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そんなところで身辺整理だ。
まず、殿下はと言えば、相吨館へ戻ることになった。
それもこれも私の余計な一言によるものが大きい。
なんつーかね、後ろ盾は必要だけど、それに頼ってたら結局のところ何も変わりゃしないって思うわけよ。本当の忠義って何、国富って何って思えば、無謀な名乗りも一つの効果じゃねーかなって、うん。
なので、北領でおじいちゃんズに甘えるよりは、妖物の襲撃でベテラン勢を損失したあの場所で宣戦布告するのが良いんじゃないかと呟いたわけ。
地理的にも王都に近いわけだし? 向こうが速攻で潰してくる可能性のが高いわけだし? 無謀というか投身自殺に近い。その中でついていきますうぅって頭のおかしいやつなら仲間にして良いんじゃないかなって。
筆頭が私とソンフォンだ、恐れ入ったか。
なんていうか……ノリと勢いというか、いつの間にか殿下の陣営に組み込まれていたというか、最初っから味方扱いでしたね、はい。最終的にヒロインが生きている時代で小皇区さえ潰れていればどうでも良いから、皇家親子で世情が分かれた今となっては目標達成したと言っても過言ではない。収集した情報によれば、小皇区は既にほぼ機能停止しているという。殿下が出奔した時点でそりゃそうなるわ。
どちらかが平定したとしても、殿下の場合は私からの望みって事で再設置を防ぐし、陛下の場合は国を立て直すまでそんなことしてられないだろう。とりあえず今の所の予防策として、陛下が勝ったときのために小規模テロを各地で起こす算段をつけている。私が死んだあとも抜かりはない。
まあ、どっちが勝とうがもう関係ないよね。
だからすっこんでようと思っていたけどまあ表に引きずり出されること。
殿下がトップでその下に副将兼参謀の位置付けでソンフォン、相談役かつ連絡将校の体で私、最後の一欠片が最も不安な布陣ができている。なんだこれ。どうして私を組み込んでしまったのか。隠しきれないミステイクが後世にまで取り沙汰されそうな気配がある。お前ら正気か。
などと思っていても、報酬も出るから仕方ない。相吨館まで戻る彼らに引っ付いていった。
そんで、ミンちゃん。怪我については回復魔法の効果もあったのかすっかり治った。本人もヤル気で、復職を願っていた。テツからの告白もおっさんは無理ってキッパリスッパリ切り捨てて、頼もしいったらこの上ない素敵な娘さんだって事もわかった。
だから、引退してもらった。
裏稼業を辞めるには早すぎる年齢だろう。これから女性らしく育っていけば、影武者はできなくとも、色を使った仕事もできるようになったはずだ。当然ながらこちらはそれも期待する。必要ならなんでもして貰う、それが彼女の仕事に対する熱意に応えることにもなるから。
そうなる自分がいやだって理由で辞めてもらった。
納得はできないだろう。突然のことで受け入れられるわけもない。
大切な話なので直接伝えたら、ミンちゃんはただ、分かりましたと言って笑った。安全な街道を通って北縲へと帰るように告げる。振られてもミンちゃんの安全を確保したいらしいテツに、こっそりついて行くように命じておいた。
いや本当、正直に言って私のために怪我をして平気に振る舞うやつを近くに侍らせるなんてできないでしょ。こわすぎる。
あとは、ワンハェ氏か。
財務系一族でそれなりに計算できるだろうから忍者部隊にウーオン氏と合わせて拉致するように頼んでおいた。
だってさ、絶対にそうじゃん。元の乙女ゲームの攻略対象じゃんアイツら。たぶん。きっと。私の勘でいけば。だったら有能だろ。ああいうやつらは乙女の心を鷲掴みにするために、妙にバックボーンが壮大だったり何らかの特殊能力でヒロインを守れるようになっている。格好よくて強い彼に守ってもらえる! ステキ! っていうのが基本のウリのはずだ。だからなんかの役に立つはず。
攻略キャラじゃなかったら知らん! その時はごめんね!
そして強制連行して殿下に忠誠を誓わせておいた。場所も相吨館だし、ちょうどいいよね。
それで相吨館の連中は有無を言わせずに取り込んだ。逆らうやつは見せしめに処刑するって噂を流して、誘い水として兵士に扮した忍者部隊に夜逃げさせたところ、一緒に出て行くやつらがそれなりにいた。
獅子身中の虫ではないけどね、いつ裏切るかもわからん連中を飼っているわけにはいかないのです。財政的にも厳しいし。食い物がないのはどこも同じだ。
幸いにも館主とその嫁は殿下の味方をしてくれるらしい。仕事をいただいた恩はあるが、最近とみに聞こえてくる陛下の放蕩振りに怒っていたようだ。
というか、親戚が焼き殺されたらしい。チィンランさんの実家は言わずと知れた薬師の一族であるが、最近になって病人が増えてその対応で大わらわ、大金の報酬を治療のために大盤振る舞い、その行為がマッチポンプに見えたらしい。壊して治して儲けてるって。それで、療養院の主だった医師が捕縛されてそのまま御仏に、と。運良く逃げられた職員もいるけれど、年老いた医者連中はあかんかったらしい。
いや……いくら天下をひっくり返そうたって医療関係はダメでしょ、絶対ダメでしょ、殿下に国を譲ったあとにどうなると思ってんの! 医者がいない国とか! 人材育成は時間が掛かるんだぞ、医療関係なんて最低限の予算を確保するだけでもどれだけ苦労すると。
え、市井の小金持ちってもしかして全員が粛正対象になるわけ? うわぁ……。
それで陛下の周りだけどんちゃん騒ぎね、そりゃヘイト溜まるわー。良くそんな役を買って出ようと思ったな、どんなネガティブ発揮したらそんなことできるんだよ。それなのにリーダーシップがあるとか、器用か。
んん、じゃあそんな陛下に同調する阿呆どもが現実に気が付かないように調節する必要があるか。佞臣達が我が世の春を謳歌できるようにしておこうじゃないか。
そういえば、陛下の嫁さん達はどうしてるんだろう。ミンツィエは西領の整理整頓で忙しいみたいだけど。あの子すごいよね、もう紛争を鎮火させちゃった。戦後処理で留まってるけど、次は南に進軍するんじゃないかな。
それから……北領か。
東領はソンフォンが取り込んでいるから、北の代表格みたいになってしまっ私が北領に渡りを付けるような空気になった。私は空気の読める普通の人だ。だから大兄とおじいちゃんズに連絡を入れてこっちはこうすんぜよろぴこって伝えておいた。
元々彼らはこの事態を望んで、進んで手を貸してくれていたというし。なれば、あとは勝手にいいように動いてくれるだろう。
したら、関連して玄馬と栂も抑えておこう。内乱の隙を突いて攻め込まれるとか堪ったもんじゃない。こういうときに知り合いが多いと便利ね。ついでにディナトロも牽制しておこう。徘徊将軍に話をつければいいだろう。逆に攻めてこようとするかもしれないが、向こうの食糧関係は掌握しつつある。それをちらつかせれば無理はすまい。できる将軍は戦略的に無茶なことには手を出さないはずだ。それでもこようってんなら全力で義理人情について語る。貸しがあるだろお前らにはって全力で語る。時には肉体言語で語る。
というところで下準備は整った。
なので、北領で孫になった時のような長々しい文章を立志の祝詞として天に献上し、軍を起こす。
それとほぼ時を同じくして、禁軍がこちらに向かってくるという情報が入ってきた。
それと同時に、おじいちゃんズが動いている。精鋭を引き連れて、こちらに向かって来るようだ。
相手の戦力は概算で一万二千、全禁軍の三分の一くらいか、この時代感にしては中々の規模のような気がする。戦史に詳しくないから少ないのかもしれないけども。わからん。
こっちはズタボロの砦にほぼ新兵だけの編成で八百、近隣からの有志と間に合いそうな東領兵を合わせて千五百に到達するかというレベル。寡兵どころの話じゃねーわ、防衛戦にしてもこれはないわ、どうするもこうするもにべもつねもなく逃げの一手が最善手以外の何物でもないわ。
周辺の地理を利用しての迎撃? 無理無理平野部で何しようってんだ。軍内部の分裂を狙ったスパイ活動? いやいや先に偵察してるけど禁軍の上下関係の徹底と練度は並みの軍の比じゃない。
初手にして大一番とかうれしかねーなぁ、相手にしてみれば初動を潰すって意味で一番の良手だけど!
当初から想定していたことではある。最悪の部類だけど。
そりゃそうよなぁ、甘ったれた妄想通りに事は運ばないよなぁ、いくら私にパッシブ強運があったとしても。
逃げるのは悪手でしかない。わざわざこの地で反抗したのは意味がある。この大一番を凌がなければ世間様になんて言われるか分かったもんじゃない。天の意は我にありと、知らしめる必要があるのだよ。そのためにわざわざ自分から不利な場所へ足を踏み入れたんじゃないか。かといって必ず勝てるかっていったら話は別なんですけどね!
事前にできたのは、土嚢を周辺に積み上げることぐらいか。壕を作ってね、その分で館の土台を補強したんですね。
そもそもこの相吨館、なかなか土地だけは広い。
通行用の前門に、そこから奥には商人も滞在する宿場町、役人や兵が詰める本館、練兵用集団戦ができるようなグラウンドに騎馬訓練が可能な土地、全体を覆う城壁……とまあ、新兵訓練用の設備に貴人が訪れてもいい屋敷にと、普通の関所にはない機能まで備わっている。
それ全部守れるか? 無理。なので機能を制限して基本的に全てを本館に詰め込むことにした。城壁自体は利用できるので、そこが第一防衛地点、次に本館を巡る内部防壁が第二防衛地点となる。それで終わりなので膜は薄い。
それで、こちらにはまだない概念だった壕を作ってみた次第。これでお馬さんは渡ってこれないよやったね。ちょっとした時間稼ぎですね。
でもこれが実はまだ、できあがってないんだよね。
今必死で新兵達と忍者部隊が頑張ってる。殿下とソンフォンは館主とチィンランさんと一緒に対策を練っている。
なので私は河に釣りに来た。釣り糸を垂らして、何が引っかかるか超ワクワクしながら待っている。いや、太公望みたいに針を垂らしていたり人を待っているわけじゃない。一度魚釣りやってみたかったので。でも釣果はない。すぐにばらされんのね、悔しい。餌だけ持って行きやがってちくしょう!
で、そんなことしてたからチィンランさんに怒られた。暇があるなら前みたいに妖物でも連れてきたらって嫌味を言われた。なるほど。
そういえば城壁下の死体は未だ埋葬されずに残っている。ちゃんと埋葬してあげなさいよ、可哀相に。
ともかく禁軍の襲来、まずは話し合いをしようと相成ったようだ。それ以外で助かる道がなさそうだもんね。ここを推薦しておいてなんだが、いい策なんて一つもない。こういうときに戦術の天才だったらこの兵力差をひっくり返すような妙案が浮かんだりするんだろうか。私には無理だ。
ここを乗り切ったら明るくはなくとも道が開ける程度には未来が見えそうなんだけどね。
なので、自分のパッシブスキルに全てを委ねようと思う。いいことありますように!
いつもお読みいただきありがとうございます。




