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さて、将軍様に推薦状をいただいて勇ましく本国へ赴いたが、結論からいえば追い返された。
そりゃそうだわな! 不審者極まりないもん!
紙切れ一枚で何とかなる問題じゃあない。門前払いです。っていうか騙りと思われたよね。まあ、見た目が子供なんでイタズラって事にされたけども。明らかに外国人だけど、警備兵さんの人柄が良かったんだろう、問答無用で逮捕とはならなかった。
いやしかし、伝手を失ったけどどうしようかなぁ。どうしようもないな。仕方ないね。
でもここまで来て手ぶらで帰るのもなんなので、観光をしている。城下町って事だけど、戦時下だからかなんとなくひっそりしてる。市場も見当たらないし、オープンテラスのお店もないから華やいだ雰囲気が一切ない。違う通りに出たら何かあるんだろうか。
「ロン」
「なんですかカシラァ!」
呼んだらすぐさま現れる忍者。声を潜めるという特技も覚えているからか、小声で叫ぶという器用なこともできる。
「ここら辺に面白いお店ってないの?」
「繁盛している饅頭の店があるようです。そこでは点心もあるみたいですぜ」
ほへー。いや、こっちに饅頭があるとは思えんのだが。
って事はパンかな? 惣菜パン? ケーキ類の菓子もあるんだろうか。
食い道楽じゃないから食事のことをいわれてもな……。いや、付き従ってくれる忍者部隊にすれば大した問題か。
「食べてみたの?」
「カシラの饅頭のが美味いって言ってやした」
誰かが試しに食ったんだな。
手に入れられたって事は盗んだか買ったかだけど、通貨……そうか。よし、方針は決まった。
「換金してくれた商人のところに案内して。雇って貰う」
「わかりやした」
とりあえずは日雇いで仕事を貰って、数日滞在してみますか。
宿泊費と食費を稼げれば良い。こんな所で藜の金を交換できるってなら、相当旅慣れた一団って事だ。
商人なら交渉は容易い。傭兵とかだったらわりかし危ない。
しかしどちらにせよ、生活基盤を手に入れるには必要な交渉である。
「カシラ」
「なに?」
「近辺のケチな泥棒から巻き上げたって事でした」
おうふ。
いや……そっか! そうだよね! 平和的に手に入れたとばかり思ってたけどね!
えぇー……まあいいか。そもそも伝手がないところに殴り込んでわちゃわちゃしようと思ってたんだ。計画性なんてもとから存在しない。強運があればなんとでもなるもの。
「うーん、じゃあ仕方ない、引き続きここら辺の泥棒から取ってきて」
「へい!」
じゃあそっちはお願いするとして、私は別の方向からいきますか。
海外からの商人はゼロではないのだから、この付近までやってきている商隊に声を掛ければいい。それがどこにいるんだって話だけど、まあまずは門衛さんよね。後は宿屋なり商館なり、話題になりそうな所へ赴けば良いだろう。
全く知らないやつらに自己紹介から始めるとか面倒なんだけど。
そんなことを考えながら、街の入り口に向かう。城下町にいくつかある広場から、大きい通りをしろとは逆方向に向かえば良いだけだ。
「しかし、土地が広いといろいろと規模が大きくて……ん?」
進行方向が何やら騒がしい。
人集りを覗いてみたら、衛兵におっさんが縋り付いている所だった。なんだ? 痴話喧嘩?
「信じてくれよぉ!」
「うるさい、お前がやったのはこちらの方が見ていたんだ! どこに隠した、言え!」
「ち、ちげぇよ! ねぇよ!」
「仲間に渡したのか!? 洗いざらい白状して貰うぞ、来い!」
「そ、そんなんねぇよ! 信じてくれよぉお!」
なんだ?
衛兵さんはなおも縋ってくるおっさんの襟首を捕まえ、群衆に向かって一礼すると近くの大きな建物へと足を向けた。
看板からするに警察機構みたいなもんか。残された人達の噂話に耳を傾ける。
どうやら泥棒のおっさんが捕まったみたいなんだけど、手元に金品はなくって、やってないです潔白ですって騒いでたらしい。
なるほど、誤認逮捕であったか。
もしくは、うちのが彼からスって、何もないことに気が付いた泥棒が無実の主張をすることにしたのか。再スリとか怖いね。
「しかし、泥棒さんの仲間ねぇ? 地下組織でもあるのかね」
首を傾げ、当初の目的通り門を目指す。
途中で変なおっさんに数回声をかけられたので全てすっ転ばせて裏路地に誘い込んで忍達に後は任せた。
ぶつかってこようとした人もいたので全部避けた。
なるほど、他に子供が一人歩きしていないってこういうことか。治安部隊が普通に動いているにも関わらず、弱者を狙ってまで金を手に入れようとするやつが表にいすぎる。
この国やべーんじゃねーの。
とまあ、襲撃回数が二桁越えた辺りですごく面倒になったので、裏路地に誘い込んだついでに尋問することにした。
衛兵さんの言うお仲間がいるのであれば、頭と話し合って不干渉の条約でも結びたい。
ということで、逃げたフリして暗くて狭い路地におびき寄せ、そのまま適当につかず離れずの位置を保ちながら走り続ける。相手もムキになって追い掛けてきてくれるのでやりやすい。ともかく人目につかない方向へ、と彷徨っていたら、とある場所に足を踏み入れた瞬間、追跡者の足が止まった。
体力は残っていそうだから、諦めたというわけじゃないだろう。というか、表情がもう雄弁だ。ここから先は、と恐怖に固まる顔が語っている。
大当たりかましましたか強運すげぇ。
「なんだ、ガキか?」
ここまで追走してきた泥棒さんが鋭く息を飲んで、全力で逃げていった。こっちを追い掛ける時よりも速いんだけど。
それだけ、とんでもない人が背後に現れたんだろう。
ゆっくりと身体をそちらに向けようとしたら、がしっと両肩を掴まれた。
「おっと、そのままだ。あんたのナリを見るに、間違って来ちまったんだろう? 糞犬を追い払うのに使われたのは癪だが、今は気分も良い、見逃してやる。まあ、通じてるかもわからんが」
そのまま背中をとんと押される。指で突いたのだろうか、振り返れば殺すぞと脅されたように、背に虫唾が走った。魔法だろうか、殺気だろうか。言語の壁を突破してくる動作をされた辺り、このまだ見ぬ実力者は余計な気遣いができるようだ。
深く息を吸い込み、身体を反転させる。
果たしてそこに居たのは、思った以上に貧相な体つきの……あれ? 何かどこかで会ったことあるんだけど。
「……おい、なんでこっち向いたんだよ。あーあーコレだから外国人はよぉ! なんだってんだ、表まで送ってきゃいいのか」
「必要ない。ちょっと、必要なものがあって、あんたらの力を借りたいんだ」
普通に返答したら目を丸くしていた。
だが瞬時にその表情がきつくなる。鉄が勝手に鋭く尖った刃物になったような錯覚。丸い鉄塊が果物の皮を剥くように割れて、ナイフが飛び出てきたみたいだ。一瞬にして沸き起こる恐怖心が、目の前の男の異様さを知覚させる。
強いとか、デカいとか、そういう事じゃない。とにかく、ヤバい。本能的な忌避感がお腹の辺りからせり上がってくる。
「へぇ……? わかってて俺らのシマに入ったって事か。こりゃあ、お仕置きが必要だなぁ」
「ロン」
「へえ。いやカシラ、何してるんですかい」
「ちょっと、大物からの約束が欲しくってね。いい加減、そこらのチンピラに絡まれるのが面倒だから」
「全員身ぐるみ剥いでまさぁ。カシラが良い囮になってくれるってんで、感謝してたんですが」
いや君達ね!
効率面で言えば理に適ってるのかもしれないけどね!
そういう事は無言で信頼を寄せる事案じゃないんだよなぁ! 前もって打ち合わせが必要だと思うんだよなぁ!
誰に似たのか。私か。こっちも別に思いつきで行動してたわ。今後は気を付けよう。
「ほう、君の護衛か。かなりの手練れとみたが……いやはや、語学堪能であることもそうだが、なかなか身分はよさそうだ。我々の資金源になって貰いたいね、まったく」
告げながらも警戒心を解いていない。
こちらに集中しているように見せかけて、周囲の気配を探っている。器用だなぁ。
それにしても……生まれながらの威厳というのだろうか、こんな所に居るというのに、気位というか、立ち上るオーラというか、品位? そうだ、動きが洗練されているというか、優雅だ。
その上で見たことがあるといえば。
「ミミョル……いや、エミーラ? いややっぱフェネテルだ。ベルレイツ公爵ホワイト家の縁の者ではないか?」
「は……?」
「んー、ソンフォンという男を知っているのではないか」
またしてもあいつの名前だよ。
あんまり使うと金をせびられそうで怖いんだけど。
しかし効果はあったのか、相手の表情に戸惑いが浮かんだ。
っつーかね、当たってもどうしようもないんだけどね。公爵家嫡男が浮浪者になってるってどういう事よ。
いや……フェネテル嬢が国外逃亡してきている時点でなんとなーく察してはいるわけだが。そうなると今度はソンフォン氏の立ち位置がわからん。あいつ、なんで対立している国の重鎮それぞれと知己なんだよ。
「君は……彼の遣いなのか?」
「いや違う。ここで会ったのは偶然だが……そうだな、もしホワイト家のものであるなら、これだけは伝えなければな。フェネテル嬢はうちで保護している」
「……そ、うか」
構えが解け、両手がだらりと下がる。
良いんだろうかそれ、その状態でこっちが襲ったら簡単に始末できそうなんだけど。
「妹の恩人というのなら無碍にはできまい」
「え、簡単に信用するんだ」
「ソンフォン殿の名前まで出されてはな。フェネテルの名前が外国で有名とも思えないし」
んー、ミミョルが偽名って事だったのかな。彼女の本名を知っているって事が一つのキーだったとか。
いやさすがにそんなことはなかろう。だってベルレイツの公爵令嬢だぞ。遠くの地にいるとはいえ、セレブの名前が耳に入らないとは限らない。
まあ、この男の価値観はさておき、対立せずに済むならそれで構わない。戦うにしてもどんな犠牲が出るかわかったもんじゃないし。
「藜の北領主ヨウヤントウの孫のヨウヤンシン」
名乗って手を差し出せば、相手も同じようにする。
「今は無きベルレイツが公爵家、デライト=エヌ=ホワイト……今の名前はテラーだ」
なるほど怖いですね。
握手を交わしている間に周囲からいくつもの気配が遠離っていく。こっちの忍者部隊とあっちの暗殺部隊だろうか。
どちらにせよ、余計な犠牲が出なかったことだけは良かったことにしておこう。




