願い事
「……佐々木京夜さん。貴方の願いを、叶えに来ました」
俺が呼吸困難で死にかけていると、突如空中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「なんだ……?」
俺が声を上げると、目の前に人の形をした光が現れる。
するとそこからは、いつぞやの地獄に行った時の女性が現れていた。
俺は突然の現象にビビりながら、身を引く。女性はこちらに近づいてくる。一回会った事あるんだから怖がる必要ないだろとは思うけど。
俺は慎重に口を開く。
「……えっと、貴女は」
「佐々木京夜さん。……貴方は命に貢献し仲間を助け、魔王という最強の敵に立ち向かい、見事打ち破りましたね。貴方の勇気を、私は深く尊敬します」
女性は、そんな事を言いながら真っすぐに俺を見つめてきた。
……ちょっと待って。
「……悪魔のオッサンが、魔王グループのボスだったんですか?」
「はい。……魔王サタンは、貴方の手によって打ち破られました」
「……その、大丈夫なんですか? 魔王サタンが担っていた仕事とかは……」
「ええ、それは魔王サタンの使い魔の、フレアさんが担当してくれる事になりました」
「……そう、か」
フレアがいなければ俺は悪魔のオッサンを倒せていなかったと思う。正直言ってかなりフレアの剣の威力は強かった。普通のモンスター相手なら無双できる事だろう。
「その、フレアはどうしてますか? 意識途絶えたまま会えなくなっちゃいましたけど……」
すると、女性はニコリと微笑み。
「元気に仕事に取り掛かっていますよ。天界のお掃除や、神王ゼウスが担っていた『まともな仕事』を受け持ったり。本人は大変とは言ってましたけど、どこか嬉しそうでしたよ」
「そうですか……」
思えば、天界の天使達を殆ど俺が殺してしまった。ラファエルもミカエルもアマテラスも、ゼウスも。
―――しかし、何故か「倒した」という事を覚えているだけで、鮮明な戦闘シーンは思い出せない。
……これは俺の勝手な憶測だけど、フレアが俺の「要らない記憶」を消してくれたのだろう。
「思い出せない」って事は、「思い出さなくてもいい」のではないかと思う。
きっと今の俺が—――思い出さなくて、いい事だ。随分と楽観的な考え方かもしれないが、それでいい。
紛う事なく、「一人のヒーロー」にはさせてもらったのだから。
「……佐々木京夜さん。私は貴方の願いを叶えに来ました。魔王を倒したら、どんなハンターの願い事でも聞くという事でしたからね」
「……えっと、訊きたいんですけど。なんで貴女が願いを叶える役割を……? 魔王サタンの仲間じゃなかったんですか……?」
「仲間なんかじゃありませんよ。……私は『ヒト』の味方です。私もフレアさんも、地獄にいるだけで、魔王サタンの考え方には同情していませんでした。フレアさんは魔王サタンの使い魔でいたものの、意見が食い違う事が多かったそうですよ? ……かといって地獄を去るっていうのも困難な話ですし。だから地獄に留まるだけで、魔王サタンの協力はしない様にしてたのです」
……そうか。最初からこの人は、俺の味方だったのか。
道理で悪魔っぽくなかった訳である。天使になればいいと思ってしまうのも、しょうがない。
「……それで、願いはどうしますか? どんな事でも、一つなら叶える事ができます」
「どんな事でも、ですか?」
「はい。どんな事でも、です」
俺は皆の方を見た。皆は「京夜に任せる」と言っている。
そういえば、まだ俺が転生したばかりの頃、目標を決めたなあ。「魔王グループのボスを倒す」って。
まさか―――本当に達成されるなんて、思ってもいなかったけど。
俺は改めてよく考えた。どんな事でも、一つだけ―――。
「一つ」って言われると難しいって思うかもしれないけど、案外そうでもないと俺は思う。自分が「一番最初に思った願い」を言えば良いだけだから。
ニートに戻りたい―――なんて事は、もう言わない。俺は女性の方を見ると、「決まりました」と静かに告げる。
「……では、今から願いを言ってください。言ったその瞬間から、願いは叶う事でしょう」
俺はその言葉に頷くと、いつの間にか広がっていた青空に向かって叫んだ。
「『皆と、いつまでも幸せに暮らせますように』!」




