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あれから数日。
落ち着いた現状を確認してため息をついた。
いやもうね、陛下がこっちの意図を完全に汲み取ってくれてるのか本当に阿呆なのか判断つきかねるくらい、打つ手打つ手がハマって恐ろしいくらいなんよね。
王都側の兵士は将軍が首都に逃げ帰ったことで下手に動けなくなったし、東領側は膠着状態だったのが逆包囲で降参してきてくれたし、今は相吨館を境にして敵味方分かれているとはいえ小康状態だ。
んで、普通なら捕虜を捉えるにしても空間もなければ食糧も足りないので、処刑して間引かなきゃいけないんだろうけど、王子様がね。嫌がりましてね。
そんなの関係なしに臣下が法と照らし合わせて処罰しちまえば良いんだが、生憎と判断できる上層部が人手不足。法律っつっても藜の法で行くの? 反逆してるのに? 専門家いなくね?
って事で使えそうな人材を引っこ抜いたあと、残りは東領に押し付けた。
いや、味方より捕虜の人数の方が多いわけで……全員抱えようにも内部から壊されて終わるだけだろうからさぁ。
従属させるための魔道具でもあれば話は別なんだろうけど、私にはスーちゃんみたいな魅了術はないし。陛下のやり方に疑問を覚えている数名と話し合いをして引き込んだのが精一杯だった。
「あーつかれた」
自室のベッドに横になる。
大体の兵達が大部屋に詰め込まれていることを思えば個室があるだけでも待遇が良いんだけども。まるっと屋敷いっこを宛がわれていた事もあるからか、狭いと思ってしまう。一人暮らしするには十分なくらいあるんだけども。
さて、これからどうしようか。
今回の、成果を上げずに逃げ帰った将軍の件で皇都は揺れている。
そもそもこっちが用意した、首都に大妖怪出現のデマを信じた、というか陛下の危機を救うのだとばかりに言い訳を見付けた坊ちゃんが後先考えずに親衛隊を引き連れて帰っていったせいで、彼の一族は放逐されたけど親衛隊は処刑されてるんだよね。逆じゃね、っていう。
陛下ご乱心の噂がとどろいて、まー皇都から人が抜けていくこと。
とはいっても進める先が北領しかないんだけどね。西は平定されたとはいえ戦後処理中、南と東は戦場。北は道が悪くて妖物も盗賊も出るけど、人同士が争ってはいない。
あと彼らは知らないけど、元陛下と元北領主がこっちに向かってきてる。
「やり過ぎなんだよなぁ」
これ明らかに小悪党の類いも逃げ出すやつじゃん。
それだと本末転倒だし、何か考えがあるんだろうか。
さて、これからどうしようかなと上体を起こしたところ、部屋の隅の暗がりからリオがヌーッと現れた。いつ見てもビビる。
「なんかあった?」
「シン様。ロン様を南領へ向かわせてください」
「ロン?」
彼なら禁軍の副将軍と仲良くなって一緒に鍛錬してるはずだけど。
「はい。ユウロウ様があちらで暴れているようです」
そういう情報どこから……いや、追わせていたんだったか。
なんで南にいるんだあのおっさん。
「俺が行く」
「足手纏いです。ユウロウ様を止められるのはロン様くらいでしょう」
ハッキリ言いやがった。
いやその通りなんだけども! 直弟子なんですけどね!
「だからってロンを動かせないだろ」
「貴方が動いたって意味ありませんよ」
ああ言えばこう言うなぁ! もう!
「ここにいても意味ないからどこにいたって良いんじゃないか」
「正論に正論をかえさないでください」
嫌味だろ、わかってる。
誰が役立たずだ、それなりの役には立ってるわ。
「じゃあ、俺が南領に行くから、護衛としてロンを連れていく」
「結局かよ」
あまりの暴挙にリオの敬語が外れたよやったね。
景品は今後とも暴言を吐かれることだろうか。嬉しくない。
久々の出番に狂喜乱舞したアルパカによって、行程三日が一時間に短縮された。
これでも忍者達より遅いわけだが、馬で来るよりだいぶ早い。君達は何を目指しているんだと問いたくなるが、そのように教育したのは私だった。特にあれこれ考えていたわけじゃないので問いかけることはやめておく。
さて、師匠が暴れているという南領であるが、かつては賑わいを見せていた新興経済地域に人は一人も見当たらなかった。
それなりに立派な建物でさえうち捨てられている。ともすれば、逃げ切れなかったのだろう、餓死者の遺体がそこら辺に散乱していた。臭いがやべぇ。旅行中や冒険中は同じような臭いがしているけど、それを更に濃縮してかき混ぜてその中に放り込まれた感じ。ミキサーしないでいただきたい。私は原材料じゃないぞ。
「こいつはひでぇ……」
思わず、といったようにロンが呟いた。
これでなかなか情のある男である。惨状に目を奪われずにはいかなかったのだろう。
もちろん私としても、受け取るべきものであるとの認識はある。あるのだが、受け入れられるかは話が別だ。これを引き起こした発端であるとはいえ、直視できなかった。
「それで、ユウロウ師はどちらにいらっしゃるんだ」
「この町の……町だったところの、町長の屋敷にいらっしゃいます。戦場はここよりも北ですが、負傷してここで療養されているようですね」
「え、あのおっさん怪我するの?」
「ええ、あれでも人間の一種ですし、混戦では四方八方から攻撃が飛んできますし、流れ矢も同士討ちもありますから。師匠はどちらの陣営でもなかったみたいですしね」
そういうものなのか。
第三勢力として単体で殲滅とかしていそうだったから驚きだな。最悪、師匠退治にスーちゃんを連れてくることを想定してた。だが、手負いならそれも必要ないだろう。
「ロン」
「へえ」
「師匠を……ユウロウに引導を渡す。あの人は、してはいけないことをした」
「わかってやす。……ハク兄さんやセイ兄さんに手伝ってほしいところですが……」
「アイツらは別件で忙しいからな。俺達でやらなきゃならん」
戦力的にはおそらく問題ない。だろう。たぶん。私が足手纏いってところが一番の難点ではあるけれど。
師匠の居場所を突き止めたというメンバーの案内で屋敷へ、師匠の滞在する部屋へと侵入する。
果たしてそこにいたのは、やつれ、かつての威容など全く感じさせない師匠の姿だった。
その有様に驚いて上げるはずだった口上が逃げていく。開けた口が浮いて、何を言うべきか分からなくなって閉じた。
忍者達が取り囲み、威嚇するが、少し反応しただけで襲いかかってくる様子もない。
他の面子を制止しながら、壁にもたれかかるようにしている師匠に近付いた。
「誰だ……」
「お久しぶりです。シンです」
「ふ、はは、そうか……シンか」
俯いていた顔を上げるユウロウ師。
頬はこけているが、その相貌は未だに強い光を放っているように見える。
「……お変わりになられましたね」
「ああ……あの日、ユンに食事を振る舞われてからな……全て、おかしくなった」
ミンツィエの家か。同じ武術家同士、何かしらの交流でもあったのだろう。食事会を……ぉお?
あれ、それってあれか?
「はは、一服盛られたわけだ。……わしは、弱かった。抗えず、理性を失い……最後に、こんな……」
師匠が立ち上がろうとして、転んだ。
そこで初めて、片足が足りないことに気が付く。
「師匠、治療しましょう」
「殺せ、シン」
おい真逆のことを言うな。
「貴様は甘い、温い、最後に冷徹になりきれん」
「そんなことはどうでも良いです」
「よくはない。貴様は殺せん……それでは、武術家足りえん」
わかってるよ。
でも私別に武術家目指してないですし。
殺さないのは、慈悲じゃなくて忌避だ。
人として、それだけはできないという、最後の砦みたいなもんだ。
これを乗り越えたら……現実世界に戻ったときに支障がある気がする。今生だけでよければ殺ってる。でもそれは、師匠の目から見たら違うらしい。
そりゃそうだ、彼らにはここしかないのだから。
「わしを殺せ、シン。弟子は……師匠を殺して、成長……するものだ」
「貴方の弟子は俺だけじゃないでしょう。他の弟子を見捨てる気ですか、そんなのは師匠と呼べません」
「よい。貴様が……貴様は」
グッと体を持ち上げた師匠が、獣の速度で襲いかかってきた。
驚いて身構えるが、その先を動くことができない。殺される、きっと今までの稽古とは違って、心臓を破かれる。必死で抵抗しなければ、潰えるのは私だ!
「っ、ロン!」
「っ!!」
横合いから飛んできたロンが師匠を吹っ飛ばした。
ユウロウ師は壁に激突し、そこまでだった。
動かなくなった彼の生死を確認したリオが首を横に振る。
「……カシラァ……」
ロンが情け無い声を出す。師匠の最後の望みを、慈愛を、自分が無下にしてしまったことに良心の呵責でも覚えているんだろう。
でも、命じたのは私だ。
「よくやった。頼もしいよ」
労っても、表情が晴れることはない。
なんとも後味の悪い幕切れに、全員が言葉を失っていた。
だから、それを払拭するように、師匠の人生の後始末を行う。
指示を出しながら考えていたのは、彼の死因は私にあるということだけだった。
アイドルに走った関係で止まってました。
その間にいろいろ忘れたのちりばめた伏線を回収せず次に行きたいと思ってます。思ってるんだが
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