第3話
少しだけ長いです。
「はぁ?」
しんとしていた中に誰かの呆れたような声が響いた。それを皮切りにざわざわと生徒達が騒ぎだす。しかし先程の不安が募るざわめきとは違い、馬鹿にしたような雰囲気である。当然だろう、ゾンビなんて映画に出てくるファンタジーな存在だ。それが今この町の中で溢れかえっているなんて信じろという方が無理な話だ。
「あれれー?俺の勘が当たっちゃった?」
雨竜がおどけた様に言うが、その顔はさっきまでの真面目なものではなく、いつものようなヘラヘラとした顔である。彼も校長の言葉を信じていないのだろう。
「やっぱ、よく当たるって言っても勘は所詮勘だな。阿形、教室に戻ろうぜ!」
そう言いながら雨竜が振り返ると、今まで見たこともないような真剣な顔をして考え込む衣弦の姿があった。初めて見る衣弦の様子に戸惑いながらも雨竜は再度話しかけた。
「おいおい、なに真面目な顔しちゃってんの?まさかお前、ゾンビが町中うようよいるなんて世迷いごと本気で信じてるのかよ?」
「ああ。校長の言っていることは事実だと思う。」
「はぁ?」
雨竜が何言ってんだこいつ、という目で衣弦を見るが衣弦は真剣な顔を上げてその目を真正面から捉えた。
「岩田、よく考えてみろよ。いつもなら今は授業中だろ?」
「何当たり前のこと言ってんだよ。」
「休み時間の招集なら冗談だと俺も思う。でも今は授業中だ。受験を控えた俺達にとって、わざわざ授業中に招集をかけて冗談を言う意味が分からない。一年生だけとかなら有り得なくもないけどな。それでも大切な授業を削ってまでやる事じゃない。これが冗談だったとしたら、ちょっとした問題になるだろ?」
「まぁ、そう言われたらそうかもな・・・」
言いたい事は分かるのか雨竜は頷いている。
「それだけじゃない。教師だって暇じゃないんだ。詳しくは俺も知らないけど、次の授業の用意やら教室移動やら色々な雑務があるはずだ。俺達より忙しいはずの教師、しかも全職員を集めるっていうのは冗談をやるにしても馬鹿げてる。それこそ冗談だろ。」
「・・・・・・。」
考えているのか雨竜は黙って聞いている。
「なによりもこの講堂の緊急招集、おかしくないか?まるで、皆を一ヶ所に集めることが目的みたいだろ?ふざけたいだけなら、それこそこんな面倒なことしないで、校内放送で流せばいいだけだ。」
衣弦の話を聞いた雨竜の顔が若干青ざめている。青ざめた顔のまま雨竜は口を開いた。
「おいおい・・・ってことはまさか・・・」
「ああ、良かったな。お前の予感が当たったぞ。」
にやっと唇を歪めながら衣弦は笑った。
何か言い返そうと雨竜が口を開いたその時だった。
バンと大きな音を立てて講堂のドアが開かれた。皆の注目が一気にそちらへと集まる。ドアの前に立っていたのは、この学校の警備員だった。しかし彼の姿は異様だった。その制服はボロボロに引き裂かれ、所々に血がにじんでいる。何者かと争ったのか、顔や腕には無数の引っかき傷のような跡があり、片腕と片足があらぬ方向に捻れ曲がっている。講堂内の全員がその痛ましい姿を見て息を呑む中、警備員の男は立っていることも辛そうな満身創痍の状態で、力を振り絞るように大声を上げた。
「校内に・・・侵入されました・・・!!」
その言葉を最期に彼はドッと前に倒れ伏した。そのままぴくりとも動かない。
再び静寂がその場を支配した。
そんな誰もが呆然としている中、いち早く動き出したのは衣弦だった。彼はスタスタと出口の方へ向かって進んでいく。周りの生徒達は目の前で起こったことが信じられないのか、衣弦のことには目も向けない。唯一彼に気付いたのは傍にいた雨竜と衣弦のことをいつも目で追っている女子生徒だけだった。
「おい、阿形、どこにいくんだよ!?」
衣弦の後を追いながら雨竜がその背中に声をかける。
「どこって・・・逃げるんだよ。このままここにいればあの警備員の二の舞だ。言ってただろ?侵入されましたって。」
普段よりもさらに冷たい声で衣弦が応じる。
「それに多分ここはパニックなるだろうから、巻き込まれる前に講堂からすぐに出たい。」
そう淡々と言われて、何も言えないのか雨竜も後ろからついてくる。
「岩田は別に俺に付いてこなくてもいいんだぞ?俺はとりあえず自分の家に帰るだけだし。」
「いや、お前さえ良ければ俺も一緒に行きたい。ここに残ってても、お前の言ったとおりになりそうだしな。」
「ええ〜。良くないから来んなよ。」
「そんな冗談言ってる場合じゃないだろ。早く行くぞ。」
「本気で言っているんだが・・・」
そのまま三人は講堂内から出ていってしまった。いや正確には衣弦と雨竜の後ろからこっそりと女子生徒がついて行ったので二人と一人か。
少しだけ遠くなった講堂から爆発のような悲鳴が聞こえてきたのは、衣弦たちが出ていって間もなくのことだった。
読んでいただきありがとうございました。