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調査というか、ロンが移動してきた人達とは顔見知りなので話を聞きにいってもらっている。
個別に町の警備担当からも状況説明をしているが、結局のところ飯がねぇというのが問題の発端のようだ。
季節仕事が増えるでもなし、すぐやめる予定の人間を雇用することもできず、金も泊まるところもない人達が路上で生活を始め、食い物ほしさに盗みを働いたり弱そうな女子供を狙って襲いかかったりと、そういう事のようだ。特殊事象などは特にないようだ。
「それで、どうする」
殿下が難しい顔で、なんとなく面白そうな雰囲気を醸し出しつつ訊いてくる。
解決策として何があるのか、と。
難しい顔をしているのはフォンだ。
ここは東領、次期領主である彼が答を導き出すべきだろう。なので私はお茶を啜る。このほうじ茶美味しい。
「下手に追い出すこともできんだろう、同じ問題が他所で起こるだけだ。かといってばらけさせるわけにもいかん、彼らは春になれば各々の生まれた場所へ帰りたいと言っている」
「ああ、そうだな。一時的な雇用を生み出す必要があるだろう」
荷物の中から煎餅を取り出す。
こっちに来てから作った菓子類の一つであるが、ここ数年で急速に全国へと広がった。保存食としてもそれなりに優秀なので、長旅にも耐えられると評判だ。
「行政の予算で何か起こすしかなかろう。幸いにして土地はある、開墾を理由に回すしかない」
「ふうむ、それならばこれ以上の流入があった場合も対応できるか。今の町と移住者を切り分けできるから、治安も多少は良くなろう」
「警備を厳しくせねばならんな。入町の手続きを厳正にすべきか」
ついでに甘めの焼き菓子も出していく。
こっちも多少なれば保存が利く部類のものたちだ。過去にも遠出した事があるし、スーちゃんによる食中毒事件もあったから、保存期間の延長は死活問題でもあった。実際に研究したのは私ではないが、成果は上々である。
「おいシン、お前もなにかないのか」
「だいたい同じ意見だけだ。あとは、職人を育てるくらいか」
「職人? それこそ時間が掛かるだろう」
「元々、仕事を求めて南に行った連中だろう。あてがないから帰りたいといっているだけで、住みよければ永住する可能性もあるんだぞ。一時的な措置として予算を割いたとして、今度は帰りたくないって言いだしたらどうする」
「……その可能性もあるのか」
素直に人の言うこと聞きすぎなのよ。
というかまあ、その点は私も人のこと言えないというか、素直で純粋なので人のことを疑いません。裏を考えたりもしたことないです、はい。
「そもそも見習いだった連中もいるんじゃないか? なら、元から職人街を作る目的で整備していったほうが良いだろう」
「いや、南はそれで頓挫したのだろう、同じことにならないと、なぜ言えない」
そりゃ食料がなくなったからで……と言おうとして口を閉じる。
今の時期に食い物がなくて移住してんだ、二の舞にならないとの保証はやっぱりない。うちが噛むとして、ミンツィエの妨害工作に合わないとも限らない。
かといってほかに方策があるのかといわれれば、それも難しい。
「なら、折衷案でいいんじゃないかな。町の一部にするつもりで整備して、残る人はそのまま住んでもらって、出ていくなら見送るってことで」
「全員出ていく場合は?」
「結局は町の一部だよ、宿場として使うなり、移住者を他から見つけるなり、やりようはあるさ。それこそ、いい季節に領内から職人を集めて職人街を作ってもいい」
なるほど。
結局は目下の問題を解決するための方便が必要だ。それが本当になるかは、今後の人の流動や開発状況によってくる。計画を立ててその通りに開発していくのが普通だろうし、それができるだけの下地もあるけれど、それ以上に時間がないか。
かもしれないを織り込んではやっていけないしなあ。落としどころとしては十分なんじゃないだろうか。
最終決定権があるのは領主だ。ソンフォン氏の方を仰ぎ見れば、ため息をついてた。
「他に案がない。それでいく」
父親は何とか説得するのだろう。
説明のために動き出す彼を横目に、ソロお茶会を再開する。今日もお茶が美味しい。
「それ、私にもくれないか」
そういや殿下がいたんだった!
ちくしょう休まらねぇ!
「どうぞ」
「ありがとう。シンの所はいつも真新しいものがあって面白くていいね」
「常に顧客に喜ばれるものを追い求めるうちに、自然にですかね」
「ふむ、新しいものは商機だったか。自ら作り出せる者はそう多くないと聞いている」
そうっすか。
美味しそうにお菓子を食べているので、賛同するように頷く。
「ところで、シンは何をしたくてこんなことをしているんだい?」
「新しいお菓子ですか? 美味しいものを食べたいと思うのは普通の欲求ではないかと」
「そうじゃないよ。そうだ、温泉があるんだよね、先に入っていようか、フォンも時間が掛かるだろうし」
あっ、いや、それはいや!
断る理由、理由!
「……フォンを手伝ってきます!」
「ああ、それなら私もそうしようかな。そうだね、みんな一緒に入るのが一番だ」
にっこにこですやん。
そんなに友達との裸の付き合いに憧れているのか。ちくしょうが。どうやって逃げよう……いっそのことここに妖物を呼び込もうか。人町がなくなれば治安を気にする必要もないのでは? いやいやフォンの護衛に察知されて今度こそ捕まる気がする。
よし、手伝いで疲労が溜まったふりして、疲れたから引き下がるという方法でいこう。
そう決心してフォンの所に行ったら説明を終わらせたっつって温泉へと誘導された。町のためにつきっきりじゃなくて良いのかと聞いたけど代官の邪魔になるから提案以外の手出しはしない方が良いとか言われた。
そりゃあ殿下の接待も必要な事ですよね! あーあー! どうやって逃げよう。
案内されたのはサウナだった。白い着物みたいなのを着て、岩と木でできた密室へと案内される。
温泉から出てくる湯気と、部屋の隅に置いてある熱した石にお湯をかけてその蒸気で体についた悪いものを追い出すのだとか言っていた。東の方に留学した際に体験したらしく、気に入ったフォンがこの地に建設したらしい。できる男はフォローの仕方も違う。それで焦る私を見てニヤニヤしてやがったのか性格悪い。お前なんか温泉でのぼせたところをお歳を召されたお姉さんに介抱されてそのままめくるめく夜を強制執行されてしまえ。責任を取らされてしまえ。
とにかく、裸体を晒す必要がなかったのは助かったが、張り付く布が体のラインを浮き彫りにしている。殿下もフォンもその年にしては見事に鍛えていらっしゃる。目のやり場に困って俯いた。それを自身の貧弱な体と比べたからだと誤解されたのは良かったが慰めなんていらない、こっちみんな。
「それで、気分はどうです」
「なかなか、悪くない。こういうのもたまには良いな」
「息が苦しい」
「内側からも悪いものをいぶし出すためだ、長居は無用だが、少しは我慢しろ」
「えー」
痛覚はないけど、息苦しさはあるから、ちぐはぐな感覚にどうも船酔いのような気持ち悪さが追加される。想像以上に辛いんだが。
そんな私の様子を察してか、殿下が眉間に皺を寄せた。
「あまり時間はなさそうだな。このように三人きりになる機会もそうないから、手短に話そう」
この狭い部屋にいるのは殿下の言う通り私達だけだ。
警護の兵士は外にいる。侵入するような隙間もないし、よくよく考えれば密談するにうってつけなのか。
「祖父の代より、臣下の中に不正を行うものが多かった。父の代は息子が二人おり、世継ぎをどちらにするか、臣が二つに割れていた。父はあえて愚鈍を装い、志の低いものを纏めて処分する手筈を整えていた」
えっ、何の話。
戸惑ってフォンを見てみるが、したり顔だった。知ってる話かよお前、っつーかなんでここでそれを話すんだよ。
「その最中、父の兄弟は失踪した。計画は頓挫し、国は表面上、平静そのもので年月が過ぎた……だがそれは、怠惰な者がより狡猾になっただけに過ぎない。この度、都が荒れるにつれ、祖父と父はかつての志を思い出した」
ちょっとまて、それって……え?
上手く私も踊らされていたってこと?!
いつからぁ!
「父は死ぬ覚悟をしている。そのために享楽に溺れたふりをしている。私はかつての、父の兄弟の役目を引き継ぐことにした。……だが、私はまだまだ未熟で、一人ではなにもできない。父の代の優秀な家臣を手元に引き入れることすらできない」
そりゃ代替わりしたばかりですし。
ええ……それをなんで私に告げるのか。いやフォンもいるけど。
「これより北を目指し、祖父と合流する。北領の前現両領主も承知していることだ。フォン、東領の協力はお前がいなくては成り立たない。その手を私に貸してくれ」
「ええ、当然です」
「シン、君は何も知らなかったろうが、君の動きは我々にとって願ってもないものだった。静かに協力させてもらったが、ここまで上手く事が運んだのは君のおかげだ。まあ、多少やり過ぎの感はあるが……必要な犠牲を選んだのは我々だ、シンが気に病むことはない」
全部筒抜けかよぉ!
じゃああれ、おじいちゃんのあれこれだったり、大兄のなんなりは全てわかった上での言動だったって事か!?
なんとなーくバレてんだろうなぁって思ってはいたけど全部とはね! しかも裏から手を回して協力してたとかね! 物事が上手く運ぶと思ったらそういう事かよ、脱力するしかないわ。現代知識チートとか思ってたけど、なんもできてなかったよね!
「ご助力できていたのなら、光栄の至りです……」
「はは、そう落ち込むな。一人で手を出すには広範囲だったろう、こちらでも手助けをさせてもらったが、舌を巻くほど見事に状況を手玉に取っていた。シンがいなければ、数年は後ろ倒しになっていただろう」
それが本来の筋書きだったわけか。
今思えば、おかしいと思うことはいくつかあった。
他の領に対して北領だけが人材の宝庫であったり、北の国との停戦を求めていたり、栂とのパイプも地続きの東領ではなく北領の私が繋いでいた。南領の荒れ方もわかっていたはずなのに放置だし。
私が閏の王子に指定されたのもその一環なのだろう。つーか陛下の兄弟失踪してんのかよ。じゃあ姿を見せない皇族ってのはそいつか。
「北にて軍を起こし、中央へ攻め入る。旗印は私だ。とはいえ、後ろ盾に祖父がいる。全て思うとおりにはいかないかもしれないが、滅多なことは起こらないと踏んでいる」
ああ、うーん。おじいちゃんの威光で中央にいる忠臣引っこ抜くって事か。
それ元の木阿弥にならねぇかな。狡猾だからこそ時勢には鋭いんじゃない。
いやいやまてまて、こういう時こそワン一族の出番じゃないか? 国家の出納係だよね? やること出てきたわ、今度こそお前らの掌で踊ってやるもんか。
「成功した暁には、二人の願いを聞き入れよう。私にできることに限られるけれどね」
そうおどけて話を締めくくる殿下。
もうね、それどころじゃないんでね。こんな片田舎のサウナもどきで話すようなことじゃないっていうか。変なことに巻き込まないでほしい。いや、今までしてきた嫌がらせが国家公認になったから無罪放免って事で良いのか? これで陛下側が勝利したら連座で死罪だわ……。
「では、陛下となられた暁には、私の欲しいものをお伝えしましょう」
「そうですね、私もその時に」
「そうか、一つ楽しみができた。このオウスンシイ、必ずや念願を果たそう」
……ん?
臣下の礼を取りながら、何か引っかかるものを感じて眉を顰めた。
いや気のせいだよね、うん。
今以て混乱しているので、これ以上余計なことに気が付きたくないです。
いつもお読みいただきありがとうございます。




