いつも通りの日常
「京……夜さんっ……! 起きてください……っ!」
俺の頭上から泣き声が聞こえてきた。
ポタリと滴が俺の頬にかかる。俺は目を開けると、周囲の状況を確認―――
―――できなかった。
「「「「「「うわあああああああああああああああああああああ!!」」」」」」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
ぐええええええええええっ! 首がっ! 足が!
六人一斉攻撃を食らった俺は、成す術なく倒れ込む。頸動脈が危険だ。
ゴホゴホとせき込みながら、何とか俺は仲間達の方に目を向けた。
「お帰りなさい、京夜さん!」
「……ああ、ただいま」
どうやら異世界に戻って来たらしい。どこかの草むらに俺は横渡っている。
……俺は……あの後、どうなったのだろうか。
混乱している俺を察したのか、いつの間にやら俺の頭上に立っていたレーディルが。
「いやはや、京夜が意識途絶えたみたいでな。魔力を振り絞って、何とかこの世界に引き戻し、回復魔法をかけてやった。我に感謝しろ」
なるほど、そういう事か。そういう事なら全て合点がいく。
本当に、感謝しないとな。あの時は本当に消えてしまうのかと思った。
―――でも、今はそんな事より。
「……ごめんな……」
自然とその一言が口に出ていた。
「……きょーや、どうしたの? 謝る事なんてないよ」
「……いや、謝らせてくれ。…………俺が悪魔って事、お前らに知らせちゃって。嫌いになったろ……? ごめんな……」
崩れかける涙腺を何とか保ちながら、俺は仲間達にそう告げる。
悪魔って事、知らせたくなかった。知らせたら、きっと今まで積み上げてきた関係が崩れてしまうから。
―――俺は……何か変われたのだろうか。結局、小心者の怖がりなんじゃないだろうか。
そんな事を考えていると。
俺の身体がレインに抱き寄せられた。
「嫌いになんかっ……! なる訳ないじゃないですかっ……!」
レインの声は、震えていた。少し怒っている様な語調だった。
「京夜さんは、私達を命懸けで護ってくれた。それなのに……どうして嫌いになんかなるんですか!」
「え……でも」
「京夜はあの悪魔相手に、全力で闘ってくれたじゃない。……凄く、カッコよかった」
「…………」
「京夜お兄ちゃん。私は、絶対に嫌いになんかなりませんよ」
「え」
「ぜったいに、です」
シオンがやたらと絶対を強調してくる。
レインは、涙で頬を濡らしながらも、一生懸命に俺に告げた。
「京夜さん……私達は、貴方にお礼を言わなくちゃいけません」
「……お礼?」
「一つ。私達を護ってくれて、ありがとう」
コハクが俺の瞳を真っすぐ見ながら言ってきた。
「二つ。いつも私達のお世話をしてくれて、ありがとう」
アークが、少し照れくさそうに。でも、一生懸命に。
「三つ。いつも優しくしてくれて、ありがとう……」
ライアが、半泣き状態で俺に。声が震えていた。
「———こっちこそ、ありがとな」
俺は皆に笑いかける。涙を堪えながら、俺も一生懸命に感謝の言葉を口にした。
―――しかし次の瞬間。女性陣は全員泣き始めた。
どうやら堪えられなかった様である。
「……うう……京夜さぁん……」
レインが俺に転がってくる。いや、レインだけじゃない。全員。
「私……寂しかったんですよ。ずっと。もう会えないって思うと……怖くって。どうすればいいのか、わかんなくてっ……」
「…………」
「だから……今、すごくうれしいです」
レインの抱きしめられる力が強くなる。少し痛いくらいなのに、不思議と心地よかった。
「私だけじゃなくて、皆そうです。ライアさんもアークさんも、コハクさんもシオンさんも、アルゼルトさんもレーディルさんも」
「……俺だって、同じだよ」
「……大事な人を想う気持ちは、誰だって一緒です。だから―――」
俺の頬に、小さい、柔らかいものが押し付けられた。
「……京夜さんは、悪魔は悪魔でも、天使の心を持った悪魔です。私は―――そんな京夜さんが好きです。皆も同じです」
「……」
「……ありがとう……ございました!」
俺の目から、堪えていた涙が流れた。
そして次の瞬間、再び仲間達が襲い掛かってくる。回避不可能。ああああああ!! やっぱり抱きしめられるのか! ってまさかの全員キス!?
「随分と、成長したみたいだな」
頭上から、そんなレーディルの声が聞こえてくた。
「まあ、今は休め。仲間達とイチャイチャでもして、英気を養うがいい」
「癪な事言いやがって……」
「ほら。また、キスのご要望があるみたいだぞ。皆お前の事が好きになったらしい。……このハーレム男め」
「ハーレムって……あいたああああああああ!!」
とんでもない圧力に俺は押しつぶされる。
仲間達に殺されたりしないだろうな。悪魔に勝っておいて仲間に殺されるとかマジでシャレにならん。
まあ―――何はともあれ。
懐かしい日常が、元通りになったのかもしれない。
「いつも通りの日常」が幸せなのだと、気付く事ができて、良かったなあ。




