21
よくある話なんだそうだ。
だから、商店街の建物も外に行くほど簡易的なテントを利用している。市場の雰囲気があったのはその為か。
城壁があるわけでもない、野ざらしの場所では魔物の集団が攻め入ってくることもしばしば。にも関わらずこうして安全が確保されているのは、引きも切らず冒険者がやってくるかららしい。
非効率的作業が役に立っていた一例かなぁ。
ここをちゃんと守れるように衛兵を一定数確保しなきゃならんということが判明した。
内部の平定に外部からの防衛に忙しいな。基本は三班でローテーション勤務かな。訓練の時間を確保するなら四班以上必要か。むう、プライベート確保ならもっといるかもしれない。
班編制は実務の中で整理して貰おう。そこまで頭回らん。投げっぱなしにする!
で、今まさに戦っているわけですが。
暴れ馬の集団はあっちこっちに走り回ってこちらの群衆を翻弄している。機動力では勝てっこない。いや、数が多くてその利点も活かし切れていないようだから、なんとかなるか。
こちらが勝っているのは、数と個々に突出して強い人がいるくらい。相手の数が多い限りは向こうの利点もそこまで発揮されない、かつ個別撃破よろしく囲んで叩いているので、気が付いたら魔物は全滅しているだろう。
特に問題なかった。
うん、やはり上位戦士というか、冒険者をしている人達の動きがいい。
衛兵内定者さんなんかは、個別撃破の指示を出しつつ一人で何体もの暴れ馬を相手にしていた。自身の安全を図りつつ、危なさそうなところにフォローに入るってんだから、個人の強さは元より視野の広さと懐の広さが段違いだ。
あと目立つのは、あの四人組だろうか。
いつの間にか戻ってきていたけれど、あのパーティーだけで群体の半分は屠っている。戦果だけで言えばピカイチだ。
さて、残り数頭というところまで事が運んで、あとは残敵掃討である。ここまで来たらそれほどの人数は要らないので、残りの戦闘参加者は馬を集め始めた。その場で粗方の解体を済ませるらしく、首を落としたり内臓を取り出したりとてんやわんやの大騒ぎさだ。
ここで出てきたのが件の解体師だ。
自身は触れようとはしていないが、端的にあれこれ指示を出している。
天命職っていうのはひとりでにリーダーシップ発揮するような人に現れるのかね?
そこに悔恨など一切見られず、するべき事をただ淡々と的確にこなしていく男の姿がある。できる人は職種を問わないとは言うが、この人が別の職業に就いたところで、実務的な才能や知識は別として、活躍できそうな気がする。
非常時の振る舞いでその為人がわかるとはいえ、こうも明らさまなんかなぁと思う。
だが、見えるんだから仕方ない。
神殿だからね、視点が高いのはしょうがないね。
王様とか、偉い人達が高いところに立っているのは決して某とかいう理由じゃなかった。俯瞰して見れば、能力の高低はここまでわかるんかってくらいハッキリと分かりすぎるくらいに見てとれる。
ひとつ賢くなりました。かしこ。
なお、神官さんは通常運転で転職作業中だ。魔法使いから僧侶になりたいおじいさんにダメ出ししていた。
さて、馬の方は片付いたみたいだ。サクッと終わったな。
魔物肉はさほど美味しくないみたいだが、食えないわけじゃないらしい。と言うことで、腹が減っているのであろう極貧冒険者達に振る舞われるらしい。いくら新鮮でも生食は不可能であるため、バーベキューよろしく火を通してからのようではある。
食糧足りないし勝手に腹を満たしてくれる分については文句ない。
モツは廃棄するみたいだ。廃棄方法は少し遠い場所で魔法による火葬らしい。水分を含んでいるから普通にやったら燃え残るし、匂いが出るから別の魔物を呼び寄せたりするからだとか。意外とそういうとこシビアなんですね。
その役目を担ってくれたのが四人組だ。生意気少年はぶーたれてるが、他の三人が大人な対応をしていた。
なんであの四人で組むことになったんだろう。ちょっと興味ある。
されはて、他の冒険者達だが、殆どの人が風呂へ入るらしい。
泥臭い作業をしたからお湯でさっぱりしたいと、そういう事らしい。
気持ちは凄いよく分かる。私も風呂は嫌いじゃない。入れない日々は続いておりますけれど。というか、入る必要がない日々が続いていますけれど。それでも折を見て風呂には入りたい。
いいなぁ、美女がこぞって入浴する大衆浴場、私も生身で湯船につかりたいものだ。なぜ湯気が邪魔をするか。解せぬ。
そして男湯。今回の討伐に参加した面々が来る前に、商人さん達が入浴してる。戦闘じゃあできることがない、そして終わったら湯船が汚れるってんで、先に入っていたようだ。
そこは実利を取るというか、空気を読まないというか、効率を考えただけで人の心を無意識にでも蔑んでるというか。
鉢合わせはしないように気を付けているみたいで、脱衣場で衣服を身につけている。その場所で。
床がボコッと穴を開け、その口から数人のやつれた男達が這い出てきた。
そう、広場で地面に落とした面々である。
彼らについては、とりあえずしばらく放置していたけれど、それじゃあ面白くないから落とし穴の天辺をまず塞いでみた。
光が届かなくなり不安がる面々。そのうちの一人が気を利かせたのか、明かりの呪文を放ったので、これ幸いとばかりに、徐々に落ちてくる天井を演出した。
いやぁ、その時のパニックと言ったら。芸人もビックリなリアクションでした。詳細は彼らの名誉のため割愛とする。ちびるとかそんなもんじゃなかった。
そんでまあ、これ以上は屈めないってくらいにまで天井を落としてびびらせたあと、側面に穴を開けて脱出させた。
何が起こるか分からなくとも、潰されるよりマシだと思ったんだろう、全員がそちらへ逃げ出す。それを見届けてから元の落とし穴を天井落としで塞いだら、一人が腰を抜かしてた。
悪戯心で壁の側面を少し縮めた事は許してほしい。全員が驚愕の表情をしてました。
それでまあ、そこからは少しずつ上向きに横穴を作っては背後を遮断する作業をひっそりと続けてた。
暗闇の中で神さまに命乞いしてたり、ママに会いたいとか言ってたり、とち狂って仲間を襲ってたりしたから、十分に反省したと判断できるだろう。
だから、今回の首謀者と思わしき人に面会させることにした。
その取引現場を見てたら良かったんだけど、生憎とこっちも色々考え事があって目が回らなかった。今でこそ、各所を見張るためにモニタールームのような視界切り替えスイッチを確保しているけれど、そん時じゃあなんの設備もなかったしさ。
こっちの不手際で、回りくどいことをしてしまったね。そこはすまない。
「おっ……おまえっ! 何が分の良い仕事だよ!!」
「てめぇのせいでっ……!」
「俺の……俺の貞操……!」
じりじりと、睨み上げながら這い寄る数人の男達。
それを困惑気味に、しかし見下す視線は隠しもせず、爽やか風商人が困った口調で嘯く。
「なんですか、あなた方は。そのような場所から出てきて、不躾に」
「うるせぇ……お前のせいで、こっちはなぁっ……!」
「同じ目に……合わせてやる……」
「……誰か、冒険者か衛兵を。この者達を捕らえて貰いたい」
そこに丁度良くやってくる馬討伐の功労者達。
現場に出くわして固まるが、すぐに思い直したのか這々の体であるごろつきどもを取り押さえる。
立たされ、その匂い故にかしかめ面をされているが、無頼漢は気にせず商人を睨み付けた。
「そこの男が唆したんだ! 金をやるから、神官どもをこきおろせってな!」
「金で職業を買った奴がいるって言ってやがった!」
元々、信用されていないような奴らの言葉ではあるが、何か思うところがあったらしく、冒険者達の動きも止まる。
入り口付近で立ち止まる後続者の間を分け入って、内定さんがやって来た。お、良かった話が早い。
「何があった!? うん? お前達、落とし穴に落ちてなかったか……その穴、どうした」
「わかんねぇよ、穴があいたから進んできたんだ」
「なるほど……神の思し召しか」
勝手に納得された。
神さまじゃなくて神殿だけどニアミスだから良いよね。
「ああ、衛兵さん。この者達が、謂われのないことで私を貶めようとするんです。捕らえてくれませんか」
飄々と。この中でも、ただ厳然とそれが正しいことのように言ってのける爽やか風。
まあ、誰にどう唆されようが、金を貰っていようがいまいが、実行したのはそこのごろつきどもなので、その分の罰は免れるものではないけれど。今回ばかりは教唆した方も裁かれるべきじゃないですかね。
ごろつきどもが騒いだのは夕方、飯がないということでだった。
その翌日に金をちらつかせ転職を迫った。ということは、その間に金によって集められた人達が多少なりいることを知っていなければならない。
話が漏れるとしたら本人達からだろう。転職できた遊技商人は外に泊まっており、転職後には旅立ったので噂を残す理由がない。
同じく戦士の二人にもメリットはない。
残りの商人のうち一人は、天命を持っているが頭があれなので、酒の愚痴として金だけ巻き上げられそうになったと話すことはあっても、金で転職できるとは話さない。それに、金があるのに転職できない理由がなくなるので、嘘をついてもすぐバレる。
そしたら消去法で爽やか風しか残らん。
コイツは転職できていないし、そもそもの目的が巫女さんだし、騒ぎに乗じて誘拐を企んでいてもおかしくない。
確実に計画が成功する目処は立っているとは言えないが、成功する確率は跳ね上がる。このような場所には彼女を置いておけないといわれたら、頷くしかない程度には場が混乱していた。
と言うことで、五割方確定だったから実行犯を真犯人にお目通りしたわけです、はい。
違ってたらどうするか? ごろつきが完全に捕まるタイミングで放ったんだから大丈夫、今度は人道的に牢屋にでもぶち込まれただけだろう。
さて、あとは成り行き任せにするしかない。
だって誰も啓示を受けてくれないからさ! 神官さんは通常運転のため現在はお仕事中だ。
「謂われないとはどのようなことですか」
「私が、その者達を使って神官殿及び尼殿へ尊厳を欠く言動をさせたということです」
「あんたの指示だった!」
「騒げば金を出すと言っていた! 特に、若い尼さんを追い詰めろと!」
その言葉にピクリと反応する衛兵内定者さん。
若いおなごが犠牲になるのは誰だって忌避するところだろう。
「そのような戯れ言、誰が信じるんですか。私に罪を着せようなど、図々しいにもほどがある!」
「では何故、貴方だったのか」
「どういう事でしょう?」
「ここには他にも人がいる。ですが何故、貴方だったのか? 何か因縁があるに違いない」
「たまたま、目が合っただけでは?」
「きちんと取り調べなければならないでしょう」
「関係ありません」
「いいえ、貴方は自分で関係を示した。私を衛兵と言ったからです」
その言葉に愕然とする爽やか風。
ですよね、単なる内定、見習いというか検討中というだけ、冒険者としても先頭に立ってきたから、他の冒険者の面々が当然のように受け止めるのは納得だけど、それを衛兵と断定できるってあの日に呼び出されないと無理だもんね。
なので結局、裁可は神官さんを交えて行うことになった。
口出しができるというだけで今からオラわっくわくすんぞ。
ともかく、内定者さんが普通にできる人でラッキーでした。




