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異世界出張でアフターケアとかなんですか?  作者: 概念ならまだしも実在するわけねーじゃん
1.研修室
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軽く礼をして頭を上げれば、不思議そうな顔をする中年。どうした。


「あの……?」


「和藤さんからなにも聞いていないんですか?」


というか和藤って誰ですか。

社長は佐藤だから微妙に違うし。

いや、仮に同じだったとしてもなにも聞いていないことに変わりはない。


「ええと、書類を記載して、冊子と袋を押し付けられて、気付いたらこちらに来ていました」


「なんと……」


驚愕といった表情を浮かべるおっさん。


「それでお時間がかかっていたのですか、納得しました。いやしかし、なにも聞かずにここまでいらっしゃるとは強運、もしくは天賦の才、はたまた黎明」


「あの、状況が飲み込めないのですが」


「ああ、説明しましょう。こちらへ」


「うげ」


素早く動いた中年に腕を引かれ、たたらを踏みながら白線の内側へ。

やっべ消される! と思ったのも束の間、無事に越境できていた。なんだなんだ。


「ああ、中断の魔方陣です。合格されたので発動解除しました」


よく分からないけど、つまりは無害化されてるって事なんだろう。

服だけ溶けるかと思った。誰得ストリップですか。


「では参りますね」


にっこりと。

いつの間にか両手をとった美中年が微笑むと、周囲の景色が一瞬にして変化した。

青空も木々もない。いや、木は加工されて本棚になっており、その中には金文字の背表紙の分厚い本やら、本屋の紙カバーがかかったものやら、なんやらいろんな本がぎっしりとつまっている。色取り取りで大きさも厚さもバラバラ。シリーズ文庫も見受けられる。

国会図書館か何かかここは。


「研修室へようこそ。こちらには、仕事に必要な資料が幾万幾星霜と用意しております」


「はぁ?」


「ですから、知りたいことがあったら遠慮なくどうぞ。貸し出しもできますよ」


「えっと、はい……」


漫画も置いてあるんだけど資料なの?

私でも知ってるような有名な料理漫画のタイトルが思いっきり見えるんだけど、まあ資料というならそうなんだろう。


「それで、研修って一体……?」


「ああ、ご存知ないんでしたね。貴女には今日からいろんな世界に出張に行っていただきます」


うん、早速意味不明だ。


「冊子を手渡されたと仰っていましたよね。見せていただけますか」


「ええ、はい」


言われた通り、袋からそれを出して渡す。

ざっと見て読めなかったから手元になくても大丈夫。

ほら、こういうのは価値の分かる人に持っていてもらうのが良いから。意味不明な文字で不気味だから渡したわけじゃないからから。


「ほうほう、なるほど」


頷き、冊子を読むアルバートさん。

読めるのか、それ。


「これお読みになったんですね。効力がなくなっています」


「は……はい?」


「うーん、しかしこういったものが用意されているとは。中々どうして和藤さんもヤリ手ですね」


え、だから、いやいや。


「あの、全然意味が分からないのですが……」


「ああ、失礼しました。なにも聞いてらっしゃらないんですもんね。こちらの冊子は、【強運の書】です」


強運?

言葉の通りなら、運が強くなるって事ですか?


「これは強力なパッシブスキルですね。常時発動していますので、何があっても強い運を持ち得ます」


ほうほう。

ということはあれか、宝くじを大量購入すれば良いのか。


「魔力要素のある土地柄でしたらより強化されますね。貴女がいた元の世界ではほとんど効果がないでしょう」


世の中って上手くいかないようにできてるんだった。

そうだよな、効果があるなら私に渡さずに自分で使ってるはずだし。


「それで出張先ですが……その前に、野仲根さんは異世界という言葉はご存じでしょうか」


「ええ、はい」


「量子力学的な平行世界、想像上の世界、別惑星、異次元世界、まあ色々な解釈はありますが、自身が生まれ育ったところとは別の世界ですね。その場所に転生したり召喚したり、という遊戯が流行っているんですよ」


遊戯……だったっけ?

あれ? 転生だったら一回死んでいるわけだし、遊びだとしたら相当リスキーなのでは。


「正確には神様の間で、ですね。わざとミスしちゃったとか言いふらして、望むままの能力というのですか、神力を与えて遊ぶ事もあるみたいで」


「神様目線の話でしたか」


「勿論です。かの方々は暇をもてあましていらっしゃいます。なので、世界を作ってはウイルスを送り込み、その行く末を楽しみながら観察しているのですよ」


悪趣味といった方が良いのだろうか。

規模のでかいシミュレーションゲームと思えばそうでもないか。


「それぞれの管理は神様方に委ねられているので、例えるなら、おもちゃを壊そうが当人の責任なのです」


なるほど分かり易い説明だ。

内容までは承服できんけども。


「それで、出張というのは?」


召喚とも転生とも違うようなんだけども。


「はい、では主な役目を説明します。例えば転送先の異世界の安全確認、どこに飛ばすかとかどこに生まれさせるかといった事前調査。それから転送後のフォローアップ、稀にすぐ死んでしまう場合があるので。実際にその場所に行って行動していただく必要があります」


確かに出張なんだろうけど、それ営業の仕事なのか?

広範囲雑用係じゃないですか……しかも結構危険な類の。


「それと世界観調整、これは管理方との話し合いもありますが、転送された方が無茶をした場合にそれをできるだけなかったことにするというものです」


そっちの方が無茶なのでは。

軍隊作られてたらどうしようもないぞ。


「当然ながら、支給品があります。生活できなかったら問題ですしね。後は現地についてから、です」


最終的になげうってきた。


「ここまででご質問は?」


「何から質問すればいいのかわからない状態です」


「はは、正直ですね。どうぞ、お掛けになってください」


そこで初めて立ったままだということに思い至る。混乱しすぎでしょう、自分。

木目が綺麗に出ている机、その前には銀色の光沢が眩いスツールのような腰掛け。センスはあれとして、とりあえず席に着く。

ああ、少し落ち着いた。

ホッと一息ついている間に、おっさんが机をはさんだ目の前に座った。そしていかにも聞き役のように机の上で手を組んだ。こちらを安心させるようにか微笑んでいる。


「この場所は一体どういうことなのですか?」


改めて周囲を眺めながら尋ねる。


本棚が連なっており、どこを見ても出入り口らしき場所はない。

この図書館の真ん中に休憩所をこしらえたというのなら扉が見えないのも頷けるが、それほどの蔵書があるのならば机とい椅子を設置するより書物を運搬する方法を工夫したほうが手間が少ないと思う。


「研修室です。こちらには、仕事に必要な資料が幾万幾星霜と用意しております」


アルバートさんはテレビゲームの村人役を仰せつかっているらしい。

そういうことを聞きたいんじゃないんだ。


「どこにあるんですか?」


「研修室ですね」


なるほど、研修室って世界であって場所的な概念は存在しないのね。

なんかもう疲れたしそこらへんは放っておこう。そのうちわかるだろうし。

じゃあ、なぜ出張をしなければならないのか……は、聞いていも意味ないか。さっきの話が回答として出てきそうだ。とすると。


「出張が始まった経緯はなんですか?」


「おや、和藤さんからそれも聞いていないのですか」


まずその和藤って人物がわかりません。


「そもそも、和藤さんが神々と契約を結んだのが始まりと伺っています。遊戯が面白いものになったら加護を与える、というものだそうで」


「ちょっと待って」


「はい」


和藤……和藤何者!?

まず、神々と契約って、神様複数体を相手に約束取り付けてる時点でおかしい。それに約束が反故になったらその反動だって馬鹿にならないはず。そもそも、面白いの基準は感情論だ。そして加護とは何を示しているのか。曖昧の上にあやふやを乗っけて固まらない糊でくっつけたような話じゃないか。

その契約はいろいろと冒険しすぎじゃあないですかね。ねえ和藤さん。誰なのか知らんけども!


「で、その、契約っていうのがずっと効力を発揮していると……」


「契約とはそういうものなのでしょう? 現に、営業の方々が活躍されて、企業が活発になったと和藤さんが喜んでおられました」


会ってるのか。

今も会ってるのかそいつと。

ってか加護って会社につくのか。


「それでは、事前研修はこれくらいで。次に、野中根さんに行っていただく世界についてお話しますね」


あれ研修短くない?

っていうか研修してなくない?


「出張の際に、私は三つまでの質問に答えることができます」


そういって、ニコニコ笑う中年。

いや、美形だからなかなか見られない景色ではあるんだが……それで誤魔化されたらここにはいないわけで。

三つ……三つって少なくない? 相当考えないといけないだろう。というか、研修自体も外部委託な上にそこから直行って乱暴すぎませんか社長。やっぱ許さん。もう口きいてあげない。


「なんでもいいんですよ?」


などと促されても。

第一において、どういった場所に行かなければならないかもわからないし、そもそもなんで行かなきゃいけないのかもわからないし、場所が分かったところで文化形態も分からなければ、何を持っていったらいいかもわからないし、言語体系違ったらお話にならないし。

海外に行くよりもさらにリスク高いのにこっちは丸腰なんだぞ。百均セットしかないんだぞ。

それなのに質問回数を制限されるとかなんの縛りプレイですか。そういうのはドマゾ野郎に任せておきなさいよ。


「……質問回数って増やせませんか?」


「私への質問は三回までです。残り二回ですね」


ああ! ああ!

やっちまったなぁ!!


でもヒントはあったよね!

ほら、よく見るやつだ。

それそれ、「私」という制限と、イエスノー質問。

これを絡めて考えればいい。つまり、次の質問は至ってシンプルだ。


「疑問に答えられる人を連れてきてくれませんか?」


「わかりました」


嫌味なく微笑んで、立ち上がると本棚の間に消えてていくアルバートさん。

良かった、当たったみたいだ。

嫌だとか否定されたらそこで終わってただろう。というか、答えられる人がいると決めつけてかかっていたけど本当にいてくれて良かった。

先に確認しようかと思ったけど、回数制限があったからやむを得なかった。三回目の質問と同時に異世界に飛ばされた可能性がある。

何はともあれ結果オーライ、あとは鬼が出るか蛇が出るかだ。


「ふぅ……」


「賢明には見えませんねぇ」


「ひっ!?」


気を抜いてため息をついたら、耳のすぐ後ろから声をかけられた。

慌てて立ち上がり振り向く。

そこにいたのはスーツの男。フォックスタイプの眼鏡、オールバックにしたこげ茶髪、すらりとして手足の長い体躯。ネクタイが黄色なのはあれか、ジョークスタイルか。

それなのに、にやりともしない引き締まった口角は、嫌でも生真面目な人間を想起させる。

ゲームに出てきそうな弁護士。そんな印象の男。


「初回でお目にかかるとは思いませんでした。野中根さん、でしたか」


「あ、はい、野中根と申します……」


いつの間に裏手に回ったか、スーツの男の隣に美中年がいる。

ううむ、和洋の美人おっさんを取りそろえたかのようだ。見目は悪くない。見目は。


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