表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

異世界ターミナル

作者: SS

今まさに俺は異世界へ転送されている途中だった。

突然の事で大層驚いた。

道を歩いていたら急に大きな落とし穴が出現しうっかりそれに落ちてしまったのである。


穴の下は大きな滑り台になっていた。まさか異世界への転送が大きな滑り台になってるとは思わなかった。ローラー式になっている滑り台だ。踏ん張ろうとしてもドンドン降っていってしまう。

子供時代によくこういう滑り台で遊んだもんだ。俺はもはや地上に戻るのを諦めスピードが上がっていく身体をなすがままにしていた。さながら冬のスポーツ、スケルトンである。滑ったさきでの衝撃を考えると憂鬱になった。


心配したような衝撃はなかった。

滑り台は段々角度が0に近づき自然とブレーキが掛かるようになっていた。

異世界に転送される側の気持ちを考慮した良い造りになっていると思う。

降った先に着いた時にはお尻がジンジンした。いずれ作り直す時にはその面もケアする構造になっているとありがたい。


降りた先は高速道路の夜のパーキングエリアの様な光景だった。

辺りは真っ暗ではあるが、洞窟の様に岩や土で覆われてる訳でもない。巨大な空間に何車線あるかわからないほど大きな道路が一本伸びており、その道沿いに商店や喫茶店のような建物が立っていた。さらに、道を挟んだ向かい側にも建物が見える。喫茶店の中で人々がゆっくりコーヒーを飲んだり新聞を読んだりしているようだ。どういう状況なんだろう。

まあ異世界に転送されるという異常事態である。何がどうであってももはやあまり驚かなかった。


道の先を見ても、何処まで続いてるのか目視出来ないほど長く伸びていた。

よくわからないまま取り敢えず、建物の方に向かって歩いた。自動販売機の前にベンチがある。滑り台のせいでとにかくお尻が痛い。

140円の表記に少し躊躇したが仕方なく自動販売機でアイスコーヒーを買い、ベンチに腰を下ろした。


ここは一体何なんだろう。

そして俺は今からどうなるのだろう。

コーヒーを飲みながら俺は不安に駆られた。

とにかく落ち着いてよく考えよう、と思っては見るものの考えは何もまとまらなかった。アイスコーヒーがハイペースで減っていった。


俺以外にもいっぱい人が集まっているようだが、此処が既に異世界なのだろうか。

俺が思い浮かべていた異世界とは随分違う気がする。

もっと現代の人間とは到底思えない格好をした異世界人や、いわゆるモンスターの様な化物や半獣人。異形な建築物。そういったものを想像していたのだが。

ここはただの夜のパーキングエリアとさほど変わらない様子だ。異世界という雰囲気ではなかった。


シャーーッ!っと大きな音を立ててさっき俺が降りてきた滑り台から新たに人が降りてきた。むくりと起き上がった彼も、お尻を押さえながら不思議そうな顔で辺りを見渡している。みんな俺と同じくどういう状況なのか理解出来ていないようである。


「不安なのはわかりますよ、私も最初はそうでした」

突然、青年が話しかけてきて俺は驚いた。いつの間にか俺の横に座っていた様だった。


「あなたも今、滑り台から降りてきたとこでしょう?あそこにいる彼の様に」

「は、はあ、そうです」


妙に落ち着いた青年だった。20歳くらいだろうか。俺より随分年下なんだろうが、雰囲気だけで言うと年上の様だった。

「私も初めはそうでしたよ。突然あの滑り台に乗せられてよくわからないままこの場所にくる…不安ですよね」


「何なんですか?この場所は。てっきり異世界に転送されるものだと思っていたんですが」

思わず彼に尋ねた。彼は「ふっ」と笑った。俺は彼の表情を見て赤面してしまった。

「異世界に転送だなんて、何を言っているんだこの中年のおっさんは」と彼は思っているんだろう。冷静に考えれば、荒唐無稽も甚だしい。

そもそも何故俺は異世界に転送されていると思ってしまったのだろう。何故か落とし穴に落ちた時に「ああ、俺はこれから異世界に転送されるんだな」と感じてしまったのである。そんな訳ないじゃないか、冷静に考えたら当たり前なのに。一回りほど下の年齢の彼に笑われてしまって、俺は恥ずかしい気持ちで一杯になった。


「いえ貴方は異世界に転送されたんですよ。滑り台に乗ってる時、異世界に転送されているんだなと言う気持ちになったでしょう?ここに来る人はみんな異世界行きの滑り台に乗ってることに自ずと気付いてしまうんです」と、俺の気持ちを見透かした様に彼は言った。

「今は転送されている途中です。此処で少し休憩した後、目的地である異世界にたどり着くんです」


「休憩?」

「正確に言うと、ここはターミナルなんです。ここに集まる人達は全員が同じ目的地に行く訳ではない。それぞれ違う異世界に転送されるんです。まるで中世ヨーロッパの様な雰囲気の異世界に行く人もいれば、荒廃した未来世界に行く人もいる。ここで一度集まって行き先ごとにバラバラになります」


物流センターじゃないんだから、と俺は思った。

まるで荷物か何かの様に選り分けられそれぞれ違った世界に配達されると言うのか。

「もちろん同じ異世界に行く場合もあるでしょうが、赤の他人同士が同じ目的地に着くなんてことはまあありませんね。大抵友人や同僚といった関係の人達が同じ異世界に転送されるんです。わかるでしょ?」


わかるでしょ?と言われても。

そういうものなのかなと納得するしかなかった。

喋っている間もシャーーーー!っと滑り台からドンドン人が降りてくるのが目に入った。


「ではやはり異世界に転送されている途中なんですね」

「ええ」と彼は頷いた。


「待っていたら向こうからバスが来ますよ。貴方が呼ばれたらそのバスに乗れば異世界まで連れて行ってくれます。まあそれまでは喫茶店で休憩するなり商店でお土産を買うなりして時間を潰せばいい」

「はあ、そうですか」


彼はここの事や事情をよく知っている様だった。俺はこれからどうすれば良いのかわかったので幾分気持ちが楽になった。しかしやはり異世界に転送されてしまうんだな。俺はこれから異世界で起こる色々な揉め事を想像してやはり憂鬱な気持ちが消えなかった。


「貴方は変わった人ですね。ここに来て貴方の様に不安な顔をしてる人なんて一人もいませんよ」と彼は笑った。

「ほら」と彼が指さした方向を見ると、先ほど滑り台で降りてきた男が、周りにいる人達と嬉しそうにガッツポーズをしていた。

固い握手を交わしてピョンピョン飛び跳ねて喜んでいるようだ。

「やった!やった!」と叫んでいた。


俺は何故あんなに喜んでいるのかよく分からなかった。

「ふふっ」と俺の横で青年は笑った。

「あそこで喜んでいる彼も異世界に転送されるためにここに集められたんです。貴方も彼も、選ばれたんですよ。"主人公"に」

「主人公?」と俺は言った。


「異世界に転送される、という事がどういう意味かわかりますか?彼はこれから9割がた異世界でとんでもない活躍をする事はもう決まったようなもんです。大抵の場合、異世界には彼にベタ惚れする美少女異世界人が登場し、彼が適当に日々を過ごせば結ばれる運命にある」


「そんなことわからないじゃないですか」と俺は言いかけたが彼は言葉を遮ってまくし立てた。

「いや、ほとんどの場合そうなるんです。しかもそんなに努力する事もなく大業を成し遂げるでしょう。王様みたいな人に名誉ある立場を与えられて讃えられる。運が良けりゃハーレムみたいなものさえ与えられる。やりたい放題ですよ。勿論敵兵士とか魔物みたいなものと戦わなきゃいけないこともあるでしょうが、どうせ勝つのは決まってる、負けたとしても死にはしない。そういうパターンなんです。しかも最近では戦いとかじゃなく農業とか居酒屋の店主みたいな楽な展開もあるらしいですからね」


えらく詳しい奴だなと俺は思った。

「でもさっき、荒廃した未来に転送される人もいると言ってたじゃないか。そんなとこに転送されたんじゃたまったもんじゃない」


「確かにそういう人もいる。荒れ果てた未来から死ぬ思いをしながら現代に戻ってくる、そんな人もいるかもしれませんね」と彼は答えた。


「しかしさっき降りてきた彼を見て下さい。どう見ても何の取り柄もないように見える平凡な高校生だ。これは想像ですけど、帰宅部で女の子と縁のないどうしようもない奴だ。ニートかもしれない。ただよく見れば、目立たないが顔は整っている。ね?わかりませんか?」

なるほど、何となく分かるような気がする。彼が何を言いたいのか、俺は薄々理解した。


「もうあのタイプの少年が異世界に転送される場合、さっき言ったパターンになるのなんて100%決まってるんですよ。向こうで普通に暮らしてる間に美少女が勝手に惚れる展開になるに決まってんだから。逆に言うと精悍な、いかにもタフなもてそうなタイプの奴ほどヤバイですね。過酷な状況を生き抜いていく、そんなストーリーになることが多い」

なるほどなぁと納得せざるを得ない。

もはやそのパターンと自分で理解できたからこそ今降りてきた彼は飛び跳ねて喜んでいるのだ。


「失礼ですが、貴方は平凡な高校生のような人ではなく、いい歳した中年…これは想像ですが最近仕事をクビにでもなったんじゃないですか?それか元々引きこもっていたとか?どちらにしても良い人生を歩んでいたように見えないのでこれからの異世界生活は先行き明るいですよ!」


余計なお世話だ!と怒鳴ってやろうかと思ったが、グッと堪えた。

確かに俺は仕事を失いふらふら生活してた中年のおっさんである。

この青年、腹立たしいがよく分かっている。彼に言わせれば俺みたいな奴が異世界で薔薇色セカンドライフを送る絶好パターンであると言うのだ。


「異世界に転送されたというだけで宝くじが当たったようなもんですよ。そりゃ確かに行き先は選べないですがそんな悪い事になる事はないです。ほら、バスが来ましたよ。呼ばれるかもしれない」


異世界行きと書かれたバスから運転手のおじいさんが降りてきて、大きな声で名前を呼び始めた。

呼ばれた人達が軽快な声で「はい!」とバスに集まっていく。みんな満面の笑みを浮かべ小走りなのが薄気味悪い。

さっき降りてきたところのあの平凡な高校生も呼ばれたようだった。俺は呼ばれなかった。俺が行く予定の異世界行きのバスではなかったようだ。


「えー、前田さん?」「はい!前田です!」と高校生は答えた。

前田って言うんだあいつ。嬉しそうだな。

「じゃあ乗ってくれる?」と運転手はリストをチェックしながら言った。

前田はウキウキした様子でバスに乗り込もうとした。


「まて!!」と誰かが叫んだ。

前田はびっくりして振り向いた。


「前田さん…ちょっと待ってください」と何処からともなく黒服の男が3人駆け足で現れた。

何だ?何が起こったんだ?とバスに集まった人達がざわつく。

何が始まるんだろうかと俺は首を傾げたが、隣に座ってる青年はあーあと言った表情で目を閉じた。何が起こるのか分かっているようだった。


何やら黒服の男が前田の耳元で言っている。前田の顔がみるみる青ざめていくのが分かった。

「嘘だろ…何で…?マジかよ…まだ異世界も行ってないのに…もう"筆折っちゃった"のかよ…?」


「残念です」と黒服の男が言った。

「やっぱ無理ですか?無理なんですか…?」と前田は子犬のような目で懇願する。

「決まりですから…と言うか、前田さんの"先"が何にもなくなっちゃったんです」

「何で…?早過ぎるだろ…」

「こちらへどうぞ」

前田に動く気がないと見るやいなや黒服達は前田の両脇を抱え込み強引に何処かへ連れて行こうとする。

「やめ…助けて!誰か!嫌だ…嫌だぁ!!」


「約4割」

「え?」と俺は青年に振り向く

「約4割は異世界に行く前に元の世界に連れて帰らされるんです。」

「何故?ここまで来たのに?」

「見切り発車ってやつですよ。『ちょっと異世界に連れて行くか』みたいな感じで連れてこられたんでしょう。『やっぱやーめた』となってもおかしくはない」と、青年は無表情で言った。


よくわからないがそういうもんなのか、と俺はあまり考えないようにした。

「じゃああの前田は元の世界に帰れる訳だ」

「帰れる…まあそういう事です。帰らされる、と言ってもいい。あっちを見てください」


青年が指差した方を見ると、いつの間にか前田が道路を挟んだ向こう側のエリアに移動させられていた。

そういえば向こう側にも似たような建物があったな。あっちは何なんだろう。

「こっち側は異世界行き、あっち側は元の世界行きなんです。いや、どちらも異世界行きと言っても良いかもしれないが」


俺は青年がどちらも異世界行きと言ってる事がよく理解出来なかった。

そもそも、向こう側の異常な光景に目を奪われてしまっていて彼の話が全く頭に入ってこなかったのである。


よく見ると向こう側には人類とは違った形をした異形の人類というようなものがウヨウヨしていたのだ。

天使のように羽の生えた女の子や、悪魔の様な尻尾が生えた女の子、猫耳がついた女の子…

女の子の比率が異常に高い様な気もするが、とにかく驚くべきものだった。


「そうです。異世界人が我々の世界に来る事もあるのです。異世界人にとっては我々の世界こそ異世界です。向こう側のターミナルは我々が帰る為だけにある訳じゃないのです」


「それにしても女の子が多くないか?」

「そういうもんです。男の異世界人がやってきても面白くもなんともないでしょう?いや勿論、そういう異世界人もいますよ?でも大多数は美少女異世界人なんですよ」


落ち込んでいた前田だったが向こう側で妙に楽しそうにはしゃいでいるのが目に映った。ベンチに座って異世界人と仲良く談笑している。まるで、キャバクラにきている男性客のようだ。自分の世界に戻る前に出来るだけ元を取ろうなどと考えているんだろうか。


「そう言えば、こちら側は男ばっかりだな。それもさえないうだつの上がらないような奴らばっかりに見える、まあ自分も含めてだが。それも、やっぱり…?」

「そういうもんです。トレンドなんでしょう。そんなんばっかりですから最近は」と青年は未来を憂いたような表情で言った。


「はあ、そんなもんか」俺はもう深く追求する気持ちもなかった。



「さあ、バスが来ました。今度こそ貴方が乗るバスだと思いますよ。それではこれでお別れですね」と青年は立ち上がった。


バスの運転手が俺の名前を呼ぶ。

乗り遅れないようにしないといけないが、最後に彼に聞かないといけないことがあった。

「ちょ、ちょっと待って。お前はいつバスに乗るんだ?」


「私の場合はちょっと特殊でね。閉じ込められてしまったんですよ。何とか死ぬ前に私の話を終わらせてくれりゃあ、こんなとこで永遠に閉じ込められる事もなかったんですがね。未完ってやつです」そう言って彼は手を振った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ