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「特盛りぃ!」
「はっはっは!」
いや私悪くないよ!
ついついディナトロ将軍を心の中でソムリエ認定している旨を口に出してしまったわけだが、その呟きのせいで今ちょっと大変な目にあっている。だから私、電子コミュニケーションツール使わないんだ。ぜってー面倒な事になるから。というか面倒臭がりだからなんだけど。誰も見てないよねっていう暴言が拡散されたら恥ずか死ねる。
それはさておきこの状況、つまり魔物と対戦をしているわけであるが、こいつ実はお散歩将軍がおびき寄せたものであるらしい。
個人主義なんだろう熊系のやつだ。狼とかエイプ系の群れるやつじゃないから対応は可能、ただし一撃貰ったら死ぬ。つまり暴言拡散効果があるって事だ、そうだよね?
混乱するくらいには苦戦してます。
「カシラ、そいつなら一人でいけやすから! 頑張ってくだせぇ!」
「んべぇー」
パカ朗はあとでしめるとして、ロンの声援が何気にツラい。
確かに速度は問題ないし、避けることはできる。ついでに仕掛けられる隙も何度か見付けている。
だがしかし。無手のためとびこめない。刃物があったら刺突くらいしてる! 棒でもあったら脳しんとう狙ってる! でも武器がないの! リーチが短いの! あんな汚い毛皮を素手で触りたくないの!!
よってただただ避け続けているだけである。
「よい練習相手ではないですか、一気にぐっとおやりください」
「……やる」
ギャラリー増えてないか?
どこからともなく現れたロンの部下が木の陰からじっとこちらを観察しつつ煽り立ててくる。
「なかなかやる子供ですねー」
「もー、ディナトロさま! せめてボクは持って出てくださいって言ってるじゃないですかぁ!」
増えた! また知らない人が増えた!
言動からして将軍氏の知り合いだろう。そうじゃないのにフレンドリーだったら怖いわ!
グリズリーが突進をかましてきたので横に逃げる。何度もしていた動きのため学習したらしく、急停止すると状態を捻ってこちら側の腕を振り上げてきた。意外と身体が柔らかい!
某インド格闘怪僧のように腕が伸びてきたと錯覚させるような一撃、こちらもなんとか避けきるが、爪が頰を掠めた。ついでに尻餅をついてしまう。
やっべぇ! 慌てて四つん這いになると、グリズリー氏が体制を整え突進してくる所だった。これは相撲の、八卦用意状態!
だが突撃したら確実に屠られる。正面切って戦えるわけがないので、吸い込んでいるかのように近付いてくる熊の、体格二倍くらいの距離を目安に腕を使って地面を突き放し、転がりながら間を取った。
視界が回ってしまうが、回避速度と体勢を立て直すためには仕方ない動作だ。運の良いことにグリズリー氏は木の幹に頭をぶつけ、その衝撃で目を回している。突き込まれた若木がなぎ倒されているが、見なかったことにしたい。若木いうても一抱えあったからな! 森の中で周辺の木々がもっと図太いから比較的ひょろ長いだけで中々の佇まいだったからな!
改めて思う。
誰か助けてくれよ!
「カシラァ! 避けるだけじゃ仕留められませんぜ!」
「同格相手なら、拳で貫けなくとも投げ飛ばし位はできるでしょう」
「……手加減、死ぬ」
わかってるよ!
いやわかりたくねぇよ!
普通の子供が熊を仕留められるわけないじゃん!?
魔法が使えてハッスルパワー炸裂できるならまだしも、生活魔法すら使えないんですけどね!
「あの子、格闘家なんですかねー」
「魔法使わないんですね? 拳一つで世界制覇を狙ってるとか?! 小さいのにすごいです!」
勘違いしないで欲しいが、別に私は修業で対戦しているわけじゃない。
へそを曲げたあんたらんとこの主人が誘因魔術で魔物をおびき寄せて、それをけしかけられただけなんだよ!
そもそもちょっとしたあだ名を呟いただけじゃないか!
くっそ理不尽なんですけど!
「ヤンシン殿」
次の突撃も大袈裟なぐらいの動作で避けたら、並盛り将軍に声をかけられた。
「私には貴殿を助ける準備がある」
「はあ?! ロン! こいつなんとかしろ!」
「へえ!」
なんで喧嘩売ってきて恩を着せようとするのか!
マッチポンプじゃねーか!
イラッとしたから、将軍にロンをけしかける。
と思ったら、ロンがグリズリー氏を瞬殺していた。
何が起こったのかわからないが、対峙していた熊の首から黒っぽい液体が霧吹きもかくやという勢いで噴出したかと思えば、そのまま頭部がぼろりと取れて側面へ落下してくと同時に、今までそれを支えていた胴体が前のめりに倒れ込んだ。
私の苦労とは……一体……。
「大丈夫ですかい?」
「あ、はい。大丈夫……です……」
なんで私は戦ってたんだっけ。
存在意義を見失った戦士のように茫然としてしまったが、私そこまで高尚な存在じゃなかったわと思い直して我に返る。
そして徘徊将軍を睨み付けた。
「なにかな」
「どういうおつもりですか、私達は貴方を藜に招待しようとしているのに」
「そうか、それはすまなかった」
いや、そう、そうじゃないんだよ!
謝罪は良いんだけども! そうじゃなくてだなぁ!
「なんでこんなことしたんですかってこっちが聞きたいんですけど!?」
「ここら辺はもう栂の近くなのだろう? 植生が違う。ならばどのような生態系が発達しているか、確認したくなるじゃないか」
「なんで俺を物差しにするんだっての」
「それだ、ヤンシン殿」
どれだ。
「勿論、貴殿の護衛や私なら楽勝だろう。だが、知りたいのは一般的な戦力だ。弱すぎる相手は弱いとしかわからん」
ええと……え? 何言われてるか分からなくなった。
それがあんたの何に役立つんだ。
「行く先の戦力を確認しておかなければ、次にどう動けば良いかわからないだろう」
あー、うーん。それって栂や藜に攻め入ろうってこと?
「俺は弱いですよ」
「無論、知っている」
はあぁ?
じゃあ一体何をしたかったんだこのおっさん……。
「まあ、暇だったこともある。それは詫びよう」
テンプテーション将軍マジ許さん。
禿げてしまえ、今すぐに!
「カシラ、何言ってるかわかんねーんですが、不躾ってのはなんとなくわかるんで、コイツらここに置いてっていいですかね?」
私もそうしたいよ。投棄したい。でも勝手に進軍してきそうだし、一応はベルレイツ王子を手に入れるための担保なの。捨てらんないの。不良債権でもないところがなぁ!
しばらくは運搬を頼むとだけ伝えた。あと、お前らが最初から私を助けなかったことは忘れてないからな。
パッカンに騎乗して進むこと三日。私は栂に戻ってきていた。明らかに縮尺がおかしい。誰かが何か魔法でも使ったんだろう。
気絶して運ばれていた期間がいかほどかは不明であるが、半年は不在にしていたようだ。無事に戻ってこれたことを祝われた。つまり、私がいない間も物資は運び込まれていたということだ。地元企業も売上げを上げているようでなによりである。
一番ビビったのは既に調味料工場が稼働していたことなんですけどね。
上からの指示はないけど、空いたままにしておくのは勿体ないって事でハクが動かしたらしい。原料のリストを共有していたことと、ある程度の量は既に確保できる体制は整っていたのでゴーしたとのことだ。思惑とはズレたが、儲けが出ているって事で不問とする。まあ、売れないわけないしな。
形状はマジックソルト、つまり塩に香草を混ぜたり旨味成分のある植物の粉末を混ぜたりしたものであるが、使い易い事が評判の一つ。料理に振りかけるだけであら不思議、味覚の上級世界へようこそ、という売り文句をつけて販売しているらしい。
商品名は天女香味、初回販売のケースにはスーちゃんの似顔絵入りだという。なんで私の分を取っておかなかったんだ君達。
ま、そんなこんなで私財がいつの間にか増えていたよね。
借金も返済し終わったみたいだし、今は少し高めだけど、原価を抑えて薄利多売にして安定させて、庶民の味方のお手軽調味料として活躍させる予定だ。いつになるかわからんけど。
ということで、商品の一部を送ってくれていたので、それを使って料理をすることにした。いうても帰ってきたばかりで精神的な疲れが取れないから肉を焼いたっつーか炒めただけですけどね。
それなりの評判ではあった。
栂の方々にはそこまで馴染まなかった。辛みが足りないらしい。
頭にきたからカレー作って振る舞ったら敬われた。やっぱカレーって偉大だわ。じゃねーわ、調味料買えよ。




