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命令とかこの際、気にしていられるか!
スーちゃん親衛隊総出で彼の居場所を捜索させる。おつきの忍者がいるはずなのに場所がわからないたぁどういう事だ!
城館に乗り込んで北伯相手に喚き散らしたが、ユウロウのところじゃないかという。そのままユウロウ師の所へ赴き奇襲を掛ければ返り討ちに遭い、問い詰めれば六子のところだという。また城館に取って返して六子の部屋へ行けば魔道具の試作品を投げつけられ、スーは居ないと告げられた。
じゃあどこか心当たりがないかと問えば、北伯の所じゃないかという。ループしてますよ!
仕方ないから北伯の所に行って、誘拐事件だと騒いでおいた。犯人からの要求は届いてないけれど、スーちゃんの可愛さに目が眩んでイタズラするために連れ去った可能性が高い。っていうかそれなら北伯も容疑者だわ。
「まあ、まて、ヤンシン」
喚き続ける私を落ち着かせるため、側仕えにお茶を入れさせる北伯。
何を悠長な! といっても手がかりはない。それにハクをはじめとした、北縲在中の忍びで捜索しているところだ、まずは情報が集まるのを待った方が良いだろう。
「お主が妹を案ずる気持ちもよく分かる。だが、まずはお主が冷静でなくてはな」
兄です。見失いがちだけど兄です。
つーか、そっちの認識は妹なのかよ。私が兄って思われてるのか。正式な生まれ順は間違っちゃないけど。
「……失礼しました。少し、頭を冷やさねばならないようです」
「いかにも。して、スーちゃんだが……一つ、儂にも気になることがある」
「なんでしょうか」
「これでも儂やファンタンは妖術耐性が高いのだが……それでも、スーちゃんが本気を出したら敵わない。スーちゃんに関する記憶に靄がかかっているようであるが、これは妖術に掛かった時の感覚に似ておる」
つまり、スーが自分から望んで誘拐されたってこと?
いや、家出か。ええ? なんで!? あとファンタンって誰!
「どうにも、新年の日から記憶が曖昧でな……通常業務に支障はなっそうだが、日常にスーちゃんがおらんのだ」
私が玄馬の所でいろいろしてる間、スーちゃんに関して誰も状況を知らないって事になるのか。
結構長くないか?
「誰か覚えていそうな人はいないんですか」
「ううむ……難しいだろうな」
ああもう! 役立たずどもが!
時間は刻一刻と過ぎていく。どうする。一報を待つか、自分から探しに行くか。探すならどこに行く。何かヒントは、捜索の手がかりは、私とスーちゃんの共通項は……!
「……チェンとミンはどうしている」
っていうか店の従業員は。酒のおねえさんはなんだかんだで上手く生き延びそうだから良いとして。
そうだ、まずは、店が取られてからの状況を確認した方が良い。経緯確認を怠ったら、その後の動きも理解しづらい。
「ハク、セイ、ロン」
「どうしやしたカシラァ!」
お前かよ!
一番北伯の前に出しちゃいけない感じの奴が来ちゃったよ! 呼んだのは私だけども!
「チェンはどうしてる」
「は……チェン兄ですかい? 一旦、箐南区に帰ったようですぜ」
おっけ、わかった。スーは箐南区か。
……箐南区かぁ。移動だなぁ……うん。
「いや……こっちに戻るように伝えてくれ。ヤンシンが帰ってきたと」
「それで良いんですかい?」
……うん。
ああそうだね、迎えに行った方がいいよね。車酔いが怖いんだけど。
「……行く。旅の準備を頼む」
「カシラ、俺達がおぶっていった方が早いですぜ」
お前は何でそう、断りにくい上に酔いが激しそうなことを提案するの!? 早いなら良いけどさぁ! 絶対に馬より酔うからさぁ!
「交代式にして昼夜問わず走れば三日もあればつきますぜ」
わーはやーい。
ちくしょうが!!
「……わかった、いつから出れる」
「いますぐいけやす。人員調整は走りながらでもできやすからね!」
優秀なのも考えものだよなぁ!
自分の首をこんな形で締め上げるとは思わなかったよ! ああ! ああ! 腹をくくれば良いんだろうさ!
「……帰りは馬車だからな!」
「承知しやした!」
「ということで、北伯、居場所の目処がついたので、いってきます」
「ほう」
なんですか、髭を扱いて。何か言いたいことでもあるんですかね。
目を細めて、口元は面白そうに弧を描いている。
「シン、お前の目的は小皇区だったな」
「はい」
「子になることが最低条件だったと覚えているが、本当にそれで良いのか?」
「当然です。小皇区に行きたいのですから」
「そうか、そうか。わかった。お主が子になるにはまだ実績が足りぬが、早くそうなることを祈っておこう」
祈るだけじゃなくて貴方が判を押してくれたら即決なんですが。
まあ良いか、応援してくれてるって事は、そうしても良いと思えるだけの印象は与えられてるって事だろう。
一礼して、ロンの背中にジョイント。闇にぬーっと消えていく彼に誘われ、気が付いたら景色が屋敷の外になっていた。瞬間的に気絶でもしたのかな?
「暇でしたら寝てて下せぇ! カシラが休んでる間に、箐南区に着いてやすよ!」
そんな早くはないだろ。
とは思いつつ、既に気持ち悪くなってきている。これは早々に意識を飛ばした方が精神衛生上良さそうだ。だが。
「お前らが頑張ってるのに、一人だけ休むわけには」
「ああ、気絶してて良いですよ。その方が運びやすいんで!」
あ、はい。
私は従順な荷物になることに決めた。
***
次に目を覚ましたとき、私は老師に顔を覗かれていた。どうやら布団に寝かされているらしい。最後の記憶は荷物に徹しろというお達しの言葉であった。南無。
着いたのか。
「お久し振りです、クウ老師」
「お、起き上がって大丈夫なのですか」
そっか、ここでも寝ていなかったし、気絶したまま運び込まれたから心配を掛けてしまったらしい。
酔いは覚めてる、素面だからきっと大丈夫。
「ご迷惑をおかけしました。チェンがこちらに戻っていると聞きまして、スーも一緒なのではないかと」
「スーさん、ですか? いえ、チェンだけしか戻っていませんが……」
マジか! え、じゃあ移動し損?! 車酔い返せよ!
いやそれじゃねぇわ返されても困るわ時間返せよ!
「本人に会わせてください」
「は、はあ」
飛び起きて勝手に部屋の外にに出た。実の所、チェンの部屋の位置を知らない。
というか、この屋敷に来たことないんじゃない? 見たことない廊下なんだけど。
と思ったら、視界の隅に映った人物が次の瞬間には目の前に移動してきていた。なんだこいつと思ったらチェンだった。目的が向こうからやってきた。怖いからそれ使わないでもらえないかなぁ、特に室内では。
「やっと来たかシン! 待ちわびていたぞ」
「お、おう。え、何の便りもなかったよな」
「俺がここにいると知ったら来るだろう? それに、人を使っての言伝は何故か悉く失敗したんだ」
ああ、そうなのか……かといってチェン自身が私の所には来れなかっただろうし、最良の一手ではあるのか。
書き置きくらい残していたいただいても良かったんですけどね。
何でお前まで老師と同じように試すようなことをしてくるかなぁ!
「スーのことだろう。あいつは今、実家に戻っている。日がな一日見張ってるわけにもいかないが、毎日様子は見ているよ」
「そうか……」
ここに留め置く選択肢はなかったのか。
そもそも、北縲につなぎ止めてくれれば良いのに。
そんな思いが顔に出ていたのか、チェンはすまなさそうな顔で口を開く。
「俺以外の全員が、スーの言いなりだったよ。止められなかった。できたのは、着いていくことだけだ」
「全員が……」
魅了でやられたか。その上で記憶の操作を受けている。なんて厄介な!
これを計画的にやられたらひとたまりもないんですけど!
え、って事は帰ってくるなっていうのもスーちゃんの命令が元だったの? なんだそれ。何がしたいんだあの子は。
「……迎えに行く」
「そうしてやってくれ。俺じゃ……なにもできないんだ」
「………」
いや、今回のことについてはというか、大体のことにおいて至らないけど、致命的に悪いって程じゃない。
元々が武人肌なのに文官能力も人並み程度にはあるっぽいから、周囲が予想以上に期待してしまっている部分もあるんだろう。
人の上に立つ才覚は十分にある。ただ、次席以降の方がより能力を発揮できるし、優秀でなくとも欠点を補完できる秘書か副官がつけばもっと良いってだけだ。
要するに、私よりもなんでもできるのに卑下する必要はないって事だね。つーかね、才能ある人の自己批判は嫌味でしかないから。自嘲は結構だが人のいないところで自己満足のためだけにやっててくれ。それ聞いてもこっちは微妙な気分になるだけだし迷惑なんすよ。
「帰ったら反省会な」
「えっ」
さて、まずは実家に戻るとしますか。
同じ箐南区だし道のりは覚えている。役所のある中心部から離れた郊外、人の気配もまばらになり、臭いもすえたものになっていく。理性的で画一的な町並みは、まばらで粗野になっていく。だが、人の作る活気や熱意は、貴賎を問うことはない。多生、言葉遣いは違うけど。
四角いボックスティッシュのようなうらぶれた一軒家。隣もその隣も同じような箱型の家。ボロボロだけど、家族三人で過ごした家。私の中にいるシャンヨウが懐かしさに綻んでいる。
ここから始まったんだっけか。今でも饅頭屋をやっているんだろう、少しだけ残り香がある。
午前の販売が終わったら、次は……。
思い出しているところに、一家の大黒柱足を引きずりながら、長男と一緒に出てきた。穏やかな顔で会話をしていたが、こちらを見て二人の表情が固まる。
「スー、帰るよ」
「……や」
「おい、誰だ? うちの息子に何か用ですか」
え、忘れられてる?
スーちゃんは親父の後ろに隠れて震えている。
どういうこった!
「スー!」
「やだ! 僕、貴方なんて知らない!」
「どこの坊ちゃんだか知りませんが、息子が怖がってますんで、お引き取りください」
なんだこれ。急速に泣きたくなった。自分の子供を返せと言っていたあの親父さんはどこ行った。本当に忘れたのだろうか。
それよりなにより、スーちゃんに拒否されてるのがつらい。知らないなんて、おかしい!
「スー!」
「ちょっと、あんた!」
「嫌ー!」
スーちゃんの腕を引っ張れば、親父が引き戻そうとする。
その腕を振り払い、足を引っかけてすっ転ばせた。悪いがしばらくそのままでいてくれ。
「何が嫌なの! 帰りたくないの? 私といるのは嫌? それとも向こうの家が嫌?!」
「だって、だって寂しいんだもん! スー一人だよ! あの家はスーしかいないよ!」
親衛隊がつきっきりじゃん!
一人になることなんてないでしょ!
「スンヨウ!」
「ここはお父さんがいる、スー……僕一人じゃないもん! ただいまって、おかえりって……一緒にご飯食べて、今日は何があったって話して……笑い合えるの!」
「………」
何も言葉が出なかった。何も言えないし、どうすることもできなかった。それに対する答えは……きっと、何を言っても、虚しくなるだけだろうから。
世のイケメンどもがこういうときに彼女を抱きしめる気持ちちょっとわかる。大事にしたい、大切にしたい、でも言葉が追い付かない。だからきっと、行動で示すしか思い付かないんだろう。男ってのは外面良くても馬鹿だなって一笑に付してきたけど、ああ、馬鹿は私なんだろうな。
同じ事しかできなかった。私はただ、スーちゃんを抱きしめた。
「ごめん、スー、ごめん……ごめんな」
ぎゅっと力を込める。
この思いが、体なんて飛び越して、伝わらないかって、そんな身勝手なことを思いながら。
「シン……うん、うん……!」
小さく、弱々しく、それでも抱きつき返してくるスーちゃん。
その時に、ここから旅立つときのことを思い出した。家族がいないのは悲しいことだ、寂しいことだと伝えたんだっけか。
よもや、それを言った私がスーちゃん相手にそれをしてしまうとは。信じてついてきてくれたのに、裏切ったようなもんだな。
それと同時に。
私は引っ付いて嬉しそうにしているスーちゃんを引き剥がして、両手でバチンとほっぺたを挟み込むように叩いた。さほど痛くなかっただろうが、虚を突かれて目をぱちくりさせている。
「親父はヨウ伯に金を支払った、それは自分の稼ぎでスンヨウを学びにやるためだ」
「んっと……」
「自分の息子が出世する、それを敬意をもって送り出してくれた、親父は男親として立派な人物だ。それをお前は、その意志を踏みにじった」
二年前か、そこらでの話だ。
数え五歳で、実年齢四歳。今だって六歳か、理解するには難しいだろう。小学生ですよ、小学生。
でも、今なら伝わるだろう。伊達や酔狂で、クウ老師のところで、北縲で学んでいたわけじゃない。
「それでもまだ、ここにいるか? 親父といれば、もう寂しくなることはない」
「……寂しいのは、や。悲しいのも、や。でも……スーはね、シンと一緒がいい! つらくても、泣きたくても、シンが近くにいて、いっぱいいっぱい遊んで、愛してくれるのがいい!」
いや愛するとか誰に教わったお前!?
そんな私達を親父が見て茫然自失としている。端から見たら男の子二人で抱き合ってるわこれ!
まさか……私はホモを作ってしまったのか……まあそれは別に良いんだけど。
「クンファン殿、それではスンヨウはもらっていきます」
「おとうさん、いってくるね! あのね、子供ができたら顔を見せにかえってくるね!」
この歳にしてなんという爆弾を投下するか……!
今すぐに逃げたい気持ちをなんとか抑えつけ、抑えつけられなくて早足でその場を逃げるように元来た道を辿る。その間にスーちゃんが何やら呪文めいたものをモゴモゴと言っていた気がしないでもないので、あとで何をしたのか聞いておこう。
屋敷に戻った後は反省会の名前をつけた八つ当たり大会をした。
忍者部隊には元からスーちゃんにあんまり興味がない層を選出して速攻で魅了耐性をカンストさせるよう指令を出し、今回の騒動は誰もスーちゃんの行動を見張れてなかったって事で全員を順繰りで全国行脚に出すように言い渡し、チェンは正式にスー付きの護衛兼兄とし、いついかなる時も行動を共にするようにと厳命した。当然、兄なのだから、今までのようにちょろっと諌言するだけでなく、不当な命令やお願いは形式にそぐわない言葉でも叱りつけることになる。ま、それくらいはできるだろう。
家族がいないと寂しい、その感覚は実のところよく分からない。
何かの小説や漫画でそんなこと言ってるキャラが居るから、ハイそーなんですねくらいにしか受け止めたことがない。
でも、兄弟がそう言い出すというなら話は別だ。
家族がいないのが嫌なら、家族のような存在を増やしてしまえば良い。そうすれば、誰かしらが側にいることになる。ならば、私がいなくたって、気を紛らわすことはできるだろう。
さて、スーちゃんも取り戻し、北縲に戻った後。
諸々の仕事がほぼルーチンワークだけになってきた辺りで、今年は年越しを残すだけにしようと決意していたらまたしても仕事が舞い込んできた。
今度はいきなりの拉致ではなく、手紙による打診ではあったが、差出人がいただけない。
現在、この北領を担うべく仕事を引き継ぎされている第一子からのお達しであったのだ。
内容はシンプルなもんで東領の息子達と仲良くなってきてくれ、ってものだった。
国内での各領地の交流も政治の一環として必要な措置ではあるが、まさか白羽の矢が立てられるとは思わなかった。
それは評価されているからだから良いんだけども、それよりも問題がある。
移動だ。
こればっかりは解決策がなかなか見付からないんだけど、誰か何か良い案を思い付いてくれないだろうか。切に願っている。
ヤンデレコースと迷った。
いつもお読みいただきありがとうございます。




