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翌日。
まずは現状の把握から入ることにした。
五歳児の記憶からおおまかな方針決定はしたけど、じゃあ実際何をするか、できるかについては見た方が早い。子供が帳簿見るかって話だ。基本情報は入ってきているけれど、それだけじゃ舵取りはできないですし。
起床時間は日の出のちょっと前。朝日が出る前に身支度と朝食を済ませる。ご飯はたいてい、昨日の残りだ。父親は小さい魔法なら使えるようで、簡単に火をおこしていた。指先マッチマンだ。
その火が絶えることがないように薪を継ぎ足すのは子供の仕事となる。朝一であればこの火を売ることもあるらしい。どこの家でも魔法を使えるわけではなく、残り火を熾すようなのだが、上手くいかないときはよその家から貰ってくる。その時に心付けとして半平を置いていく。
ちなみに平は通貨。半平は町人の間でだけで使える、一平の半分という単価になる。五銭みたいなもののようだ。
饅頭一個が六十平ということを考えれば、火の値段などあってないようなものだが、貰えるだけありがたい。半平貨ではちゃんとした商品は一つも買えないが、ちょっとした貸し借りの礼や労働力の対価として町人間で流通しているので使い勝手はそこそこ良い。
そんな風に、日が昇る前から始まる一日は、働いて、稽古して、遊んで、みたいな生活だった。
饅頭を売る場所はほぼ家の前であるから、午前中は仕込みをして過ごす。昼を過ぎたら売れなくなるので、遅い昼食後、腹ごなしに父に稽古をつけて貰う。
午後からは父が買い出しに行くので、兄と一緒に近所の子と遊ぶ。子供によっては近場の私塾で勉強をするが、うちにそんな余裕はないし、あったとしたら兄だけが行くことになるだろう。長女で次男なのだから、私の存在価値は兄のスペアって所だ。
「シン、どーしたの?」
夕飯前、遊び疲れて家に帰ってきたけれど、父もいないので、素振りでもしようと裏庭に向かったら、幼い声が訊ねてきた。
私達はお互いに、スンヨウ、シャンヨウと呼び合わない。こちらが勝手にスーと呼んだら向こうもシンと返してきたので、それがお互いの名前になっている。
いや、絶対に中華圏のあだ名のつけかたじゃないんだけどね。それに、兄弟間での呼び方って別のものがあった気がする。まあ、そこら辺は出生が面倒臭い事になってる私達にはあてはまらないってことにしよう。
「親父が帰ってくるまで、鍛錬しようかなって」
「僕もする!」
「怪我するなよ、怒られんのは俺なんだから」
兄とされるのはスーであるが、実際の年齢は自分の方が上だ。
だからか、面倒をちゃんとみろ的なことを言われることもある。
これは理不尽に搾取される家族カースト最底辺の宿命ですねわかります。
しかし、自分のあとをついてくる弟というのも可愛いものだ。近くにいれば目を離したことにもならないし、都合が良いかもしれない。
「シン、みじかいほうつかう?」
「どれでも良いよ、素振りするだけだし」
「うちあわないの?」
「危ないからね。親父のいないところでは、ダメ」
「ふうん?」
わかってないな。
軽くスーを手招きする。無防備に近付いてくる兄。
このくらいの歳ならまだ素直で良いよね。将来こいつがごろつきになったらどうしよう。
「親父の棒、持てるか?」
「もてるよ」
「でも、振り回せないだろう。親父は片手でぶん回して、俺達を小突き回すけど」
稽古と称していじめられてるんじゃないかと疑うレベルで転ばされる。
でも、大きい怪我はない。
「あれでも、手加減してるんだよ。本気で殴られたら、意識を失うと思うよ」
「えっと、うん?」
「俺達が余計な怪我をしないように調整してるんだよ。だから、親父がいいというまで、打ち合いはなし。素振りと体の動きを練習するほうがいい」
それに、知識もろくに持ってない下手っぴがやると、最悪事故で相手を殺しかねない。
年齢とか関係ないと思うんですよね、棒きれっつっても凶器だし。
だからまずは、体を馴染ませる。動きをよくする。基本は全てに繋がるから、その方がいい。
「でも、つまんないよ」
「何も考えずに棒を振り下ろすからだ。重心の移動や、蓄積された疲労と残り体力を測りながら、素振りをすると、一瞬だって気を抜けないのがわかるよ」
「シンは、いつもそんなむつかしーこと考えてるんだね」
うん? いやべつに普通じゃないか?
スーの言葉に首を傾げたら、相手も同じ動作をする。意思の疎通とはかくも難しいことであるか。
しかし、私がやるよりだいぶ可愛いんだが。双子と称してはいるが兄弟、似て異なる容姿とは言えこの差はいかに。天の与えたもうた才能の差ってやつか。あいつら私に才能くれなかったんだけど。
「じゃ、親父が戻るまでやってよっか」
「うん」
横並びになって棒きれを構えて振り下ろす。
隣で真剣な顔で素振りをするスーを意識しつつ、頭の中ではこれからの生活の算段をたてる。武術の事を考えないのかって? そんなことより金稼ぎのが大切です。
とりあえず稼業についてか。親父が足を悪くしているので、料理道具を持って移動できないし、売り場の確保もできないから販売会場の移動は難しそうだ。もっと人が来やすいところで売れば多少の儲けは出そうなんだけど。
とはいえ、うちの饅頭はご家庭でも作れるレベルの品物だ。わざわざ購入しなくても良いくらいの。スーパーで惣菜を買うように、作るのが面倒とかもう一品ほしいからという理由で買ってくれているんだろう。
その程度の品であれば、足の悪さを押してまで場所で勝負をかける意義はない。目立つ場所にあるからこれでいいか、ではさほどの差は生まれない。
値段は六十平。人件費を無視して、仕入れと雑費と税金をさっ引いて、手元に残るのはいかほどか。幸いにして食物だから、食費分の稼ぎがなくても餓えることはないけれど、種芋を食っては次の収穫に繋がらないがごとく、商品を食べてしまっては稼げない。
目先の改良箇所はここだろう。
買ってもいいかな、という認識を、是非購入したい、へとすり替える。
正攻法で良いだろう。饅頭というか、現実世界で言うところの肉饅なので具材を工夫すれば良い。それから、メニューの増加。同じ素材でも、材料の配合比率の変更と汁気の有無でそこそこ変わる。
商品を変えたら、次は広告、それからサービスの拡充。宣伝と、興味を持って貰えるような工夫かな。町で子供だけで遊んでいても問題ないから、治安は良いのだろう。酔っ払いとか、小道に浮浪者とか、そういった者も見えなかった。
どうやら我が家は町の外縁部に近い場所にあるらしいのだが、それにしても周辺の家々も貧乏ではあるが、心根の貧しい人はいないように思える。いや、まだ一日経ったくらいだけどさ。
「半平貨を集めるのと調味料と油の有無の確認……いや、ケモノ油なら余裕であるな」
肉饅あるくらいなんだから揚げ物だってできそうだ。焼き揚げになるだろうけど。
発酵生地はあるしパンでも……いや、窯がないのか? いや、ある。皿をこしらえてるはずだ。食用に使ってねーわな。
五歳児の知能ではお探しのものは見付かりませんでした。
「シン、なあに?」
「なんでもないよ」
日の入りが早くなってきているので、既に辺りは薄暗い。
夜目に慣れてはいないから、そこら辺も鍛える必要があるか。人工灯がないだけ月の光が明るくなるけれど、新月の日には視界が潰れてしまう。
やっぱ隠密スキル必須ですね。
「そういえば風呂って入るの?」
「ふろ? なにそれ」
ですよねぇ。
生活に必要な水は井戸から汲んでくるか、隣の奥さんに魔法で出して貰うか、雨水を利用するかのどれかだ。飲用できるのは井戸水か魔法水だが、喉の渇きを癒やそうと思ったら井戸水だけとなる。
公衆衛生の事業でも始めようかな。公衆浴場にトイレを作るよう上奏したいところだわ。まず文字がわからないけど。
その後、買い出しを終えた親父が帰ってきた。背負った籠から荷物を取り出すのは私の仕事だ。あと、食事の準備や洗濯、炊事全般も。
うむ、忘れてたね! というか、知らなかったよね!
とりあえずは荷物を片付けよう。
杖をついてえっちらおっちら帰ってきた親父だが、何も用意されてないのをみて、そのまま杖で私の顔をぶん殴った。
頭はやめろ!
少しよろけたところで、腹に突きが極まる。咳き込んでその場に倒れ込めば、起き上がる前にまた杖で殴られた。だから頭はやめなさい、打ち所悪いと内出血で死ぬぞ。
「遊んでばかりいるな、仕事をしろ!」
兄はおろおろしているけれど、助け船を出してくれるわけじゃない。
末っ子にあたる私は小間使いも同じで、長男となるスーは大事にされる。将来はどこぞに仕官でもさせようと考えているのかもしれない。
転がって距離を取り、起き上がる。
肉団子のスープでも作れば良いか。材料としては、今日の売れ残りがある。そのうち満漢全席作って度肝を抜いてくれるわ!
とりあえずは魔法水で湯を沸かす。その間に饅頭と同じ材料で具材を成型する。同じく皮で包むのだがこちらはできるだけ薄く引き延ばす。ひとつまみの肉を皮でくるんで、沸騰した湯へと放り込む。
味付けは塩しかない。出汁が取れそうなものもないので、一欠片のラードを放り込み、薬味として細かく刻んだネギを放り込んで火から下ろす。
ワンタンスープとも水餃子ともつかない物体ができあがった。これに皮だけの饅頭を用意して、本日の夕飯は完成だ。
木の椀はこの家には二つしかない。それぞれにスープをよそい、座って待っている親父と兄の前に置いた。親父は憮然としているだけだが、スーは嬉しそうな顔をする。ショタ可愛い。
「……おい、これはなんだ」
「食いもん」
「誰がこんなもの作れと言った」
「食わないなら、残せば良いんじゃないか? それより、美味けりゃ明日から饅頭と一緒に売りに出せばいい」
杖の範囲から離れて言えば、こちらを睨みながらも手を出せず、親父は黙ってスープを口にする。
一口飲んで、口もきかずに飲み干したから、お気に召したんだろう。スーも嬉しそうだ。
「明日からこれを作れ」
「椀は?」
「家から持ってこさせればいい」
さいで。
メニューは増えたけど、余り売れそうじゃないな。お椀持ってまでくるこたぁないだろう。
これは別の方面からアプローチをかけるしかないか。
「素振りしてくる」
声をかけて立ち上がる。
その前にお代わりを要求されたので、親父と兄にそれぞれ用意してやった。そこから裏庭へと向かう。
私がなにも食べてないことについて、誰も何も言わない。
まあ、そういう価値しかないって事だろう。それはそれで面倒がなくてだいぶ助かる。
では、日も落ちた頃合いなので、猫目の練習でもしましょうかね。
いつもお読みいただきありがとうございます。




