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そして速攻でバレるのが私クオリティ。
アッシュが寝ている隙にアイテム還元したら翌朝目覚めて即時問い詰められたよね。ハッキリ言ってドン引きだわ。
「タル、何か言い分はあるか」
『ポイントが足りなかったので拝借致しました』
「微々たる量なら一日二日でなんとかなっただろ。そこまで急いで揃える必要はあったのか」
正直、なかった。
なんていうかこう……いらないと思ってしまったというか。断捨離だよ断捨離! 一回ダンジョン崩壊しかけてたんだし、いろいろ作り直したんだから昔のアイテムなんてなくてもええやろ!
『残す必要のないものでした。リソースを圧迫するので処分したのみです』
「俺の持つストレージはお前ともダンジョンとも関係ないよな? 個人的に持っていただけで、そこまで影響あるのか?」
『ええい! そりゃルーサーが初めてマスターのために動いた貴重な品だってるのは分かってるし、それを大事に取っている所にときめきはあるけども、もっといいやつ揃えたんだからいらないじゃん!』
「どさくさに紛れて性癖暴露すんじゃねぇ。俺が何を大事にしてても良いだろうが!」
『もう! この子ってばああ言えばこう言う! お母さんもう知りませんからね!』
「キャラがぶれすぎてるが不具合か?」
そういう気分だっただけです。お母さんは君のそのツッコミを入れるべき所で心配を醸し出す空気の読めなさの方に驚異してるよ。いやだれがお母さんだ。言いだしたのは私だ。本当どうしたんだろう、私は……。
『たぶん疲れてる。ちょっと休む』
「そうか」
とはいえ。
水没してるし鉱物だしリラックスのしようもないな。どうやって休もうか……。
あ、その前に、ジャン氏に協力を取り付けないと。あいつリリーちゃんに入れ込んでるし、ちょっと扇情的な格好で迫らせたらコロッといくんじゃないかなぁ。いや、素人考えでやり方にまで指示を出さない方が良いな。リリーちゃんには目的を伝えて、方法はお任せしよう。
『アッシュ』
「なんだ」
『そんなに、最初に揃えたベッドを大事にしてたなんて思わなかった。ごめん』
「……なんで捨てたんだ?」
『ポイントが足りなかったのも本当だけど、ほら、至らないことをして一回全部消えそうだったじゃん? それがあると嫌な気持ちを思い出すっていうか……』
「あれは、お前だけのせいじゃないだろ」
そういって、ため息をつくアッシュ。
それは彼の優しさの一つなんだろう。
そして私は小賢しいので、そういう気持ちに甘えてしまう。なかったことにしてくれるのなら喜んでその話に乗るし、バレてなければ黙ったままだし、誰かのせいにできるなら押しつけておく。そのくせ小心者だから、後から証拠隠滅を図る。
もうやだと、独り言を零したのも一度や二度じゃない。過去の恥ずかしいことを思い出しては死にたいなんて呟くのも日常茶飯事だ。
それが私だと開き直って、折り合いをつけてしまうのが社会に順応することなのだと思うし、実行してるけど。
なんでそういう顔するのかね、君は。
こっちが悪いことをしているみたいなんですけど。
『嫌なことは捨てた方が精神衛生上良いに決まってる』
「嫌なことでも、過去は経験だからな、積み重ねて、先に繋げる要素にするべきだ」
『……身内が殺されるなんて、一生に何度もあってたまるもんか』
「弟との思い出を否定する気はない」
平行線だな、こりゃ。怒りそうなこと言ったのに冷静に言い返してくるし。
私としては押しつけたいほどの理念も主張もないのでここらで引き下がろう。水の中だからすぐに頭が冷えるよね。頭どこだかわかんないけど。
『ま、どっちみちもう還元しちゃったし。必要ならもう一回購入するけど』
「いらねぇよ」
なんだよ、心遣いを無下にしよって。
「……お前が、俺のことを思って用意したものだろ。だから、だよ」
そっぽを向いたその言葉に素直に驚く。
そんな理由で。
『提案したのはルーサーって言っただろ』
「やっぱ捨てていいわ」
掌返し早くね!?
っつかちょいちょい話聞いてないところなんとかしようぜ。お前それで騙されたんじゃねーの?
というところでジャン氏です。
一日経たずに再来店とか泥沼にハマってしまいましたね。
今度はロマーニ氏を連れず、初っぱなからリリーちゃんを指名しているあたり、引き返せる道はもうないと思っていいだろう。本当……頭は良いのかもしれないけれど、騙されやすくてありがたいわ。だからロマーニも伝手を持っているのか。捨て駒かなって。
「あらー、ジャン様。今日も来てくれたんですか」
「ああ、リリーちゃんに会いたくてね」
挨拶しつつジャン氏の手を取り両手でぎゅっと握りしめるリリーちゃん。
目尻の下がった愛想の良い笑顔を向けて小首をかしげる可愛らしさに、ろくな免疫もないであろうジャン氏は鼻の下をデレッデレに伸ばしながら案内に従って席に着く。
客の隣に座るリリーちゃんに、ヘルプでナリアちゃんが逆隣に着く。ネクロフィリアの子だ。メインでついたら客がやべー事になるが、ヘルプならたぶん大丈夫、なはず。リリーちゃんは単なるデブ専だ、大丈夫、だ、ろう……。
しかし注文を取りに来たボーイが私兵の時のエピゴノスくんだったので、ご愁傷様と心の中で呟いてしまった。私の記憶が確かならあいつは年上の男性がちょっとすごいことになっている場面に興奮していた。気を抜いたらお持ち帰りされた上で翌朝には新しい世界を強制開扉させられてそうだ、自己責任で逃げてくれ。
「今日は何になさいます? 昨日と同じもの?」
「そうだな、リリーちゃんはなにがいい?」
「ううーん……好きなのはジュエル=デ=ドロップのホワイトなんですけど……今日はこっちのディジィエスプリがいいかなぁ」
「そ、そうか。じゃあそれで」
聞き慣れない名前であるが、ジュエルなとかはこっちの方でいうドンペリ的ならヤツらしい。色によって僅かな味わいの差があり、香りが全く違う。その香料差で金額もピンキリであり、白と言えばホワイトリリーによる香り付けがされており、希少度がうなるほど高い。よって酒の代金も震えるほど高い。土地買えるくらい高い。ホワイトリリーってなんなんだ、ただの白百合じゃないのか。
ちなみにその酒はポイントで購入可能であるが、まあまずもって破産覚悟で入手するしかない代物だ。注文されなくて良かった。
なお、ディジィエスプリは庶民でも週に一回は飲めるほどの安価なワインでアルコール度数は低く、入門用の酒と言われるくらい、ジュース感覚で飲めるものである。
それなりに香りが良く、舌触りも悪くないので幅広い層に受けが良い品物だ。これを取り扱っている知り合いはフィドレイである。
「そうか、いつか君にジュエルのホワイトを飲ませてあげよう」
「うふふ、まってますね」
そつなく返事をして、期待していないけどその言葉が嬉しいとばかりに微笑むリリーちゃん。
ここでお前の〇〇を絞ったらホワイトリリーじゃんとかいう下ネタが脳内を過ったが思うだけで留めておく。わりかし訴えられたら負ける。
その後はいつもの自慢を聞いて、ほどよく追加注文を受けて、いつの間にか増えた嬢がボトルを開けたりおつまみを増やしたり、なんだかんだと静かに大騒ぎ。
得意満面なジャン氏が会計をしようとして、告げられた金額に青ざめた。
「に、二十五万レリ……!? 昨日はそんなにしなかったじゃないか!」
「指名料がなくて、座席料が初回無料サービス、酒代はロマーニ様が持っていましたから」
「それらを追加したら、こちらの金額になります」
「ばっ、バカなっ……! こんな非合法なことがあるか! 私は帰らせてもらう!!」
「ダメですよ、お客様。お支払いください」
すっと出てきたルーサーが、矢継ぎ早に文句を垂れる男を拘束し、裏へと連行する。
することは把握しているが、抗いきれない本能でルーサーの浮気現場ヒャッホイと思ってしまったことは致し方ないことだ。
さて、取り調べ室を想起させる灰色の四角い空間にジャン氏を放り込んだルーサーが、出入り口の扉を閉めて首元のネクタイを緩めた。
何故か設置しているキングサイズベッドに倒れ込んだジャン氏は、小さく舌なめずりをして近付いてきたルーサーに対して怯えた目を向ける。
つーかなんでベッドあんのここ。私この演出知らないんだけど。アッシュか? アッシュがやったのか? 私に気付かれずにカタログ商品を用意できるのはアッシュしかいない。
いや、外から持ち込んだ場合は私達を経由しないので、気付かれることなく設置は可能だ。無論それはダンジョン魔物としては権限を逸脱した行為のため、できることはないと思うのだが。あれか、書類の中に差し込まれてて気付かないままハンコ押したのか? それとも前世のように記憶をなくしたのだろうか。と思ったが、今世では水中にいるから書類とか関係なかった。アッシュが用意したことにしよう。
え、ルーサーにねだられてキングサイズベッドを購入したと思ったら他の男を連れ込まれてるの?
それを画面越しに見ているってお前それ寝取られ……取られてるか? どういうプレイだこれ。いや違うな、単なる浮気現場の検証だわ。
そんな風に私が一人で混乱している間にも事態は進む。
「な、何をする気だ!」
後退り、天板付近まで逃げるジャン氏。
「分かっているじゃないですか。支払いができないなら、体を売るしかないでしょう?」
シャツの前をゆるくはだけさせ、立ち膝で獲物を追い詰めるルーサー。
えもいわれぬ色気は魔物の本懐か。それをなぜアッシュに向けているところを私に目撃させないのか。これが冗談だというのなら、そのノリでアッシュに迫っても良かったのではないか。
不埒なことを考えるなとアッシュからツッコミが入ったが読んだのだろうか。仕方ない、ルーサーの映像を多方面から眺められるように視点調整するから堪能してくれたまえ。
悲鳴が聞こえたけど無視します。
そんな風にマスターと戯れている間に、ルーサーがジャン氏に追い付いて、両腕の中に彼を捕らえた。いわゆる壁ドンである。
「さあ、覚悟はできていますか?」
「ひ……! な、なんでもする! なんでもするからやめてくれ!」
チョロい。
ちょっと迫られたくらいでおはだけもしていないレベルなのにもう音を上げている。アッシュなら処女喪失しても屈しないぞ。
「なんでも、ですか。では、今すぐ抱かれても良いということで?」
「ち、ちがう! ちがう!」
「なんでもではありませんね。貴方は信用できない人だ」
「それ以外だ! 俺ができる範囲のことならなんでもする!」
だいぶ範囲が狭くなったな。
まあ、そいつの貞操程度であれば妥協点ではあるか。むしろ、そのために死ねと言われることを想定していない交渉の時点でたかがしれてるけども。
「まあ、良いでしょう。ならば、貴方にして貰うことがあります」
「あ、ああ、なんだ? いや、なんでしょうか」
途中で睨まれて口調を変えるジャン氏。
強く生きろよ。
「簡単な話です。貴方には客寄せをしていただきます」
当然の帰結だ。
末端の有象無象とはいえ貴族位はある。彼が宣伝をしてくれれば、客層が増えるということだ。
思った以上に下っ端過ぎて不安ではある。
「つ、つまり、私の友人を連れてくれば良いのか……」
「お金のある人を連れてくるんですよ。貧乏人が集まったって貴方の借金すら返せませんよ」
「……グッ」
言い返せないというより、下手に見栄を張ってすぐに返済しろと迫られる方が具合が悪いのだろう。
ジャン氏は悔しそうにしながら言葉を飲み込んでいる。
「方法はお任せします。ああ、そうそう。それでもスラムに来そうにないですから、貴方の家には転移魔法陣を設置しますね」
にっこり笑って、これで話は終わったとばかりに部屋の外へ出て行くルーサー。
対してジャン氏は話が飲み込めなかったのか、しばし呆然としていた。




