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襲撃はその日の夜中に行われた。正式な挨拶とはなんだったのか。早過ぎんよぉ!
私はスーちゃんの寝ている部屋で待機していたわけだが、そこにたどり着く前に忍者部隊とチェンで全て捕らえることができた。むろん、ソンフォン自身はいない。彼の子飼いである諜報員が侵入してきただけだ。
ともあれ、好意を持って貸し出された屋敷での犯行である。
実行犯が誰であれ、警備体制に疑問を呈さずにはいられない。
ということで翌日、速攻で東伯に訴え出た。あくまで下手人が不明なため、警備体制の強化を陳述するに留めたが、誰の仕業であるか彼も考えを巡らせた事だろう。
全くの第三者、賊の類いなら治安の問題になるし、息子がしでかしたことなら北領との結束にひびが入る。どちらにせよに頭の痛い問題だろう。
もちろん、私にはこれをスルーするという手もあった。余裕を見せて煽るってことだね。
でも、今回は早期解決を目指す。スーちゃんの平穏に関わるんだから当然だ。
しっかし、今回のことは私もちょっと浅慮だったかもしれない。
男の子に間違えられる事がしょっちゅうだったから受け入れたら、消去法でスーちゃんが女の子になるんだもん。そもそも、男と女の兄妹だって情報を仕入れている事からして、ソンフォンが中途半端に有能なのもいけないんだけど。
これからはちゃんと否定を……しても信じてもらえる可能性は低いし、女児で立身は難しいからやっぱ駄目だな。スーが男であると立証する方が手っ取り早いわ。
さて、今日からすることであるが、基本的には自由行動になる。
何か見たいものやしたいことがあれば東伯を通してあれこれできるという程度の権限はあるけれど、逆に言えば縛られない代わりに時間内で効率よく学ぶ技量が試される。予定とか計画が死ぬほど嫌いでもやらなきゃならない。死にそう。
ということで、まずは東領の料理、酒について調べることにした。というか下調べは済んでいるから実地での体験になる。食べ歩きデートするって事だけどなにか。
こっちでは屋台も多いし、国の南側のため温帯圏であり、なんといっても我等がお米様を大量に作付けしている。さらに南へ下ると海もあり、中央や南西へ船旅用の航路もあるから物流も盛んだ。海鮮は元より山菜も穀物も豊富。となれば食文化も北縲とは比べものにならないくらいバリエーションがあり、こりゃもう食欲がなくても食べて帰らずにはいられない。
北領側でも決して材料が少ないということはなかったが、比較すれば東領は食材の宝庫と言える。
やっぱり草木が生えやすい土壌って繁栄しやすいよね。広めの河もあり、治水に苦労はしているようだがそれを補って余りあるほどの豊かさだ。
うむ、次の食事処は梁東市に出店かな! 流通やら情報に伝達に問題があるからか遠方支店の発想がほぼないけれど、できないわけじゃない。それに各地に店を構えれば、情報集積の拠点にもなる。
近くで買った豚串をスーちゃんにあーんして食べさせながら、そんなことを考えつつ首を巡らし土地の目星を付けていたら、いた。やつがいた。ストーカーだ! 目が合った! 次の瞬間にはあのどや笑顔しながらこちらに歩み寄ってくる。無視することこそできんしなぁ……仕方ないので対応するか。
「ヤンシン殿、ヤンスー殿、こちらにいらっしゃいましたか」
「ソンフォン殿、昨日ぶりです」
「こんにちは」
「何かご用でしょうか」
スーちゃんが良い子の模範みたいに挨拶をしているが、顔には隠しきれない嫌悪が浮かんでいる。
そっかー、嫌いかぁ。私もなんだ! お揃いだね!
「実は、貴殿らの警護に私の指揮する一隊が着くことになりまして、ご挨拶をと」
んえっ!?
なんで今回の黒幕がここで出てくるのさ!
「そうでしたか、後でも良かったんですが」
「何があるかわかりませんからね。東領で安全に過ごされるためにも、早いほうが良いかと思いました」
あー……ああ!
マッチポンプか!
文句が出ることを前提に襲撃して、訴え出られたら警護に就く。要請によって合法的に近くにいられると。そこまですんのかよ。
ええ、何こいつ……やっぱりスーちゃんの魅了術に引っかかってるんだろうか。そうとしか考えられん。
「ソンフォン殿は梁東市軍を一部任されているのですか」
「ええ、将来的にこの一帯を治めることになりますし、その練習も含め……領主直属の護衛を鍛錬する目的もあります」
ああ、なるほど、そいつらが将来の側近な訳ね。
そういう内部事情を話すのもどうかと思うよ。敵対してるわけじゃないけど、情報漏洩ってどこから起こるかわからないじゃん?
「それで、いま彼らはどちらに?」
「目標の捜索訓練ですね」
北伯みたいなことをしているらしい。
あれ護衛の人達毎回泣きそうになってるんだからやめたげてよぉって思ってるんだけど、そうか、それをしてるのか。
「など、ヤンスー殿に会うために撒いてきてしまったのですけれどね」
そこでウインクをかます伊達ボーイ。
普通の女子なら黄色い声で答えたり頰を染めたりするんだろうか。スーちゃんも無表情で笑いを堪えるのだけはやめてさしあげなさい。
「守護のための人員を遠ざけるなど本末転倒ですね」
「腕に自信はありますから。私一人でも、ヤンスー殿ををお守りできますよ」
そこに私も社交辞令で良いから入れてくれないかなぁって。
一応は賓客よ、賓客。スーちゃんと立場は同じなんです。本当です。
「そういえば、ヤンシン殿は相当の手練れと聞き及びました。ヤンリー殿も目を掛けているとか。一度、手合わせ願いたいですね」
「私はそこまでの使い手ではありませんよ。仕合であれば、このクウチェンが適当でしょう。我々の兄弟子ですし、それこそ一門を立ち上げるだけの技量も備えているかと」
「ほう、そうなのですか。それならば是非……ヤンシン殿とクウチェン殿と」
どうやっても逃れられない! 呪いのようにつきまとってくるんだけど装備した覚えはないぞ!
私をダシに自分の実力を印象づけようとするんじゃない。腕に自信があるんだろうし、実際に聞いた話じゃ私が敵うわけないしさぁ! チェンと良い勝負しそうな相手なんだぞ、ボロ負けする未来しか見えんわ。
「ね、シン」
「うん?」
くいくいと袖を引っ張られる。スーちゃんの視線は向こうに屋台へと注がれていて、無駄に存在感のでかいソンフォンは完全に無視されている。
そういうスタンスで問題ないと思うんだけど、敵ながら哀れになるんだが。
「あれ、なに?」
「条湯のことですか? ここ最近で生まれたもののようです」
「条……?」
まさか。そう思って屋台のおやっさんの動きを凝視する。
彼は鍋をかき混ぜていたが、すっと上げた箸の先には、確かに麺が見えた。そしてそれは、私が今まで自作したモドキとは違って、ちぎれず、つややかで、まるで稲穂の原を風が優しく凪いでいるかがごとく、波打つ黄金色が見るものの心を天空へと誘うような、そんな泰然自若とした美しさを放っていた。
つーかラーメン! 疑似モンゴルに鹹水がなかったからほぼ諦めてたのにこんなところにあったのかよ! 誰だか知らんが、その水で小麦粉をこねた偉人を私は讃えたい。さらにそれを麺の形状にしたあげく汁にぶち込んだ叡智にはただただ感嘆するばかりだ。どこの世界に行こうと料理の行き着く先ってほとんど変わらないんだなぁって。
「興味があるようなら、食べてみますか?」
「行くよスー、あれは食べておかないと」
っていうか手に入れておかないと!
自作のスープとチャーシューで着飾った特製ラーメンを振る舞わずには死ねない。
「ロンにあの麺の原料をトン単位で仕入れられるように手配を……いや腐ることを考えたらここで製麺して保存方法の確立……真空パックならいけるんじゃないか? いや容器の問題……妖術で冷凍保存しか……ああ!」
冷蔵庫と冷凍庫のイイヤツを作ってもらおう!
ついでにコンテナ規格を決めてクール便が走れるように馬車ならぬ自走コンテナ車を導入……いや、私の力でやるんじゃないから妄想として話をしておこう。
うーん、なんにしても輸送が問題だよな。距離がまだ近くないからコストも掛かるし鮮度の関係で無理もできない。速く走る車の開発か時空を弄る技術が必要だ。
考え事をしていたら既に屋台の前だ。
おっちゃんに代金を支払い、スーとチェンの分を購入。大きさはマグカップくらいか。器は返却しなきゃいけないらしい。
スープの臭いを嗅いでみるが、獣臭いということくらいしかわからなかった。香草入ってないなぁ。
改良していけばもっと良いものはできる。原料の入荷さえなんとかなれば、北縲名物にすることも可能だろう。
これだけでも東領にやってきた価値がある。気分は勝訴だ。
「おいしい?」
「んー、んー……」
微妙なのかな。
チェンもなんだかよく分からないものを口にしているなって顔をしている。そうか、そういう感想かぁ。慣れないとそうなんだろうね。
これはちゃんとしたものを振る舞わないとね!
気合いを入れて鼻息をふんすふんすと荒くしていたら、ソンフォン殿が苦笑いで口を開いた。
「まだ新しいものなので、皆食べ方を知らないのです……これから美味しくなっていくとは思いますが」
「それは保証しますよ」
「え?」
そういえば、そうだ。
私には才能といったものがない。その代わり、現実世界で身に付けた技術がある。向こうじゃさんざんっぱらやっていた、誰もができることだけれど。
こっちじゃまだ未見だろう。久し振りに、新作をスーちゃんに食べさせてあげよう!
そして、この分野であれば確実にソンフォンに勝てる。
全部負けてるわけじゃないんだぜって、知らしめておかないとね!




