8話 コボルトの章・最終章
コボルトの章これにて完結です。
ちょい役のつもりが、まさかここまで長くなるとは……
さて、次は誰をメインにしたものか迷います。
魔王サマの放送があったのは、新しく指令を書き込んだ殲滅魔道鎧を起動させた10分くらい後の事だったッス。
石版も、上書きした指令が想定より順調に推移したことで余りが出ることなく完了した、って言っていたッス。
石版に映し出された地図を見ても、全部の点が青色に変わっていて、それぞれが自分の格納庫に向かって移動していたッス。
城内に魔王サマから作業完了の放送が流れて、俺ッチたちは本来の目的地である魔王城・入り口へと向かって急ぎ足で移動をしていたッス。
俺ッチたちは、殲滅魔道鎧の回収のために城内をウロウロしていた所為で、魔王城の入り口からは少しだけ離れた所まで出張っていたッスからね。
魔王サマの話だと、すぐにでも勇者たちが入ってくるらしいッスから、急がないと間に合わなくなっちまうッス……
でも、俺ッチの足は自分が思うほどうまく動いてくれなかったッス……
「おいっ! 遅せぇぞ新入り! 急がねぇと、間に合わねぇだろ!」
「うっ、うッス! 隊長!」
俺っちは、怒鳴る隊長に返事を返すと、重い気分を引き摺って隊長を追いかけたッス。
俺ッチは、悩んでいたッス……
あんなすごい物を持っているのに、何で勇者相手に使わないのか……何でワザと負けるような事をするのか……
魔王サマの考えが全然、分からなかったッス。
「……何で魔王サマはあれだけスゴイ物を持ってるのに、わざわざ俺ッチたちに勇者の相手をさせるんスかね?」
「はぁ? なんでぇ急に?」
移動の途中、俺ッチはふと思った疑問を隊長にぶつけてみたッス。
最初は何とも思ってなかったッス……
仕事の内容も、やってきた冒険者や勇者と戦ってワザと負けるだけの事だと思ってたッス。
魔王サマの魔法のおかげで、死ぬ事もないらしいッスし、ただ、お給料がいいからって理由で、魔王サマの言う事に何の疑問も抱かずに従っていたいたッス。
でも……殲滅魔道鎧って言うのを見たら分からなくなって来たッス……
あんなすごい力を持っていながら、どうして魔王サマは人間の好きにさせているッスか?
隊長は、そんな俺ッチに不機嫌そうな顔を向けて来たッスよ。
「だって、そうじゃないッスか?
殲滅魔道鎧があれば勇者なんて一捻りッス? きっと。
俺ッチたちみたいな弱っちい魔物が、負けるためだけに戦う、っていうのが今一理解出来ないッス……」
「はぁ~……これだから若けぇモンは……」
俺ッチの言葉に、隊長がやれやれと肩を竦めて見せたッスよ。
「いいか? “魔王”ってのはユメやキボウなんだよ……それと同時に恐怖や畏怖の象徴でなきゃならねぇ……
“魔王城”ってのはなぁ、その体現なんだよ……」
隊長が、遠い目をしてなんだか訳が分からない事を言い出したッス。
「なんスかそれ!? 全然意味が分からないッスよ! 相手は“勇者”ッスよ!
俺ッチたちを殺すために、やってくる奴らッスよ!
いくら、俺ッチたちは魔王サマの魔法で死なないって言っても、倒せる力があるなら、さっさと倒した方がいいッスよ!
魔王サマの力があれば、それくらい簡単にできるはずッスよ!
あの殲滅魔道鎧ってうのが、一つでも俺ッチの村にあれば……
もう、“冒険者”とか“勇者”とか……“人間”なんて全部殺せたッスよ!」
この時の俺ッチの頭の中には、住んでいた村が冒険者たちによって滅茶苦茶にされた光景が浮かんでいたッス。
もし……俺ッチの村にあんなすごい物がが一つでもあれば……
そう、思わずにはいられなかったッス……
そうすれば、とーちゃんだって……みんなだって……
俺ッチは冒険者に向かっていく、とーちゃんの背中を思い出していたッス。
弱っちい癖に……碌に武器なんて持ったことないくせに……
とーちゃんは冒険者に立ち向かって行ったッス。
俺ッチたちを逃がすために……一人で……
魔王サマが俺ッチたちを助けてくれたのは、その直ぐ後のことだったッス。
もう少しだけ待っていれば、とーちゃんだって……
犬頭人が犬死って笑い話にもならないッスよ……
自分でも、結構過激な事を言っている自覚はあったッス、でも、村の事を思い出すとどうしても止めることが出来なかったッス。
「この、バカヤローがっ!!」
「げふんっ!?」
気づいた時には、何故か俺ッチは隊長にぶん殴られていたッス。
「なっ……なにするンスか!!」
「何って? 殴ったんだよ。テメェがあんまりにバカな事を言うからなっ!」
「バカ……? 何がバカな事ッスか! 俺ッチは……!」
「冒険者に村を襲われて、仲間が……親父さんが死んだことには同情する……
だがな……もし……」
俺ッチが隊長に詰め寄ろうとすると、隊長は酷く苦しそうな顔でポツリと呟いたッス。
「もし……オメェの村に、冒険者を追い返せるだけの“力”があったらどうなってたと思う……?」
「そんなの、村が無事だったに決まってるじゃないッスか!」
「……本当にそう思うか?」
「……」
『当たり前じゃないッスか!』そう言いたかったスが、隊長の顔を見たらとても言えそうになかったッス。
隊長、今にも泣きそうな顔で俺ッチを睨んでいったッス……
「確かに……その時は守れるのかもしれねぇ……
だがな、一度敗れた奴らは次にはもっと多くの“力”を引き連れて、またやってくる……
それを追い返したら、その次はもっとだ……
そうなっちまったらもう泥沼よ……そんな事がな……どっちかが滅ぶまで続きやがる……」
「た、隊長……?」
「しかもだ……話は自分トコの村だけじゃ収まらなくなっちまう。
下手に抗っちまった所為で、戦火は拡大して関係ない村にまで飛び火しやがる……オレの村みたいにな……」
隊長の目は、どこか遠くを見ていたッス。
俺ッチには見えない何かを見ていたッス。
「オレらは弱ぇ……弱ぇからよぉ……強ぇ魔物の近くで暮らしてたんだ。
そいつら強ぇ魔物の傘に隠れるようにして、怯えながらひっそりとなぁ……
でもよぉ、ある日その魔物の村に冒険者がやってきた。
良いのか悪いのか……魔物冒険者を倒しちまってよぉ……
そしたら冒険者の奴ら、今度はずっと人数を増やして、またきやがった。
それも追い返したら、次はもっとだ……
終いには、その強ぇ魔物たちも冒険者にやられちまって、オレの村も冒険者に見つかっちまってな……
オレたちは何もしてなかったんだが……違うな、何も出来なかったんだが奴ら“魔物は危険だから全部殺せ”ってよ……村の奴らは全滅……何もかも無くしちまった……
魔王様が瀕死のオレを救ってくださらなかったら、オレはあの時仲間と一緒にくたばってただろうな……
力に力で抗えば、その軋轢は必ず何処かに飛び火する。
いいか? 新入り……
オメェがやろうとしてる事はな、テメェの知らない何処かで、テメェと同じ境遇のヤツを増やそうとしてるっ言う事なんだよ……分かるか?」
「俺ッチは……俺ッチは……」
隊長の言ってる事は、頭の悪い俺ッチにも理解は出来たッス……俺ッチの方が隊長よりずっと運がよかったっていうのも……
でも、納得は……出来なかったッス……
「っ!?」
俺ッチが黙ったまま俯いていると、隊長は俺ッチの肩に手を置いたッス。
「悔しいだろう……苦しいだろう……オレにはオメェの気持ちがよく分かる……
だから、人間を“許せ”とか悲しいことは“忘れろ”だなんて言わねぇ……いや、言えねぇ……」
「じゃあ……じゃあ、俺ッチは、どうしたらいいんスか!
俺ッチは人間が憎いッス! 殺したいくらい憎いッス!
でも……俺ッチは弱いッス……どうしよもなく弱っちぃッス……
そんな俺ッチたちは何もせずにただ我慢しろって言うんスか!?」
「違げぇ!」
隊長が俺ッチの両肩をガシッと掴んできたッス。
「そうじゃねぇ……オメェのその力を、その思いを、オレらみたいな弱い魔物を守るために使っちゃくれねぇか……?」
「俺ッチが……守る……?」
「そうだ。
魔王様はな……オレたちの様な理不尽な暴力に蹂躙されようとしている魔物を救おうとしていらっしゃる。
だがな……世界は広くて、全ての魔物たちを守りきれていないのが現状だ。
だから、魔王様のその手が全ての魔物に届くその時まで、オメェの力を俺たち……いや、魔王様に貸してちゃくれねぇか?」
「……弱っちぃ俺ッチに……そんな事出来るんスか?」
「なにバカな事言ってやがる! テメェと同じコモンコボルトのオレが言ってんだぜ?
出来るにきなってんだろうが!」
「隊長……俺ッチ……俺ッチ……っ!」
正直、逃げてばっかりだった俺ッチに、誰かを助けるなんて事が出来るとは、とても思えなかったッス。
でも、隊長が言うように、もし……もし俺ッチそんな事が出来るなら、俺ッチと同じような境遇の奴が少しでも出ないようにしたいって思ったッス!
「俺ッチ……強くなりたいッス……家族を、みんなを守れるくらい強くなりたいッス……」
「おうおう……強くなれ、強くなれ……体だけじゃねぇ、心だけじゃねぇ……両方強くなれ……」
「たっ、隊長……!!」
隊長は、俺ッチの肩を優しく叩いたッス。
と、
「あの、お取り込み中のところ悪いのですが、少しよろしいでしょうか?」
「「っ!?」」
不意に近くから声が聞こえたッスから、俺ッチは驚いて振り向いたらそこにはいつの間にか姉御の姿があったッス。
「あっ! 姉御っ! お疲れ様ッ……ごふぉっ!」
俺ッチはすかさず姉御に挨拶をしようとしたら、何故か隊長に横からブン殴られたッス……
俺ッチが、何したって言うんスか……もぅ……
「何するんスか隊……べぽらっ!」
また、殴られたッス……
「(バッキャロー! 姉さんの後ろを見ろっ! 後ろをっ!!)」
隊長が、俺ッチにヘッドロックを極めた状態で、耳元でボソボソと小声でそんな事を言ってきたッス。
オフンッ……こそばゆいッスよ……隊長……俺ッチ、耳弱いんスから……
俺ッチは、隊長に言われた通りドロシーの姉御の後ろへと視線を向けたッス。
すると、そこには見慣れない人影が……って、あれってもしかして勇者一行じゃないッスか!?
「隊長っ! あれってもしかして、勇者一行……!」
「アホーッ!!」
ドムッ
「バポナッ!」
隊長が華麗な動きで、俺ッチにラリアットを喰らわすと、そのまま俺ッチを引き摺って勇者たちから遠ざけたッス。
どうやら、俺ッチたちは知らず知らずのうちに入り口の所まで来てたみたいッスね。
「(このドアホッ! “魔王城内・魔物教本”の第27項を忘れたかっ!)」
隊長は相変わらず、俺ッチにヘッドロックを極めて耳元でボソボソと囁いたッス。
アンッ……だから、耳はダメッスよ……隊長……
「(えっと……27項は確か……“中の人などいない!(リアル) 来城者の前では喋るべからず!”……だったッス……あっ)」
「(ようやく、分かったか……オレたちは勇者一行の前で喋ったらいけねぇんだよっ!)」
雰囲気を重視するためとか何とか……確かそんな理由だったと思うッスが、研修期間中に説明された時の事を思い出したッス。
そういえば、演技指導とかも受けたッスね……
「魔王様より連絡があったとは思いますが、只今、勇者御一行様の城内案内を行っております。
通常業務形態での対応をお願いします」
「GYUッ!」
丁寧に頭を下げて説明するドロシーの姉御に、隊長はヘンな声を出して敬礼をしてッス。
すると隊長は、腰に挿していた短剣をするっと抜いて勇者たちへと威嚇の咆哮を上げたッス。
「GAAARUUUUUU!!」
おおっ!! スゲー迫力ッス隊長!!
牙を剥きだしにして、喰い殺してやるっ! と、言わんばかりの表情が頗るイカしてるッス!! たまらないッス!
ただ吼えただけッスのに、毛皮がビリビリしたッスよ!
よーしっ!
俺ッチも、隊長に負けないくらいキメてやるッス!
大地が俺ッチに輝けと囁いて夜が明けるッスよ!
「がっ、がおぉー!」
「「「……」」」
ふっ……勇者一行は恐怖のあまり声も出ないみたいッスね。
この程度でビビるなんて、勇者の名が聞いて呆れるッスよ……
「ねぇ? ……なに、この茶番?」
「……何ですぐ私に聞くんですか? 聞かれても困る事くらい分かるでしょ?」
「ん~……ツッコミ担当だから?」
「人をお笑い芸人の片割れみたく言うのマジやめてくれる?
……って、なんで戦士号泣してるんですか!?」
「自分は……えっぐ……自分はぁ……えっぐ……
魔物たちに……今まで散々酷い事をぉ!
ヒック……彼らは彼らなりぃ……必死で生きていた……だけ、だと、言う、の……うばぁ~!!」
「GAAARUUUUUU!!」
「えっ!? ちょっ!? 何このカオス!! えっ? えぇっ!?
倒すの? コボルト倒しちゃっていいの!? マジで!?
流石に私もあの話聞いた後だと、凄く気まずいんですけどっ!」
「殺っちゃえ! 殺っちゃえ~!」
「魔法使いっ! そう言うなら貴方が殺ったらどうですかっ!」
「やっ!」
「うっ、ん~……うろせぇなぁ……お前らもう少し静かに出来ないのかよ……」
「あっ、勇者っ!」
「おっ!? コボルトじゃないかっ! やっとまともな魔物が出で来たなっ! えいっ!」
ザクッ
「GAAARUUUUUU!!」
バシュン!!
勇者一行に襲い掛かった隊長だったッスが、、今まで寝転がっていた人間が突然立ち上がると、腰に挿した矢鱈とごっつい剣で隊長を一刺しにしたッス。
ブッスリいかれた隊長は、あっと言う間に転送魔法の輝きに包まれて、魔王城の地下室へと飛ばされ行ったッス。
よぉーしっ!!
俺ッチもかんばるッスよぉ!
「がっ、がおぉぉぉ! 食べちゃうぞぉー!」
「ちっ! もう一匹いやがったか! えいっ!」
ズブリッ
「いたっ! いだだだっ! いだだだだだっ!
何スかコレ! チョー痛いんスけ……」
俺ッチもまた、人間に剣で一刺しにされたッス。
刺された痛みに俺ッチがたうち回っていると、全身が淡く輝き出したッス。
なんか光ってるなぁ……なんて、そう思った次の瞬間には……
バシュン!!
突然辺りが真っ暗になって、何処かへと飛ばされる感覚だけが残っていたッス。
蛇足知識その7
戦士について
戦士はお涙頂戴モノに弱いです。涙腺が異常に弱いです。
見かけによらず、趣味は読書。
愛読している本は、主に十代女子が読むようなモノが多く含まれています。
実家の本棚には
「エースを決めろ!」「カラスの仮面」「リボンの戦士」などがある。