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−19年 -4-/12




 “家族のお茶会”からしばらくして、再び四人が一堂に会するお茶会が開かれた。

 前回の藤枝垂の庭から変わり、今度は薔薇の庭だ。色も形も丹精された、とりどりの薔薇咲く庭は、皇宮でもそれと知られていながら、基本は皇帝一家が占領することを許された場所である。

 だけでなく、ここに入ることを許された者は皇帝一家が最上の信を置いたと同義とされる、入れるだけでも栄誉の庭だ。なにせ、この城は別名を薔薇城と呼ばれるほど。その中心にある皇宮ともなれば、薔薇に対する愛着はひとしお感じられる。


 そんな中に現れたのは、アップルグリーンに、クリーム色の蔓と青い花の刺繍をしたドレスを着て、髪を結って小さなティアラを飾るマルガレーテ。エスコート役は、手袋をし、艶のある黒の地に鮮やかな青の刺繍をした軽い礼服姿のヴィルヘルム。

 この二人は明らかに差し色に青を揃えた、茶会らしく夫婦らしい昼の姿だった。

 そこに加わるアルノルトは薄青の地にシャンパンゴールドの刺繍、珍しくしっかりとはめられたサークレットには、三つめの目のような鮮やかな緑の貴石。両親の差し色であり、母の瞳の青をはっきりと取り入れつつ、サークレットの緑は父の血を感じさせる。三人揃えてみれば、皇帝夫妻とその一人息子は、非常に煌びやかだった。

 そして、そこに混ざるキリエはシャンパンゴールドのドレス。それも、裾に緑や青、差し色の赤で鮮やかに刺繍をしたもの。大人びてはいるが娘らしい華やかさで、アルノルトの差し色と地の色を揃えつつ、差し色に青と緑を取り込んであることによって、三人それぞれに共通項をもたせた姿だ。

 キリエとしては、いささか気恥ずかしくもある。



 衣装決めのときのことだ。

 華やかすぎる、とキリエは尻込みしたのだが、やっぱりこれがいちばん似合うわ、とマルガレーテは楽しそうに着せた。

 アルノルトに合わせた長さの髪はかるく結えるほど、それを結って髪飾りをつけ、多少の化粧をすれば、たしかにそのドレスは見違えるほどよく似合った。事情を知らない者が、キリエをアルノルトの双子の姉妹だと紹介されたら、きっと誰もが信じてしまうだろう。


「ね、キリエ。お給料ちょっと減らす代わりに一年一着でもいいからドレスを作るつもりはない?」

「謹んでお断りさせていただきます」


 目をキラキラさせたマルガレーテの誘いは断った。ドレスの金額云々もなくはないが、それは実際のところ今の給金で足りる。むしろ、スラム出身のキリエは実のところ金の使い方というものをあまりわかっていないため、余っているくらいだ。とはいえ、そんなキリエでも自分の財布の中身や収入くらいは把握していた。

 だが、着ないのだ。というかそもそも、キリエは別に貴族の令嬢でもなければ富豪のお嬢様でもなく、たまに仕事でドレスを着ることがあるだけだった。

 それに、ドレスなどあつらえられてしまっては、またお茶会に呼ばれる回数が増えてしまう。そんなことをされては、キリエの心臓などいくつあっても足りないだろう。


「惜しいわ、絶対可愛いのに」


 それでもだめです、とキリエは押しきった。



 そして、この寿命の縮みそうなお茶会に挑んだのである。

 ただ茶会がしたかっただけではなくて、こういった場での礼儀の実践というものや、実際のアルの振る舞いを学習するという意味合いも、この場では兼ねている──キリエももちろん、わかっている。

 マルガレーテに呼ばれて庭に出て、ゆっくりとカーテシーをした。片足を引き、腰を落とす。


「キリエ、参りました。……お母様も、お父様も、見苦しいところがありましてもどうぞお許しくださいね」


 堅苦しくしすぎて、また眉を悲しげにひそめられるのはいやだったので、諦めてこうした。

 すると、大股にヴィルヘルムが歩み寄って来て、何かと思えば彼はすこしかがんだ。

 仰天したが何もできないキリエは目を丸くしておろおろしたが、ヴィルヘルムは楽しそうに笑っていた。


「うん、今日の我が娘は殊更美しいな。グレーテはお手柄だ。

 それから、私もキリエの作法が美しいのはよく知っている。それに、どうせ身内の席なのだからそう気にせず、ゆったりと楽しみなさい」

「キリエが必死に努力してそこまで至ったことを、僕らは知ってる。それを笑うような僕らだと思う?」


 気づけば、アルノルトがそこにいた。

 アルはキリエの方に手を差し出している。当然ながら、エスコート、だった。


「短いけど、どうぞ?」


 余所行きの、蜜のような笑顔。十二歳にしてこの誑しよと言われた笑顔である。キリエはそれをまじまじと見つめ、真顔で言った。


「……前から思ってたけど、その顔、有効なのはわかるけど気持ち悪いわ、アル」


 アルノルトが微妙な顔で固まった。

 キリエは思わずくすくすと笑った。どんな綺麗な笑みでも、馬上で溌溂と、声をあげて笑っている笑顔にはかなわないとキリエは知っている。キリエの主、アルノルトはただ美しいだけの人ではないのだ。

 おとなしく、手を預ける。

 手慣れたエスコートは、まるで歩幅まで計算して合わせたように歩きやすかった。……まあ、キリエがアルノルトそっくりの挙措で歩ける時点で、それも当たり前といえば当たり前だが。


「やっぱり、本当に兄妹のようね」


 着席すると、やはりヴィルヘルムにエスコートされて座ったマルガレーテが楽しそうに笑っている。

 青い花の髪飾りも、首元の飾りも、纏うドレスも、マルガレーテが少女時代に愛好したもので、借り物だ。肝が冷えるったらないのだが、マルガレーテの笑顔につられたにしても、借りると決めたのはキリエ自身だ。キリエなりに腹をくくっていた。

 汚さないこと。服装に見合わない挙措は避けること。前日に繰り返していた動作を忘れなければどうにかなる、とキリエは微笑んだ。


「さぁ、楽しいお茶の時間にしましょう」


 主催のマルガレーテが笑顔で開始を宣言した。

 お茶を運んでくる侍女の顔も、キリエの見知った先輩だ。ちょっとだけ「あなたも大変ね」みたいな顔をされたのはきっと錯覚ではない。

 お茶は美味しかったし、マルガレーテも幸せそうな顔だった。お菓子だけはなんだか自分のだけ毒入りだった気がしたが、どうせまた、どこかのだれかの嫌がらせかエルゼの教育の一環かいずれかだろうし、すでにこの程度では効かないので良しとした。ここで無様を晒すことがいちばんの問題である。

 マルガレーテとヴィルヘルムは、アルの幼少期の話や、隣国ロランディの話をしてくれた。自分の見たことのないアルの話は楽しかったし、恥ずかしがるアルの反応も面白かった。ロランディの話も、ローゼ帝国どころか王都周辺から出たことのないキリエには、とても興味のわくものだった。

 そして、その流れでマルグレーテがさらりと言った。


「そういえば、エリオ兄様を呼んでおいたから、また今度、ドレスを着て描いてもらいましょうね」


 お茶を吹きそうになったのは、もうどうしようもなかった。

 マルグレーテの兄、エリオはロランディの元王子で現王弟である。前代未聞の、臣下に降りたいが地位はいらないという宣言があり、やはり前代未聞の、従来は公爵位を与えられる王弟でありながら、伯爵位の持ち主である。


 しかしそれが許容された理由がある。


 マルグレーテが歌うサファイアと呼ばれた歌の天才なら、彼はその才能を絵に見せた人だ。王子時代から画家としての才能の片鱗を見せていたが、臣下というか半ば野に下り、その才能を開花を超えてぶちまけた……らしい。

 伯爵とはいえ兄王にも可愛がられており、ないがしろにされているわけではなく、この地方では有名な画家───らしいが、キリエでは詳しいことは不明である。


「母上、本気で伯父上を呼んじゃったの?」

「ええ、呼んじゃったのよ。たまには画材持って顔を見にきてって」


 アルノルトは変な顔をした。伯父上にはいい思い出がないらしい。


「キリエで遊ぶんじゃないかあの人……」

「あら、遊ばないわよ。エリオ兄様は、女の子は可愛がるもの」


 キリエは静かに目を閉じた。もうなんでもいい。

 まず日程調整だ。現在、アルノルト皇子の第一の側近となっているキリエは日程管理もしている。

 ついでに自分はマナー講座をもうすこし詰め込んで、密偵講座と、最優先で対刺客講座を……念のため、自分の毒慣らしの回数も増やし、どこかにお忍びで行くことになっても問題なく毒味役になれるようにしなくては。しかし、まだ小姓の身の上で、一人前とされる侍従には程遠いができることはあるだろうか。

 そんなことをキリエは頭の中にずらりと並べた。

 心配事も面倒ごともなくならないものだ。でも不思議と、大変なだけでなくて、楽しみだと思えた。




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