73
師匠と一緒に黙々と進むこと昼過ぎ頃まで。
ついちゃったよ。
想定外な事に、中央区と東領を繋ぐ街道に設置された関所を見晴らせる位置まで到着した。
本来ならここに来る前のどこかで捕縛隊にでも捕まっていたはずなんだけど。なにがどうなっているのやら。追撃部隊がどこかで道草食ってるのだろうか。
懸念として、スーちゃんの方に行ってしまったと考えられなくもない。本拠地を北領と捉えてたらそっちに行くもんね。だから、東領側へ進んだという痕跡をこれでもかと残してきたんだけど。それで師匠もこっちに来たものだと思うのだけど、もしかして師匠がそれ消してきた? あり得る。
「なんだ?」
「いえ、なんでもないです」
でも直接聞くのは憚られる。
なんて言えば良いんだよ。
まあ、着いてしまったものは仕方ない。普通に通過しよう。
アルパカに口頭で指示を出す。それまで順調に歩んでいた馬の足が緩む。御者いらずのハイテク馬車です。運転手不要とは未来の乗り物ですね。動力源が判断してくれるから万々歳だ。
側頭部のハゲから見える支給品の文字を見ないようにはしているが目に入るんだよなぁ。高性能を否定できないのがなんとなく悔しい。
「ふむ、ここは通過するだけか?」
「そうですね」
「拠点にすべく攻め落とすものだと思っていた」
なんでそんな物騒な発想が出るんだよ。こちとら平和主義者だ。
っつーかそのためにこっちに向かったと思われていたのかと。え、じゃあ師匠が追い掛けてきたのって止めるため? いやいや、今の言い方は催促っぽく聞こえたぞ。
つまりあれか、引退から始まる武者修行の旅か。おじいちゃん強さを求めて全国行脚しちゃうのか。どこで老衰するかもわからないドキドキハラハラの旅程ですね、別の意味でスリルだ。
「どこで暴れるつもりだ。わしの手も貸さんでもないぞ」
血の気の多いお人でござる。
争うこと前提でついてきちゃってたよ! 今明かされる衝撃の事実! ばばん! 先鋒にでもなってもらうかなぁ……いやここで争う気はないんだけど。
私の目算では途中で連れ戻されて、中央区で一暴れして処刑って感じだったんだけども。ほらもう私一人がいなかったとしてどうにかなるような規模で色々動かしてないと思うし、足りなかったら物理的に破壊するしかないと思ってるし、そうなったら極刑は免れないし、それにここらで退場するのが後処理とか放棄できて楽でよかったんだけども、何事も思っているようには上手くいかないものですよね。
「どこで暴れるつもりもありませんよ。適当な山中にでも籠もる予定です」
幸いにして、ロンの部隊はディナトロまでくっついてきた実績がある。野宿はお手の物だ。
「つまらん。まったくもって面白味がない。貴様はそれでもヤントウの孫か」
直孫じゃねーわ。それに師事した期間なんて短かったし、直接言葉を交わした機会もそう多くない。
っつーか爺さんだったらここ落とすのかよ。どんな傑物だよ。私には無理だよ。そんなの求めないでください。
「なんの方策もないわけではなかろう。仮に、ここを攻めるとするならなんとする」
仮も何もしないからな。
そう思いつつも、師匠からの問い合わせなのでしぶしぶ答える。
「数でごり押しですね」
「ほう」
そもそも、首都である皇都と馬車で一日ちょい程度の距離である。
立地はなだらかな平野に、西側に底の浅い広めの河、東は丘陵と森があるも見晴らしがだいぶ良い。
街道自体も通行しやすい場所に作られており、ここに関所を設けた意味としては、東領の町から皇都への中継地点として休憩できるように、また魔物に対する警戒と有事の際の避難場所としての側面がある。あとは単純に領土の区分けだ。これといって区切れる目印がないから切り替えポイントとして造られたようなもんである。
簡易的な宿場町としての顔も持つから面積は広いものの、相応の人数というのは居ない。問題は起きる可能性が低いし、万が一占拠されても皇都が近いからすぐに奪還できるからだ。藜の国内でも深部にあるようなもんだし、ここが要所になる時勢ということは、藜が落ちる寸前と言い換えても良い。例えここだけ奪ったとしても、その後に繋がらないので意味がないわけだ。
ではこれを攻略するにはどうするか。
というか、これだけ攻めやすく護り難いのであれば数でごり押しが一番だ。っつーか基本的に戦略といえば数を揃えることだと思っているので、定石通りに頭数さえそろえればなんとでもなると思う。物量作戦は一種のロマンだ。
しかし寡兵による戦術での勝利もまたロマンである。むしろそっちの方がアツい。その中に入りたくはないが上手くハマった戦術を見ると胸のすく思いがある。まあ、古今東西、大体が戦略を満たした方が順当に勝ちを上げてるけども。
「では、今の戦力でどう戦う」
おう、新しい宿題だ。
どう戦うも何も、方法なんて一つしかなかろう。
「寡兵の戦法は単純に奇襲だけですよ。奇襲に次ぐ奇襲、相手戦力の分断と各個撃破を繰り返すしかありません。もしくは集団の頭を抑えるか……なんにせよ、相手方の情報がない今は無謀なことは慎みたいですね」
師匠の目が怪しく光っておる。
なにしでかすかわかんねぇ! だから慌てて釘を刺したが、ちゃんと聞いていただろうか。聞こえていただろうか、私の声は。
やらないからね。絶対にやらねぇかんな!?
「シンの考えはわかった。具体的な策はあるのか」
おい! もう! そんなあけすけな!!
そういう素直なところが師匠の魅力なんだと思うことにする。それで何かが解決するわけじゃないけど。
おじいちゃん血圧上がるからもう少しおとなしくしてようね。
ゲリラ戦にしてもなんにも準備してないんだからさ。
「一度しか使えない手ですが、味方のふりをして内部に侵入、破壊工作を行うのが順当かと思います」
もうこれだけ接近してたら向こうからも捕捉されてるだろうし、横道に逸れたらそれこそ怪しいと自己紹介しているようなもんだ。
早馬が到着していたら捕まる恐れはあるけれど、追走隊が到着していないのだからその可能性は低い。先回りして待っている意味はなんだよ。こちとら少人数での移動だぞ。
「攻め落としたあとにここを使うならどうする」
さらに師匠が問うてくる。
「施設の破壊をしないということですか? それこそ、寝首をかくのが一番ではないかと。部隊を指揮する……幹部連中の首を落として、翌朝に練兵場の辺りで並べて置いておけば良いんじゃないでしょうか」
「ふむ、確かに貴様の下にいる門徒であれば、暗殺に長けておるしな」
そういえば暗殺者集団だったわ。
基本的に移動と身辺警護くらいでしか使ってないから忘れがちだけど、忍者って情報収集やら人員整理が得意でしたね。
そういう意味で空想忍術を教えたことあったなぁ……実際に使えないから概要の説明をしただけなのに使いこなす輩が多くて切なくなった覚えがある。
当然ながら、暗殺術も仕込み済みだ。私はできないんだけど。昼日中からの犯行だって可能だ。私は無理ですけど。複数対で執行可能な使い手もいる。私が育てました。
「でも、やりませんからね。ここを手に入れたとして、維持できませんから」
「そうか。ふむ、考えているのだな」
むしろ師匠がそこまで猪突猛進と思わなかったわ。
いや、武術集団とか、傭兵稼業みたいなものなのか? 争いがあるから活躍できるというか。そこそこ強くなったら腕試しをしたくなるものなんだろうな、気持ちが全然わからないけども。いや武術大会は見たかった。
「しかし、ヤンシンよ。男児であるなら、無理と思うこともやらねばならぬ時もあろう」
ん。ん?
ちょっと待って、さっき私が女だって確認しなかったか? あれ、こっちの自己申告を信じているのか?! いやどっちでもいいと思っているだけかもしれない。
口を開こうとしたら、馬車が停止した。外から扉をコンコンされる。
「失礼いたします。中を拝見させていただきます」
「はい、どうぞ」
言いつつ扉を軽く開ける。中をチラリと見た門番らしい兵が、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
義務的な確認なのだろう、特に何も言われない。
馬車じゃなくて魔物が引いているって部分が確実にツッコミどころなんだけど、それを誰何されるでもない。大丈夫かここの警備。別に恩恵を受ける側なので文句はないんだけど、心配になる。ああ、ここに居る兵もズボラになってるってことかな?
そんな風に内心で納得し、扉を閉めようとしたら師匠にガッと阻止された。勢いでそのまま閉めようとしたけど駄目だった。ガッときた。おじいちゃんガッときた。
もう! なんなんだよ!
「そこの者、この場での責任者を呼んでこい」
「……は」
「ここに居るのはヤンシン、閏の王子である。王子位を持つものに対し、責任あるものが歓待をするのは当然のことであろう」
し、閉めさせてくれないかな!?
別にそういうのを求めてないのよ! ここで何しようってんだ師匠よおぉう!!
「お、王子でいらっしゃいますか」
「そうだ」
「わ、わかりました、館主を呼んできます。少々お時間がかかります故、お部屋へご案内致しましょう」
「うむ」
下手に声を挟めなくて、師匠にされるがまま流されてしまった。
だって王子じゃないとかいったら虚偽罪で捕まるじゃんそうなったら暴れる大義名分を与えてしまうでしょ。適当に流して遠慮するにしても師匠が良いようにやり込めてくる気がする。
なにより王子だと宣言してしまったので、相手としても無下な扱いができない。やっぱ小皇区って不要だわ。
「良かったな、腕試しができるぞ」
「……それ、師匠がやりたいだけでしょう」
「動きでわかるであろう? あの者達は鍛錬不足だ。稽古をつけてやろうじゃないか」
それ私を巻き込む必要ある?
なんかもう……ウキウキしている師匠に向かって何も言えないし、ただただため息だけしかでなかった。




