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生みの親に連れていかれたのはたぶん謁見の間とかいうところ。
円柱がいくつも立っている石造りの広間に、床には金の縁取りが眩しい青いカーペット。いくつもの燭台に白の蝋燭が煌々と火をともし、天窓にはステンドグラス。無骨さよりも荘厳さを感じさせる見た目だった。背景曲を奏でるなら、パイプオルガンが理想だろうか。なのに、洗いたてのシーツのような清々しさもある。薄暗いんだけども。あれだ、イメージは夜の教会だ。
そして、数段高くなった場所にカーテンのような薄布がかけられていて、その向こうに誰かがいるシルエットがあった。チラリとつま先が二つ見えていたが、じっくり観察する前に頭を垂れるよう指示されて機会を失った。
「魔王様、このたび、人の国へと行っていた試験体002253……」
「よい。この人形と戻った実験体だろう?」
言葉と同時に、右側に控えていた猪面の筋肉質鎧着てる! この国で初めて着衣しているヤツを見た!!
ってそこじゃない。そいつがこちらに向けて何かを放り投げてきた。
「え……これ」
ぼっこぼこになった円筒。その上に載った球形。髪のような物体は途中で切断されていて、うねうねと蠢いている。頭のシルエットだけならばエケベリアみたいだ。あんなに可愛くないけど。
あれだけの攻撃を受けていてまだ生命力があるとか恐ろしい。化け物ってそこまで色々と酷いのか。
っていうか、人形? 合成獣とかではなく?
「これは元々人間だったろう? 何を考えたか、自身を幾何と化したようだが。多少の意思がある故に動いていたが、それも尽きるだろう」
幾何と合体したとか意味わからんけど、魂で動いていたってことですかコイツ。
ディナさん……そりゃ、賢者の師匠なんだもの、生半可な人間じゃなかったでしょうよ。
「実験体、そのほうに話す許可を与える。やってもらわねばならないことがあるからな」
ふぅむ。
これはチャンスかな? 相手からの依頼ってことは交渉の余地がある。
ただ、しわくちゃサイエンティストがやれって命令したら拒否権ないのよね。王様から直接の話なんだし、実質的には命令口調ではない決定事項だわ。
だけど、それでも言いたいことはある。
黙って受諾するより、心象が多少悪くなろうと主張しなきゃいけない時もある。王様相手にそんなリスクを背負いたくはないけども。
「恐れながら、僕からもお願いしたいことがあります」
「何を言う実験体! 我らが王から直接言葉を賜れるだけでも栄誉だというのに!」
ですよね。
「いや、良い。おそらく、この者以外、この国に適任者はいないことをしてもらうのだ。多少の望みくらい、叶えてやろう」
「ありがたく存じます」
何されんのよ。
国で唯一とかやめてくれよ。そんな責任背負いきれませんよ。でもやるしかないんでしょ。隣のしわいのがよくやったって顔してるんだもん。無理でもやらされるでしょ、これ。
「ふは、交渉成立だな。実験体、こちらに来い」
「はい」
「おお、グルーカス、そちは良い。後はこのほうと話す。そちは退出せよ」
「……はい、それでは」
あ、しわくちゃが強制排除された。
別に不安になるってことはないけれど、王城内で実験を許されるような立場の人物……人? 権力者? を退けてまでする話題っていったいなんだ。
私ができる事なんてたかが知れているし、処刑するためだけに残す必要もない。
日常の報告とか言われたくらいだから、人間に関係する事か? なに、ディナさんの埋葬でもすればいいの? それともスパイとして影で暗躍しろってか。
「もうよかろう、これを取れ」
魔王様の前にあった薄布が取り払われる。
面を上げる許可ももらっているから、私の視界にその姿が露になった。
モロ出しだった。
女性でしたね。そんでもって全裸だね。
いや、服を着ていないって話ね。半獣人なのか、下半身が偶蹄目だね。牛かな、おっぱいでかいし。髪も長いから大事なところは隠れています、ちゃんと。
いや、そういう羞恥心はないだろうけれど。
それにしてもグラマラスな美人さんだ。おっとりした顔をしているが、王と呼ばれるくらいだし、結構なえっぐい性格をしているんだろう。優しい顔した超絶サディストとかある種のご褒美ですね。
「さて、そのほうにしてもらいたいことであるが……その前に、望みとやらを聞かせてもらおうか」
後出しにされて判断を阻害されることを嫌ったか。
こちらとしてはどのタイミングだったとしても問題ない。というか、先に命令されてそれと内容が反した時に口にできなくなる惧れがあるからありがたい。
「はい。僕がいた人間の所へ、送り返してもらいたいのです」
「……ほう? それは何故」
ええっと……そりゃ理由を聞きますよね。
「赤子の勇者を探し出すように言われております。そのために、親しくなった者の近くで……」
「ううむ、そのほうは気付いていなかったのか。その赤子なら、その人形がもっていた」
なんですと?
え、やっぱ子供持ってたんじゃん! っていうか無事なの?! ディナさんが頑丈でよかった!
「さようでございましたか……その子をどうなさるおつもりですか」
「ふはは、汝の話もそこだ! 人間の子供の育て方などわからん。このままではこの者は死ぬ。だが、汝はこの者こそ人と魔物を繋ぐ存在になると感じておる。……いや、正直に話そう、昔の勇者と約束を交わしたのだ。人と魔物の世を太平たるべく努力するとな」
結果はお粗末なようですがね。
思ったことは口にせず、ただ頷いて話の先を促す。
「そのため、この者はこの国で育てる。魔物に偏見を持たぬ強い人間を作る、これこそが必要であろう」
ただ強いだけでそうなるとは思えないけど。
結局、どちらかの陣営からしか教育を受けなかったら偏見なんてなくならない。
あ、それでか。
「つまり、僕を教育係にしたいと、そういうことですか」
「乳母も兼ねてもらう。人の世で過ごせたのだ、そのほうなら可能であろう」
今まで失敗続きとか言っていたもんな。
探し物も見つかり、ちょうどいい世話係も見つかり、これ以上ないほど順調だと思っているってことだろう。
しかし、だ。私もそこまで子育てに詳しくない。
それにこの世界の事もわからない。強くしなければならないということだが、魔法一つろくに扱えない。
人間の事はこの国の誰よりもわかっているだろう。だけど、それだけで成し遂げられることじゃない。何よりサポート皆無でしょ。王様命令だから協力はしてくれるだろうけど、相談相手いないよ!
「……提案がございます」
考えろ。とにかくまずは考えるんだ。
このままじゃ育児疲れで子供に暴力振るっちゃうかもしれない。
「言ってみろ」
「確かに、人の国で数日を過ごしましたが、それは僕に居場所をくれた者達が居たからです」
「ほう?」
「僕の事を人間ではないと知りながら、受け入れてくれました。人の全てが、魔物を殺すわけではないのです。分かり合える者もいる、その者を味方につけるのはいかがでしょうか」
「ふはは、面白い事を言う! かつての勇者もそう言った。だから、そういった者を探すこともした。悉く失敗したがな」
施行済みかよ。しかも失敗かよ。
「それであれば、魔族全体に教育を施すしかないでしょう。人間を理解するのです、真似るのです、共感を呼び、同じ生物であると頭より心に理解させるのです」
「ほほう、続けよ」
どうでもいいけど、この人相槌多いな。
話をするのが好きなのかもしれない。
「そのため、人間の世界より教育係を呼び込みましょう。心当たりならあります。僕を受け入れてくれた人達であれば適任でしょう」
「面白い!」
受け入れられたようです。
「そうだな、それはまだ試したことはない。勇者プロジェクトと同時にやってみるか。ふは、ふはは、そうか! その人間と、そのほうが育てれば、偏見のない人間ができあがるということか! そのほう、実験体にしては聡明だ!」
褒められてるんだよね? たぶん褒められてるんでしょう。
個人的には道連れがほしいだけなんだけど、そこまで深読みしてくれるとこちらとしても説得力が上がって大助かりだ。
「そのほう、名前はなんと言う。実験体には名などないか? あるのならば、名乗りを許す」
「ルノ、と申します」
「そうか、ルノ。そのほうの提案を受け入れる。その人間を連れてこい。万事よきに計らえ」
お、やったぜ。
言いくるめがきくとか魔王様って意外とちょろいんですね。




