64
爺さんから出立の知らせが来たのは、武術大会の前日だった。明日出るって。
ねえ、なんでこういうときに重なるの?
「安心してください若様、我々が滞りなく運営しますから」
「大丈夫です、我々にお任せください」
いや……楽しみにしていたんだけど!!
私がるんるん気分で準備を進めていたことはコイツらも知っている。その上でニヤニヤしながら今の台詞、絶対にざまぁみろと思っている! 腹立つ!
いやそれは別に良いんだけどさ、本当になぜこのタイミングで……。
「いやあ、若様にもご参加いただきたかったが仕方ない。小皇区に赴かれるのは悲願でいらっしゃったし」
「ああそうだな、大事の前の小事に係う暇などないだろうよ」
くっそー!
「わかった、じゃあお前達に任せるな。運営してると参加できないけどね。それと、乱闘騒ぎが起こったら運営側が鎮めるしかないけど頑張れよ。あ、三仁は別の仕事あるし、リアとテツは俺の用事に付き合うから」
その瞬間、そこにいる面々の顔が一瞬でサッと青くなった。
なんだね、トラブルくらい自分達でなんとかできるんだろ? 私がいなくなっても大丈夫なんだろ? 私自身はたいしたことないが、私がいなくなるって事は主要メンバーが全員抜けるって分かりきった話だろ?
「ああ、さすがに北縲をカラにはできないし、セイを呼び戻すしかないな。代わりの人員の育成をしてるんだっけ? ならもう少しかかるかもしれんなぁ。まあ、こっちは安定しているから無理に呼ばなくてもいいか」
「そ、そうですね。我々だけでも充分……」
「そういえばロンが参加したがってたな。あいつの足ならすぐに追い付くだろうし、参加させるか。二兄のところからも出場するっていうし、茶蠍も来るし、青猫からも参戦だっけなぁ。通訳忘れるなよ」
身内大会みたいになったけど、それなりの人数が揃うからね。あとは国同士で戦争してた所から人も来るからね。私がいたら間に入れるかもしれないけど、まあ、大丈夫だと言うし任せよう。
ロンが予想以上に暴れたって、二兄が無双したって、止められるっていうんだからお任せだ。
「わ、若様……」
「そういう言い方はずるいと思います!」
「えー? 懸念事項洗い出しただけじゃん。先に対策しておけってことよ、俺の優しさをそんな風に歪められたくないなぁー」
そりゃ拗ねてるけど。
恙なく大会を終わらせられるっていうのも大事な観点だ。その点を感情一点で台なしにしたくはない。だからこそのアドバイスだ。言い方はアレ、面白くないと思ってるから嫌味っぽいけど。心配なのは本当です。本当なんです。信じてください。
「う、お、俺達だってやれるんだ……!」
「そうだ、修業を欠かしたことないじゃないか……!」
「やれる、俺達なら、やれる……!」
そこまで意気込むものなのか?
でも、そうだね、頑張るというなら褒美も用意しておこう。
「諸君、ここにスーの写真がある」
「!?」
「!!」
「そ、それは……!」
そう、スーちゃん最新作のカメラで撮ったやつだ。
あの子は他の誰にも写真を撮らせたりはしないが、私には許可をくれる。その代わりツーショットを求められるけど。フェネテル嬢とも撮ってます。
「余計な物も写っているがスーちゃんの写真だ」
「ああ、スーちゃんの所だけ切り出せばいい」
「それ、いただけるんですか」
「タダじゃない。きちんと運営できたらあげる」
「そうですか」
「ええ、分かりました」
いつも以上にキリリとした表情で決意を固める面々。
誰が余計な被写体だ。もう君達は本当にスーちゃんが大好きだな。利用できてありがたいよ。
「じゃあ、俺は帰るな。明日の準備もあるし」
「ならそれはこちらでやっておきます」
「必要なものはセイ殿に確認済みです」
「若様はこちらの書類をさばいてください」
「小皇区に行かれる前にできるだけ決裁してもらわないと」
え……ん……え!?
人を呪わば穴二つ?!
作業場の椅子に縄で固定される。
そして目の前の机に山盛りの書類が!!
「武術大会の準備にかまけててこれだけたまりました」
「出立まで余裕があると思ったんですが、こうなったら仕方ないですよね」
「一晩で終わらせてくださいね」
鬼かよ!
別に自業自得でもないじゃん! 君達も武術大会の方に力を入れてたでしょうが!!
「では、見張りを数名置いていきますね。あとで交代するからよろしくな」
「おう、任せろ」
私の意思とは関係なく、このあとの事が決まってしまった。
なんだよ……いつも通り散々じゃんか……。
そして、翌日はスーちゃんに笑顔で馬車に押し込められ、気が付いたら小皇区へ転入完了していた。
あの。
ま、まあいいや、来ちゃったもんはどうしようもねぇわ。
感慨とか、感嘆とか、感動するような出来事は一切なく。
ただ、殿下を筆頭に面会だの遊びの誘いだのがいくつか届いていたようなので、しばらくはその辺りの対応をして過ごそうと思う。当然ながらスーちゃんの所には私の十倍位のお誘いが届いておりましたがね! 初日のはずなんだよなぁ! いや、初日だからこれで済んでいるといえば良いのかもしれない。
こちらに一緒に来たメンバーは、スーちゃん、爺さん、チェン、ユウロウ師と門下生が数人、侍女としてメイメイ様の所から十数人、ヤンリー麾下の精鋭が十数人、文官数人、それとフェネテル嬢と女二人。そこそこの大所帯になった。忍者部隊は表に出ていないけど潜んでいる数は……知らん。きっとたくさん。
すぐに事を構える気はない。爺さんもまだいるし、皇帝も引退してないしね。
なにはともあれ、やっとこ目的地にやってこれたわけだ。ここから本編開始である。いや、乙女ゲームなら主人公の年齢はもうちょっと上が適齢じゃない? さすがに十二才で結婚は早い。多分早い。時代背景的にはいけるかもしれないけど、ゲーム的にはアウトだろうな、攻略対象を見る目がイケメンからロリコンに差し替わってしまう。
じゃあまだ時間的猶予はあるわけか。ヒロインは不明だけど、新人さんの妨害を頑張らないとね。
さあ、暗殺に気を付けよう。
いつもお読みいただきありがとうございます。
最近はどうやったら野仲根にプチイジメができるか考えてます。




