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北縲に戻って一カ月。こっちではなんだっけ、八王子期間に相当するんだっけか。相変わらず別のものを思い浮かべてしまうが、とりあえずそれはいい。
仕事詰めだったところが一段落したので、久方ぶりに街へ冷やかしに繰り出そうとしたところで、伝令が四人やってきた。
曰く。
「スーちゃんが会いたいそうです」
「玄馬よりフレルバータル様が到着しました」
「青猫のご一行様よりお話があるそうです」
「メイメイ様より、お顔を見せてほしいとの伝言を言付かっております」
「セイ、これ分身できねぇかな?」
「無理かと」
ですよね。
あああ! 積み残したあれこれが襲ってくる!!
なんなの!? こっちの山を片付けたと思ったらその向こうに別の山が生えてきた絶望感がヤバいんですけど!
「……簡単なものから片付けていこう」
「どれも重要な案件なのでは?」
いや、身の危険の軽い方から片付けていかないと、たぶん全部を捌けない気がする。
特にスーちゃんの案件は危険信号がサンバなハッスルしてる。主張が凄い。幻聴が聞こえるレベルで危険を訴えてきている。勝訴を掲げるように、孔雀の羽を生やしたマタドール姿のメキシコ人がとてもいい笑顔で小刻みにステップを踏みながら危険だと訴えてきている。鬱陶しい上に楽しそうなのが腹立たしい。危険信号が変態だ。
「……玄馬、メイメイ様、青猫、スーちゃんの順だな。後に回す方については、フォロー……援護人員を動員してほしい」
「分かりました。危険度寅にて対応します」
頼む。私の命綱になりそうなんだ頼む!
「案内してくれ」
「はい」
私の指示に従い、全員がすーっと隅の暗がりに消えていく。ついていけねぇんだわ。誰か連れてってくれよ。
こういうときにロンがいれば頼めるのだが、生憎と今は南領の研修講師として出張をしている。新規部門への人員補助だね、各支店の新人を支部に集めてまとめて研修するってことで、本店から先達を派遣しているわけだ。
人選? 間違ってないよ?
「セイ、できるだけ地に足をつけて案内してくれ」
「私は忙しいので別の者をつけます。ミン」
「はい、セイ様」
呼ばわってすぐに天井から落ちてくる少女。
くのいちや! くのいちがおる!
いや、こういうのって何度見ても興奮するよね。男が現れてももうほとんど何とも思わないけどさ。
「聞いていたね? シン様を連れて行ってくれ」
「はい、分かりました。……おんぶ、します?」
「やめてくれ」
どんな羞恥プレイだよ!
たぶんミンの方が力があるんだろうけどさ、外聞を憚ってほしいところである。
「消えないで先導してくれればいい」
「はい。ええと、まずはフレルバータル様の所ですね! ついてきてください」
両手をぎゅっと握ってふんすと気合いを入れる少女。まだだいぶ幼さも残っていることもありとても可愛らしい。
でも、そういうのって遊郭で習うもんなのか? あまりにも子供っぽい仕草など、笑われるだけじゃないだろうか。
「今の動き、どこで覚えたんだ」
「ふえ? ハク様ですよ! 麗月楽団を研究したって仰ってました」
そうか。
あとでご褒美をあげておかないとね。
三倍仕事だ、収入も増え嬉しかろう。
南領に居るはずなのに、北領に戻る私の阻止をしたってことは、移動に費やせる暇な時間があるってことだろう、ええ? 大好きな仕事漬けにしてやんよぉ!
「あの、シン様? ちょっと怖いです……」
「ん? そうか、すまん」
その後は、心穏やかになるようにミンの近況を聞きながら移動した。
思った以上に色々覚えてて思わず遠い目になった。この幼女……できる……っ!
久しぶりに会ったフレルバータル氏は毛深くなっていた。ついでに日に焼けている。
思い切りの良い豪快な笑顔をするようになったなぁ、昔はもっと爽やかだったなぁって。
「藜の息子! 息災だったか?」
公式な面会ではないので、抱擁しながらお互いの無事を喜び合う。
私もなんだかんだと各地を放浪していたし、フレルバータル氏など玄馬と犬人の間を何度も行き来して、なおかつ藜との交易もリーダーとして牽引してきた。顔を見たのは数年ぶりだが、実際には忍者部隊から様子は聞いていたし、なんなら忍びを使った伝言ゲーム風のやり取りをしていた。字がね、分からなくてね。ここ最近はフレルバータル氏がこっちの文字を覚えてくれて、多少は手紙でのやり取りも増えたけれど。
「うむ、少し大きくなったな。しかし歳のわりに小さくていけない。藜は豊かなところだ、もっと食えるだろう」
「はは、そうだね」
「食わずにいるのか。聞いたぞ、藜では仙人と言うのだな。我等の一族で言う葦毛の風だろう、さほど草も食まず、身軽で素早く、それでいて人を運べばなにより速い神馬だ」
馬に例えられたぞ。
そこまで面長じゃないと思うんだが。
「フレルバータル様……あの」
「うむ? ああ、すまん、お前も話したかろう。ヤンシン殿、こちらも懐かしい女性だ」
「お久しぶりです、ヤンシン様」
「アーニャ殿。その節は世話になった」
「い、いえっ、私などなにも!」
フレルバータル氏の後ろから出てきたのは通訳のお姉さんだ。
藜の言葉も喋れるということで、これまた通訳としてここまで連れて来てもらえたらしい。亡き夫の祖国……彼女の目にはどう映っているのだろうか。
まあ、それはいいんだ。
「交易の調子はどうです。聞くところによると、うちのものがだいぶやり込められているとか」
「何を言う、ヤンシン殿の所の、セイ殿か、こちらのギリギリの見極めが上手すぎて、正直損を出さないでいるのに精一杯だ」
そのセイ相手に交渉の手綱を握ったままってのがすごいんだよな。
私がまともにあいつと口論したら三分で色々とへし折れる自信あるぞ。
「フレルバータル殿、もしも玄馬を追い出されたら、うちに来てくれないか。貴殿がいると心強い」
「ははは! 世辞も上手くなったようだな! では、五十年後くらいにお願いしようか」
それ死んでんじゃね?
楽しみにしています、とだけ返しておいた。
さて、彼らとは挨拶をするだけで終わりだ。個人的な交流はあるが、商業的なものに私は直接関わってはいない。感情で色々やっちゃいそうだし、フレルバータル氏に敵わないし。第三者に任せるのが一番だ。
旧交を温めたので、お互いに仕事があるからと別れた。あとで食事でも一緒にしようと口約束を交わして。時間が合えばそうしようと思う。
では次はメイメイ様だ。
妓楼に行けば、最上階まで案内される。途中ですれ違う男性客に訝しげな視線を向けられるけれど、気にしない。そもそも、メイメイ様は晩酌一杯で三人家族が一月暮らせる額を稼げるくらいだ。ヤンリーなんて知り合いがいるから良いものの、そうじゃなければ既に破産してる。そんなところに子供が案内されているのが不思議でならないんだろう。
隠し子とかじゃないよ!
「あら、ヤンシン様、お久しぶりですわね」
部屋に入れば、簡素な部屋着で自ら茶器を弄っているメイメイ様がいた。大事なところは見えないがシースルーやべぇ色気がやばい何がヤバいってもうヤバいもんがヤバい。
うへへ……と曖昧な笑顔を浮かべて入室した私に、極上の笑顔を向けると誘うように手を伸ばしてくる。それを受け入れるように進めば、触れられる距離まで近付いたあと一瞬だけ腰を抱き込まれ、そのまましなだれかかるように腕を拘束された。っつーか胸圧! 指先が股ぐらに! え、どういう事!?
驚いて視線を向けると、悪戯っぽい笑みを口の端に浮かべた美女が無防備に胸元を晒しながら見上げてきていた。
何かが勃ちそうなんですけどおぉ!!
「私をこんな気持ちにさせるなんて……意地悪なお方」
あ、台詞はあんまりぐっときませんでした。
そのままうふふと笑いながら身を乗り出してこられたら全財産放り出してたかもしらんけど。逆に冷静になった。
「弟さんと喧嘩でもされたんですか?」
「……ヤンシン様、女心が分からないと、モテませんよ」
言いながら離れていくメイメイ様。
分からなくてすまぬ。本当に分からなくて申し訳ない。なけなしの乙女心を総動員しても欠片ぽっちも理解できないよ!
「失礼しました。いつも、有益な情報をいただけておりますし、本日もそういった用件なのかと」
「あら、あら、私だって女なのですけれど……男の方は、小さくても仕事に真面目でいけないわ」
本当に何があったのか。
案外、本命の男に振られたのかもしれない。
ちょっと調べておこうかな。お金で解決できることなら援助を惜しんだりしないんだが。
「女性には自由で朗らかにいてほしいからですよ。お金のことで苦労などさせたくないのです。女のために稼げる男は大人物です」
「あら、あら、目的と手段をはき違えるのは、男性の特権ですわね。……それはそうとヤンシン様、各地のお店を巡られたそうですわね」
なんで知ってんだ。
北縲に帰れなかったことは把握していたとして、その後の行動なんて想像で補えるもんなのか? まあ、独自の調査集団いるしなぁ……そういえば書類に埋もれてたし、そこから推測したのかもしれん。
「それと、この街も麗月楽団のお陰で随分と芸者が増えましたわ」
「ええ、活気があって良いことです」
「麗月楽団を率いるミンツィエ様ともお話しさせていただきました。明朗闊達な方で、とても聡明でいらっしゃいましたわ。ご友人のレイリン様もとても美しい子でした」
はあ、そうですか。
同じようにこっちの世界に飛ばされてきたわりに、向こうは王道の美形で才能があって家の立場も良くてっていう恵まれた環境だ。まあ、私には強運があるのでご都合主義的に成り上がりましたけどね! 美人になれないどころか性別は曖昧ですけども!
「お二方は、スー様の妖術道具に興味を持たれておりましたわ。もちろん、スー様自身にも」
「へえ、そうなんですか。そんな話は聞いてないですね」
「あら、あら、誰だって注目してしまいますもの」
うん? うん。うん?
ええ……?
謎かけやめてくれない!? なんで揃いも揃って試してくるの?! 答えを先にくれよ!
「ここしばらくは忙殺されておいででしたわね。ああ、それに新しい芸者を育成なさってるとか」
なんだ? 私の行動を監視しているとでもいいたいのか?
それにしても全国巡りとアイドルの立ち上げは商売の話だけど、そこに新人さんの話しをねじ込んでくる理由がわからん。
スーちゃんのことはみんな大好き、新人さんは特に注目してた。アイドルとして引っこ抜きたかったからじゃなくて?
そういえばスーちゃん会いに来てたんだったか、わざわざこっちまで。そこまでアイドル活動にせいを出せるもんかねぇ、と思うんだが……。
「ヤンシン様、鈍りましたわねぇ……」
「いえ、昔っから鈍感です」
「あら、あら。だから仕事ばかりではいけませんわ。少しは遊びも覚えなくては」
うん……? 余裕がないと言いたいのかな?
鈍いというのは女心とかけているんだろう。なんでわざわざ遠回しに……あれ?
あ、えっと……ああ! 何かちょっと繋がった!
「メイメイ様」
「もう少しゆっくりしていかれてはいかがでしょう」
「そうしたいのですが、仕事が離してくれなくて。女性に尽くすのは、五年後くらいあとからにします」
「そこまで後回しにされたら、他の方に奪われてしまいますわよ」
「その時は奪い返すまでです」
軽口を叩いて、耳に顔を寄せる。
小声で感謝の言葉を述べれば、美しい顔に浮かぶ微笑みが深くなる。
「そういう事を、どこで覚えてらしたの?」
「貴女を思えばこそです。では、また」
何かもう合点がいった。念のために確認をするが、ほぼ確定事項と思っていい。
そもそも、新人さんも、邪魔をする人間が現れることは通達してあったんだろう。でも、それが誰かって所までは伝わってはいなかった。
そこに現れた近代技術の製品。そりゃあ、邪魔者が関わっていると嫌でも気付くだろうよ。こっちが、靴や石鹸で存在に気が付いたように。
それで、制作者に会いに来た。誰しもがスーちゃんに注目しているが、ミンツィエとレイリンが目立っていたのは、他の人にはない知識を用いてスーちゃんのことを観察していたからだろう。そこで、実際にアイディアを出していたのが私だと知った。
そこからはおそらく、ユン一派が動いているはずだ。私の身辺を洗って……いや、動くならもっと前だ。スーちゃん会いに来る口実で、私を捜し当てに来ていたのかもしれない。
なんにせよ、やられた。
資金源である店の売り上げが、本店から遠いほど減少しているはずだ。不正があるからじゃない。純減しているはず。っつーか不正ラッシュもミンツィエの差し金って可能性が高い。
こっわ! 新人さんこっわ! ちょっと手段くらい選んでくれないかな!?
目眩ましがいくつも発動していてまったく気付かなかったんですけど! それを見越したメイメイ様何者だよ。女の勘ってやつなんだろうか。私もそういう本能はもうちょっと蘇ってくれてもいいんだが。
とりあえず。
喧嘩を売られたわけだ。
買うほど腕っ節に自信はないけれど、やられっぱなしじゃ目的達成ができなくなる。
ちょっとばかり抵抗させてもらいましょうかね。
いつもお読み頂きありがとうございます。




