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夕食前に情報は揃ったんだろう、二人が現れた。
というか、拐かしを成功させていた。壁により掛かった私の目の前に幼女が正座している。えぇ……。
「……まあ、無理強いはしないが……」
「母ちゃんが帰ってくるまで、お世話になります」
顔をこわばらせて、私に頭を下げる幼女。
後ろには相変わらず無表情なセイと、目を潤ませたロンがいる。お前らなにしたんだよ……。
「で、どういった経緯だ」
「父親が稼ぎに出て行き、後で母親がそれについていったようです」
「この子は村長んところに預けられたようです。手伝いをして、母親の帰りを待ってるみたいですぜ」
「合ってるか?」
「……うん。母ちゃんは父ちゃん連れて帰ってくるって言ってた」
捨てられたも同義って事か。
本人もなんとなくわかってる節がある。
でも出稼ぎかぁ。近くのでかい街といえば北縲だ。自分も探しに行くとか、そういう事も考えているのだろうか。
「わかった。母親が戻ってきた時にお前がいなかったら不安になるだろう。セイ、村長になにかの印を渡しておけ。この子の母が戻ったら俺達に知らせるようにと」
「わかりました」
「それで、娘。お前は今日からミンと名乗るように。明日ここを発つから、準備を進めておけ」
「あ、あのっ、は、はいっ」
「ロン、手伝ってやれ」
「ハイっす。しかしカシラ、随分と慌ただしいですね。なんなら、俺がこの子と後から追い掛けますぜ?」
「俺の時もこうだったぞ? これが普通じゃないのか」
「やっぱカシラは規格外ですねェ……」
えー? 俺だけじゃなくてスーも一緒だったんだけど。
ああ、周囲への挨拶とかすっ飛ばしたからか。近所の姉さん達やガキどもは元気にしているだろうか。
まあ私達の時は北伯がいたから事情は汲み取ってくれただろう。親父さんは元気でやってるかねぇ。
「大丈夫です、準備します! あの……」
「ロンで良いぜ、ミン」
「はい、ロンさん、よろしくお願いします」
そのままこちらに礼を残し、連れ立って去って行く二人。その姿は間違いなく誘拐だ。
残ったセイが少しだけ眉間に皺を寄せていた。なんだね。
「名前まで与えて、なんのおつもりですか」
「ん、なに?」
「あのような娘になにができるのです。学もなく力もなく、見た目も良くない」
ハッキリ言うなあ。
確かに、セイの言う通りあの子にはなにもない。それどころか。
「そうだね、あの子には家族もないし、生きる目標も大したものはないんじゃないかな」
「……生きる目標」
「そう、だからそれを与えてあげたー、なんて押しつけがましいか。機会があった、彼女はそれを有効利用した。そういう話で良いんじゃない」
じっと疑わしそうに見られている。
穴が開きそうですのでやめていただきたく。
「……なるほど、あの者の能力は不明ですが、後腐れはないですね」
言い方よ。
確かに、家族もなんもないなら使い易いって所はあるけどさ。ちゃんと勉強してもらって化粧で外見も整えるよ。そもそもユウロウ武門に男はいるけど女の子いないしね、くノ一育成したっていいじゃない。
それに、女性で同年代の使用人は必要になりそうな気がするんだよね、小皇区に行くときにさ。なんたってお姫さまの動向を掴まなきゃいけないわけじゃん。女の会話は男の耳に入らない仕様になってるのは知ってる。だからその時のために、仕込みがいるわけだ。
北縲では店の二階に住む予定だけど、彼女も同じところで寝起きして貰う。
店の手伝い、勉強、武術、メイド、とりあえず一通りこなしてもらって、得意なところをメインでやっていく感じか。
できることによっては諜報員が難しいだろうから、予備の子も用意するけれど、とりあえず彼女が第一号であることは確定だ。本人にも上北の意志があって良かった。
「まあ、売り子が良いならそれをさせるさ。人手は足りてないだろうから」
「ハク兄に任せた店ですか。順調であると聞き及んでおります」
「売上げはね……ああそうだ、セイに会計任せたいから報告書読んでおいて。それで、おかしいところを指摘してほしい」
「え、は……また唐突ですね」
「言おうと思って忘れてた。まあ、セイなら楽勝だろうから。しばらくは俺も店に出るし、それで解決はするはずだ」
「はあ、そうですか。書類はどこでしょう」
「チェンに伝えれば出してくれる。俺から許可貰ってると言えば良い」
「わかりました」
そのまま部屋の隅にすーっと消えていくセイ。
優秀ってことなんだけど、いつ見てもおっそろしい術だよな。
その後、本当に書類を渡して良いのかとチェンが問い合わせに現れた。そういやこの前、危機管理について講釈たれたんだっけか、忘れてた。妙なところで成長を見たので少し複雑な気分になったのは内緒である。
金の無心、とはどういう事か。
つまり、借金の申し込みである。
店の売上げは順調、収支報告にもこれといった矛盾点はない。評判も良く立地も良いので、上客、つまり役人達がよく金を落としていく。
金回りの良い居酒屋には商人も足を運ぶらしく、昼間だというのに陽気な笑い声が通りに響くほどの盛況ぶりを見せているとのことだった。
実際、遠目から見た店はたいそう繁盛しているようで、従業員が大忙しで歩き回っている。
褒めるべき点は、店の金に手を出さなかった事か。
その部分についてはハクのことだから大丈夫だろうと信頼していた。だが、それだけでやつの性癖を甘く見積もってはいけなかったのだ。
どこの世界にウェイターとして妓楼の姉ちゃんを雇うやつがいるのか。人件費だけで大幅に予算オーバー、身銭で補填してやがる。これ、現実では違法行為ですから。
それで生活費が底をついて金貸してくれって……女で身を崩す典型的な阿呆ですか。
近くに着いたので、外の空気を取り入れるために馬車から飛び出した。
同時に様子を確認したが、綺麗な装いの美人がまあ多いこと。確かに美人が働いているのは見ていて楽しいし、それを目当てに来ているおっさんもいるみたいだけど、本業の客引きに利用されてない? ここ出会い茶屋じゃないんですけど。
「若! 早いお着きで!」
お前はいつから私を若とか呼ぶようになったんだ、ハク。
こっちに気が付いた臨時店主がどこを経由したのかわからない動きで超接近してきた。素早い。能力の無駄遣いとしか言いようがない。
吐きそうだから今は何も言わないけれど、睨み上げるようにして、屈んだハクの肩に手を置いた。
「いや、まずはお休みになられたほうが良いでしょう」
「……死ぬなよ」
「えっ」
最初の馬車に乗っていたのは、私と、スーちゃんと、ミンと、師匠だ。子供ばかりだったからなんとか四人詰め込めた。
そう、ユウロウ師は今までずっと馬上の人だったのだが、今日は最終日ということもあって馬車に乗り込んできた。今までも外からよく話し掛けて来ていたけれど、最後の日はスーちゃんと同じ空間にいたかったのかな。
そんな武術の師匠がゆっくりと馬車から降りてくる。ハクのニコニコ顔が一瞬で絶望に彩られた。
私も違和感あったんだ。なんで、自分の師匠じゃなくて、北伯のいち孫である私から金を借りようとしているのかって。ユウロウ師が個人的に私達の後ろ盾になってくれているとはいえ、ヤンの家とユウロウ一派に上下関係はない。私がたまたま忍びの一族をとりまとめる役目をしてるとはいえ、強制力なんてほぼないのだ。
なんて、オーナーと雇われ店長ですけど。一時借り受けしてるだけだから筋を通すならまずは師匠に相談すべきでしょ。
「お主の活躍は聞いておるぞ、ハクよ」
「あ、は、はあ、光栄の至り」
「うむ、時に、昔の癖が出てきたようであるな」
「い、いえ、そんな……いやっ、申し訳ありませんっ! 都会の娘は美人ばかりなんですぅ!」
「見ればわかる。華やかなものだ」
土下座している店長が目に入ったのだろう、店の出入り口から美人さん達がこちらを見ている。
何人いるんだあれ。中には透けそうな衣服の女性もいるんですけど。え、昼間から外であの格好大丈夫なの?
「……説教中すみません。ハク、従業員用の衣服の手配は」
「え、あの、全員に着せています」
「違う服装の娘がいるが、あれは? 盆を持ってるんだが」
「え? ……ああっ!」
「余罪がありそうです。師匠、北縲にも道場があるんでしたっけ」
「うむ、少し遠いからな、馬車での移動で良いか?」
うわー、馬車かよ……まあ、ここまでの旅路と違ってそれなりに舗装された道を行く事になる。酔いも少しはマシってものか。
「あ、あの、仕事がありますので……」
「セイ、任せる。厨房に酒に詳しいおねえさんがいるはずだから、スーとチェンを連れていけ。それでわかる」
「二度手間にならないと良いですけれど」
「ああ、おねえさんに追い出されるなら後で俺が来るよ。まあ、おねえさんにそんだけの気概があればハクがいなくたってやってけるさ」
さて。青ざめてその場に座り込むハクの頭を……片手で掴めなかったので両手でぎゅうーっと締めることにした。
「いた、地味に痛いですよ若」
「こうするとあたまぱーんてなるんだよ?」
「怖っ! 子供ぶるのやめてください!」
「子供ですぅー」
「違う、アンタはなんか違う」
なんかってなんだ。ぎゅっぎゅっ。
素の口調も出てるんですけど、そんなに恐ろしいかなぁ……。
「ねー、もう良い?」
「あっ、スーさん!」
このタイミングで出てくるかね。
天の助けとばかりにスーちゃんに駆け寄るハク。確かに兄がいれば、ユウロウ師も無体なことはできない。
「背が伸びましたね! 凛々しくなりました!」
「えっ、そおかな!?」
嬉しそうにはにかむスーちゃん第二第三のビッグバン次々と襲い来る天地創造みんなで拝み倒しました。
いやそうじゃねぇわ。インド映画ダンスと見まごうほどの一体感で通行人も店の人たちも心を一つに祈りを捧げているけどそうじゃないんだ。
笑顔一つで場を支配するとかどんな特殊能力だよ。
「師匠、今です!」
「ああ」
間近で天女フラッシュを浴びて茫然自失としているハクをユウロウ氏が回収する。
全員が降りて空っぽになった馬車にハクを詰め込むと、私達は道場へ向けて進み出した。
「えっ? シンどこ行くの?」
「野暮用を片付けてくる。その間、ここは任せたぞ」
「わかった! がんばる!」
力強い返答。
それに勇気を貰いながら、目的地へと向かう。
さてはて、どんな理由で何をしていたのかな。手早く問題を片付けて、さっさと次にいきたいものだ。




