9話 魔王城完全攻略!最短ルートは入口数十m、所要時間は約五分
今回は戦士の話です。
儀に熱く、情に脆い男、戦士。
礼儀正しく、紳士的ですが、若干ムッツリです。
今まで、自分は魔物を倒すことを躊躇したことなどなかった。なぜなら、それが正義だと信じていたからだ。
例えば、それは冒険者ギルドからの討伐クエスト。
自分は求められるがままに、魔物を狩った……
例えば、それは行商人の護衛の依頼。
襲ってくる魔物は言うに及ばず、見かけた魔物は後顧の憂いとばかりに逃がさず倒した。
馴染みの村の近くに魔物が出たと聞けば、依頼が無くとも探し出し、倒した。
それが、例え村に実質的な被害が出ていなくとも……だ。
自分が倒した魔物の数は、4ケタを下回る事はないだろう。
その数こそを我が誇りとして……
魔物は悪であり、討伐するべき敵である……と信じていた……
だが、どうだ。
この魔物……コボルトどもの話を聞く限り、戦から逃れひっそりと暮らしていたところへ、冒険者が襲ってきたと言うではないか。
自分にはその光景を、ありありと思い浮かべることが出来た……
……違うな……自分は知っているのだ、その光景を……
魔物の村を蹂躙する、冒険者たちの姿を……
“魔物の村壊滅クエスト”
それは、発生頻度こそ低いが、冒険者ギルドに上がるクエストとしては割とポピュラーなクエストだ。
倒した魔物から魔石が得られるため、クエスト報酬以外に収入があると、冒険者の間では人気の高いクエストの一つだった。
その内容は文字通り……魔物の村の壊滅、そして魔物の殲滅だった。
自分が過去にこのクエストに参加したのは、一度や二度ではない……
その度に、自分は何匹もの魔物を倒して……いや、もう言葉を濁すのはやめよう……殺してきたのだ。
戦うことを嫌う魔物が……人間に害を与えない魔物がいるなど露程も思わずに……
「……って、なんで戦士号泣してるんですか!?」
「自分は……えっぐ……自分はぁ……えっぐ……
魔物たちに……今まで散々酷い事をぉ!
ヒック……彼らは彼らなりぃ……必死で生きていた……だけ、だと、言う、の……うばぁ~!!」
コボルトの話が、己の過去を鮮明に思い起こさせた。
もしかしたらあの中に、目の前のコボルトの親兄弟がいたかも知れないと思うと、痛まれない気持ちになったのだ。
自分にはもう、魔物が“悪”であると、断言出来なくなっていた……
「GAAARUUUUUU!!」
自分が、自身の所業に悩み苦しむ中、コボルトの一匹が腰に挿した短剣を抜いて雄叫びを上げた。
しかし、自分はどうしてもこのコボルトに剣を向ける事が……戦う事が出来なかった。
その雄叫びが、自分には人間を恨む魔物の悲鳴に聞こえてならなかったからだ……
「うっ、ん~……うるせぇなぁ……お前らもう少し静かに出来ないのかよ……」
そんな中、今まで気を失っていたダメ勇者がもぞもぞと起き出した。
今の自分にこいつを相手にしている余裕はない……自分は自己との葛藤で手一杯だったのだ。
故に自分は、このクズ勇者を放置する事にした。
しかし、これがよくなかった……
「おっ!? コボルトじゃないかっ! やっとまともな魔物が出で来たなっ!」
勇者は腰に挿した聖剣を意気揚々と引き抜いて、そして……
「えいっ!」
ザクッ
短剣を片手に襲い掛かってきたコボルトに何の躊躇いもなくその手にした聖剣を突き立てたのだ。
……しかも、眉間に。
「なっ……!」
「GAAARUUUUUU!!」
バシュン!!
聖剣を突き立てられたコボルトは、瞬く間に光の粒子となって虚空へと消えていった。
そして、カランっと魔物を倒した証である魔石が床石に跳ねて、乾いた音だけが空しく響いた。
「がっ、がおぉぉぉ! 食べちゃうぞぉー!」
「ちっ! もう一匹いやがったか! えいっ!」
ズブリッ
「いたっ! いだだだっ! いだだだだだっ!
何スかコレ! チョー痛いんスけ……」
バシュン!!
もう一匹のコボルトも、いつの間に抜いたのか短剣を片手に果敢に勇者へと挑んで行ったが、勇者の一突きで霧散した……
「おっ! 魔石ゲットぉ!」
地面に転がる二つの小さな魔石を、勇者は嬉々とした表情で拾い上げた。
勇者によって二匹のコボルトが殺されるまではあっという間だった……
止めに入る間すら無いほどに。
「勇者ぁぁぁ!!!」
ガキンッ!
「ぬをっ!? ちょっ、何すんだよ戦士っ!」
気が付けば、自分は勇者へ自慢の大剣を振り下ろしていた。
しかし勇者は、咄嗟にその手にしていた聖剣で自分の大剣を難なく受け止めてみせた。
チッ、聖剣の加護が敵に回るとこうも厄介だとは……
勇者は生身であれば、普通の人に過ぎない。
だが、聖剣を手にしたいる時(帯剣している場合も含む)は、聖剣より様々な身体能力強化の加護を受けていた。
この時の勇者の力は、最早、人の範疇を超えた領域にあった。
その力故、聖剣を手にしてからと言うもの、勇者は寝る時でさえ聖剣を手放さなくなったのだ。
「貴様という奴は、何故いつもいつも、そう余計な事ばかりするのだっ!」
「だからっ! 何なんだよ一体っ!
いつも通り魔物を殺しただけだろっ!」
ギリギリと鍔迫り合いをするなか、勇者が“当然だろ?”と言いたげな目で自分の事を見ていた。
確かにそうだ。
今までの自分たちであるなら、魔物を殺す事などそれは当然のことであった。
しかし、今は事情が違うのだ。
あのコボルトが口にした言葉は、自分に激しい衝撃を与えた。
それは僧侶や、魔法使いも同じなのだろう。
コボルトが襲ってきた時、二人とも攻撃するのを躊躇っていたのがその証拠と言えよう。
現に、今も勇者のことを、道端に落ちている馬のフンを見るような冷めた目で眺めていた。
「勇者よ……お前は寝ていたから知らんだろうが……」
「寝てたんじゃねぇ! 気絶させられてたんだっ!」
勇者が、すかさず訂正してきたが自分はそれを気にせず華麗にスルーした。
「……あのコボルトはな……人間によって住む場所、仲間を奪われた哀れな魔物だったんだよ……」
「おいっ! 勝手に話進めんな! 人の話を聞けっ!」
「……弱い自分を嘆き、人間を憎み……それでも……今を懸命に、仲間の事を思って生きていたんだ……
それを、お前と言う奴は……っ!」
「ちょっと待てっ! さっきから何言ってんだかさっぱり訳がわからんが魔物なんて倒すのが当然だろ!」
「戦う意思の無き者もいる、と言う話だ!
それを無視してただ“魔物だから”と言う理由で殺しているなら、我々の行いなど盗賊や追い剥ぎと同じではないかっ!
我々の正義とはなんだ? 弱者を守ることではないのかっ! 平和を維持することではないのかっ!
相容れないからと言って、他種族の弱者を蹂躙して得たものが平和か? 正義なのか?
それでは“意にそぐわぬ者は皆殺しにしてしまえ”と言っているような物ではないか!
そんなものは、正義ではない! 断じてないのだっ!」
「てか、なんで戦士さっきから魔物を擁護するようなことばっかり言ってんだよ?
あっ!? さてはお前、俺が気絶してる間に魔王側に寝返ったのか!? 俺たちを裏切ったのか!?
チッ! どうせあのメイドのでっかいおっぱいで何か“いいこと”でもして貰ったんだろ!!
羨ましいなっ! チクショー!!
で? ナニしてもらったんだ? 揉ませてもらったのか? それとも顔とか挟んでもらったのか?」
「きっ、きっ、貴様と言うやつはぁ!!
自分は、誇り高き戦士だぞ! そんなハレンチなっ……」
「……あの、お取り込み中のところ悪いのですが、少しよろしいでしょうか?」
自分が勇者と不毛な言い争いをしている中、話題に上がっていた当の魔王付のメイドだというドロシー嬢が横から声をかけてきた。
どこからどう見ても、年頃の娘さんにしか見えぬのに、これで人形なのだと言うから驚きだ。
しかも、なんと立派なおっぱ……げふふん……
「なっ、何か?」
「はい。勇者御一行様の諍いの原因が、先に戦ったコボルトを殺したと思っている事ににあると私なりに推測しました」
自分と勇者の会話に不快感を感じての抗議かと思い、若干緊張気味に応えたがどうやらそういうものではないらしい。
「まっ、まぁ……確かにそうだが……」
自分は、勇者と鍔迫り合いの姿勢のまま、ドロシー嬢へ答えた。
ん? “思っている”とはどういう事だろうか?
「その件に関しまして、私からご報告致した事がございます。
結論から申しますと、先に戦闘行為を行ったコボルト二匹は死亡してはおりません。
現在も城内にて健在と思われるのでご安心ください」
「死んで……いない……だと?」
自分は、ドロシー嬢の言葉に我が耳を疑った。
一瞬、気が逸れてしまった所為で、その隙を勇者に突かれ逃げられてしまったが今はそれどころではない。
「どういう事か?」
「はい。
システム管理上の観点から詳しくご説明することが出来ませんが、現在、魔王様の開発した緊急転送魔法により、通常の戦闘行為に置いて魔物の死亡事故は殆ど発生しておりません。
魔王様配下の全ての魔物はその庇護下にあり、生命に支障を来たすような怪我などを負った魔物は速やかに城内の治療施設へと転送される事になっております。
よって、あの二匹も現在治療中であると考えられ、死亡している可能性は限りなくゼロに近いと思われます。
御所望なら、今すぐ生存の確認も出来ますが、如何なさいますか?」
「いや……そこまでしなくてもいい、その言葉を信じよう」
「はい。ありがとうございます」
自分の言葉に、ドロシー嬢は恭しく頭を下げた。
そうか……あの二匹、死んでいないのか……よかった……
二匹の生存が確かになったことで安心したのか、ある疑問がふと脳裏を過ぎった。
「“全ての”と言っていたが、それはこの魔王城の外の魔物たちもなのか?」
「はい。魔王様の配下である魔物であるならば……
魔王様の配下の魔物は世界中に存在しておりますので」
「“魔王の配下なら”……か、それはつまり“魔王の配下でない魔物”もいるということだろう?
何が違うのだ?」
「そうですね……当たり前の事を申し上げさせて頂きますが、配下の魔物は魔王様の指示によって行動しておりますが、配下でない魔物は彼らの意思で行動をしております。
そこに、魔王様の介入はありません」
「ふむ……見分けをつける方法などはあるのか?」
「……外見で判断するのは大変難しいでしょう。魔力感知能力が優れている方であれば、見分けることも可能かもしれませんが断言は出来ません。
強いて判別する方法を挙げるとすれば、一度倒すことでしょうか?
魔王様配下の魔物であれば転送魔法によって魔石になりますが、そうでなければただの屍になります」
つまりは、魔王の配下である魔物だけが倒したとき魔石となる、と言う事らしい。
わざわざ詳しく説明できないと前置きしていたのだ、どうやってその様な事を実現しているのかは分からないが聞いても答えてはくれないだろう。今は、そう言う物だ、と納得しておくしかあるまい。
「は? なんだよそれ? てことは、倒しても魔石になれない魔物がいるってことか?」
勇者のその言葉が、我々の全てを物語ってると言っても過言ではなかった。
そう、我々にとって魔物が魔石になる事は当たり前の事だったのだ。
魔物は死ぬ時光となって消えて、魔石を残す……
それが我々の常識だった。
自分とて、倒した魔物が魔石にならなかったところなど、一度もお目に掛かったことはない。
と、すると、ドロシー嬢の言葉を信じれば、我々はただの一度も魔物を殺したことはない、と言う事になる。
自分は、胸の奥でつっかえていた何かが取れたような気がした……
「よしっ! そうと分かれば、今後は気兼ねなく魔物を倒していくことが出来るなっ!
さぁ! 魔王城の攻略に入ろうではないか!」
「おい、戦士……突然斬り掛かって来た事に対する謝罪はないのかコラァ……」
「それは、お前の日ごろの行いの悪さ故だ、身から出た錆、と言う言葉もある。
少しは反省するといい……」
「ンだとぉコラァ!」
「……あの、お取り込み中のところ悪いのですが、少しよろしいでしょうか?」
勇者が手にした聖剣を振りかぶり、今にも自分に斬り掛かってきそうな体勢に入ったとき、またしてもドロシー嬢が自分と勇者の横から声をかけてきた。
「何か?」
「はい。意気込んでいるところ実に申し上げ難いのですが……
先のコボルト二匹を持ちまして、魔王城の魔物の全討伐が完了いたしました。
こんぐらっちゅれーしょん……おめでうございます。
続きましては、このまま魔王城観光へと移行したいと思っておりますが……」
「えっ? あれで全滅……?」
「マジか……」
ドロシー嬢の話を聞き、僧侶と魔法使いがキツネに摘まれたような顔をしていた。
まぁ……分からなくは、ない。
これではあまりに拍子抜け過ぎるではないか。
「いや……全滅って流石に少なすぎるだろ?
だって、ここ魔王城だぜ? 最終ダンジョンなんだぜ?
そこの魔物がコボルト二匹って……ないだろ?」
別に、問い詰める訳ではなかったが、自然と皆の視線がドロシー嬢へと集まっていた。
「……これが魔王城ノーマル難易度の仕様でございます」
幾ばくかの沈黙のあと、ドロシー嬢はポツリそう呟いた。
今までのはきはきとした感じが、若干薄らいでいたような気もするが……まぁ、気のせいだろう。
「ンだよ……これならもっと上の難易度でも良かったんじゃないか?」
「……ですね……」
「……うん……肩透かしを喰らった気分……」
勇者、僧侶、魔法使いが口々に不満を言っていたが、とりあえずはこれで魔王城の攻略は完了してしまったらしい。
こうして我々の魔王城攻略は、入り口数十m……時間にして五分弱で早々に終わりを迎えたのである。
「それでは、魔王の間までご案内致します」
ドロシー嬢は、またしても恭しく頭を下げると、我々の先頭に立って魔王城奥へと向かって歩き出した。
自分と勇者は手にしていた剣をしまうと、多少腑に落ちないものはあったものの、ドロシー嬢について魔王城・最深部を目指して歩き出したのだった。
蛇足知識その8
僧侶と魔法使いの超絶奥義・セイクリッド・ブレイク(物理)とフレイム・インフェルノインパクト(物理)について
怒ゲージがMAX状態の時、一日に一度だけ使用す事が出来る超・必殺技。
物理的・魔法的な防御力を全て無効化する事ができ、100%クリティカル判定の壊れスキル。
二人の超絶奥義の前では、聖剣の加護を受けている勇者でさえただでは済まない。
ただし、使用対象は勇者に限る。
蛇足知識その9(今回の蛇足知識は二本立て!)
悠久自動人形のドロシーさんの秘密その2
ドロシーさんは割りと平気でウソを吐きます。
特に、説明が面倒な時や都合が悪くなった時に吐きます。
常にポーカーフェイスなので、誰もドロシーさんのウソに気付きません。
しかし、ドロシーさんのウソは決して人を貶めたり、傷つけたりするものではありません。
ドロシーさんは何時だって誰かのために、ウソを吐くのです。