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馬車で数日掛けて移動をしたわけであるが、気分だけで車酔いになった。
支給品なので三半規管については屈強になっているはずなのになぜ車酔いは治らないんだと四半時考察してみたが専門家じゃないし答えが出ないからやめた。
馬車旅はほぼ寝込んでいたら終わっていた次第である。治安は良いからね、襲われたりとかいうイベントもなかったよね。どこぞの大賢者を訪ねた時とは大違いですわ。
さて、北縲の街だ。
ここは新年の祝いに向けて、町中がお祭りの準備で忙しない雰囲気だった。やはり、祭というのは万国共通で、このソワソワした感じがめっぽうたまらん期待感を抱かせてくれる。
実際には大したことがない儀式めいたことであっても、それを準備している間っていうのは別の楽しさがあるわけだ。
お偉いさんになったら責任もあるから、悠長に構えていられるってものでもないけどさ。最中はもう二度とやるかってくらい忙しくて血管切れそうな想像しながら走り回るものだけど、終わったら良い思い出になったりするんだよね。
まあ、実際に二度とやりたかねーけど。
新年は合わせてほぼ全国民の誕生日でもある。
なので、数日間新年祭は続き、儀式以外はどんちゃん騒ぎするのが通例であるようだ。
私達も、必要な事を終えたら祭を見て回る予定になっている。
後見はユウロウ師一派。初年でもあるので、他兄弟の派閥以外を選択したところで目くじらを立てられることもない。それでいて、権力はないが有名どころを後ろ盾としているため、そこそこ目立ってる。らしい。そこら辺はクウ老師的に問題ないという判断だったから、それを信じる事にしてる。
ということで、新年までの数日間は用意された部屋でごろごろして待機する以外することがない。
二年目以降は挨拶回りとかあるんだろうけどね。今は仕事も持ってないし役職もないし気楽なものです。
いや、初孫の儀のために口上する文章はあるんだけどさ。丸暗記すれば良いだけなので、そこまで気合いを入れる必要もない。
とはいえ、こちとら役者ではないので精一杯覚えることにしている。今回、護衛としてチェンとユウロウ師の弟子数名が来ており、ローテーションを組んで交代で見張りに立っている。
なんで主格の家で護衛だよと思ったが、私じゃなくてスーのためらしいです。親衛隊ですねわかります。
「……るーの、ために、えっとぉ」
「違うよ、北領のために我が献身を捧げることをここに誓います、だよ」
「んー! わかんない……」
ですよねぇ。子供に読ますものじゃないもん。
本来的には、孫を預かった家の人が読み上げて孫の頭の中に叩き込んでお披露目会をするものらしい。そのためのチェンでもある訳ね、一応は代理だし。いや、私達くらい幼かったら、代理じゃなく当主とかが来るらしいんだけど。
思いのほか私達がしっかりしているって事と、チェンに勉強させたいって事と、箐南区を離れられないって事と、会いたくない人がいるって事でこうなった次第。最後の理由はいただけないけど、気持ちはわかるから何も言う気はない。
「こんなの覚えられないー……うー!」
「大丈夫だよスー。こんなの単なる形式だから、意味を捉えておけば少しくらい言い間違えても平気だって」
「ええー? 老師には、形式に則るときは間違えちゃいけないって言われたよ?」
え、そうなの?
老師が言うならそうなんだろう。
これ間違えたりしたら預かった家の恥になるとかそういう類いのものだよね。そこまで厳しいのか。
「シンは覚えたの?」
「いや、まだ全然」
カンペ使う気でいるんだけど駄目だろうか。
多分拝礼だろうし袖の下とか衣服の裏とかに縫い付けていけると思うんだよね。視力は悪くないし。
そもそも記憶力良くないんだもん。真面目に覚えるよりバレずにカンニングする方に主眼を置くしかないじゃないか。
「じゃー、シンもやろうね!」
眩しいばかりの笑顔を向けてくるスー。なんだこれ浄化される。
いや、そこまで邪悪に染まってはいないんだけど、小悪党な考えは一蹴された。しぶしぶ口上文を受け取り、端から口ずさんで暗記していく。ああちくしょう。
「やっておるか?」
「北伯」
「おじーちゃん!」
陰鬱な気分で取り組んでいたらじいさんがやって来た。
何やらニコニコ顔だ。後ろに数人の従僕を連れて来ている。何やら荷物を持っているのだが、余り良い予感はしない。
「いかがなさいました」
「いやな、初孫の儀に使う衣装を持ってきたんだがの」
ああそうか、支給されている服があるとはいえ、こういう場では典礼用の服装があるのか。
わざわざ用意してくれたんだろう。こっちもうっかりしてた。老師も教えてくれなかったし。
「二人での式は稀でな。双子ということもあり、揃えにしてみたのだよ」
「わざわざのご用意ありがとうございます。誰かに届けさせていただけば良かったのに」
「なあに、このくらいのこと。孫娘を思えばなんということはない」
「………」
そこで一つ思い出したことがある。
普段着はユニセックスというか、男女兼用の衣服なので気にしてなかったんだが。
そうだよこのじいさん、孫の衣装は女物しか用意しないんだよ!
しかも直々に来てるって今着て見せろって事だよね! そこまでするか!?
「採寸しておらぬし、最終調整をしたいこともある」
ああ、着ろって事ですね。
別に嫌なわけじゃないから良いんだけどさ……。
気が付いていないだろうスーが首を傾げている。その頭をナデナデしてから、客人を待たせていることに気が付いて急いで案内した。どさくさに紛れてじいさんもスーを撫でていた。
衣服に関してはほぼぴったり。裾のあまりを詰めるだけで終わった。
体格は私も兄も似たり寄ったりであるが、顔面偏差値の差はいかんともしがたい。儀式用のいつもより派手な衣装を着たスーは何人かに傅かれていた。君達なにしてんの。手を合わせる程度におさめておきなさい。
「やはり似合うのう」
私と同じくスーを崇めているじいさん。
天女降臨だもんね、仕方ないね。
「さて、シンよ。挨拶の準備はできているか?」
「……滞りなく」
「はは、なにも心配することはない。儂の孫となったこと間違いないのだからな」
「その点は感謝しております」
「ふむ……中々、強情のようだな? スー程ではないが、お主のことも可愛いと思うておるぞ」
いやそういうことを聞きたいんじゃねぇよ。
本当に衣装を届けに来ただけか? 忙しいはずの北伯が息抜きだとしてもこんな所に足を運ぶとは思えないんだよなぁ。
見上げれば、髭を扱くじいさん。
「ふうむ、いやなに、五つの歳で孫になるような早熟な者はなかなかおらんのでな。さすがに心配なのだよ。……まあ、年相応で良かったと思うておるが」
ほん?
なんだいまの不自然な台詞運びは。
チラリとこちらを見て、にんまりと笑うじいさん。
何か言外に言いたいことがあるらしい。
だからさ、そういうところで無駄に試してくるのやめない? 直接話してくれれば良いじゃないか! ねえ!
「挨拶文を違えてはならんがそう緊張するでない。間違えず言えたのは数人程度だ」
うおまじか。確かに長いとは思っていたが、そんなに難題なのこれ。
でも余り聞かない言い回しもあるもんな。天慶とか倫忌とかどういう意味ですか。いや、北領万歳、万々歳を違う言い回しで何回も言ってるだけなんだけどさ。
しかしこれ、北伯自ら間違えても良いぜって寛容を見せつけてるのかな? いや、そんな都合いいわけないわ。挫けるのを待ってる? え、精神的トラップ?
「まあ、楽しみにしておる。精進せよ」
「はい」
ええー……?
逆にプレッシャー与えに来た? 間違えなければ目立てるから頑張れっていう励まし? なにしに来たんだよこのじじい……いや、むしろ全部であるか。もしくは何も考えていないか。立場が深読みをさせるから、一言伝えておけば勝手に頑張ると思われているか。
そうか、じゃあ余り考えないようにしよう。結局、やることは変わらないし。おじいさんの意図を読み取ろうとして目的を見失っては笑い話にもならない。
去って行くじいさん達一行を見送り、挨拶の原文を広げる。
原稿用紙にして何枚分だろうか、これを丸暗記って、できる奴がいたっていう方がすごいわ。
さて、文章を変更することはできない。では、工夫の余地がないのかと言われれば、きっとまだ何かあるはずだ。カンペはスーちゃんに却下されちゃったけど、他なにか手があるはずだ。
「うー……長い……」
着替えて隣に来たスーが泣きそうな顔で呟く。全面的に同意します。
「ねえ、これ、全部覚えなきゃだめなんだよね?」
「そうみたいだな」
「うー……シン、代わりにやってー……」
「いやいや、俺も覚え……え?」
あれ、ん?
ああ、そういう事か!
「シン?」
「スー、やっぱ凄いね」
「うん? すごい?」
「やり方がわかった」
いや、暗記はしなきゃいけないけどさ。
スーと分担すれば、覚える範囲が減る!
それだけリスク軽減だぜやったね!
私とスーがそれぞれ全文を繰り返す必要はあるのか? 多分ない。二人が珍しいというのはそういう事なんだろう。毎年のことかは不明だが、一年に一人だけの採用とは限らないだろう。だって百人越える孫がいるんでしょ? 十人採用したら十人分の口上を黙って聞いておくの? 時間の無駄でしかない。
「スー、分担しよう。覚える部分わけっこするんだ」
「わけっこ! あのね、スーは少なくて良いよ?」
お菓子を分けるときも、良い子のスーちゃんは遠慮する。今回も同じらしい。
思わず苦笑が漏れたが、見上げてくるスーの頭を撫でておいた。
***
『──北領のために我が献身を捧げることをここに誓います』
最後の言葉のみ同時に。
二人で練習して交互に一文ずつを口述する作戦は、特に会場へざわめきを生むこともなかった。やはり、こういうことだったか。
こうして挨拶イベントは終わった。間違えたかどうかはわからんが、途中で何人かがニヤニヤしてたから多分間違えたんだろう。頭悪くてすみませんね。
「ここに新たな孫の生誕を祝福する」
さてこれで儀式自体も終わりとなる。
後は祭りを見たり、兄弟に挨拶して回ったりと以外と忙しい日々が待っているはずだ。今からできる限りの準備をしておかなければ。
「──のだが、疑義のある者は今のうちに申し出よ!」
儀典管が声を張り上げる。
最後の最後でなんだって? 進行は頭に入れてるけど、こんなの聞いてないんですけど!
スーの方をチラリと見れば、不安そうに見返してきた。やっぱ聞いてないよね?
「では僭越ながら、私から」
凜としてよく通る声が耳を打つ。決して大きくはないのに、会場中に響き渡っているようだ。
挨拶会場は縦長で、私達がいる場所をぐるりと取り囲むように椅子が配置されている。近い形は演劇場か。観客席の段は同じだから、体育館にパイプ椅子を並べた状況にも似ている。
そこで立ち上がったのは官服を着て、後ろで長い黒髪を乱雑に縛った男だ。華奢な体つきに色白、顔も女性っぽいので一瞬迷ったが、喉仏が見える。声も高めだ喉を隠してし、女装したら見分けがつかないかもしれない。
しかしなまっちょろいな。
「そちらの女児は、なぜずっと魅了の術を身に纏っているのでしょう」
うん? 女児って私、ではないか。いつも小僧呼ばわりされるから違うわ。
それに魅了という言葉。もう一人しかいないですね。やっぱ発動してんのかよ!
「答えなさい」
いきなり指名されて、スーが私の背中に隠れた。
怖がっていると伝わったのか、会場にいるうちの半分近くが発言者を睨み付ける。これがうちのアイドルの実力です。いや、それで難癖つけられてるんだ、答えておかないと。
「天然です」
「……妖術の類いを習得していないと?」
「いえ、今は操れます。ですが、貴方の言う術は体得しておりません。我等の師は魅了術を使いません」
「失礼だが、師とはどなたですか」
「クウ老師……クウシゥンです」
「……あの木っ端術士か。確かに無理ですね」
納得していただけたようでなにより。
でも、一応は私達の先生なので木っ端とか言わないでね! 怒っちゃうぞ!
「では、生まれつきであると」
「そうなります」
「そのような危険な人物を孫にすることは看過できません。諸氏、いかが思われますか」
ざわつく会場。うわぁお、ピンチかこれ。
壇上で一番偉い人がいる席を見れば、じいさんが難しい顔をして髭を扱いていた。
ちょっと思ったんだけど、この人は王都に居なくて良いのかな? 新年の挨拶とかそっちでやって、こちらは代理が取り仕切るもんだと思うんだけど違うのだろうか。
いや、ここから王都まで一月はかかるみたいだからさ……新年の挨拶がそんなに遅くなって良いの?
「どう思われますか、父上」
「ふむ、そうだのう。ヤンシン、ヤンスー、答えなさい」
その言葉にまたしても会場中が雑音で満たされる。
名前は式の一番最後、初孫の儀式終了の意味で言い渡されるものであるからだ。先に名前は貰ってたけど、公式にはそうなるらしい。
っていうかこっちに振るなよ! 諸氏に私達は含まれないんじゃないかなぁ!
「……私のような愚か者には、諸兄の危惧を測りかねます。ですが、物事は全て扱う者によって万事変化するものです」
「どういう事でしょうか」
「術を修めれば、魅了の術を発現せずにいられるでしょう」
「では、その必要な場面を違えずにいられるのでしょうか」
うわぁい言葉の裏を先取りして質問されたぞ。
誰からも指摘されなかった魅了術を曝いたことといい、この人は妖術に長けていて頭も回るけれど駆け引きは苦手なタイプなんだろう。
いや、相手の言葉を無視してもおつりが来るくらい、妖術適性が高いのか。魔法良いなぁ。
「誰でも間違えることはあり得ます。全てを間違えずにいることはできません、約束もできません」
「なれば、野放しにすると?」
「いいえ、私がおります。弟として、兄の良き理解者として、無闇に使用しないと言葉を残しましょう」
今最大限にできることはここまでだ。
魅了がスーを守る事に繋がるなら乱発だって許す。でも、余計なトラブルに繋がるなら控えさせる。あとは、スーが私の言うことをちゃんと聞くように指導し、自身の危険性を理解してくれれば良い。自衛と牽制は武器の特徴を知らないとできることではない。
さらにざわつく会場。
その大体が、スーが男の娘であることに対する衝撃だっていうんだから緊張感が霧散するってものよ。
「……今はそれで良いとします」
「では、他に疑義のあるものは?」
何かあったのかもしれないけど、スーちゃんショックでそれどころじゃないらしい。
次の質問は出なかった。やったね!
その後は進行通り名前を貰い、儀式は終了した。
周囲の視線がスーに集まっている。それを守るように背後に庇って会場を後にする。
他の人達が見えなくなって、スーが安堵の息をついた。今日は無理せず、部屋で休んだ方が良いかもしれない。
「シン、あのね」
「なんだ?」
手を繋いで並んで廊下を歩く。
子供二人くらいならそれでも邪魔にならない程度に幅のある通路だ。
「ありがと! 格好よかった!」
えへへ、と笑う兄。ああもう可愛いなあ!
笑顔を返して、ついでに頭を撫でておいた。




