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さて、色々と準備をしようとしているわけであるが、全体的に関所の皆様の私を見る目が疑わしい。
信じられないものを目にしているようなリアクションをされる訳であるが、確かにひょろい子供が偉そうにしてたら何事かって思うよね。やはりカップル成立したら必ず後日談で温泉に行くBLのように、これぞ定番といえるような猛者の外見をした人が先頭にいるのが好ましいのだろう。
個人的にはチィンランさんのような美人が陣頭指揮を執ってくれるのも良いと思っている。すごく良いと思っている。しかし見た目は良いが、実際について行けるかといったら微妙なところだろう。
同様の理屈で館主も私も歓迎されないだろう。見た目がね、よろしくなくてね。不細工って意味じゃないよ私は子供だからであって、スーちゃんの兄弟なんだからそこそこの姿はしているはずであって、落差にショックを受けたくないから鏡を見ないわけじゃないです。
それでとりあえず兵士の面々を集めてもらって説明会をしようとしたわけであるが、集合した面々を見てもまあ若い子ばかりだった。一部は見た目が華美であって実力なさそうなのもいた。中央から見たら端っこの土地になるので、地方防衛の実務経験という箔をつけるために重臣の子弟辺りが駐屯してるんだろう。集合風景はそこそこ様にはなっていたから、実直ではあるかもしれないけど、どうにもこうにもしまりがない。
でも、先に注意だけはしておこうと思う。
「諸君、私は王子の末席にいるヤンシンという。これからここへ向かって妖物の大群が押し寄せてくるという情報を手に入れた」
まずは自分の身分を明かして優位に立つ。
そして出所不明な情報を口にするが、その衝撃が広がりきる前に次の衝撃をぶち込む。
「よって、この場で最も位階の高い私が陣頭指揮を執る。異論があれば名乗り出よ。十分で理論立てて説明し納得させられたらその意見に従う。よし、居ないな、では続いて配置を指示する」
訓練場の一段高い場所で、誰かの魔法で声を拡張してもらいつつ宣言する。ぽかーんとしている間に捲し立て、叛意は汲み取らない。ここまでが私の仕事だ。あとは館主に引き継いで終わり。
腕を振るえば、鎖帷子を身につけた魚人顔が厳めしい面をしながら隣に並ぶ。こうしていると迫力があるなぁ。
「妖物は東の森から来るという。既に工作兵の一部には柵を作らせているが、すぐに突破されるものだろう。幸いにしてそちらは壁であり、上部廊下から矢を射かけることも妖術を放つこともできる。さほど難しいことはない」
あ、そうか、専守防衛なのか。
そんなじゃ鍛錬にならないじゃん。
「しかし、慣習的に修繕作業が後回しになっている部分でもある。突破されたら内部からこの相吨館は崩れるだろう。よって、上部からの攻撃と同時に北と南から挟撃を行い、半包囲による殲滅戦を行う」
包囲殲滅戦はロマンですね。
カンエナの戦いを再現しようとして失敗した歴史の数々……。釣り野伏とかハマったら嬉しくなるもの。やったことないけど。やる機会もないけど。
人同士の戦いなら情報戦含めて戦術だけど、今回の相手は妖物。自信を付けるのであれば、包囲陣が成功するよう両翼からの進撃に邪魔が入らないように妖物の侵攻ルートを設計するのが吉か。それこそ忍者部隊の仕事ですね。
あとは双方向からの攻撃タイミングが合うように伝達方法を整えるのも必要か、音より煙が良いかな、いや近寄る妖物の特性がわからないのであれば人を使うのが一番か。やっぱり忍者部隊を鍛えていて良かった。
……通信手段は作ろうと思えば作れたと思う。作ってといったような気がしないでもないけど、結局採用しなかったのは、戦争に情報伝達速度を組み込みたくなかったからだ。自分のところというよりも、相手のところに。
こっちは素人なんだぞ! 職業軍人が本気出してきたらひとたまりもないんだぞ! 陛下を相手取ったら禁軍と諸侯の率いる兵力で数千万単位になるからな! それが遅滞なく動いてくるとかどこで隙を突けば良いんだよ。勝てる確率を増やすには情報をすっぱ抜くしかないじゃん。
そう考えたら無線なんて作ろうとは思えなかった。代わりに人間の限界を超越する方向だった。思った以上の成果が出てどんな顔をしたら良いかわからないくらいになった。
そのあとは部隊の組み分けだ。
いつにない真剣な雰囲気に、場の兵士達も緊張感を持ってくれたと思う。あとはこのまま士気を崩さないように、各部署に配置したサクラが定期的に奮起する言葉を口にする。
妖物襲来の時報は最終的に駐屯兵を経由するよう調整してあるし、あとは実物の到着を待つだけか。他にできることはないだろうかと思えば、鉄球とか投擲したいなぁと思うけれど、投石器作れるような頭でもなければ鉄球もないし、攻撃たり得る巨大な岩石があったとて私では持ち上げられない。非力なりぃ!
頭脳労働だから! と言い張ってはみるが、その頭脳を頼られたこともないので、とりあえず偉そうにふんぞり返っておくことにします。全力で立ち尽くすであります。私こそが軍曹さんだ。
それじゃあ最終調整でもしようかなと、全員が配置場所に向かってからになった訓練場になんとはなしに目を向ければ、薄ボンヤリと、何かが浮かび上がった。
疲れ目かな? と瞬きすると、その影は段々と実態を結んでいく。これはひどい眼精疲労だとまぶたの上から軽くもみほぐし、改めてそこを見れば人がいた。認めたくはないが、人影があった。しかも知り合いだ。
「……おりましたわ、シン様」
「……フェネテル嬢」
隣にはこちらを睨むエミーラと疲れた様子のアンニもいる。
なぜいきなり、と思ったけど、そういえばベルレイツから藜まで転移してきていたっけ。今回もそれでここまで来たのだろう。つーかよく場所がわかったな!
「なんで来た。今は忙しいから帰ってくれ」
「また貴方はそういう……!」
それなりに距離があって良かった、そうじゃなきゃまたエミーラにビンタされてる所だ。
いきなり現れた三人娘にチィンランさんが警戒していたが、私が話し掛けたことで知人であると察してくれたらしい、構えを解いている。
「お知り合いですか」
「はい」
チィンランさんと話している間に三人衆がずずいと近付いてきた。顔が怒っているのがよく分かる……って、何だ? いきなり驚愕してるんだけど。
そのまま速度を上げて接近するフェネテル嬢。え、ちょっ!
「シン様!!」
「ぐおぉ!」
思いっきり押し倒される勢いで両肩を掴まれたのでなんとか踏ん張って耐える。
フェネテル嬢の視線は私の首辺りだ。え? キスマークなんてないよ!?
「この痣はなんですの!!」
あ、そっちか。
え、なにそれ。
「あーえっと、多分師匠に掴まれた時のかな」
「……何をされましたの」
「ちょっと、首を持ってこう……」
「稽古ですのそれは?! 度が過ぎていますわ! 抗議をしなくては、お師匠様はどちらです!」
「知らん。逃げた」
「はあぁああ??」
そんな声を出されても知らんもんは知らん。
そのうちまた変なタイミングで出てきて目的のわからない何事かを成そうとして空回るだろうから待ってりゃ良いよ。
つーかあの爺さんに文句を言ったところで改善されるわけもなし、その時間を別のことに使った方が有意義だよ。
「それで、今からここは戦場になる。危険だから北領に帰りなさい」
「……嫌ですわ」
少々丁寧に説明したにもかかわらず、拒否をするお嬢。
なんだもっと口説くような臭い台詞を言わねばならんのか。
「いつだってそうですわ、私になんの相談もせず全て決めてしまって……私は心配なんですの! シン様は一人でなんでもおできになるかもしれませんけど、それでも大勢を敵に回して勝てるほどではないでしょう?」
当たり前だ。
忍者部隊がいなけりゃそこらのごろつきにも負けるぞ。
万能じゃないしね。それよりフェネテル嬢の中での私の評価が高いことが気になる。何を勘違いなさっているのかと。一人でなんでもできたらこんな所で問題起こしてないよ。
「だとしてもだ。フェネテル嬢、君を危険な目に合わせるわけにはいかない」
もれなくベルレイツの面々が私を殺しに来てしまう。
特にテラーとかテラーとか絶対に私を亡き者にしようとしてくる!
それでなんでフェネテル嬢は頬を染めてるの? 良いからさっさと撤退してくれないか。
「私の心配は無用です! これでも強いんですよ? お兄様にも褒めていただいたこともあるんです」
それ身内びいきひどいんじゃない?
というか、試合に勝てるから大丈夫ということにはならない。
「鳥でも良いけど捌いたことはあるか」
「え? いきなりなんですの……」
「返り血を浴びたことはあるかと聞いている。暴れる鳥の首を絞めて、羽根をむしり取って、体に刃を立てて、まあとにかく下処理はしたことあるか」
「……ご、ございません……」
お嬢さまだし、そうだよね。
いうて私もこの国に来てから他人がやってるのを近くで見ただけなんだけどね。あの匂いとか、光景とか、それだけで気絶しちゃいそうな育ちの良いフェネテル嬢を見てると、戦場を駆けるなんてできそうにないと思うんだよねぇ。
「俺の側にいるということは、敵の血を全身に浴びて、恨まれて、せっつかれて嘲られて晒し者にされながら生きるということだ。フェネテル嬢がすることじゃない。一緒に、といって貰えるのは嬉しいけど、だからこそ望まない。俺なりに大切には思ってるんだ、傷付くことから遠ざけたいと思って、悪いか」
「……そんなの、わかりません。ずるいですわ、そういう言い方は」
当たり前だ、答えに窮するようにしたんだから。
普通に返答されたらこっちが困る。
「それに、フェネテル嬢にはスーを頼みたい」
「スーちゃんを?」
「ああ、おそらく俺がいないことに気が付いて気落ちしていると……」
「え、ええ、そうですわね」
言葉を濁されたけど。
あれ、スーちゃんとっくに兄弟離れできてたってことか!? 私がいようがいまいが関係なく平常運転という。それならそれで万々歳だけども。
「……北領まで同道していたんだよな? 何かあったのか?」
「その……すごく、良い笑顔でしたわ」
そう、ですか。
その時何か言ってたんじゃねぇかな? その台詞を教えてくれないかなぁ! たぶん生死の分かれ目なんだよなぁ!
やっぱ大丈夫じゃなかったよ!
「ともかく、こっちにいないほうがいい。スーの近くが無理なら、ベルレイツの連中のところに居ればいい」
「ですが、私は貴方の妻として」
「違うよ、フェネテル嬢、違う」
ゆっくりと言い聞かせるように、染みこませるように告げれば、下唇を噛んで俯いてしまう。
肩に置かれたままだった手を振り払えば、泣きそうな顔を勢いよく上げて、悔しそうな口元をはくはくと動かす。言葉にしたい事がある、でも気持ちが追い付かないうようだ。
「……気にかけてもらって、感謝はしている。だが、気持ちに応えることはできない。人によっては何人か妻を迎えるが、俺には無理だ」
というか、一人だって無理だ。
だって女の子だもん。嫁入りする方なんです。いや、別に婿取りでもいいけどさ。
あ、いや、現状ならまだ選択肢あるか。
「それとも、フェネテル嬢が向け入れてくれるなら、形だけは夫婦の形態をとることもできる」
「それはなんですの!?」
食いつき! そんなに速攻で身を乗り出してこないで!
別に大したことじゃないし!
「いや、俺こう見えても女だから、男のふりを続けるために体裁として嫁のふりをして貰うっていう」
「なんですって?」
「いや、やっぱフェネテル嬢に頼めることじゃないよな。元々貴族の娘だし、お飾り妻だなんて」
「そこじゃありませんわ!! 女性?! シン様が!?」
「ということにするのはどうか、と」
「え!? あ、え?!」
混乱している。
そりゃ意味分からんよな、と思いながらフェネテル嬢を観察していたら、後ろでじっとしていたはずのエミーラが我慢できずにビンタしてきた。
必ずやられるんだけど、儀式なのかこれ。
とにかく、フェネテル嬢一行は後方に下がらせた。
帰るや帰らないもわからないので、せめて戦闘区域から遠ざけた形だ。
では、魔物退治をやりますか。
必ず温泉に行かなければいけないのかと思うくらい後日談や番外編で温泉回が始まる。
約九割が温泉に行く。残りの一割もいずれ行く。
秘境の温泉は御用達なのです。
いつもお読みいただきありがとうございます。




