性でもねぇよ!
これしか出ないんだよ!
しかもガワ取れねぇしよ!!
誰が好き好んで変態なんてするもんか! もうちょっとどうにかなったんじゃないかって思ってるわ! 同じD級なら葡萄達の中に埋もれていたかったわ!
やさぐれて体育座りをしたら胸倉を掴まれた。
「この非常時に! そんな格好でうろついて、常識をわきまえろ!」
「やめなさい、近藤くん」
激昂して掴みかかってきた警備員の人を抑える代表の人。
その隣には本橋くんがいる。
その彼が、真っ直ぐにこちらを見ながら口を開いた。
「確かに変わった方ですが、本堂ビルからここまで積極的に護衛をしてくださった方です。いわば、僕の恩人です」
「本橋さん、そこの子は……?」
「僕の息子でね、今日は近くで好きな芸人がステージに立つからと、学校をサボってまで来ていたんだよ」
そういや何曜日だ。
え、ってことはセイコちゃんもサボりとか?
そっと様子を窺い見れば、彼女はぶんぶんと首を横に振った。
「創立記念日です! うちは学校が休みだったんです!」
そうか。
そういえばヨーコちゃんもアカリちゃんもヒトミちゃんも制服だったな。彼女達はこの近くの学校に通っているということか。
あれ、だとしたら学校でそのまま避難してても良かったのでは。
「本橋さんの……だとしても、こいつの格好はないでしょう!」
「僕もそう思うけれどね……息子が大丈夫と言うからね」
子供に激甘なんだがこの人こそ大丈夫か。
さすがにここの代表を務めている人の言葉だからか、警備員さんが引き下がる。貴方は何も悪くない。悪くないんだけど、ザマァと思ってしまってすまない。
「うん、でも、他の人が君を見たら驚くだろうから、別室にいてもらうことになるよ」
私を見て困ったように笑う本橋さん。
まあ、それは仕方ない。
肯定するために首を縦に振……ろうとしてできなくて身体全体を使って肯首する。
「な、なんだねその不審な動きは……」
「下がってください本橋さん!」
「違います違います! 頷いてるだけです!」
わかってくれた!
さすがセイコちゃん! おっさん専属通訳!
「そ、そうなのか……いや、その動きは不気味だから、今度から肯定するときは右手をあげてくれ。いいね」
分かったと伝えるために右手を上げる。本橋さんは頷いた。
「では、君はこっちに。息子と他の人は近藤くんが案内してあげなさい」
「じゃみなさん、こちらへ……」
と、警備員が全員を誘導しようとしたところ、ツインテが怪訝な顔をしてこっちを見た。
「ちょっと、おっさんはどこ行くの」
「ええと、見た目が怖いので別室に……」
「はぁ? 別に怖かないわよ! アタシもそっちに行く」
え? くるの?
まあ、見た目を気にしないっていうなら確かにどっちでも良いんだろうけどさ。
「えっ……じゃあ私もナカノさんと一緒に行きます!」
「もう、あんた達が行くならお目付役が必要じゃない。ヒトミはどうする?」
「あっ、あのっ、わたしも行きます……」
女子高生が全員ついてくるんですって。
おっさんの役に立ってはいけない部分がギューンってしそうな気がするんですけど。たぶん気だけだよね。だって、感覚とか、わかんないし!
「じゃあ僕らはこっちなんで、ナカノさんお達者で……」
「ななもあっちいにく!」
「ななみぃっ!?」
お父さんの手をするりと逃れた幼女が抱きついてくる。
モテ期が来たおっさん。活用する術はない。
「うーん、ならば俺もそっちに行くか……」
「ポコタンさんが行くなら僕も行きます!」
男もついてきた。
娘がこちら側に来てしまったからか、お父さんもついてくる。
「息子よ……」
「パパ、僕がポコタンさん好きなのは分かってるでしょ」
「……分かった、仕方ない。君、ナカノさんと言ったか。慕われているな」
「なか……なか……」
「ふむ。じゃあそちらは任せたよ。君達はついてきなさい」
警備員に老夫婦と子供を任せ、私達はエレベーターに乗った。
自家発電で動いているのだろうが、ここで余計な電力を使用して良いのだろうか。
そう思いながら本橋パパの動きを見ていたら、階層のボタンが並んでいる部分の下方にある、鍵がついている小さい扉を開けてコンソールを取り出すと、自身の身分証と右手をかざした。明らかに。
もう明らかに普通の場所に行かない。
「……パパ?」
「本当はナカノさんだけの予定だったけどね、仕方ない。彼と一緒に来るというのなら、今から覚悟をすることだ」
「どういう事だ」
「ああ、別に危害を加えようというわけじゃない。ともかくまずは、来てもらおうか」
うむ。
よくわからんが、成り行きで本橋パパのなんらかの計画に巻きこまれたようだ。え、女子高生ならまだしも幼女いますけど。
やっぱり大丈夫じゃなかった。
箱は既に動き出している。
なにかできることもなく、私達は静かに連行されていった。
新年あけてからできるだけ更新を頑張ってましたがペース落ちます。体調崩したんです。
体調崩しても呪術廻戦は見ます。
いつもお読みいただきありがとうございます。




