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さて、今回の集いであるが、最終的に殿下もフォンもワンハェ氏もウーオン氏も巻き込んだ。彼らに知り合い全員集めて良いよって事で声をかけたら王子全員になったわな。なので急遽、一番大きい建物を借りてのセッティングである。
まー物資が足りないわけだが。
しょうがないので近くの店から在庫を出してきて、それっぽい感じで誤魔化す事にする。きっと誰も形式なんて知らないから! だからフォンも黙っててね!
あと、衣装については三社が協賛についた。最大手はフォンの所だが、高級志向といえば別の所になる。今回はベルレイツ式ということもあり、洋風衣装のレンタルを提案した。別に自前の礼装でも構わないフランクな集会だが、好奇心を刺激されたらしい殿下が青猫衣装に袖を通すというので他もそれに倣うだろう。むしろ仮装大会にでもしようかと思ったが、ならばもっと凝った方が良いだろうと思うので、次回以降ということでフォンに計画だけ話しておいた。むしろ主催してくれと話しておいた。多分いつかやるだろう。
ということで、期限がさらに一週間延びたが、準備が膨大になったのでやはり時間がない。会場の手配はフェネテル嬢にお任せし私は王子達への簡単なマナーの講習を行う。とはいっても冊子に纏めているので、実際の動きを披露するだけだ。
また、女性についても参加自由であるため、そちらへはエミーラさんを従えたスーちゃんが教えに行っている。なんだろう、私と立場が逆な気がするけどまあいいか。
さすがにダンスは無理なので、お茶会に近い形の立食パーティーかな。そのふんわりとしたイメージだけで全てを悟って遠い目をしたフェネテル嬢にはあとで何かご馳走してあげようと思う。
だから、参加者も形式を知らないんだから適当で良いんだって。
そんなこんなで現在、私は殿下の衣装合わせに付き合っている。
以前、東方から仕入れた衣装がフォンの元にあったため、それを殿下用に仕立て直し、また藜風の刺繍を入れたり装飾を施して見た目だけは豪華なものになる予定だ。こちらもハリボテ仕様である。
まあなんだ、意匠についてはフォンの方がセンスあるんだ。私は虚ろで朧な記憶を総動員してそれっぽいアドバイスをするだけだ。全体のバランスやこちらの国の様式に基づいたアレンジは全てフォンの仕事である。
「しかし、東陸風の食事会とは、シンも考えたものだな」
「恐れ入ります。新参者ですので、多くの方々と知り合うためにはこういった形式が良いと……殿下にお許しをいただけて良かったと思います」
「なに、これからは外の国とも仲良くしていかないとな。赴くことがほとんどないとはいえ、こういった機会は逆に助かる」
「今回は馴染みがないことと、藜で初の開催であるため、全て彼方と同じ形式ではありませんが、雰囲気は充分に味わえるかと」
「うむ。まあ、堅苦しいのはなしだ。私も大勢の有志と語らいたいと常々思っていた。小皇区ではある程度の自由な裁量があるとはいえ、やはり遠慮する者もいるからな」
ハングリー精神旺盛なエリート集団でもそんなやついるのか。紛れ込んだ私ぐらいなものと思っていた。いや、小市民自称するわりに変なとこグイグイ押し切ってますけど。
あと本場のマナー無視でいくからこれが本物だと思わないでお願い。
「ふうむ……シン、胸の部分が少し寂しい気がするが、勲章はつけられないよな」
「ああ、なら飾り紐でもマントに繋いで宝石をあしらったクリップかなんかで止めたら良いんじゃない?」
「む……む、ああ、渡すのか。ブローチで留めると」
「そうそう、全体をゴテゴテしく飾る必要はないでしょ、むしろ飾り気を排除することでの気品というものを出せば良い」
「なるほど、中々難しいな。挑み甲斐がある」
ほらー、こういうやつらばっかりなんだからー。
そこら辺のちょうど良い塩梅はよくわからんので唸りだしたフォンは放置だ。
出されたお茶を飲んでいたら、なんか不満げな顔の殿下と目が合った。なんですか。
「お前達は、仲が良さそうだな」
「そりゃ、将来は家族になるようなものなので」
「フォンは誰にでもそうだろう。シンの方だ」
ちょっと私を問題にされたけどフォンの態度の方問題が多い気がするんですけど。誰とでも家族ってなんだよ! どんだけ気安いんだよ!
はっ、そうかあれか、出会う女性を片っ端から口説いて回ってるのか! ただしイケメンに限るってやつだな。私がやったら間違いなく牢屋行き案件だ。
「私の弟みたいなものだろう。もっと気楽な話し方をしてくれないか」
「……いえ、世の兄弟も、兄へは無作法な口をきかないものかと」
「そうかもしれないが、むう、なんというのか、壁があるように思う!」
そりゃあるよ!
なかったらひどいことになるよ!
あんた一応は王族だぞ!? 馴れ馴れしくしろってのが無理だから!!
「フォンに話すように接してくれて構わない!」
私が構うわ!
後ろに控えている護衛の人がめっちゃ睨んでくるねん! お前分かってんだろうなって顔してくるんよ! 普段冷静でポーカーフェイス鍛えてる人が圧を放ってきているんですよ!
どうしろと!? 私にどうしろと!!
「で、殿下のお気持ちはよくわかりました」
「そうか、なら早速頼む」
「い、いえ、さすがにすぐは……それに、風聞というものもございます。誰かに聞かれるような場所では、さすがに……」
「そうか。なら二人きりの時だな」
わかった、二人きりにならないようにすれば良いんですね。
これが女子だったら少しはドキッとするのかもしれないが。いや、私と同じく回避方法を超高速で模索するだろうか。なんにせよ新たなミッションが加わってしまった。不必要な課題が……。
あっ、護衛の人! 護衛の人絶対に殿下の傍を離れるんじゃないぞ!!
祈りを込めるように見つめれば、以心伝心したのかニヤリと笑われた。これどっちだ。心得たなのか残念だったななのか。
「あ、そうだ。食事会には女性も参加されるんです。いつもと違う装いの彼女達はさぞかし華やかなのでしょうね」
「なんだ、シンもそういったことを考えるようになったか」
「あー……一応は、有力な相手を探さないといけませんし」
「それなら情報だけは持ってるだろう? この機会に面通しか、食わせ者だな」
「可愛らしいお嬢様方が揃っていますからね、これを逃す手はないでしょう」
「いや、むしろつかまれかねんぞ」
「搾り取られないように気を付けろよ」
あ、そういう方向もあるのか。
いやねえな。殿下もフォンもいるし、他各種イケメン取りそろえられてるし、わざわざ私を選ぶ必要がない。っつーか寄ってきたらまず馬を射んと欲している人と疑うわ、スーちゃん攻略に欠かせないアイテムなので私は。
取り敢えず心配するだけ無駄だろう。ある程度の美人はメイメイ様で慣れてるし、それでもデレデレしてしまうなら魅了の魔術だろうから打つ手がない。いや本当……魔術耐性の装飾品とか作ってもらえばよかったなぁ。
なんにせよ、するべき心配は目の前のイケメンどもとは違ったものになるので、聞いたところで参考にはなるまい。
そういえば正ヒロインはいるのだろうか。
実際の舞台は四年後だろうから、いくら同い年だからって今ここにいるかはわからない。いないならそれで良いけど。
今回のパーティーで目星くらいはつけられれば良いと思う。
「ふむ、シン、こんなもんでどうだ」
「……ああ、良いと思う。あとはできる時間で刺繍追加かな。他のやつらもいくら見慣れないとはいえ、殿下よりも見栄えの良いものを用意するわけにはいかないだろうから、こっちを豪華にしないと」
「そうだな、ならばここら辺の装飾は金でいくか」
「縫い付け糸に飾りを挟んでスパンコールみたいな……」
「なんだそれは」
「……私の衣装なのだから、私も口出しして良いか?」
二人でわいわいやってたら拗ねた殿下が参戦してきた。
こういう動作が天然でできる辺りが攻略対象たる所以であるのか。ちょっと可愛いとか思ってしまった。そんなやつは不敬罪で処断されてしまうがいい。
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当日。最初の挨拶も終わり自由時間とばかりに好きなように過ごせと宣言したあと、慣れない人達の間を回って顔つなぎの挨拶と会話をして回っている。どうしたら良いんだとわからなさそうな奴らもこっちを見習って営業トークを開始するか、いつもの面子で集まって話を始めている。静かに音楽も流しているので、それに聞き惚れている人もいる。またそれをだしにして異性と会話している人もいる。
結局の所は交流会と変わらないと気付いた連中がナンパに繰り出し始めた。ここら辺の慣れの早さはさすがというか、なんというか。目新しいものばかりなので、話題に事欠く事はないだろう。集団お見合いの開催側としては最大限の配慮をしたものだと思う。あとは自分達で頑張れ。金をもらってるわけでもないし、そこまでフォローする気はない。
とりあえず、行き来自由なのでスーちゃんとフェネテル嬢は囲まれていた。本来ならば私もそこにいるんだろうけど、ちょっと離れた隙に人垣ができて近寄れなくなった。なんだろう、私がいるところには誰も寄ってこないんだが。あれだ、かかしか魔除けか事故現場かってくらい遠巻きにされる。敬遠される。謎のドーナツ化現象が起きている。
人徳とか人望とかそこら辺を考え始めたらキリがないので、寂しいとか思うのもやめておこう。さみしくなんてないやい!
他の知り合い連中も全員がもれなく異性に囲まれてるってんだからやるせねぇな。まあ、静かは気楽で良いんだけど。
主催者なんですけどおぉ!
心の中で叫びつつ、飲み物を持って壁の一部になる。過去に建物になったことだってある。同化くらい私にとってはお茶の子さいさいだ。
「楽しんでらっしゃいます? 主催者さん」
そんな私の元に、傷を抉るような挨拶をしながら一人の美少女が近付いてきた。
鋭い目つきの目元を緩ませ、できあがったクマを隠すような厚化粧、不健康そうな表情の割にバランスの取れた体躯はほどよく鍛えられている。露出の少ない服装で筋肉密度がわかる見た目ってなんだよ。こえーよ。
「これは、ユンミンツィエ様、貴女こそ、楽しんでらっしゃいますか」
「ええ、誰からもお相手にされない貴女の姿が見れて、とっても楽しいです」
これまたドストレートにぶちかましてきやがる……。
さては友達いないな? それは私だった。
「ご友人のイーレイリン様も楽しそうでなによりです。すごいですね、あれほどの男性に囲まれているのに、辟易するどころか、輝いてすら見える」
「……あの子は、そういう子ですから」
あ、少し声のトーンが下がった。
もしかしてくらいに思ってたけどやっぱり当たりだろうか。だよね、いくら仲良く転移してきたとはいえ、能力的に優秀なミンツィエが、いつまでもレイリンの面倒を見ているのはおかしいもん。
なまじっかアイドル業で稼げたとして、そのグループに所属する意味も、運営を一手に引き受ける意味もわからない。他の業務に支障が出る上に、負担ばかりが積み重なるからだ。私だって身の丈に合わないような、性格にそぐわないような業務は他人任せにする。例え金になるとしても、できる誰かがいるならぶん投げた方が時間も労力も実質的な節約になる。
そうしないというならば、なにがしか執着ないし弱みを握られてるって事かなぁって。態度的に、ミンツィエがレイリンにつきまとってるんだろう。
「幼い頃から仲が良いとか。趣味も合わなさそうなのに、素晴らしいことですね」
「御託は良いです。貴女、先輩ですよね? 最初に妨害しに来るって聞いてたんですけど、こんな集会を開いて何を考えてるんです」
え、ここで聞くの?
正体はだいぶ前から知られているけれど、まさかこう人が多いところで真っ正面から切り込んでくるとは思わなかった。今までの裏での攻防は一体。
「それよりも、手を組まない?」
「はあ?」
「貴方達が目的を達成するのと、私が貴方達を妨害することは、決して相反しない」
「何を言っているんですか? 完全に敵対関係でしょう」
「いやいや、協力できるって。君達はヒロインと誰かの恋仲を防ぎたい。私は君達がそれをできないように妨害したい。つまり、小皇区自体がなくなれば、どちらの目的も達成されるわけだ」
「……は? え、ちょっと待ってください、それ……え?」
「そもそもヒロインが誰とかわかってるの? 彼女がどう動くかわからない以上、その舞台を壊す方が確実じゃない? それに、そうなれば貴方達も動けなくなるわけで、私の目的も達成される」
つまりはそういうことだ。
一人の女性を巡って喧嘩をしようとするから収拾がつかないんだよね。だったらもう、条件が達成される背景を壊すしかないじゃん。
そう言って説得したら、ミンツィエは何とも言えない表情でこちらを見てきた。
「……正直、どうしようかと思っていました。影響力だけは上げていましたが、あとは勘と根性しかないかと」
「目的自体の範囲が広すぎますからねぇ……」
「わかりました、貴女の案に乗ります。既に動いているのでしょう? 私はなにをすれば良いでしょうか」
言いくるめ成功!
か、どうかはわからないけれど。彼女の思いに沿うような、言い方を変えると有効利用できそうな価値はあったんだろう。
いやあ、これは強力な味方ですね! 殿下やフォンもそうだけど、これぞ強運のなせる技ってね!
「そうだね、とりあえず……」
と、ミンツィエと内緒話をしようとしていたところで。
背後の壁の暗がりからセイがヌうっと現れた。なんだよ。
私は怪訝な顔をしただけであるが、ミンツィエは驚いて軽く構えを取っている。ドレスで動きづらいようで大袈裟な動きにはならなかったものの、近くにいたらビビるくらいの動作だ。
「で、どうしたセイ」
まあ、先にこいつが出てきた理由を聞かねば。
「西領で叛乱です。首謀者はディナトロ」
あー、あの放流したおっさんかぁー……。
……なにしてんの!?
ブクマありがとうございます。
いつもお読みいただきありがとうございます。




